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【政界】日本再生に向けて少子化対策と防衛力強化の財源確保をどうするか?

財界オンライン / 2023年7月16日 11時30分

イラスト・山田紳

「情勢を見極める」

 5月に広島市で開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)はウクライナ大統領ゼレンスキーのサプライズ参加で国際的な注目を集め、日経平均株価も上昇した。岸田が想定したシナリオを超える状況が現出し、自民党内では早期解散論がにわかに高まった。

【政界】岸田首相による首脳会談への表明に即応してきた北朝鮮の真意

 6月13日、首相官邸での岸田の記者会見は、政府の少子化対策を説明するためセットされたにもかかわらず、開始前から解散の有無にメディアの関心が集中した。会見に臨んだ岸田もそれを重々承知していた。

「外交、内政両面で先送りされてきた困難な課題の一つ一つに答えを出していくことが使命だと覚悟して政権運営をしてきた。解散・総選挙についても、この基本姿勢に照らしていつが適切なのか、諸般の情勢を総合して判断していく」

 ここまでなら「今は解散については考えていない」という従来の言いぶりからそう踏み込んだことにはならなかった。ところが、この日の岸田はさらに言葉を継いだ。

「こうした基本姿勢に照らして判断していくわけだが、通常国会の会期末間近になって、いろいろな動きがあることが見込まれる。よって情勢をよく見極めたい」

 首相秘書官らを交えて周到に答弁を練ったのだろう。慎重な言い回しながら、解散に含みを持たせる効果は十分だった。自民党幹部は「内閣不信任決議案は解散の大義になる」としきりに発信し、解散をにらんだ地ならしを進めた。

 その時点で、防衛費増額の財源を確保する特別措置法(財源確保法)や、性犯罪規定を見直した改正刑法など政府が重視した複数の法律が成立していなかったため、岸田の発言は野党の抵抗を阻止するブラフに過ぎないという冷静な見方もあった。しかし、岸田の真意がどうであろうと、いったん吹いた解散風は増幅する。官邸中枢にはそうした議員心理への配慮が足りなかった。

 迎えた15日。立憲民主党は内閣不信任案提出に傾き、一貫して解散に慎重だった公明党代表の山口那津男は党会合で「状況は不透明だ」と引き締めた。ついに同党が折れたのか─。政界の緊張はピークに達した。



「におわせ」の代償

 天皇、皇后両陛下は6月17日からインドネシアを訪問する予定になっていて、21日の通常国会会期末には国内にいない。それを根拠にした「16日解散」説が徐々に現実味を帯びる中、15日午前、岸田は自民党岸田派事務総長の根本匠を首相官邸に呼んだ。根本は「解散の話はしなかった」と記者団をけむに巻いたが、党内情勢について意見交換したのは間違いない。前日、岸田は党税制調査会長でいとこにあたる宮沢洋一とも官邸で会談していた。

 しかし、15日夜、事態はあっけなく収束する。首相官邸で記者団の取材に応じた岸田は一連の騒動に自ら幕を引いた。「立憲民主党が内閣不信任案を出すなら、即刻否決するよう茂木(敏充)幹事長に指示を出した」

 記者が「解散はしないということか」とたたみかけると、岸田は「解散については考えて……今は……今国会での解散は考えていない」と明言。肝心な部分で言いよどんだところに苦悩の跡がうかがえた。

「いつまでも態度をあいまいにしていいのか」という与党の不満は岸田の耳にも入っていた。15日の取材は内閣記者会からの要請ではなく、岸田が首相秘書官に指示して設定したものだった。

 解散見送りについて、複数の首相官邸幹部は「財源確保法などが成立するめどが立ったからだ」と口をそろえた。「解散におわせ」はあくまで野党へのけん制であり、作戦通りに事が運んだという解説だ。本当にそうか。

 共産党書記局長の小池晃は「思わせぶりな発言で解散風をあおってみたら、支持率が落ちてきて怖じ気づいたのではないか。自らに有利かどうかだけで解散をもてあそぶことは許されない」と厳しく批判した。野党だけではない。岸田の発言を伝え聞いた自民党の重鎮は「何も準備していないのに解散なんてできるわけがない。総理自身の首が飛ぶぞ」と言い放った。

 小池が指摘した通り、6月に入ると内閣支持率にはわずかに陰りが見え始めていた。岸田の首相秘書官だった長男・翔太郎が首相公邸で親族と忘年会を開いた「公私混同」問題や、政府が普及を急いだマイナンバーカードにトラブルが相次いだことなどが影響したとみられる。



「信頼は地に落ちた」

 とはいえ、内閣支持率の低下は与党への逆風を予感させるほどではなかった。むしろ永田町を驚かせたのは、6月14日に「自民党による情勢調査」という触れ込みで出回ったデータだ。

 いま解散すると自民党は2021年衆院選より約40議席、公明党は約10議席減らし、立憲民主党は約20議席、日本維新の会は約30議席増やす。立憲は100議席を超え、野党第1党の座を確保する─という調査結果だった。

 与党関係者は「自民党が本当の数字を表に出すはずがない。立憲を油断させて解散に誘い込むワナだったのだろう」と深読みする。

 事実、野党の選挙準備は遅れている。日本維新の会に勢いがあるといっても、地盤の大阪府とその近隣府県以外で小選挙区の候補者を浸透させるには一定の時間を要する。野党が乱立したら勝機が薄いことは、自民党が接戦を制した4月の衆院千葉5区補選を例に挙げるまでもない。

 しかし、本当に自民党が40議席も減らしたら、与党で過半数を確保したとしても事実上の敗北だ。岸田は政治責任を免れない。解散を見送ったのは、自民党の勝利に確信が持てなかったからではないか。

 岸田の解散見送り表明を境に、風向きは明らかに変わった。毎日新聞が17、18両日に実施した世論調査で、内閣支持率は5月の45%から33%へと急落。不支持率は46%から58%にはね上がった。両日の朝日新聞の調査でも支持率(42%)と不支持率(46%)が逆転した。有権者は早期解散を望んでいたわけではなく、この間の岸田の振る舞い自体に厳しい視線を注いだのだ。

 態勢を立て直すには与党の結束が不可欠だ。しかし、自民、公明両党は首都を舞台に激しく対立した。

 衆院小選挙区の「10増10減」に伴い、東京都内の小選挙区は25から30に増えた。公明党は現職を新29区で公認し、さらに新28区にも候補者を立てようとしたが、自民党が反発して調整は難航。公明党は28区をあきらめる代わりに、都内のほかの小選挙区で自民党候補を推薦しないという報復措置に出た。普段は慎重な発言が身上の公明党幹事長の石井啓一が「東京における自公両党の信頼関係は地に落ちた」と吐き捨てたことは、両党の亀裂の深さを物語っていた。

 自民、公明両党は東京以外では協力を継続すると強調している。全国の地方組織に動揺が広がれば、衆院解散どころではなくなるからだ。公明党代表の山口は「公明党との選挙協力によって得られた自民党の議席は相当数ある。自民党単独で衆参両院の過半数を取り続けるだけの基盤は失われている」とクギを刺した。

 岸田政権は当初から与党間のコミュニケーション不足が指摘されてきた。安倍政権における菅義偉(元首相)や太田昭宏(公明党元代表)のようなパイプ役がいないのが原因だ。先述した毎日新聞の世論調査では、自公両党が連立政権を「続けるべきだとは思わない」が67%に上り、「続けるべきだ」は17%にとどまった。他社の調査でも連立解消を求める傾向は顕著になっている。

 実際には、すぐに連立解消に向かう状況ではない。ただ、両党幹部が腹を割って話さない限り、関係修復は難しい。現執行部では打開できないとなれば、岸田は早ければ8月にも行う自民党役員人事で大幅な刷新に乗り出す可能性がある。



二兎を追えるか

 政策面でも年末に向けて課題は山積している。まずは岸田肝いりの少子化対策。24年度から3年間に集中して取り組む「こども・子育て加速化プラン」は、児童手当などの経済的支援▽保育サービスの拡充▽共働き・共育ての推進─を柱にそれぞれ具体策を盛り込み、年間3兆円台半ばの予算規模(事業費ベース)を見込む。

 政府が6月に閣議決定した経済財政運営の指針「骨太の方針」では、消費税を含む新たな税負担を財源の選択肢から外した。歳出改革に取り組み、国民に実質的な追加負担は求めないという。しかし、経済界からは増税封印に批判が相次いだ。

 一方、政府は23~27年度で防衛費の総額を43兆円程度に増やす方針だ。通常国会で成立した財源確保法は税外収入を積み立ててその一部をまかなうに過ぎない。法人税、所得税、たばこ税の増税時期が焦点になる。

 政府は昨年末、「24年以降」に増税することを決めていた。ところが、骨太の方針では「25年以降も可能となるよう、柔軟に対応する」と更なる先送りの余地を残した。それなら自民党税調で年末までに結論を出す必要はない。秋の解散をにらんで岸田が予防線を張ったとも言える。

 少子化対策と防衛力強化の「二兎」を追うのはもともと至難の業だ。それでも看板政策として掲げた以上、財源問題をいつまでもあいまいにはできない。

 通常国会が閉会した6月21日、岸田は記者会見で「信なくば立たず。その言葉を胸に今年下半期の政権運営にも全力で当たっていく」と決意を述べた。10月で政権発足から2年、有言実行が岸田には求められる。

(敬称略)

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