【倉本 聰:富良野風話】洪水の季節
財界オンライン / 2023年7月27日 18時0分
洪水の季節である。
【倉本 聰:富良野風話】スシロー事件
地球温暖化による異常気象のせいか、昨今俄かに注目を集め出した線状降水帯なる新しい流行語が連日のようにテレビの画面を賑わし、改めて地球が水の惑星であったことを思い出させてくれる毎日である。
テレビ各局のそうした報道を見ていて、イライラすることが山程ある。その一つが降水と氾濫の因果関係を報道がちっとも正確に伝えていないことである。
わが家は山裾の谷間にあり、家の建つ崖下には沢が流れている。普段はかすかな水量の沢だが、山に雨が降ると、たちまち水量を増し、アッという間に急流となる。一度などは十数メートルの深さの谷の半分くらいまでふくれ上がった。この時は水流が何本もの巨木をなぎ倒し、上流から無数の石や岩を一晩中、雷鳴の如くゴロゴロと流して、どうなることかと蒼ざめた。
その時の山に降った雨量は1時間にわずか60ミリ。それが北の峯という1つの山から数本の沢となって下界に駆け下り、空知川という一級河川に一挙に流れこむわけであるから空知川はたちまちふくれ上がり、田畑・住宅地を飲みこんで、やがては石狩川に合流するのである。石狩川が氾濫を起こすのは当然である。
しかも、わが家の下を流れる通称、二線沢などは全体の流れからみれば微々たるもので、十勝山系から流れこむベベルイ川、布礼別川ほか、名のついた河川からの水の量はゾッとする程の巨大な量で、それが一斉に下流を襲うのである。
山から走りこむ水流の道は、1本の草や木を引っこ抜いてみればよく判る。たとえば、それをジャガ芋にたとえれば根はいくつもに枝分かれし、更にその先が枝分かれし、更に更にその先が枝分かれして、その先に小さな小芋がついている。この小芋がいわば水源林であると、わが富良野自然塾では説明するのだが、植物の根の形は地中に拡がる水の流れに酷似している。だから山の中のどの部分に豪雨が降ったかということは、下流を走る一級河川の水量をどこでいつ突然ふくれ上がらせるかに直接関係するのだが、テレビの報道は下流の洪水を伝えるだけで上流の降雨のことを一向伝えない。
今一つの大きな問題は下流の都市開発の問題である。例えば東京の新興地の、水の出た地名をよく調べると、元々の地名にサンズイのついていた場所が実に多い。古人は元々水の出る土地にサンズイを冠して警告したものと僕は考える。しかし無責任な町名変更とか、売れれば良いという不動産屋の思惑の中で、今や旧名にサンズイがついていたかどうかなどは、売る者も買う物も恐らく殆んど気にしないのではあるまいか。
アイヌ語では大水が出た時、暴れる川をベツ。暴れない川をナイと呼んだ。ついでに言うなら飲める水をワッカ。飲めない水をペと呼んだという。稚内(ワッカナイ)とは、飲める水が暴れず常に流れている場所の意である。
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