【東工大との統合】東京医科歯科大学・田中雄二郎学長が語る「教育と研究にもっと力を入れて、人々の生活を豊かにする大学を」
財界オンライン / 2023年9月11日 18時0分
「これからの日本の産業を成長させるのは医療機器開発や創薬。そう考えたときに『医工連携』が決め手となった」と語るのは東京工業大学との統合を決断した東京医科歯科大学(TMDU)学長の田中雄二郎氏。国立の医療系総合大学としてコロナ禍では重症患者を最も多く受け入れた。しかし田中氏は将来の大学の姿を考えた際、今のままでは生き残れないという危機感を抱く。なぜ統合を決断し、相手に東工大を選んだのか。田中氏には「世のため、人のために役立つ大学を」という思いがあった。
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なぜ東工大との統合なのか?
─ まずは東京工業大学との統合を決断した背景から聞かせてください。
田中 コロナが関係あります。私が2020年4月1日に学長に就任した頃はコロナが蔓延していました。死亡率1%とも言われ、重症化したら入院しなければならず、入院したら命にかかわるかもしれないと。そのときにTMDUはどうすべきか。私はそう考えたのです。
TMDUは国立で医療系総合大学です。ですから、コロナに背を向けたら大学としての未来はないのではと考えました。学生たちに日頃から「世のため、人のために頑張ろう」と言っておきながら、肝心なときにそれを実行しないというのは、教育上もあり得ないと思ったのです。
─ だからこそ大学としてコロナ患者を受け入れると。
田中 そうです。大学の総力を挙げてコロナに立ち向かうと宣言しました。皆さんも協力してくれました。コロナ重症患者を積極的に受け入れ、結果としてTMDUの重症患者の受入れ数は都内で最多になりました。
総力を挙げてコロナに立ち向かい、目の前の患者さんに全力を尽くしましたが、我々は大学です。そこから新しいエビデンスを導いて貢献していかなければならないと呼びかけました。しかし、世界をリードするような満足できる研究結果はまだ出せていません。
学長として大学を預かる身になってみると、大学の余裕のなさを感じました。痛烈に感じたのはお金に余裕がないということ。もっとお金があれば、もっと自由に研究や様々な挑戦もできる。その結果、もっと世のため、人のために貢献できると思いました。しかしコロナを経て、今日の医療に全力を尽くすことはできても、明日の医療にまではとても手が回らない。明日の医療とは教育と研究です。
─ そういった問題意識を持っていたのですね。
田中 ええ。コロナ禍では補助金がありましたので状況が異なりますが、病院経営を見てみると、100円稼ぐのに102円かかるという状況でした。TMDUの病院収入は大学収入の内の60%を占めます。病院が赤字ということは、大学の運営も圧迫されることになるわけです。
しかも、大学病院は診療報酬で規定されているので、将来も伸びることはありません。では、何で増やすか。外部資金と雑収入しかないと。ただ、土地を貸して賃料を得る雑収入も貸せる土地が限られます。頭打ちになるわけです。最後に残った外部資金を伸ばしていく以外に手はありません。
「医工連携」の重要性
─ どのように外部資金を増やそうと考えたのですか。
田中 例えば産業別に見ると、今はバイオヘルスが非常に伸びています。大学発のバイオヘルスベンチャーも非常に伸びている。そうであれば、ここを伸ばすのが一番いいだろうと。ただ、バイオヘルスの主流は医療機器開発や創薬です。TMDUだけでは限界があります。
限界を超えるためには何が必要かと考えたときに浮かんだのが「医工連携」です。具体的にはTMDU単体よりは理工系の大学と組んだ方がいいだろうと。そうすれば、我が国の大幅な輸入超過の医療産業にも貢献できるかもしれないとも考えました。
─ もともと東工大とは接点があったのですか。
田中 もちろんです。2001年3月にTMDU、東京外国語大学、東京工業大学、一橋大学の間で研究教育の内容に応じて連携を図る「四大学連合」という提携を結んでいました。これが出発点となり、東工大とは20年来のお付き合いがありましたので、私から東工大に話を持っていきました。コロナ禍では四大学連合は、頻繁にミーティングを重ねていましたからね。
─ 東工大は最初、どのような反応だったのですか。
田中 当初は「お話は聞きます」という程度でした。さらに議論を深めるため、統合の形態として1法人2大学制や両大学が出資して法人をつくる大学等連携推進法人なども提案しました。ただ、私たちも医工連携で研究を一緒にやって社会に貢献し、さらに収入も得ようという考え方でしたので、そういった軸をブラさないよう交渉を進めました。
すると、あるとき東工大学長の益一哉先生から会いたいと言われました。断られるのかなと思ってお会いすると、益先生から「どうせやるなら、1法人1大学にしませんか」と逆提案をいただいたのです。ここまでは考えていませんでした。大学の名前が変わりますからね。
─ それだけ益先生も危機感を抱き、覚悟を示したと?
田中 ええ。やるのなら中途半端はいけないと言われましたからね(笑)。それで昨年の8月に大学統合に向けた協議を開始したわけですが、そこからは本当に大変でした。週に2~3回、オンラインで会議して統合に当たっての詳細を詰めていったのです。それで2022年10月14日に記者会見し、両学長が同席する形で両大学の統合を発表したという流れです。
新大学の名称を巡る思い
─ 大学の新たな名称については難しい選択でしたか。
田中 そうですね。例えば「東京医科工科大学」では長いですし、「歯科」という言葉はどうしようかと。若い人たちや様々な人たちから提案を募り、ワーキングチームを作って議論してもらったりしました。その結果、「東京科学大学(仮称)」が提案され、益先生と私とで選ばせてもらったという形です。
─ 「科学(Science)」を入れたのがポイントですか。
田中 医学、歯学、理学、工学を1つの言葉で表現すると「科学」だと。さらに、もしかしたら将来、我々の後輩たちが人文科学や社会科学の学部をつくりたいと考えるかもしれません。あるいはそういう大学と一緒になりたいと思ったときに、医科工科大学だったら名前を変えなければなりません。しかし、科学大学であれば変更しないで済むと考えました。
それで英語名は「Institute of Science Tokyo」です。「Tokyo Institute Science」という表記もあったのですが、東京理科大学が「Tokyo University of Science」です。そこで「Tokyo」を後ろに持ってきました。米国のUCLAも「University of California Los Angeles)」です。
この名称変更は東工大にとっても大きな決断です。東工大も140年を超える歴史がありますからね。一方で本学の建学は1928年の東京高等歯科医学校ですが、1944年に医学部を併設して「東京医学歯学専門学校」となり、「東京医科歯科大学」と名乗ったのは1946年です。ですから、お互いに譲り合い、尊重し合ってというスタンスです。
─ では、新たな大学はどのような大学を目指しますか。
田中 東工大は工学の再定義をしたいと言っています。再定義とは情報と人ですね。一方で我々はもっと社会に貢献したいという思いがあります。そのためには、理工学との融合を徹底的にやらなければなりません。そう考えると、新しい大学ではそれを実現することが重要になります。ですから、新大学の1つの大きな目標は「異分野融合の科学」になります。英語で言えば、「CONVERGENCE SCIENCE」です。
これは造語ではなく、20世紀半ば、第2次世界大戦の前後で生まれた言葉で、当時は物理学と工学の融合でした。その結果、レーザー光線や原子力、CTスキャンなども成果として生まれたわけです。我々も同じように人文社会学の要素を取り入れて環境や健康の面で、人々の役に立つような科学をつくっていきたいと。そこを目指します。
─ 具体的な領域としては医療機器開発や創薬ですか。
田中 そうですね。例えば創薬で言えば、今の製薬業界の世界の潮流は低分子医薬や抗体医薬、核酸医薬などが注目されています。さらには高分子と低分子の中間的な分子量である中分子創薬の研究も熱気を帯びています。中分子創薬は遺伝子が分かれば設計もできるので、すぐに薬が作れるのです。
この中分子創薬では新型コロナのメッセンジャーRNAワクチンが代表例です。メッセンジャーRNAワクチンは約1年でできましたが、普通なら5年から10年かかるワクチンです。
TMDUには核酸医薬で優れた研究者もおり、頑張っています。その核酸医薬における日本の第一人者の先生が既に自分の研究室に工学部出身者を迎えています。ですから、こういったことをもっと大規模に進めれば、さらに様々なことができるのではないかということです。
実際に、遺伝子を解析するのはTMDUでもできますが、それを薬としてパッケージにして市販薬としてつくり上げるためには、化学者の力が必要になります。そういう意味では、やはり医工連携は重要になります。
─ 同じことが医療機器開発でもできるということですか。
田中 はい。医療機器も世界の市場は確実に拡大していきます。先進国は高齢社会を迎えますし、医療も進歩します。特に日本は高齢先進国ですから、市場は増えます。しかしながら、医療機器の世界トップ10の企業のうちの半分は米国企業で、日本は第20位にオリンパス、テルモが第21位というのが現状です。
そこで医工連携するための研究所を病院の横につくれば、医学や歯学とも密接に連携することができます。同意を得た上で患者さんの医療データも集積しやすく、これも研究に生かすことができるでしょう。ですから、いろいろなものが生まれてくると思います。
課題は、そういった新たなことをやるときには、やはり大学の組織が変わらないといけません。大学の組織が、もっと産業界に開かれたものにならなければいけないのです。今はまさにそれをやろうと動いています。
「自由でフラットな文化」を
─ 今後の統合の成果を発揮するために必要なことは、どんなことだと考えますか。
田中 「自由でフラットな文化」です。そういった文化をつくっていこうと思っています。日本の大学にはどうしても階層的で閉鎖的な文化があります。しかし、スティーブ・ジョブズの言う「誰が言ったアイデアかではなく、ベストなアイデアが採用される文化」でなければいけないのです。
つまり、皆で忖度なく自由に議論して、「そのアイデアが一番良いね」となれば、それが通るような文化です。「自由でフラットな文化」がないと、異分野融合は生まれないと思うのです。そこで重要なのが「ダイバーシティ&インクルージョン」です。
ですから企業にも、もっと大学に投資をしていただきたいと思っています。大学への投資は共同研究もあるし、大学が持っているアイデアや人材に投資していただくこともあるでしょう。大学と産業界が一緒に協力していくことが重要だと思います。
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