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大和総研副理事長・熊谷亮丸氏に直撃!岸田政権が目指す「新しい資本主義」のポイントとは?

財界オンライン / 2023年7月24日 7時0分

熊谷亮丸・大和総研副理事長(内閣官房参与)

今、主要国の中で経済見通しが最もいいのが米国、次いで日本。その日本経済を支えるものとして熊谷氏はインバウンド、賃上げ、サービス消費など7つを挙げる。ただ、課題も多い。長年、日本を苦しめてきたデフレの脱却をどう確実なものにするか。人手不足への対応、そして賃上げと物価の関係。そうした先行き不安の中で「新しい資本主義」をどう具体化していくか。熊谷氏は社会課題の解決を成長のエンジンに変えるという政府の立場を説明する。

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国内経済を支える材料とは何か?

 ─ 日本の株式市場は外国人投資家が牽引して株高ですが、米国は金利上昇で先行きが不透明です。現在と今後の経済情勢をどう見ていますか。

 熊谷 経済全体でいうと、主要国の中で経済見通しが最もいいのが米国、2番目が日本という状況です。日本はコロナからの回復が諸外国より遅かったこともあり、特に国内のサービス消費を中心に戻りの需要があるというのが要因となっています。

 国内経済を支える材料は7つあります。1つ目はコロナの5類への移行によるサービス消費の回復です。2019年の7―9月の水準に戻るとすれば約8兆円の回復余地があります。

 2つ目は過剰貯蓄が存在することです。コロナ対策の定額給付金が1人10万円ずつ配られましたが、これらが積み上がって約45兆円あります。これは消費に対して約16%を占める規模で、経済を支えています。

 3つ目がインバウンド(訪日外国人観光客)です。今年中で見ると、約3兆円増える見通しです。4つ目が自動車の供給制約の解消です。家計向けの繰り延べ需要は約1.4兆円あります。

 5つ目が賃上げです。連合が集計した今年の春闘の賃上げ率は3.6%程度となり、これは約30年ぶりの高さです。6つ目が日本銀行総裁の植田和男氏が、就任後早いタイミングで金融政策を正常化すると見られていたものが、思った以上に慎重なことです。

 そして7つ目として世界経済の減速などもあって、資源価格が比較的安定的に推移していることも、日本にとってはプラスに働いているのです。

 ─ 東京証券取引所に上場する企業の半数がPBR(株価純資産倍率)1倍割れですが、この改善に向けて動き出していることもプラス材料ですね。

 熊谷 ええ。私も東証の「フォローアップ会議」のメンバーですが、企業は要請を受けて改善に動き出しています。これは海外投資家から見ても、経営効率が悪いとされてきた日本企業が大きく変わるのではないかという期待につながっています。

 ─ ただ、欧米のインフレ、それに伴う不透明な経済環境、ロシア・ウクライナ戦争など、先行きは混沌としていますね。

 熊谷 特に海外を中心にリスクがあります。1つ目は米国が深刻な景気後退に陥ること、2つ目はウクライナ情勢が緊迫化すると欧州経済の下振れや資源価格高騰の恐れがあること、3つ目が中国での大幅な不動産市場の調整、4つ目が日銀が拙速に「出口」を模索すること、5つ目が新興国の債務危機、6つ目が台湾有事、7つ目が重症化リスクを高めるような新たなコロナ変異株の出現です。

 世界経済全体で見ると、米国のリスクが出ると4%ポイント、欧州で出ると1.8%ポイント、中国で出ると1.4%ポイント、それぞれ成長率が下押しされる見通しです。

 日本だけで見ると、米国のリスクで3%ポイント、欧州で1.3%ポイント、中国で1%ポイント下押しされます。さらに米・欧・中のリスクが一度に来た場合、最悪のケースだと日本の成長率はマイナス4%となる恐れがあるのです。海外リスクは、少しストレスがかかるだけで、日本がマイナス成長に陥る可能性があります。

 ─ 米国では急激な利上げでシリコンバレーバンク(SVB)など中堅銀行が相次いで破綻するなど、難しい状況です。

 熊谷 米国の金融環境は予断を許しません。SVBなど銀行の問題は完全に終わったわけではなく、今後金融システム不安が生じる可能性を警戒しておかなくてはいけません。

 一般的に、金融環境の悪化は3つのステップを辿ります。第1に長短金利が逆転する「逆イールド化」、第2に銀行の貸出態度の厳格化、第3に貸出の減少です。米国は第2ステップの貸出態度厳格化まで来ている。

 米国では貸出全体のうち、商業用不動産向けが約25%ありますが、特に中小の金融機関が貸し込んでいるんです。そこが今後、焦げ付いてくる恐れがあります。例えば西海岸では、昨年末のオフィス空室率が5%程度だったものが、足元で25%を超えてきている状況です。リーマンショックほどではないにせよ、危機のリスクがあります。


日銀の政策運営をどう見通す?

 ─ 日本は長年デフレが続いてきましたが、脱却しつつあると言っていいですか。

 熊谷 脱デフレは着実に進行しています。これまで日本の物価は0%台が続いてきましたが、1%台前半から半ばくらいまで、物価の基調が上がってきています。

 1つの象徴的なデータとして、価格改定の頻度が高い品目の「伸縮価格」と、頻度が低い品目の「粘着価格」があります。伸縮価格は過去、上下動を繰り返していますが、粘着価格は90年代前半頃から全く上がっていませんでした。これが足元で90年代前半以来の、3%近い伸び率を示しています。物価の「潮目」が変わってきている可能性があるのです。

 物価は過去の物価に引きずられますから、実際に足元の物価が上がってくると、それにつれて期待インフレ率が上がり、家計や企業の行動が変化する可能性があります。

 労働需給はバブル期に迫るくらい逼迫するなど人手不足が深刻化しています。そのため、転職した人も、引き止められて残った人も、どちらも給与が上がり始めている状態です。

 ─ 5月の消費者物価指数は生鮮食品を除く総合指数が前年同月比3.2%の上昇ですが、それでも政府・日銀が目指している物価目標2%の達成は容易ではないというのが日銀の植田和男氏の見方ですね。

 熊谷 そうですね。先程、春闘での賃上げ率が3.6%程度という話をしましたが、足元のデータから推計すると、来年は少なくとも3.2%くらい上がる可能性があります。しかし、物価が2%に達するためには春闘で4%くらいの賃上げが必要なんです。

 そのことからも、デフレを脱して1%台の物価は定着するかもしれませんが、日銀が目指す2%に達するとは断言できない状況ではないかと考えています。

 ─ 今後の日銀の政策運営をどう見通していますか。

 熊谷 植田総裁の就任時には早いタイミングで正常化に動くのではないかと見られていましたが、今は正常化に総じて慎重だという見方が優勢です。

 日銀の政策オプションはいくつかあります。1つ目はイールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利操作)の枠内での修正です。金利変動の許容幅の拡大や、現在は10年債を縛っていますが、誘導対象を2年から5年くらいの年限に変えるといったものです。

 2つ目はYCCの撤廃です。ただ、これを予告して実行すると無限に国債を買わされることになりますから、不意打ちで実施せざるを得ません。

 3つ目は、実施される可能性は低いものの、政府と日銀の「共同声明」の修正です。例えば2%の物価目標を、判断材料の1つに過ぎないという位置づけにし、縛りを弱めることです。

 4つ目がマイナス金利からの脱却、5つ目が量的緩和の縮小となります。

 ─ 市場ではYCCの修正や撤廃を睨む声もありますが、植田総裁は慎重なようですね。

 熊谷 大和総研のシミュレーションでは、YCCを撤廃して長期金利が上がったとしても、実体経済に与える影響はそれほど大きくありません。日本は長期金利よりも短期金利の方に、より経済主体の活動がリンクしているからです。

 YCCを撤廃して長期金利が上がることによる影響は決定的なものではなく、むしろマイナス金利から脱却して短期金利を上げる方が、より大きな問題です。ここは来年の後半以降に、相当慎重に進めるのではないかと見ています。他方で、YCCに関しては、今年から来年にかけて、何らかの修正に着手する可能性があります。


「新しい資本主義」をどう具体化していくか

 ─ 岸田政権は6月6日に「新しい資本主義」の実行計画案を公表しました。今後をどう見ていますか。

 熊谷 実行計画案の中での大きな柱は「人への投資」、「構造的な賃上げ」、「労働市場改革」、「分厚い中間層」などです。

 今、政府は「三位一体」の労働市場改革を打ち出しています。1つ目がリスキリングによる能力向上の支援、2つ目が「ジョブ型雇用」など、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、3つ目がスタートアップ企業など成長分野への労働移動を円滑化することです。

 また、「成長と賃金上昇の好循環」を進めるために必要なのは価格転嫁です。企業が物価上昇分を価格に転嫁し、それによって、さらに賃金が上がるような循環をつくっていく。

 具体的には赤字法人が賃上げできるような施策の検討や、最低賃金の引き上げなどがカギとなります。

 ─ 産業を振興し、成長につなげることも必要ですね。

 熊谷 そう思います。その意味で投資の促進が重要です。半導体や蓄電池、データセンター、バイオ、水素、量子、AI(人工知能)などを戦略分野として定めています。

 また、これまでは単年度予算で、なかなか企業の予見可能性がありませんでしたから、複数年度の予算を検討することで、企業が安心して投資できる環境をつくっていきます。

「新しい資本主義」の柱は社会的課題の解決です。従来は社会政策によって解決していましたが、企業、民間の力を使って、社会的課題の解決を成長のエンジンに変えていく。

 その中では、社会的課題を解決するようなスタートアップ企業、「インパクトスタートアップ」に対する認証制度をつくるなど総合的な支援も行っていきます。

 加えて、私も分化会委員を務めた「資産所得倍増」です。NISA(少額投資非課税制度)の投資枠を3倍にまで高めるなど、給与所得だけでなく資産所得の部分で、「分厚い中間層」にお金が回っていくような仕組みづくりをしていく。考え方としては、松下電器産業創業者の松下幸之助さんが言われた「1億総株主」のような状態をつくっていくということです。

 ─ 22年の合計特殊出生率が1.26となるなど、少子化対策がますます問われます。

 熊谷 少子化対策については、どうしても児童手当の話ばかりが取り沙汰されますが、それだけではなく「働き方改革」なども重要です。

 特に女性が、ある一定の年齢以上になると非正規労働者になってしまう「L字カーブ」の問題があります。この問題が解消できれば、大和総研の試算では向こう20年間で女性の所得が60兆円以上伸びます。

 今の少子化の中身を見ると、すでに結婚している方が産む子供の数は少ししか減っていないのですが、結婚するカップル自体が大きく減っています。この問題の根っこには正規、非正規の格差がありますから、これを是正していくことが大切です。

 例えば、本当は正規で働きたいけれども、不本意ながらも非正規で働いている人の問題を解消することができると、向こう20年間で30兆円以上、所得が増えることになります。

 この正規、非正規の格差の是正は、少子化対策であること以上に、新しい資本主義の柱として取り組む必要があります。

 ─ コロナ禍では財政支出が増加しましたが、今後の方向性は?

 熊谷 財政運営は、財政出動を平時に戻すという方向性です。他方、いま岸田政権は「モダン・サプライサイド・エコノミクス」(MSSE=現代版の供給重視経済学)という考え方に関心を持っています。

 これは、社会課題の解決などに財政支出を有効活用するという考え方です。かつてのサプライサイド・エコノミクスは、米レーガン大統領が掲げた「レーガノミクス」のように規制改革などの供給サイドの政策が中心でしたが、MSSEでは脱炭素など、社会課題を解決するために財政支出を有効活用していく。

 需要を一時的に上げるために財政を使うのではなく、PDCAを回して、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング=証拠に基づく政策立案)で財政の費用対効果をチェックします。財政支出が社会課題の解決や成長につながっているかを不断に検証していくことが大事になります。

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