経団連会長・十倉雅和の「民間経済は対話の精神でソリューションを」
財界オンライン / 2023年8月1日 18時0分
『分厚い中間層』をいかにして、つくり上げていくか─。戦後日本の高度成長を支えたのは、多くの人が自らを中間層と位置付け、もっと豊かになると懸命に働いたからだ。今は、若い世代に年収300万円台が多く、将来に不安を抱える者も少なくない。「格差の固定化をいかに防ぐか。これは民主主義の問題にまで影響を及ぼしているので、大きな課題です」と日本経団連会長・十倉雅和氏。格差問題を解決するには、「まず、経済成長しないといけないし、もう1つは全世代型社会保障改革。日本の将来への不安をなくしていくためにも不可欠。そして人口減の中で、女性の活躍や、男女を問わず、望めば子どもを持てるような働き方改革が必要」と十倉氏。経済成長、全世代型社会保障改革、働き方改革の”三位一体改革”である。”失われた30年”の間に、日本の国力、存在感も相対的に低下。日本の再生と絡む”分厚い中間層”づくりへ、今、何が必要か─
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なぜ、〝分厚い中間層〟が今、必要なのか
大事なのは、『分厚い中間層の構築』─。
日本の再生に向けて、また社会の安定・安心を確保するために、〝中間層〟はキーワードだと十倉雅和氏(日本経済団体連合会会長)は訴える。
「はい、『分厚い中間層の構築』は今、1つのKPI(重要業績評価指数)ですね。昔、かなり厚かった中間層が、もう今、本当に減ってきたし、若年世代の平均所得は300万円台なんですよね。だから、この問題を解決しなければいけないと」
社会の安定を図るには、何より中間層という基盤が不可欠という問題意識。戦後70数年の日本の歩みを見ても、敗戦からの復興期、国民が懸命に頑張り、世界第2位の経済大国の地位を掴んだ時に、わが国を支えたのも、『分厚い中間層』であった。
〝1億総中流意識〟─。人口1億人の日本で、国民のほとんどが「自分は中間層」という意識を持っていた。国民の大半がこうした意識を持てる経済状態が社会の安定、国民の安心感をもたらすということ。
今は、〝安定・安心〟が、下手をすると崩れかかっているのではないかという関係者の思いである。
GDP(国内総生産)で言えば、2010年、日本は中国に抜かれて、世界3位になった。個人の裕福度を測る1人当たりGDPで見れば、世界30位にまで転落。
G7(先進7カ国)の中で、日本は最下位である。ちなみに29位はイタリア。日本のすぐ後の31位は中南米の諸島国バハマ、32位台湾、33位韓国という順位(2022年)。
日本の1人当たりGDPは3万3821㌦。アジアの優等生・シンガポールは6位(8万2807ドル)、米国は7位(7万6348ドル)である。国全体では世界3位だが、1人当たりGDPで見ると、世界30位というところに危機感を持つ識者も少なくない。
この状況を克服していくには、財政、社会保障の問題、そして何よりイノベーションによる経済活性化と、それを担う人材育成に必要な教育など、諸課題が絡んでくる。
こうした諸課題を解決していく上で、『分厚い中間層』の構築が不可欠という経団連会長・十倉氏の認識。では、これから、どう対応していくべきか?
「若年世代の平均所得300万円台の問題を解決しようと思ったら、やはりまず経済成長、マクロ的な経済環境を良くしないといけないと。もう1つは全世代型社会保障改革ですね。これはイコール日本の財政問題です」と十倉氏は訴える。
漠とした将来への不安─。今、日本は人口減が続く。少子化・高齢化が日々の生活に影響を及ぼし、人手不足が医療・介護はもとより、全産業を襲い、様々な現場で悲鳴が上がり始めた。
若い世代の中で、結婚をせずに、〝一人世帯〟の人たちが増えている。若い世代が子どもを産まなくなり、新生児は2022年、80万人台を割り、77万人となった。
戦後日本の発展期、産業の現場で働いていた〝団塊の世代〟(戦後1947年から1949年に生まれた世代)は270万人から280万人いた。
今の新生児数は〝団塊の世代〟の3分の1以下という水準。
若い世代で結婚しない人が増え、結婚しても、子どもを産まないという現実にどう対応していくかという切実な課題。
「多くの人は、漠とした不安を抱えている。全世代型社会保障改革というものを進めなければいけない」
十倉氏はこう語りつつ、「もう1つは、人口が減っていく中で、働き方改革が大事になってくる」と次のように訴える。
「日本で少子化が進み、人口が減っていく中で、労働者不足というのは、やはり女性の活躍が少ないこともある。女性が働こうと思ったら、子どもを持ちたいけど持てないということになるので、男女を問わず、望めば子どもを持てるようにする働き方改革ですね。それをやらないといけない」(後のインタビュー欄を参照)。
十倉氏は人手不足問題についてこう触れ、「われわれはマクロの経済環境を良くすることに傾注していきたい」と強調。
「全世代型社会保障改革、そしてマクロの経済改革、つまり経済政策ですね。それと働き方改革、労働法制の整備をやらないといけない。これは三位一体というか、全部連動しています」
言ってみれば、国全体に関わる改革であり、この国をどういう国にするかという根本的な問題である。
賃上げ問題に日本全体でどう取り組むか
経済の主役は民間企業。人口減、ウクライナ危機の中で、資源・エネルギーなど原材料高騰という制約が多い中で、成長をどう実現していくかという課題。産業再編も不可避で、「会社は守らないが、雇用は守らなければ」という声も出始めた。
今、産業界では〝賃上げ〟が進む。バブル経済がはじけた1990年代初頭から約30年間、日本は〝失われた30年〟に入り、賃金も上がらなかった。コロナ禍が一段落した今、日本経済は株価上昇やインバウンドの観光客が押し寄せ、活況を取り戻しつつある。
業況は改善されつつあるが、ウクライナ危機は依然続き、米中対立、台湾有事問題などグローバル世界でも緊張感が求められる。
何より、日本再生を確実にしていくためには、肝心の企業の生産性を上げるということを図っていかなくてはならない。
賃上げ問題についても、大企業は3%以上の賃上げを実現したとして、中小企業はどうかという日本固有の課題がある。
日本全体の企業数約370万社の内、99%は中小企業だ。そして全雇用数の7割を中小企業が抱える。その中小企業の賃上げの実態はどうなっているか?
商工会議所関係者が語る。
「大体3%以上の賃上げができたのは約4割。賃上げしないと、人が採れないとして、1%程度のアップも含めて賃上げの形を取ったのが約3割。残りの3割は賃上げできなかった」
賃上げは、人手不足問題とも絡んでくる。人手不足は全業種、全領域が抱える課題。人口減少は今後、長期間続く。その中で、経済人の役割とは何なのか?
2期目の今、格差問題を
十倉氏は2021年6月、経団連会長に就任。現在は2期目を迎えたばかり。
「1期目は社会課題というか、生態系の崩壊、地球温暖化問題に取り組みました。そして、グリーントランスフォーメーション(GX)で提言し、今年5月GX関連法が通りました。あれは随分、経団連の主張というか、提案を採り入れていただいて、われわれなりに貢献できたという自負はあります」
十倉氏は会長1期目の仕事をこう総括し、2期目については前述の通り、「格差の問題に焦点を当てていく」考え。
折しも、岸田文雄政権は『新しい資本主義』を訴え、〝成長と分配の好循環〟政策を掲げる。
「われわれ経団連も成長と分配の好循環、これをきっちりシステムとして捉えてやることに注力します」と十倉氏は語り、「トリクルダウンでは、分配の問題は解決できないと思っています」と強調する。
トリクルダウン(trickle down、滴り落ちる)─。富めるものが富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちるという意味で、18世紀の欧州で起きた経済思想。21世紀に入ってから、いろいろな危機が複合化し、トリクルダウンの考えには否定的な声も多い。では、どういった手(政策)を打つべきか?
〝分厚い中間層〟を作るには何としてでも経済成長を
格差が大きくなると、社会不安につながり、経済停滞を招く。
何と言っても、今、国民の間にあるのは将来への不安、先行きの懸念である。少子化、つまり若い世代が子どもを産まなくなっているのも将来への漠たる不安が最大要因と言っていい。若者の覇気と志はどうか?
某有力私大の教授が嘆く。
「最近の学生は留学熱がすっかり冷え切ってしまっている。うちの大学の留学制度を活用して海外の大学院へ留学しようというのは、中国や韓国などアジアから来ている学生が中心になっている」
また、商社の幹部からも、「せっかく商社に入ってきたのに、海外勤務を避けようとする若い世代も少なくない」といった声が聞かれる。
なぜ、若者の覇気が失われているのか?
「いや、わたしは、若者は割としっかりしていると思いますけどね」と十倉氏は語り、次のように続ける。
「企業に入っても、3年以内に転職する人が、大企業でも30%いるわけですからね。このことは、やはり自分たちのキャリアを真剣に考えている証ですよね。わたしはそう思います」
十倉氏は、若い世代の奮闘に期待するとしながらも、日本全体の現状を鑑み、また日本再生を図っていく上での基本スタンスとして、次のように語る。
「ただ、日本全体がデフレの30年の間で、やはり内向きになっている面はあると思います。だから、もっと海外に目を見開いてやっていくべきだと」
十倉氏は〝三位一体改革〟という言葉を使うが、経済の領域だけでなく、「日本は現状のままでは…」と危機感を抱く関係者は少なくない。
人づくりを担う教育界でも少子化を背景に危機感が漂う。
人づくりの大学内にも危機感が……
産業界に人材を送り込んできた東京工業大学は東京医科歯科大学と統合し、『東京科学大学(仮称)』として新しい出発をすることを決断(2024年に統合予定。本誌32ページのインタビュー欄を参照)。
なぜ、工業系の東工大は医学系の東京医科歯科大との統合を決断したのか?
東工大の益一哉・学長は、「単なるテクノロジーの開拓だけでなく、もっと社会に貢献し、国力の向上にもつながるサイエンスを追求する大学にしていく。東京医科歯科大の医学系のサイエンスとの相乗効果をあげていくということで、東京医科歯科大学さんとも合意しています」と語る。
何より、益学長の思いは、日本再生を図る上で、海外からも留学生が押し寄せるような〝魅力ある大学づくり〟である。
「日本は〝失われた30年〟と言われますが、産業人が今の状況を招いたとするならば、産業界に人材を送り込む大学にも責任の一端はあります」。
そうした責任を感じての大学改革であり、東京医科歯科大との統合で新しい大学を創ろうという益氏の決断。
少子化がこのまま進めば、約800校ある日本の大学の内、約200校は余剰になるという話もささやかれる。そうした状況下で、若い世代にとって魅力のある大学づくりを果たしていかねばならないという関係者の危機感である。
いま、リーダーに求められる『覚悟』
こうした社会全般の動きの中で、「だから、経済社会というか、そういう所にもわれわれも提言をして、関わっていきたい」と十倉氏は語る。
少子化問題について、経団連は『静かなる有事』と捉え、解決策づくりを進めたいとする。
少子化問題は『ブラック・エレファント(黒い象)』とも呼ばれる。「はっきり大問題になると分かり切っているのに、なかなか手を付けられなかった」と十倉氏。
少子化問題は国や行政の財政とも直結する。子育てを担う若い世代も平均的所得の低下で、子どもをつくれないという状況が重なる。平均的所得を伸ばすには、やはり日本の経済成長を高めなければいけない。
「政府が『次元の異なる少子化対策』ということで、かなり中長期を狙うのであれば、やはり全世代型社会保障改革が求められるし、これは財源問題にもつながりますので、時間がかかるだろうと」
人口減から来る日本の基本的構造問題。中でも、日本の未来を背負う子どもたちのために、少子化対策を実効あるものにするのならば、その財源確保は避けては通れない。
「はい、社会保険料をどうするかということだけでは絶対無理なんだと。やはり税も含めた一体改革をやる。これは実にしんどい話ですけれど、言うからには十分検討して進まないといけない。経団連としても、そういう提言をさせて貰っています」
国民負担問題を含め、政治も、経済も『覚悟』が求められている。
構造問題の解決は?
今、日本経済は活況を呈している。世界的に著名な投資家、W・バフェット氏も日本株を見直し、選択的な集中投資を行っている。全体的に企業の業績もいい。
日本銀行が発表した6月の全国企業短観(短期経済観測調査)でも、製造業は7四半期ぶりに改善。半導体不足などの供給制約が緩和されたのと、資源・エネルギー価格の上昇が一段落したなどの要因が背景にある。
非製造業でも、ホテルや飲食店などのサービス業がインバウンド(訪日外国人)の大幅増加などで、5四半期連続で改善。
短期的に明るさは出ている。しかし、海外経済は中国の景況悪化、欧米はインフレ基調で波乱要因を抱えており、日銀の金融大緩和策も修正、ないしは転換局面を迎え、市場も神経をピリピリさせている。
人口減少から来る需要減、人手不足、そしてグローバル競争を生き抜くため、企業の生産性アップという中長期視点での基本構造問題は残る。
いま、国の税収入はどうか?
短期的には税収も伸びている。基幹3税(消費税、所得税、法人税)は共に伸び、2022年度の一般会計の税収は約71兆1373億円。過去最高を更新した。
特に税収増を牽引したのは消費税で、23兆0792億円と基幹3税でトップ。以下、所得税収22兆5217億円、法人税収14兆9397億円という順。
円安や資源・エネルギー高で物価上昇が続き、食料品や日用品、そしてサービス価格が上がり、消費税増収につながった。
また、所得税収も産業界の賃上げで給与所得が伸び、株式の配当収入なども税収増を支えた形だ。法人税増収も、大企業を中心とした業績の向上があり、特に円安効果も加わっての好業績が背景にある。
税収が増えたと言っても、一般会計歳出の6割しか賄えないという現実がある。赤字国債依存という構造的問題は残る。
全世代型社会保障改革を進める上でも、財政改革は避けられず、消費税を含む増税議論は不可避という指摘もある。
その意味で、政治、経済リーダーの覚悟が求められている。
国と民間経済との関係
日本再生へ向け、政府と民間企業、政治と経済の関係はどうあるべきか─。
「政治と経済は、べったりがいいというわけではないんですが、やはり良い連携をしないといけないと思います。今までのように野放図なグローバリゼーションをやればいいというのではなくて、経済安全保障問題も出てきていますからね。それから、市場任せにしたら、かなり失敗もあるので、やはりパブリックセクターの出番も増えてくると。その一番の典型は政府ですし、政府と経済界が連携を良くしてやらなければいけない」
要は、日本の将来ビジョン、あるべき姿をどう描き、どう実現していくかということ。
「そういう意味では、われわれは今、岸田内閣の掲げる『新しい資本主義』と、われわれが掲げている『サステイナブルな資本主義』、これはわれわれのほうが早かったんですが(笑)、本当にコンセプトが軌を一にしているので、ぜひ良い連携をやりたいと。意見の対立は所々あると思うんですけどね」
今は『複合危機』の時代と言われる。想定外の事が次々と起き、価値観の違いが絡み合って、対立や軋轢を生む。その中で「イノベーションを生み出す日本にしなければ」とは某経団連副会長の弁。危機感の中で士気は高い。
お隣り中国との関係はどうあるべきか?
中国との関係は?
「これは、G7も『デカップリング(分離、対立)』という言葉は良くないと。言葉を変えたから良くなるものではないですけれども、ただ『名は体を表す』で、方向性は出ると思うので、『デリスキング(リスクを避ける)』というわけですね。世界は中国無しではやっていけない。中国も世界なしではやっていけないわけですよね。この現実をどう捉えるかです」
十倉氏は現実を押さえながら、中国との関係の進め方について次のように述べる。
「ただ、やはり価値観とか、自由や人権とか、そういう所でどうしても相容れない所があるので、経済安全保障みたいなことが出てくる。それはそれでありながら、それ以外の所はきちんと関与を通じていく。G7や他の国も含めて、中国とは積極的に関与、エンゲージメントをやっていくと。中国に対して、G7の懸念もちゃんと伝えると。要するに対話をしていくと」
法の支配、人権、自由を大事にするG7などの自由主義陣営と、共産党独裁の中国とはモノの考え方で違いがある。
「はい、経済政策、経済的威圧があると言われています。そういうのがあって、中国問題でのそうしたグローバルなアジェンダ、課題に対しては日本も協力しないといけないし、中国もわれわれに関与してほしいと」
十倉氏は、「とにかく、民間経済は対話なくしては駄目なので、韓国との関係もそうですよね。どんな時でも、やはり対話が一番大事だと」と強調する。
グローバルにも、国内にも多くの危機が存在する。政治が対立している時に、国と国、人と人をつなぎ、対話で課題解決策の糸口を探し出すのが経済人の役割という十倉氏の訴えである。
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