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【デジタル時代の監査】PwCあらた有限責任監査法人代表執行役・井野貴章「責任を取れる人とAIとの共存共栄が社会を発展させる」

財界オンライン / 2023年7月14日 7時0分

10年後の社会・経済をデジタルと信頼の観点をもちながらシナリオ分析をし、そのときに自分たちがどうあるべきかを発表した「10年後創造プロジェクト」

「人的資本を享受しようと思ったら経営者と従業員とのエンゲージメントを高めないといけない。それが対話だ」─。PwCあらた有限責任監査法人代表執行役の井野貴章氏はこう強調する。「人的資本」が声高に叫ばれ、監査業界ではデジタル化が喫緊の課題になっている。監査法人として企業の経営を伸ばす存在になるためにはどうすべきか。井野氏は人の持つ潜在力に触れながら、テクノロジーとの共存共栄で新たな社会の創造を主張する。

【監査以外の業務を創造】PwCあらた有限責任監査法人代表執行役・井野貴章「監査業務と監査以外のアドバイザリー業務の両方をやらなければ強くなれない」

パーパスが求められる時代に

 ─ 企業経営ではパーパスが求められる時代です。PwCあらたのパーパスとはどういった意味合いを持ちますか。

 井野 私たちPwCのパーパスは「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」です。これは普遍的な内容になります。重要な課題に取り組んで信頼を構築するということですから、その時代に起きている重要な課題を解決するために我々が何をすべきかが大事なことになります。

 財務情報が過去の積み上げであったのに対し、企業価値には未来の話も必要になってきます。そして、そこには非財務情報が含まれてきます。過去の要素と将来の要素が含まれるわけです。そのときに我々が価値ある情報に携わっていく存在になるべきだと考えています。

 企業の価値がきちんと資本市場で評価されれば、その企業の株価も上がるでしょうし、資金調達も容易になるでしょう。そうなると、経済活動も円滑になり、ひいては国富がしっかりと貯まっていくと思います。

 ─ その観点で資本市場に対し、何ができるかを考えていこうということですね。

 井野 ええ、これまで我々がやってきたことに対しては自信を持っていますし、安心のある領域です。しかし、少し先にある未来の不透明で未経験な領域に踏み出すことは誰しも怖いものです。それでも、やれることを積極的に考えて取り組んでいくことが資本市場に貢献しますし、我々のクリエイティビティ(創造性)も向上します。ひいては正しい会計の在り方を実現することに貢献できます。

 ですから、この業界に人を呼び込んでいく意味でも、過去のデータなど帳簿のチェックに留まっていてはいけません。世の中に必要とされる情報に携われば携わるほど我々の存在意義は高まりますから、そこを目指してやっていくべきですね。

 ─ 監査法人を担うべき人材像にもつながります。

 井野 そうですね。私は別の媒体で「企業価値の会計的探求」という言葉を使ったのですが、それが監査法人の担うべき役割の1つではないかと思っています。資本市場が注目する企業価値とは、会計士が得意とする財務の情報に加えて非財務の情報、すなわち未財務とかプレ財務と呼ばれる将来の財務に影響を与える情報からも影響を受けています。


会計士を志した理由とは?

 ─ 極めてクリエイティブな仕事だということですね。そういった仕事を井野さんが選んだ経緯を聞かせてください。

 井野 私は1991年にこの世界に入りました。まさにバブルの最後の世代になりますので、景気の良かった時代に学生時代を過ごしました。日本の経済がグローバルにどんどん大きくなっていく中で、私もグローバルに活動したいと考えました。

 しかし、何が良いかが分からない。その頃初めて会計士の仕事を知りました。会計士は、いろいろな監査先の企業に行くのです。知らない世界を学ぶことができると思ってこの世界に入りました。そしていつかは患者を助ける医療従事者のように企業の役に立つ会計士になりたいと夢を持ちました。

 ─ 今は「失われた30年」と言われ、経済は停滞気味です。

 井野 そうですね。私も会計士になって、すぐにバブルが弾け、2008年のリーマン・ショック、11年の東日本大震災、そして20年の新型コロナと、発生当初は少し遠いところで起こった印象を受けるのですが、時間と共に自分の世界に必ず繋がってくる感覚を得ました。

 会計士として見てきたこととして、失われたものばかりとも思っていません。これらの問題を正視して乗り越え、バトンをつないできた企業の経営者や現場の一線にいた人たちもいます。その人たちが流す汗や涙は、血を流す努力に見えました。時代背景もありましたが、そういう活動をしている企業とお付き合いできて、会計士の人生としては様々な物事を学びました。

 私は、「失われた30年」とは尊敬すべき考え方だと思います。自分の責任をしっかりと受け止めているわけですからね。ですが同時に、問題を正しく乗り越えてきた財産もあるのです。

 困難に立ち向かうときに、リーダーも覚悟して頑張ったと思いますが、現場の第一線で取り組んでいたフォロワーも立派でした。変化が激しい時代における世代交代にあたっては、リーダーとフォロワーがシンクロした過去の経験を活かすことが大事なのではないかと思います。

 ただ、環境が変わっているため、当時のサバイバーが単に過去の経験だけを振りかざすだけでは新しい世代がついてこないとは思います。

 ─ 若い人たちと議論する場を設けたりしたのですか。

 井野 あります。執行役副代表の久保田がリードする、当法人の新しいVisionの策定にあたり、「10年後創造プロジェクト」として、入社して3年から5年ぐらいの職員を選抜し、様々な内外のリーダーとの対話を経て、10年後の社会・経済をデジタルと信頼の観点をもちながらシナリオ分析をし、そのときに自分たちがどうあるべきかを発表していただきました。

 結果は興味深いものになりました。生まれた未来シナリオは、「SF社会の到来」「環境危機に団結する社会」「新たな冷戦時代へ」「ディストピア(反理想郷)化する社会」の4つです。幅広いシナリオですが、どれも現実的にあり得ると思いました。それほどの不確実性を彼らも予想している。しかし、私が最も心を揺さぶられたのは、どういう未来であっても、自分たちの手で責任ある社会をつくるんだという彼らの決意表明でした。



デジタル社会における「対話」

 ─ 若い世代の決意でもありますね。井野さんはデジタル社会における対話をどのように捉えていますか。

 井野 デジタル社会だからこそ、人的資本にかかわるものと考えて対話に取り組むことが大切だと思います。人的資本については、企業会計でいうと、資産、負債、資本がありますが、人の持つ力は減らないから資本だという考え方になるでしょう。しかし、人的資本の所有者は誰かというと、経営者ではありません。人的資本とは、その人に備わった能力になりますので従業員のものなのです。

 会社のものではないから会計上、資産計上できませんし、それがどれだけの価値を生み出すのかという効果測定も困難です。ですから、企業会計では費用処理されているのです。それを外から見たときに、人の価値を無にしているのは会計のせいだという意見もあるやに聞きますが、人的資本は従業員のものとして存在していること、したがって人的資本の効果を享受しようと考えるなら、従業員が経営者の思いを理解して共感し、頑張ろうと思わせることです。それがなければより良い職場を求めて従業員は辞めてしまいます。


対話は経営者と従業員をつなぐ

 ─ そこをどう食い止めるかが大切なことになります。

 井野 その通りです。辞めてしまったら、その人にいかに経験を与えて教育をしても会社にとっては失われた投資になる。つまり、会社は人的資本を失うのです。ですから、人的資本の効果を享受しようと思ったら従業員とのエンゲージメントを高めないといけません。では、このエンゲージメントを高めるためにはどうすべきか。それが対話です。

 経営者と現場にどれだけ信頼関係があるのか。これがエンゲージメントになります。そうなると、例えば経営者と投資家の対話に透明性が必要だと言われるのと同様に、経営者と従業員の間にも対話の透明性が必要になってきます。企業には様々な取り組みや制度があると思いますが、従業員がそれらに賛同していなければなりません。

 私たちも、内部を知る職員が、私たちの方針に賛同し、私たちの具体的な取り組みに共感している状態を目指しています。経営が色々な取り組みを行えば積極的に説明したくなりますが、道半ばで職員が違和感を持つような状況であれば、職員とコミュニケーションを取って距離を縮めてから文字にします。

 状況を共有し、お互いの目線を合わせることを継続して行うことによって、段々とお互いの関係性の透明度や解像度が上がってくるのですが、そこに意味があるのではないかと思います。

 ─ 法人全体で何人のスタッフがいるのですか。

 井野 約3000人となりました。ですから対話はデジタルの力を使います。デジタルは一方通行かもしれませんが、情報を流せますし、頻度も上げられる。ですから今は様々なチャネルやツールを使い、様々なタイミングで意見を集め、また経営の想いをフィードバックするようにしています。

 ただし、同時に少人数のグループでタウンホールを開催したりして、関係性を作る。積み重ねの中で、デジタルの中でも少しずつコミュニケーションが取れるようになってきました。移動がなくて楽な分以上に、感情を共有するためのエネルギーは使います。

 私たちが恵まれているのは副代表がコミュニケーションで多くのエネルギーを使ってくれているということです。もし職員が不満や疑問をメールすれば、その副代表が2時間以内に必ずレスポンスしているのです。その際、他にもこのような意見もありますよと添えて返信する。すると、大半が「分かりました」と返しています。

 つまり、それだけ軽い気持ちや思い付きで質問しているケースが多いということです。それくらい経営と現場の距離が詰まってきているということの証左になります。こういったことが若い世代とのコミュニケーションの在り方なのだと思います。

 ─ その副代表が若い世代との対話の仕方を知っていると。

 井野 そういうことです。そして、対話の中で食らいついてくる人もいます。その場合には経営が制度を変えるために行動する。課題が完全に解決しなくても、経営が動いたということが分かれば現場は経営に信頼を寄せてくれますからね。



AIと人との関係は?

 ─ 最後にAIに代表される新しいテクノロジーと人との関係はどうあるべきですか。

 井野 PwCのスタンスは「Human-led and tech-powered.」です。つまり、人間がリードするけれども、技術によってパワーを得るという状態です。人間は機械を無視してはいけませんし、逆に人間が機械に不用意に依存してもいけない。あくまでも人間がリードすると。そのときに機械を最大限活用するという共存共栄のスタンスです。

 ─ 主体性はあくまでも人間にあるということですね。

 井野 そういうことです。なぜなら、機械は説明責任を果たせないと思うからです。責任を取れない人の意見は聞きませんね。それと同じことです。人は責任が取れますが、AIは責任が取れませんからね。

 ─ 産業革命以来、新しいテクノロジーが出ると反発もある。しかし、人類はそれを取り入れて生きてきました。この関係は未来永劫続くのでしょうね。

 井野 はい。私はそういった関係性を幸せなことだと思います。もちろん、一時的に雇用が奪われるといったことはあるかもしれません。今まで通りにいかないことによる不便も起こり得るでしょう。しかし、長い歴史から見て、一瞬はそのようなことがあると思いますが、そこから先、ずっと続いていく世界を考えると、どう考えても技術を使った方が幸せになっていくのではないでしょうか。それは歴史が証明しています。

 そうであるならば、困っている人をどう助けるかと、未来に向けて新しいテクノロジーによりさらに正しい変化にドライブをかけることを同時にやれば良いのではないでしょうか。(了)

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