日本ペイント・喜田益夫社長に直撃、「現場・現物・現実の『三現』主義に徹していると、課題解決の道筋が見えてくる」
財界オンライン / 2023年9月15日 20時30分
若手時代に自動車メーカーの担当になった時、「『君は文句を言っているだけの人間だ』と言われて送り出されました。それから基本的に仕事は1人で完結できるようにならなければと教えられました」と原体験を語る。そこで掴んだのは現場・現物・現実の「三現主義」。塗料の世界は実に奥深い。コロナ禍では「抗ウイルス・抗菌」塗料を開発、『見えない不安に見える安心を』というフレーズで売り出すなど新商品開発にも注力。社会貢献につながる取り組みの連続である。
塗料はなくてはならない「準ライフライン」
─ 日本ペイントが手掛けている塗料は、家庭用から工業用まで幅広く使われていますが、現在の塗料の位置づけをどう見ていますか。
喜田 私は「準ライフライン」になっていると思っています。ライフラインというと電気、ガス、水道など、人間が生きていくために必要な、なくてはならないものです。
塗料は、ガラスやセメントなどと同じで、別の意味で必要なものだと考えています。例えば家を建て替えた時などには必ず使われますし、なくてはならないものです。その意味で「準ライフライン」ではないかと。
その意味で、私はこの仕事を40年近くやっていますが、価値のある仕事ではないかと感じていますし、今の時代は我々が活躍できる場になってきたのではないかと感じています。
─ 日本の塗料技術の世界の中での位置づけは?
喜田 欧米と同等くらいではないかと思います。欧州、ドイツは技術に強いですね。特にSDGs(持続可能な開発目標)の関連で、欧州はアプローチが早く、強いです。
─ 今、日本ペイントは日本最大の塗料メーカーですね。
喜田 海外を含めて合算すると、日本では最大です。そのうち、日本事業の比率は14~15%、売上高でいうと1800億円前後になります。
─ 喜田さんは入社当初、技術者として自動車用塗料の開発に携わっていたそうですね。
喜田 そうです。入社から25年間は、自動車用塗料の設計開発を手掛けていました。自動車用塗料は三層構造になっているのですが、最後の「上塗り」で特徴的な色が出ます。最初は大手自動車メーカーの上塗りと中塗りを担当しました。初めて、自分で設計した塗料が街を走る様子を見た時には、本当に嬉しかったことを覚えています。
─ その若手時代に経験して心に残っていることは?
喜田 ライバルメーカーとは勝ったり負けたりでした。ただ、勝った時でも、塗料を量産体制に持っていく時にうまく塗れないといった不具合が出たことがあったんです。
この時、私は塗料の開発、営業、納入、お客様のサポートまで1人で担当していたのですが、不具合にも当然1人で対応しなければなりません。当時の私は入社して数年ですから、「まだ自分はプロじゃない」といった甘えがありました。
ところが、お客様から見ると日本ペイントの帽子を被って現場にいるわけですから当然、「君の問題だろう」となります。
担当者として、私の対応がまずかったら会社の信頼が一気に損なわれる、そしてライバルにお客様を奪われてしまうという怖さを学びました。
─ その経験から、その後どのように仕事の仕方を変えていきましたか。
喜田 その時に思ったのは、まず知らないといけないということ。現実を知った上で対策を考えなければいけません。そのためには知識が必要だということです。
そこで行き当たったのが現場・現物・現実の「三現主義」です。設計だけしていても駄目で、塗装する現場に行き、そこでいろいろな人から聞いて、現実を知る。それをどんどんインプットして、自分の中のノウハウにしていくんです。それを5年、10年と続けることで課題のパターンが見えてきます。それを後輩達にも伝えていくことができる。私自身、その繰り返しで現在に至っているんです。
─ 失敗の経験を経たからこそ辿り着いたわけですね。
喜田 私は若手時代、会社に文句ばかり言う社員でした。そうしたら当時の部署の課長から「ゆりかごから墓場までできる仕事をやってみるか」と言われて担当したのが、先程お話した大手自動車メーカーの仕事でした。
自分で設計した塗料を持っていってトライして、OKだったら認めてもらえる。そして、実際に量産化するまで自分でフォローすることが私の仕事だと。できなければ、君は文句を言っているだけの人間だと言われて送り出されたんです。部署全体で助けてくれる体制ではありましたが、基本的に仕事は1人で完結させられるようにならなければならないと教えられました。そして理屈、理論を持たなければいけないとも言われました。
─ 哲学を持った上司だったんですね。
喜田 そうです。そして、我々はシェアを取らなければ売り上げ、利益は上がっていきませんから、自分が学ぶだけでは意味がないんです。ライバルメーカーとは現場では仲がよかったですが、勝負していましたね。
原材料は高騰、製品値上げの動向は?
─ 喜田さん自身の仕事は、自動車塗料の後、汎用塗料に移ったわけですね。
喜田 ええ。今から11年前に汎用塗料の技術部長になり、技術の強化に携わりました。自動車塗料は塗った後に140度で焼いて硬化させるのに対して、汎用塗料は常温で天日干しして自然と乾かすものですから、設計のイメージも、使う材料も全く違います。
その後、14年に汎用塗料事業本部長になり、全体を見る仕事をするようになりましたが、15年に会社はホールディングス体制になりました。この時に、私が見ていた日本ペイント汎用塗料事業本部と、旧日本ペイント販売という販売会社が統合し、新生日本ペイントとなりました。
日本ペイントが手掛けているのは、建築用塗料、鋼構造物用塗料、自動車補修用塗料、DIYなどで使われる家庭用塗料の4つです。
─ それぞれの塗料の需要動向はいかがですか。
喜田 建築用は昨年に比べて上向きになってきました。鋼構造物は自治体向けの公共物需要があるので、一定のスパンで出ていくという意味では堅調です。家庭用塗料はコロナ中は「巣ごもり需要」で伸びましたが、足元ではピークに比べると落ちているという状況です。
ただ問題は、原材料が高騰していることです。我々の業界は全体で値上げをしている形になっていますが、21年から値上げを始め、現時点までに3回実施しています。徐々に効果が出始めたかなというところです。
─ 製品値上げは日本全体の課題ですね。海外に比べても遅れていると言われます。
喜田 ええ。海外では年に3、4回の値上げをしていますが、日本でそれをやったら買ってもらえません。日本では販売店は各社の塗料を併売しており、日本ペイントだけを売っているお店はありません。例えば我々だけが一気に値上げをしたら、他社の塗料を売りますという話になる。そうすると我々の販売量が減りますから、状況を見ながら動く必要があります。
─ 原材料高騰が収まる気配はありませんから、日本全体で製品値上げ、賃上げの好循環をつくる必要がありますが、なかなか難しいですね。
喜田 我々化学系企業は、他の業界と比較しても地道な仕事です。我々のビジネスを決めるのは販売店さん、塗装店さん、ゼネコンさんといった特定のお客様です。
この方々が「日本ペイントの塗料はいいね」、「すごく塗りやすいね」と言って下さらないとビジネスが成立しないんです。
ですから、最後はそうしたお客様にアプローチしていかないと、ビジネスは拡張していきませんから今、その仕掛けを進めているところです。例えば施工店の方々が、我々に注文しやすくなるようなアプローチをすることで、間に入る販売店さんの利便性向上や業務効率化を図る、といった形です。
経済的価値に加え、社会的価値の向上を
─ 喜田さんは社長に就任して5年目ですが、社内に訴えていることは?
喜田 かつて当社は、どちらかというと会社の経済的価値の向上、つまり売り上げ、利益を高めることを目指してきたと思います。もちろん、収益の向上は今も目指していることではありますが、会社の価値はそれだけではないのではないかと。
2010年以降くらいからはESG(環境・社会・ガバナンス)、さらにSDGsも言われるようになりました。ですから社会的価値の向上を目指す必要があると考えました。社会貢献、そして塗料を通じて社会課題の解決ができる力を付けていこうという話をしているんです。
─ 具体的な商品は出てきていますか。
喜田 おそらく業界で最初だったと思いますが、コロナ対策の抗ウイルス・抗菌塗料を出しました。元々は17年に設計していた塗料なのですが、当時の価値は匂いがしない塗料で、抗菌は余り求められていませんでしたが、コロナ禍で、その塗料が持つ抗ウイルス・抗菌の機能に改めて注目したわけです。
「プロテクトン」という塗料シリーズですが、「見えない不安に見える安心を」というフレーズで訴求しています。まさに当社の社会的価値向上、社会貢献につながると考えていますから、今後もSDGs商品を出していきたいと思います。
また、「パーフェクト」というシリーズで塗りやすい塗料も打ち出しています。塗装店の職人さんが作業しやすいかどうかという点に着目した商品です。これは社会貢献よりも経済的価値の側面が強いかもしれませんが、現場の方々の助けになります。これも我々が12年に最初に世に送り出しました。
発売後、売り上げ、利益とも右肩上がりです。その後、他社も似たような商品を出してきましたが、やはり塗料業界も最初に出すことが肝心で、二番煎じでは駄目です。新たな商品を創造することに加えて、世に出す速さも勝負のうちです。
─ 開拓者としての努力が大事だと。
喜田 ええ。そして販売店さんといかに協調して売っていくかも大事になります。
もう一つ、社会貢献で言えば、「サーモアイ」という遮熱塗料のシリーズがあります。暑い夏などに室内温度の上昇を防ぐ機能を持っています。
社員に対しては「三現主義」でやっていくという話もしています。現場というと技術の話になりがちですが、営業にも内勤にも現場はあるわけです。
それぞれの現場があり、現象を確認し、最後は現実を知ってどうするか決めていくという流れは変わらないと。そういう仕事をすることで、部署を異動しても、それが生きていく糧になるし、自分で仕事を面白くできると話をしています。
30代のメンバーに事業戦略づくりを任せる
─ その意味では、人材育成が今後ますます問われる時代ですね。
喜田 そう思います。私は入社後10年と30年では差がないと言っています。1つの事業で10年も仕事をすればプロになりますから、「自分は30年やってきた」という理屈は通用しないよという話を50代の社員にもしています。
その考え方に基づいて、3年前に「事業戦略推進室」という部署をつくりました。メンバーは5人で、室長が当時36歳、一番若いメンバーは26、7歳です。彼らに日本ペイントの事業戦略づくりを練ってもらったのです。
─ その室長には、役割をどう伝えたんですか。
喜田 何よりも会社の課題に対して、上司のことを考えずに解決法を考えて欲しいと。「君がトップだから、自分で考えて欲しい。方向が違っていると感じたら修正するから」と伝えました。
室長は、私が常務時代から知っている人間で、文句も言いますが、仕事ができる人間です。技術も営業もわかって、経営手法を勉強している。実際にどれだけの実力を出せるかを見極めることができました。
─ 実際に成果が出ているわけですね。
喜田 そうですね。例えば北は北海道から南は沖縄まで、支店から優秀な人間を集めた若手育成研修を行うというのも、彼らのアイデアです。
集めた人材にテーマ、課題を与えて、それに対する解決策を発表してもらい、評価をする。それが本当に社会的価値、経済的価値で生きるものであれば、実際に取り組むことにしているんです。実際にうまくいって、数字にも表れています。商品開発やマーケティングについても、様々なアイデアが出ており、一体になって取り組んでいます。
「人」の成長が、我々の会社全体につながっていくことが今後ますます必要になります。
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