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【政界】岸田首相による首脳会談への表明に即応してきた北朝鮮の真意

財界オンライン / 2023年6月21日 7時0分

イラスト・山田紳

北朝鮮による日本人拉致問題が進展する可能性が出てきた。首相の岸田文雄が日朝首脳会談に向けた決意を表明すると、北朝鮮側も即座に呼応したからだ。既に秘密裡の接触が始まっているともされる。北朝鮮による度重なるミサイル発射などで緊張関係が長く続いてきた日朝関係は動き出すのか─。限られた時間の中で難しい判断が必要とされる日朝交渉には、岸田の決意と覚悟が必要となる。

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異例の応酬

「日朝間の懸案を解決し、両者がともに新しい時代を切り開いていくという私の決意をあらゆる機会を逃さず、金正恩委員長に伝え続けるとともに、首脳会談を早期に実現すべく私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」

 岸田は5月27日、東京都内で開かれた「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」に出席し、そう訴えた。そして「現在の状況が長引くほど、日朝が新しい関係を築こうとしても実現は困難なものになってしまいかねない。一瞬たりとも無駄にせず、今こそ大胆に現状を変えていかなければならない」と強調した。

 岸田のこの発言は、首相だった安倍晋三や菅義偉らの発言と何ら変わらないように聞こえる。安倍は圧力一辺倒から対話路線にシフトさせ、何度も「条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合っていく」と直接対話を呼びかけている。

 安倍路線を引き継いだ菅も「条件を付けず、金正恩委員長と会う用意がある」と発信していた。拉致問題解決を前提にした日朝首脳会談ではないというシグナルでもあった。

 岸田も最近までは「条件を付けずに金正恩委員長と直接向き合う決意だ」と主張してきた。それだけに、今回の「直轄のハイレベル協議」発言は大きく踏み込んだといえる。しかも国民大集会では、拉致問題担当相も務める官房長官・松野博一も挨拶し、「首相直轄のハイレベル協議を行い、早期の日朝首脳会談実現に向けた環境が整備されるよう政府一丸となって努力する」と重ねて強調した。

 それだけならば首相として拉致問題解決への意欲、決意を示したものという受け止めになっていただろう。ところが今回は違った。北朝鮮側もすぐに反応を示したからだ。

 北朝鮮の朴尚吉外務次官は、わずか2日後の5月29日、「日本が新たな決断をし、関係改善の活路を模索しようとするなら、両国が会えない理由はない」などとする談話を発表した。安倍や菅らの言動には目立った反応をしてこなかった北朝鮮が、すぐに反応したのは異例といえる。

 岸田は29日、朴の談話を受けて「従来から私自身、直接向き合う覚悟で拉致問題に臨むと申し上げてきた。それを具体的に進めたい」と報道陣に改めて強調してみせた。従来は水面下で進められた日朝協議に関して表立って発言するのも異例だ。「既に秘密裏の交渉が進み、直接対話に向けた環境が整っているのではないか」(与党関係者)といった見方も広がった。

 ただ、松野らはその後、「具体的な内容は今後の交渉に影響を及ぼす恐れがあるので明らかにすることは差し控える」と一切口をつぐんでいる。



停滞の歴史

 北朝鮮による拉致問題を巡っては、2002年9月に当時の首相、小泉純一郎が訪朝し、総書記・金正日と日朝首脳会談を行って拉致被害者5人の帰国につなげた。それ以降も日朝政府間で協議は続けられたが、拉致問題に進展はみられない。

 その間、拉致被害者の横田めぐみ=拉致当時13歳=の父・滋や、田口八重子=拉致当時22歳=の兄・飯塚繁雄らは再会を果たせぬまま亡くなり、被害者家族の高齢化が進んだ。「残された時間は少ない」という思いだけが膨らむ。

 ただ、かつて拉致問題が進みかけたときがあった。北朝鮮は14年5月、「拉致問題は解決済み」とする立場を改め、拉致被害者を含む行方不明者の再調査を行う「特別調査委員会」を設置することを約束した。再調査の見返りに日本政府が独自制裁の一部を解除することで合意した。

 しかし、北朝鮮は15年12月に長距離弾道ミサイルを発射し、16年1月には4回目の核実験を行った。そのため日本が合意に基づき一部解除した制裁措置を復活させると、北朝鮮は一方的に再調査の中止を宣言し、特別調査委員会を解体させた。

 北朝鮮は再調査で拉致被害者2人が生存していることを水面下で日本に伝えると共に、これで拉致問題は完全に解決したという合意を求めてきたという。これに対し、日本政府は生存者2人で幕引きしようとする姿勢に納得せず、再調査の継続を求めて交渉したとされる。

 北朝鮮が一方的に再調査の全面中止を宣言したのを最後に日朝協議は行われておらず、外務次官の朴は今回の談話でも「拉致問題は解決済み」との姿勢を崩していない。



交錯する思惑

 日朝協議に応じる気配さえなかった北朝鮮が今回なぜ、前向きな姿勢に転換したのか。

 北朝鮮は米国との関係改善と体制保障を重視している。対米関係が悪化し、南北関係も膠着したときに日本を橋渡し役にするべく対話を持ちかけてくるのが過去のケースといえる。

 小泉が電撃的に訪朝し、拉致問題が大きく動いた02年当時は、米大統領のブッシュが01年の米中枢同時テロを受けてイラン、イラクと共に、大量破壊兵器の開発を続ける北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しして批判し、厳しい態度をとっていた。米国との関係悪化を避けるため、日本との対話路線を選んだとされる。

 また、14年の拉致被害者らの再調査を行ったときは、国際社会の厳しい対北制裁などを受け、経済的に厳しい状況にあった。制裁措置を緩めさせ、あわよくば日本から経済的な支援を引き出したいという思惑があったとされる。

 現在、米大統領のバイデンと対話する環境にない。韓国の尹錫悦政権は米国との連携を重視し、北朝鮮と対決姿勢を強めている。岸田の「ハイレベル協議」発言のあった5月下旬は米韓両国が大規模な合同演習が南北軍事境界線付近で行っていた。

 一方、北朝鮮は21年に打ち出した「国防力5カ年増強計画」に沿って核・ミサイル開発を進めており、今年5月29日には日本に対し、31日から6月11日までの間に人工衛星を打ち上げることを通告していた。

 岸田の「ハイレベル協議」発言に反応したのも米韓と日本の足並みを見出し、楔を打ち込もうとする狙いが透けてみえる。

 また、米国と中国・ロシアが対立する中で、国連安全保障理事会が機能不全に陥っていることもあって、衛星打ち上げを事前に伝えているのだから、非難したり、圧力を強めたりすることはしないように─。そんな日本に対する強気のメッセージだったのかもしれない。

 さらに、先の先進7カ国首脳会談(G7広島サミット)に合わせ、岸田と尹が韓国人被爆者の慰霊碑を参拝したことから、北朝鮮の被爆者への何らかの支援を引き出せると踏んだのかもしれない。

 一方、岸田にとって、通常国会の会期末(6月21日)を控えて、衆院解散・総選挙に踏み切るのかどうかに関心が集まる中で、3月のウクライナ電撃訪問や5月のG7広島サミットの成功に続き、さらに外交での実績を積み上げようとしたとの見方もある。国民世論の批判を浴びる首相秘書官だった長男・翔太郎の「首相公邸忘年会」騒動を掻き消すことも狙った可能性もある。

 もっとも、家族会代表の横田拓也が全国大集会で訴えた「拉致された私たちの愛する子供や兄弟を待つ親世代の高齢化は厳しい現実にあり、再会を果たせず他界されたケースが相次いでいる。残されている時間がない」という言葉を受け止め、事態打開に向けた強い決意の表われであることは間違いない。



慎重に大胆に

 ある政府関係者は「具体的な動きがあるわけではなく、協議再開の見通しもない」と語る。「首相直轄」の新たらしい組織をつくる動きもみられない。北朝鮮も「拉致問題は解決済み」「譲歩すべきは日本」という姿勢に変化はない。すぐに直接協議に応じるかは不透明で、拉致問題が進展するかは見通せない。

 しかし、これほどまでに日朝双方の発言がかみ合うことは珍しい。北朝鮮は現在、食糧難に見舞われているとされ、「小泉訪朝」の頃に似ているとさえ言われる。ある外交筋は「首相がゼロベースで発信することはない。明らかな意図のあるメッセージだったはずだ」と指摘する。日朝協議が再開する可能性を完全に否定することはできない。

 核・ミサイル開発をやめず、東アジア情勢の緊張感を高める北朝鮮を揺さぶるには「日韓、日米韓の結束を維持し、圧力をかけ続けることが必要になる」(与党関係者)とされる。その一方で、拉致問題は日朝2国間の懸案なので、日本が主体的に動く必要がある。

 北朝鮮とどう対峙するのか難しい判断が強いられそうだ。日米韓の連携が強固になってきたのに、日本だけが北朝鮮との直接対話を進め、米韓両国に抜け駆けと映れば、北朝鮮の思うつぼだ。米韓両国と情報を共有しながら、北朝鮮の真意と出方を慎重に見極める必要がある。

 岸田は、ロシアによるウクライナ侵略に対し、欧米諸国と足並みを揃えて厳しい姿勢をとった。暴力による主権侵害という意味ではウクライナ侵略も拉致問題も同じだ。拉致という理不尽な行動に対する毅然とした態度に加え、問題解決に向けた強い決意と覚悟、そして大胆さが必要となる。(敬称略)

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