アシックス・廣田康人社長に直撃!「コロナ禍ではeコマースで対応。今、パフォーマンスランニングで世界一を目指す」
財界オンライン / 2023年9月15日 20時0分
「頂上から攻めよ」─。この創業者・鬼塚喜八郎の格言を引き合いに、社長就任後の2019年11月に社長直轄組織の「Cプロジェクト」を発足。得意のランニングシューズで新商品を開発し健闘。2025年までに「パフォーマンスランニング」市場で世界シェア1位を目指すと宣言している。若い世代から高齢者まで、健康維持への関心が高い中、市場開拓に懸命。廣田氏が目指すものとは─。
コロナを経て高まったランニング熱
─ この3年余のコロナ禍では一時、外出が制限され、様々な店舗でお店を開けられない事態にもなりました。アシックスにとってはどんな期間でしたか。
廣田 我々にとっても、コロナ禍というのは大変な事態でした。2020年5月、本格的にコロナが蔓延し始めた時には、本当に会社は危機に陥るかもしれないと感じたくらいです。商業施設は閉まり、皆さんは家に籠らざるを得なくなった。
─ その中を生き抜くために、どう対応しましたか。
廣田 その時は「キャッシュ・イズ・キング」で、手元資金を厚くして対応しました。
まだ、コロナ禍は続いていますが、一区切りがついたところで、日本だけではなく海外の人たちも含め、「健康になりたい」という気持ちが強くなったと思うんです。そうした時に野球やサッカーといった集団スポーツでは人が集まりづらい中で、歩いたり、走ったりする人が増えたのです。これは一つの追い風だったと思います。
もう一つ、コロナ前から我々はデジタルに力を入れており、18年から本格的にeコマースを始めていたのですが、これが奏功しました。
─ 18年というと、廣田さんが社長に就任した年ですね。
廣田 そうです。「我々はデジタルドリブンカンパニーになる」と宣言して、デジタル強化を進めていました。その体制が整っていたことで、自社のeコマースを一気に伸ばすことができました。店舗が閉じていても、我々のサイトで買っていただけたのは大きかったですね。
─ ユーザーがeコマースに早く馴染んだと。
廣田 ええ。若い世代のみならず、幅広い世代の方々に利用していただくことができました。これまでシューズはお店で足入れして、サイズが合わないと買わないという傾向が強かったのですが、コロナ期間中から、今も一部継続していますが、3足送って試し履きをしてもらい、合う1足を選んで、残りは返送していただくというサービスを打ち出していたんです。
また、今我々の業績が堅調なのは、海外事業の好調も大きい。例えば中国では「全民健身」といって、国民全員で運動やスポーツを行おうという取り組みが始まっていますし、インド、インドネシアといった人口の多い国でも運動をする人が増え、マーケットが大きくなっています。
当社のシューズやアパレルは、こうした国々で高い評価をいただいており、一定のシェアを取ることができていますから、業績向上につながっています。
─ 新たな市場や分野の開拓も進めている?
廣田 ええ。16年に設立した子会社「アシックス・ベンチャーズ」というベンチャーキャピタルではスタートアップへの投資も進めている他、スタートアップとの協業案を採択する、アクセラレータープログラムも展開しているんです。24年にはインドで開催する予定です。
─ インドは経済力が上がっていますが、健康にも関心が出てきているんですか。
廣田 人口は中国を抜いていますしね。私は今年1月にインドで開催された「ムンバイマラソン」に参加し、ハーフマラソンを走りました。大手財閥のタタ・グループ会長のナタラジャン・チャンドラセカランさんもランナーなのですが、レース会場でご一緒しました。
レース中に周囲を見たら、まだ裸足で走っている方もいましたから、ビジネスチャンスがある国だと感じます。来年のアクセラレータープログラムを通じて、アシックスの名前をさらに広げていきたいと思います。
創業者の格言「頂上から攻めよ」
─ 廣田さん自身、出張先にシューズを持っていくなど、日々走っているそうですが。
廣田 毎朝5~6キロは走っています。そして出張先の方が通勤時間がない分、時間を確保できるので走りやすいんですよ。毎日走ることが、いい生活リズムになっています。
アシックスでは今、開発したランニングシューズは、私が履いてからでないと販売しないということになっているんです。まだ販売に「ノー」と言ったことはありませんが、履き心地などについてコメントを出しています。
最近では、少し踵の部分に違和感があったので、測ってもらったら0.5ミリほど高かったんです。それで高さを修正したということがありました。
─ 最初のユーザーということで重要な役割ですね。
廣田 そう思っています。また、今の我々の開発の原動力になっている屈辱的な事が21年1月に起きたんです。それが箱根駅伝の出場選手で、当社のシューズを履いた選手がゼロだったという出来事です。当時、競合他社の厚底シューズが席巻しました。
私が入社した18年頃から「来るな」と見ており、我々もプロ仕様のシューズの開発を20年から始めていたんです。これは社長直轄で「Cプロジェクト」と名付けました。
─ この「C」には、どういう意味を込めましたか。
廣田 Cはアシックス創業者の鬼塚喜八郎の「頂上から攻めよ」という格言、そして「頂上作戦」から取りました。創業者は頂上、つまりトップレベルの選手のニーズを細かく汲み取って、製品を開発していたんです。
このCプロジェクトから生まれたのが、新たなシューズ「METASPEED(メタスピード)」シリーズです。20年開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックは残念ながらコロナ禍で1年延期になりましたが、結果的に我々のシューズは間に合いました。
我々のシューズは、トライアスロンで男女共に金メダリストが着用した他、男子マラソンでは11人の選手が着用して最高5位入賞でした。世界のライバルに追いつくところまでは、まだ行きませんが、ある程度のところまでポジションを戻すことができたんです。
─ 手応えがあるところまで来たと。
廣田 ええ。とにかく「トップになろう」と掛け声をかけてきました。2025年までに、ランナーが優れたパフォーマンスを発揮できるように機能性を持たせたランニングシューズを展開するカテゴリー「パフォーマンスランニング」の市場で世界シェア1位を目指すと宣言し、号令をかけています。社内のメンバーも1位になろうという思いを持ち、頑張ってくれています。
─ 厚底シューズもそうですが、開発競争は激しいですね。
廣田 長距離を走るためには、足の負担を少なくしなければならず、シューズは軽くないといけません。そのため、従来の常識は薄底でした。
ところが、厚底にしても重さが変わらないどころか、むしろ軽いシューズができたというのが大革命だったんです。今は、靴底の材料開発、イノベーション競争が激化しています。
「OneASICS」で顧客とのつながりを
─ 社長就任から5年が経ちましたが、嬉しかったことは何ですか。
廣田 社長就任1年目は、いろいろな償却をさせてもらったこともあり、営業利益は出ていましたが、最終利益は赤字になりました。そうした様々な手を打っている中でも、社内の皆さんが私を受け入れてくれたのが、一番嬉しいことでしたね。
─ アシックスは海外売上比率が非常に高いですね。
廣田 海外売上比率は80%を超えており、強い市場は欧州、北米、中国、豪州です。中でもランニングシューズのシェアは豪州で45%程度、欧州で32%程度あります。この地位を築き上げてくれた諸先輩の財産を維持できている形です。
ランニング以外に強いのがテニスシューズです。現在、男子テニスの世界ナンバーワンプレーヤーであるノバク・ジョコビッチ選手が使ってくれています。
─ 今、社内に対してどういう言葉をかけていますか。
廣田 毎年、元旦にキャッチフレーズを出しているのですが、23年は「飛躍」の年としました。社内に対しては、我々はまだまだ成長できるし、可能性がある会社なんだと言っています。社内の皆さんには楽しく、ワクワクしながら仕事して欲しいと思いますね。
─ アシックスの強さはどこにあると考えていますか。
廣田 技術力です。スポーツをする上で大事な要素は安心、安全、快適ですが、我々のシューズやウェアは、これらを他社に負けないレベルで提供できます。
─ 会員制プログラムの「OneASICS」を設けていますが、この狙いは?
廣田 先程、デジタル、eコマースでお客様とつながることができたという話をしましたが、これを日本はもちろんのこと、全世界の運動する人達とつながりを持ちたいと思っているんです。現在、会員数は全世界で約830万人ですが、まだまだ伸ばすことができると考えています。
OneASICSによって、お客様とダイレクトなコミュニケーションを取ることができます。新商品、新サービスについて、皆さんの声を直接聞くこともできるわけです。
新しいことに取り組むこともできます。例えば今、ランニングエコシステムの構築を進めています。22年に日本でレースエントリーのアプリやイベント運営などを手掛けるアールビーズという会社を買収しました。
こうしたレースエントリーの企業は北米、欧州、豪州にもありますが、レースに参加する人達にはできるだけ「OneASICS」に登録してもらいたいと思っているんです。
レースに出ると決めたらトレーニングをしなければいけません。その時に、どんなシューズを履けばいいか、トレーニング方法をアドバイスしたり、レース後には次のレースを案内することもできます。
─ 世界中のランナーとつながりを持っていくと。
廣田 そうです。ランナーの方々とつながりを持ち、アシックスをもっと知ってもらいたいんです。また、「OneASICS」メンバーの増加率と、eコマースの増加率は平行して伸びていますから、そうしたビジネス上の理由ももちろんあります。
ランニング、運動は非常に幅が広く、飲食も伴いますし、我々のグループには大会に出場した際の怪我などを保障する保険会社もあります。運動に関して考えられる、あらゆることを取り込んで提供していくプラットフォームが「ランニングエコシステム」だという考え方です。
日本の個人消費はどうなる?
─ コロナが一服した後の日本の個人消費をどう見ますか。
廣田 物価も上がってきていますから、大変な方々もおられると思いますが、全体的に見ると消費意欲は強いのではないかと思います。我々は日本経済も違うフェーズに入ってきたと感じています。
日本の方々は慎重ですから、一気に変わることはないですが、徐々にという感じです。賃上げは我々も実施しましたが、多くの企業が賃上げをしており、来年も続きそうです。それを皆さんが信用し、将来への不安がなくなっていくかどうかだと思います。
─ 日本人の平均寿命が男女とも伸びている一方、健康寿命と10年の差がある。これは社会保障との関係で言っても重要な課題ですね。
廣田 その意味で運動は非常に重要です。運動で健康になり、できるだけ病院にかからず過ごしていただく。それがご本人にも社会にとってもいいことです。その一助となる活動をしたい。
「アシックス」の社名は「もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神あれかし、と祈るべきだ」というラテン語〝Anima Sana In corpore Sano〟の頭文字をとったものです。
我々の社名そのものに、誰もが一生涯、運動、スポーツを通じて心身ともに健康でい続けられる世界をつくりたいという思いが込められているんです。このことは社内で確認し合っています。
─ 1977年のオニツカ、ジィティオ、ジェレンクの3社合併の時に、その精神を謳ったわけですね。
廣田 我々が大事にしている精神です。24年はアシックス創業75周年です。お陰様で業績が回復し堅調に歩んでいますが、来年からは新しい中期経営計画が始まります。また次の時代に向けて、もっと世界中の人が健康でいられるような世の中をつくっていきたいと思います。
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