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日本取引所グループCEO・山道裕己の「日本に魅力はある。内向きにならずにもっと外を向いて」

財界オンライン / 2023年7月19日 7時0分

山道裕己・日本取引所グループ・グループCEO

「日本企業にお金を振り向けてもらえるように、投資対象としての日本株の魅力向上を図っていく」─。内外の投資家と企業をつなぐ役割を担う日本取引所グループCEOの山道裕己氏は、時代や環境の変化が激しい今、「自分たちの取り組み、あるいは良い変化が起きていることについて、国内外に情報発信していきたい」と語る。世界的に著名な投資家、W・バフェット氏の日本商社株投資など日本株人気が高まる一方、日本の企業が抱える課題もある。資本コストと株価を意識した経営は、日本企業の潜在力掘り起こしにつながるものだが、同グループ傘下の東京証券取引所は2015年の『コーポレートガバナンス・コード』の指針を出して以来、市場へ向けての情報発信、株主との対話の重要性を訴え続けてきた。株主との対話についても、「それが全体の株主にとって有用な提案でなければ、株主総会では当然否決されるでしょうし、対話で世界の動きも分かります」と”外の目”を意識した経営の重要性を訴える。日本再生の一環でもある市場改革の方向性とは。

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コーポレートガバナンス改革が始まって8年

 日本取引所グループ傘下の東京証券取引所がコーポレートガバナンス(企業統治)のあるべき姿を求めて『コーポレートガバナンス・コード』を策定したのは2015年(平成27年)のこと。

「会社は誰のものか」、「会社は誰のためにあるのか」という議論が盛んであった。以来、約8年が経つ。

 山道裕己(やまじ・ひろみ)氏は野村証券専務などを経て、2013年日本取引所グループ(JPX)入り。その後、JPX取締役、大阪証券取引所(現大阪取引所)社長、JPXCOO(最高執行責任者)、東京証券取引所社長を経て、今年4月JPXCEO(最高経営責任者)に就任という足取り。

 JPX入り後は、ずっとコーポレートガバナンス改革に携わってきた山道氏。株式を上場している企業側の対応についての現状認識はどうか?

「海外の投資家に聞いても、明らかに企業側の姿勢は変化してきていると。株主との対話にしても、何て言うんですか、拒否する所というのは本当に少なくなってきています」

 山道氏はこう述べながらも、これまでの経過を見て、課題について次のように語る。

「コーポレートガバナンス・コード、例えば、社外取締役の数を全体の3分の1以上にするということにしても、(上場する企業の中で)3分の1以上がそうしているんですね。だから外形的にはかなり進んできているんですけれども、では実質面ではどうかというのが、おそらく次の課題になるんだろうなと」。

 課題は抱えつつも、コーポレートガバナンス改革を進展。例えば企業価値を上げる指標として、『PBR(株価純資産倍率)』が企業経営者の間にも強く浸透。

 特に、山道氏が今年4月、JPXCEOに就任して以来、PBRが市場関係者や企業経営者の間で意識されるようになった。

 PBRは、株価が1株当たり純資産の何倍まで買われているかを見る尺度。現在付けている株価が企業の資産価値(解散価値)に対して、割高か割安なのかを判断する目安になるものだ。

 PBRが1倍以下なら、企業を解散して売却したほうがいい位の企業価値しか生み出せていないということにもなる。では、実態はどうか?

 東証プライム市場に上場する企業(1800数十社)の半分がPBR1倍割れという実態。

 日本の上場企業(約3800社)の中で時価総額トップはトヨタ自動車(約35兆8848億円、6月23日現在)だが、トヨタが今年前半まで、PBR1倍割れというので、「あのトヨタが……」と話題をまいた。

 もっとも、トヨタ自動車株は最近買われ、PBRも最近は1倍以上になっている。

 ただ、わが国金融界を代表する三菱UFJフィナンシャル・グループ(時価総額は約12兆9034億円で時価総額ランキング5位、6月23日現在)がPBR1倍割れ。

 海外の実情はというと、米国の時価総額の大きい主要500社で構成する『S&P500社』でPBR1倍割れは5%。欧州の『ストックス600』の銘柄で見ると24%。

 欧米と比べると、日本はPBR1倍割れ企業の数が多い。このPBRという指標をどう見るかは後で触れるとして、相対的に日本企業は自らの企業価値を上げ切っていないということである。

「資本コストを意識した経営というのを、2015年頃からお願いしていて、多くの会社さんにちゃんとやってもらっており、コンプライ(遵守)していますというふうになっているわけですね。だったら、コンプライできているのに、PBRがこんなに低い会社が多いのはどうなんだろうかということから、PBRの話が出てきていると」

 山道氏の問題意識にある通り、産業界の企業価値を上げる努力はこれからが正念場だ。


日本の株が今、注目されて……

 今、日本株が内外の投資家から注目されている。

「MSCIという世界の株式市場のインデックスがあるんですが、それを見ても、日本株の現実のウェイトよりも低く見ているポートフォリオ(投資戦略)がかなりあったと思います」と山道氏は語る。

 MSCIの日本株のウェイトは6.8%位だったのが、機関投資家としては5%から5.5%位に設定する所が多かった。

 ところが、内外の投資家が動き始めた。

 米国の著名投資家、W・バフェット氏が今年4月来日し、「これからも日本に投資し続ける」と追加投資を表明。特に、日本の商社株に注目していると氏は発言。三菱商事、三井物産などは前期(2023年3月期)で最終利益1兆円以上をあげ、業績好調と重なり株価が上昇。

 三菱商事は時価総額で10兆円を超し、全体の時価総額8位にまでランキングが上昇。今年3月下旬まで、時価総額6兆円台でランキング16位だったのが、この3カ月間で3兆円以上増加したことになる。

 もっとも、商社界首脳は、この株価高騰に浮かれておらず、「やるべき事をしっかりやっていくだけ」と緊張感を持って、新たな投資に臨む。

 これまでDX(デジタルトランスフォーメーション)の進化や生成AI(人工知能)の登場で、問屋事業やメディア(媒体)など仲介業務を行っていた産業は苦しくなるという見方が強い。

 その中で、日本の総合商社は再生エネルギーやバイオマスなど最先端領域への投資を実行。また、仲介業務でも異色の提携や企業連合をインテグレート(統合)していくなど、したたかさと知恵を発揮。「商社というより、総合商社という位置付けが市場に評価されているのだと思う」とは某社長の弁。

 中抜き現象が進み、仲介産業は駄目だ─という一般論では語れない時代。その意味では、個別企業の強さ、個別の知恵や事業戦略が問われる時代と言っていい。

 また、時価総額ランキングでトヨタに次いで2位の座に付けるキーエンス。FAセンサーなど計測制御機器大手だが、時価総額は17兆円台で、ソニーグループと常に2位の座を争う。

 売上高は約9000億円、営業利益は約5000億円と、売上高営業利益率は50%以上という高収益企業。第1次石油危機時に創業し、生産のアウトソーシングなどの手法で生産性を上げる努力を積み重ねてきた。

 また、1984年(昭和59年)、35歳で父親から家業の衣類販売店を受け継ぎ、「日本でアパレル1位になる」という志を立て成長してきたファーストリテイリング・柳井正氏(1949年生まれ)。

 石炭の街、山口県宇部から出発し、SPA(製造小売業)の仕組みを構築。東レと組んで、厳寒期に軽くて保温性のある『ヒートテック』などの新素材を開発して、デフレ下で〝失われた30年〟と言われた日本で成長してきた。また、早くからグローバル世界に打って出て、今やカジュアル世界3位の座。柳井氏は、2位のH&Mを抜き、さらに首位ZARAを抜いて、「世界一を目指す」と挑戦を続けていく考え。

「企業は潰れるもの。潰さないようにするために企業経営者が要る」という考え方。人も企業も栄枯盛衰が付きものという歴史観である。

 危機感が同社を成長させ、『ユニクロ』を世界ブランドに押し上げたと言えよう。

 日本全体は〝失われた30年〟であったが、産業界にはこうした変革期を逞しく生き抜く企業・企業人がいる。

 日本の持つ潜在力をいかに掘り起こし、世界の投資家に発信していくか─。

 この4月、JPXCEOに就任した山道氏も、「われわれを取り巻く環境がどんどん変化している中で、CEOになって、身の引き締まる思いです」とし、「自分たちが取り組んでいること、あるいは良い変化が起こっていることをもっと積極的に内外に発信していかないといけない」と身を引き締める。

 具体的にどう動いていくか?


日本再生へ向けてのJPXの使命と役割

 日本再生と日本取引所が訴えるコーポレートガバナンス改革は重なる。

 日本取引所グループ(JPX)は金融商品取引法上の持ち株会社であり、株式会社東京証券取引所、株式会社大阪取引所、株式会社東京商品取引所などの取引所運営会社を傘下に持つ。

 また、DX時代の情報システムや関連サービスを提供するJPX総研、清算機関の日本証券クリアリング機構もJPXの子会社である。改めて、山道氏に日本取引所グループCEOに就任しての思いを聞くと─。

「われわれがまず果たさなければいけない役割、ミッションはこれまでと変わりません。公正公平で、信頼性の高いマーケットを運営すると。また魅力のある市場を投資家にも企業にも提供して、その結果として、豊かな社会の実現に貢献するというのがわれわれのミッションです」

 山道氏はこう強調しつつ、「ただ、やはりわれわれを取り巻く環境というのはどんどん変化していますので」と新しい事にも挑戦していきたいと語る。

「伝統的な取引所の役割というのはしっかり果たしていくのですが、それだけではなくて、新しい分野、デジタルだったり、サステナビリティと言われていますけれども、そういった分野にも積極的に打って出ていく」

 新しいことを手がける理由について、「われわれは世界中の取引所と投資資金の争奪戦をしています。そういう意味での新しい分野への進出。伝統的な取引ビジネスではない分野にも進出する必要があるということです」と山道氏は語る。


ステークホルダー目線での改革を、迅速に

 折しも、岸田政権は、資産所得倍増計画を打ち出した。2014年にスタートしたNISA(少額投資非課税制度)を拡充・恒久化し、24年から〝新NISA〟を導入。国民、特に若い世代の資産所得増を図ろうとしている。

 そして、なにより内外の投資家と資産需要を持つ企業を結び付けるという取引所の使命と役割である。

 取引所にも多くのステークホルダー(利害関係者)がいる。

 普通、企業のステークホルダーといえば、株主、顧客、従業員、地域社会が挙げられるが、取引所の場合、それに加えて、証券会社や投資家、そして規制当局(政府)、学術関係者と幅広く広がる。

「さまざまなステークホルダーがいる中で、彼らと積極的に対話をすることで、彼らの視点も取り入れていく」

 山道氏は、「ユーザー目線、あるいはステークホルダー目線で必要な改革をどんどんやっていく。そのスピード感が求められている」と心情を吐露する。


日本再生へ向け企業の踏ん張りこそが

 環境変化の激しさということでいえば、地政学的リスクが高まり、経済安全保障の確立が、経済運営にも重くのしかかる。

 ロシアのウクライナ侵攻から1年半近くが経つ。ロシアの体制内でも、民間軍事会社『ワグネル』が〝反乱〟を起こすなど、亀裂が生じている。

 また、世界経済での比重が重くなった中国の変化。1978年の改革開放以来、米国に次ぐ世界2位の経済大国にのし上がったが、最近、経済苦境のニュースが相次ぐ。不動産業の不振、若者の失業率の高さなど、先行きに懸念も出る。

 ひと頃、中国は〝世界の工場〟とされ、世界中から投資が相次いだが、米中対立、経済安全保障の観点から、投資の見直しも進む。

「世界中の投資資金がある意味、中国に集中していたのが、本当に中国一辺倒でいいのだろうか、そういう危惧はありますね。そういう状況下で、投資を振り分ける他の国はアジアでどこにあるのだろうとかね。経済規模にしても、あるいは民主主義で、法治国家で、規制環境も政治も非常に安定しているというので、やはり日本が候補のナンバーワンになっているのもこれまた事実ですね」

 W・バフェット氏が日本への投資を重視する動きも、そうした世界の潮流と連動したものという解釈もできそうだ。

 山道氏は、「そのあたりの相乗効果が出ているかなと思います」としながら、強調する。

「ただ、何回も申し上げるように、短期的な(株価の)上がり下がりというのは、われわれは気にしませんので、中長期的にやはり日本の企業の企業価値が向上していくというような取り組みをしていきます」

 日本が90年代末からデフレに苦しまされた。デフレ状況、経済低迷から脱しようと、アベノミクス(安倍晋三政権による経済政策、2012年末から2020年まで)も打ち出された。

 財政出動、金融緩和による超低金利政策で何とか脱デフレは実現。ただ、潜在成長率で見ると、安倍政権前の10年と、第2次安倍政権登場(2012年)後の10年を比べると、潜在成長力の伸び率は同じ0.5%程度で、変わっていない。

 実質成長を遂げていくには、経済の主役・民間経済の踏ん張りが不可欠である。

 その意味で、日本取引所グループの「中長期に企業価値を上げる取り組み」が注目される。


PBR1倍以上の実現を要請した理由

 JPXは2014年にスチュワードシップ・コードを導入。そして翌15年にコーポレートガバナンス・コードを導入した。

 2018年、2021年と改訂を入れながら、『コンプライ・オア・エクスプレイン』の原則の導入を企業側に促してきた。

 コードを導入するようコンプライ(実行)するか、しないならばしない理由を、株主などのステークホルダーにエクスプレイン(説明)するということ。

 要するに、「資本コストと株価に注目した経営、投資家との対話の内容の開示を要請した」(山道氏)ということである。

 山道氏が指摘するように、日本株がこれまで実力よりアンダーウェイト(低評価)され、世界の投資家から「日本株は外してもいい」という扱いを受けてきた背景の1つに、コーポレートガバナンス面での課題があったということも否めない。

 東京証券取引所は、山道氏が社長を務めていた2022年4月、『プライム』、『スタンダード』、『グロース』の3市場に再編した。

「この市場区分の見直しのスタートというのは、あくまでもスタートであって、ゴールではない」と山道氏は訴え続ける。

 市場区分の見直しを行った背景にあったものは何か?

「もともと上場基準と上場廃止基準、今は上場維持基準と言いますが、大きな差があったんですね。1度上場したら、上場廃止基準に引っかかって、上場廃止になる会社は毎年3社位しかないんですよ。それ位に低かった。そこで、市場区分の見直しに合わせて、上場基準と上場廃止基準(今の上場維持基準)を一緒にしたというのが、1つの大きな動きだったんです」

 上場基準のギリギリにある企業にとっては、毎年これをクリアするというのが、企業価値を上げる1つのインセンティブ(刺激)になるという読みだ。

 上場維持基準には、例えば、〝流通株式の金額は100億円以上〟などとある。この基準も、時価総額1兆円以上のような大企業にとっては、正直に痛痒も感じないし、何のことはない物差しだ。

「そういった人たちに、どうしたら企業価値の向上に取り組んでもらえるかという議論の中で出てきたのがPBRです」と山道氏。

 前述のように、プライム市場の半分位がPBR1倍割れという現実。東証は具体的にどう動いたのか?


『エンゲージメント』が求められる時代

「わたしが東証の社長として最後の3月31日に出した要請文の中には、PBRとは書いていないんですよ」

 山道氏は、「要するに資本コストと株価を意識した経営とお願いしています」と語る。

 PBR(株価純資産倍率)は絶対的な指標ではない。ただ、「示唆に富むもの」という山道氏の認識だ。

 PBRはROE(自己資本利益率。一般に8倍以上が好ましいとされる)とPER(株価収益率。株価が1株当たり純利益の何倍の価値になっているかを見る指標)の掛け算になる。PBR=ROE×PERという数式である。

「ROEは今の時点での収益性なんですけれども、PERは将来に対する期待値も入っているということ」と山道氏は語り、「これをハードな基準にするのは馴染まない」と言いつつ、次のように続ける。

「ただ、ROEが高いのに、PERが低いとなったら、何らかのIR活動が必要だと。投資家に対するアピール、説明とかコミュニケーションが取れていないのではないかということも考えられるということですね」

 IR(investor Relations)。企業が株主や投資家に対し、財務状況などの情報を提供する活動も含め、対話が求められるということ。

 最近の企業経営で『エンゲージメント』(約束、履行。経営者と従業員の対話という意味もある)という言葉が使われる。

 株主との対話が重要としながら、山道氏は強調する。

「エンゲージメントファンドと言われている人たちであったとしても、それが全体の株主にとって有効な提案でなければ、株主総会では当然否決されるでしょうし、対話を深めていただければと思います」

 経営者も自分たちのビジョンや経営の進め方を堂々と表明するときだ。

 想定外の事が起きる今の時代にあって、経営者にも〝覚悟〟が求められている。

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