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日本取引所グループ・山道裕己CEOに直撃!「ユーザー視点、ステークホルダー視点で必要な改革を」

財界オンライン / 2023年7月18日 7時0分

山道裕己・日本取引所グループグループCEO

取引所の役割は、言うまでもなく投資家と資金を必要とする企業を結びつけるというもの。ウォーレン・バフェット氏など海外の投資家が日本株を注視。また、岸田政権の「資産所得倍増プラン」で若い世代のNISA(少額投資非課税制度)への人気も高まる。その中で日本取引所グループは企業に対し、投資家との対話や経営指標としてPBR(株価純資産倍率)などを持ち出して、経営改革を訴えてきている。山道新体制が企業に求める改革像とは─。

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世界の取引所との投資資金争奪戦の中で

 ─ 世界、日本の経済環境の先行きが混沌とする中ですが、改めてグループCEO(最高経営責任者)就任の抱負から聞かせて下さい。

 山道 我々が果たさなければならない役割、ミッションは公正公平で信頼性の高いマーケットを運営していくことであり、これは変わりません。また、魅力ある市場を投資家、企業に提供し、その結果として豊かな社会の実現に貢献するというのも、我々のミッションです。

 こうした伝統的な取引所の役割はしっかりと果たしていきますが、それに加えてデジタルやサステナビリティなど新しい分野にも積極的に打って出なければ、世界の取引所との投資資金の争奪戦を勝ち残っていくことはできません。

 ─ 今、岸田政権は「資産所得倍増プラン」を打ち出して、日本の個人金融資産の半分以上を占める現預金を投資につなげようとしていますね。この流れにどう対応しますか。

 山道 岸田政権の資産所得倍増プランの中で、NISA(少額投資非課税制度)が2024年から拡充、恒久化されます。今年1年間は、その準備期間と受け止めて、我々もそれに向けての役割を果たしていかなくてはいけません。

 さらに岸田政権ではIPO(新規株式公開)など、スタートアップに対する様々な施策も5カ年計画で設定されています。それに対して我々が果たすべき役割はリスクマネーの供給と、投資家と資金需要を持つ企業とを結びつけることです。

 その意味で、我々の役割の重要性はどんどん増していることは間違いありません。そのタイミングでもあるということで、CEOへの就任は身の引き締まる思いです。

 ─ 取引所は、上場企業や投資家など、非常にステークホルダーが多い仕事ですね。

 山道 ええ。普通の会社は株主、顧客、従業員、地域社会ですが、我々はそれに加えて多くの証券会社、世界中の多種多様な投資家、規制当局、さらに我々は投資対象であるとともに研究の対象でもあるということで学術の世界とも関わりがあります。

 このような様々なステークホルダーがいる中で、積極的に対話をすることで、ユーザー視点、ステークホルダー視点で、必要な改革はどんどん進めていきたいと考えています。時代背景的にも、そのようなスピード感が求められていますから、課題もやることも多いと感じています。


世界の投資資金が日本市場に向かっている

 ─ 地政学リスクは引き続き高いですが、これは投資家の心理にも影響しています。

 山道 そうですね。ロシアのウクライナ侵攻を受けて、現代においても領土を発端とした戦争状態があり得るのだということを、我々は知りました。

 また中国、台湾という我々にとって地理的にも非常に身近な存在がいますが、中国による台湾有事というリスクがあります。中国は武力による統一を否定していませんし、ロシア・ウクライナ問題に対する対応を見るにつけ、可能性があるという状況にあります。

 これまで、欧米を中心とした世界からアジアを目指す投資資金は、市場規模や成長性を見て、中国に集中していました。しかし今、本当に中国一辺倒でいいのか、「卵は一つのカゴに盛るな」という格言もありますが、全ての卵を中国という国にかけていいのか?という危惧が出ているのだと思います。

 ─ 世界の投資家は新しい投資先を探しているのだと。

 山道 そうですね。投資資金を振り向けることができるアジアの他の国はどこにあるのだろうと。経済規模、市場規模、あるいは民主主義、法治国家で、規制環境、政治も非常に安定しているということで、やはり日本が候補のナンバーワンになっているのも事実だと思います。

 日本政府が入国管理の規制を緩和して以降、資産運用業だけでなく、年金基金やファミリーオフィス(富裕層を対象に資産管理及び運用サービスを提供する組織)などのアセットオーナー、欧米の大学の基金の投資を担当しているCIO(最高投資責任者)などが、大挙して日本を訪れています。

 投資対象は必ずしも株式だけではなく、不動産などももちろん含んでいますが、彼らの話を聞いていると、資金の移動は間違いなく起きていると思っています。総合商社株に投資した世界的投資家のウォーレン・バフェット氏の動きもあり今、日本市場は注目を浴びています。

 ─ 2023年3月に東京証券取引所はPBR(株価純資産倍率)が低迷する上場企業などに対して、改善策を開示・実行するように要請し、大きな話題になりましたが。

 山道 これは何回も申し上げていますが、我々は短期的な上がり下がりは気にしていません。中長期的に日本企業の企業価値が向上していくような取り組みを望んでいるということです。

 2015年に「コーポレートガバナンス・コード」を導入した時から、資本コストを意識した経営をお願いしてきており、多くの企業さんは「コンプライ(遵守)・オア・エクスプレイン(説明)」のうち、コンプライしていますというところが多かった。コンプライしているのにも関わらず、PBRがこんなに低い企業が多いのはどういうことなのか?という問題意識から、PBRの話が出てきているのです。

 ただ、23年3月31日に、私が東証の社長としては最後の仕事で出した要請文の中では「PBR」とは書いておらず、「資本コストと株価を意識した経営を」とお願いしています。その議論の過程でPBRが出てきている。

 その意味で、PBRが絶対の指標だというわけではありません。ただ、PBRはROE(株主資本利益率)掛けるPER(株価収益率)ですから分解ができ、示唆に富む指標といえます。

 ─ PBRが持つ意味をどう考えればいいですか。

 山道 例えば、ROEは今の時点での収益性ですが、PERは将来に対するマーケットの期待も入っています。

 例えば、ROEが高いのにPERが低いということがあれば、IR(投資家向け広報)など、投資家とのコミュニケーションが取れていないというケースもあり得ます。このように企業のPBRが低い要因というのは個別性が強いのです。

 全ての企業にPBRを使って改善策を出して欲しいとは言っていません。これは1つのベンチマークであり、他にいいベンチマークがあれば、それを使っていただいてもいいんです。

 その上でお願いしたいのは、資本コストと株価を意識した経営です。損益計算書(P/L)だけに注目するのではなく、貸借対照表(B/S)にも注目をして下さいということなのです。

 なお、PBR1倍を上場基準に入れてはどうか?という意見もあるのですが、PBRはマーケットが決めるものであり、また1倍を超えれば良いというものでもありません。ですから、上場基準のようなハードな基準にはなじまない。我々としては上場基準に持っていく考えはありません。


外形面は整ったが次は実質面が問われる

 ─ いずれにせよ、企業には経営の改善が求められるということだと。

 山道 PBRの件が非常に注目されていますが、3月31日に出した中には、あと2つ要請が入っています。

 その1つが、投資家との建設的な対話の推進と開示です。これまでに14年に「スチュワードシップ・コード」、15年に「コーポレートガバナンス・コード」を導入して以降、そういう要請をしたことはありませんでしたが、今回お願いをしています。

 また、もう1つの要請が、建設的な対話に資するエクスプレインについて、自主的に点検をしていただきたいということです。本当にきちんとしたエクスプレインになっているかどうかという要請も入っています

 ─ 今回あえて要請をした理由は?

 山道 ある意味、コーポレートガバナンス・コードはプリンシプルベースですので、先程の「コンプライ・オア・エクスプレイン」です。取り組んで下さい、取り組んでいない場合には説明して下さいということでしたが、その内容が十分かということまでは今までチェックしてこなかったのです。

「エクスプレインしています」とおっしゃっていますが、相当数の企業さんで「現在検討中」というのを3年以上続けているという事例もありました。

 従って、資本コストと株価に注目した経営、投資家との対話の推進と開示、自社のエクスプレインについての自己点検という3つを要請しています。しかも、企業名は出していませんが、適切なエクスプレイン、不適切なエクスプレインの例まで出しているのです。

 これまで、こういうことはやってきませんでしたが、コーポレートガバナンス・コードによってプライム市場で見ると、92%が社外取締役3分の1以上になっています。外形的にはかなり進んできていますが、では実質面でどうかというのが、おそらく次の課題になるだろうと考えています。


アジアの成長を日本にどう取り込むか

 ─ 近年、「グローバルサウス」(新興国・途上国)の存在感が高まっていますが、日本と地理的に近いアジアの成長をどのように取り込んでいきますか。

 山道 今、非常に意識して取り込もうとしています。我々がクロスボーダーIPOと呼ぶ発行体があります。1つ目は外国籍の企業が、例えばJDR(Japanese Depositary Receipt=日本型預託証券)という証券を使って、日本でIPOするというものです。

 2つ目は、元々外国籍だった企業が、主なオペレーションは海外にあるけれども本社は日本に設立し直して、日本企業としてIPOするというケースです。3つ目は外国出身のCEOの方が経営しているケースという3形態があります。

 現時点で東証には21社がIPOしている他、パイプラインには20社ほどがあります。大体がアジアの企業で、IPOを目指しているんです。

 ─ これは直接的に海外の取引所との獲得競争になりますね。

 山道 ええ。主な競合相手は米ナスダックです。シンガポールも取引所としてありますが、マーケット全体も、IPOのマーケットも小さく、流動性が伴わないのです。上場後の資金調達、セカンダリオファリングがしにくいと。

 また、香港は今や中国の一部ですから、中国企業は多くIPOしていますが、それ以外の国の企業は少し敬遠するところがあります。

 そうなると、先程も申し上げたように、市場規模から見ても、市場規模や民主主義、法治国家であるという点、さらに日本は国内の経済規模が世界3位です。例えば、いきなり米国に打って出る前に、日本のマーケットをインキュベーター(孵卵器)として大きくなっていく企業もあるわけです。そういう企業が今、日本を見てくれています。

 ─ 日本の市場の魅力が相対的に上がっているわけですね。さらに利便性を向上させる必要がありますね。

 山道 そこで、シンガポールとマレーシアに関しては、会計基準を変えずに、そのまま日本の上場に使えるという形で体制が整いつつあります。

 ですから東証でのIPOを考えている企業の国は、ベトナム、マレーシア、シンガポール、インドネシア、台湾などと、かなり多様化しているんです。日本のIPOマーケットを、日本企業のみならず、アジアの企業に成長資金を提供するマーケットにしていきたいと思います。

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