公益財団法人 国策研究会理事長・土居征夫「IQではなく、情操・情感を取り込んだEQ教育を。日本の精神文化の深さを学ぶとき」
財界オンライン / 2023年9月27日 9時0分
戦後78年が経ち、国の制度設計とともに教育の在り方も大きく見直されようとしている。日本の近代化が始まった明治維新から約150年余、欧米に追い付け追い越せで人材教育は始まる。日本は経済大国にのし上がってきたが、「何か大事なものを見失っていないか」という反省機運が生まれてきた。日本の精神文化、伝統、はもちろんのこと、歴史の中で培われてきた倫理、道徳、さらには情感、情緒そして共生の思想などもっと根本的なものを学び直すときと土居征夫氏は訴える。参考になるのは日本の江戸期まで受け継がれてきた寺子屋教育。「精神教育も上から目線で教えるのではなく、子どもたちが気付くような教育を寺子屋教育から学ぶべき」という土居氏の訴えである。
日本人の精神性を取り戻す
─ 今、人材の育成は日本の課題ですが、人材育成の根本は何だと考えますか。
土居 例えば江戸期まであった寺子屋教育です。これらは明治から廃止されました。それはそれでいいんです。小学校制度にして近代国家にするために科学技術を導入して、それでやってきたのです。その裏に、江戸時代まで全国に2万近くあった寺子屋を全部廃止したという背景があります。
─ 寺子屋は全国2万もあったのですね。
土居 普通の寺子屋が私塾として商人、農民も含め庶民の教育を担っていました。石門心学で有名な石田梅岩も含めた私塾がありました。
これには徳育、精神教育が入っていました。その精神教育も上から目線で教えるのではなく、子どもたちが自ら気付く機会がたくさんありました。親もそこに参加し、地域社会も参加して、先生がいて、その社会の中で子どもは学ぶと。単なる先生が教科書で教え込むという世界でありませんでした。
それがあったので、ものすごく深い人格を育む教育ができていました。
ところが明治5年の学制発布以後、江戸時代までのそういう寺子屋、私塾、藩校を全廃してしまったので、近代化の名のもとに型にはめる教育になり、特に昭和に入って悪い面が出てきました。明治維新期の西郷隆盛、大久保利通らはそういうことをわかっていて、調整しながら海外とも交流していたわけですけどね。
しかしその後、日清日露両戦役で勝ったおごりもあり、どちらかというとそういう深い精神性とかが忘れられてしまった。昭和の時代に育ってきたリーダーは頭でっかちで官僚的になってしまったのです。
─ 伝統文化や精神性がなくなって、上っ面の教育だけになってしまったと。
土居 ええ。明治から大正期にかけては幕末までの啓発教育で育った優れたリーダー達が多かったので日本は興隆期を迎えますが、昭和になって官僚的なリーダーが増え戦争で大失敗をしてしまいます。戦後は、軍事では失敗したけど、われわれ日本人はまだまだ経済ではやれるんだと、松下幸之助さんのような人もたくさん出てきました。経済の領域では頑張ろうではないかと。私が通産省に入った頃1965年(昭和40年)もそういう雰囲気がありました。
日本は戦争で大きな失敗をしてしまったので深い反省が必要だが、一方で精神文化を含めて、日本も捨てたものではないのだという思いや見方もありました。
しかし戦後になってからは、教育や社会環境の変化が進み、世代を重ねるごとにそうしたプラス面の思いも薄れていきました。占領政策で捨てさせられた面もあります。
IQ教育よりEQ教育を
─ それによって失ったものは何だと思いますか。
土居 人間性、要するにスピリットです。昔で言えば「道」であり、徳育です。人間性、人間の生き方というのは知識や論理ではないのです。これらを非認知能力といいます。
要するに直感とか感性を、日本人というのは大切にしてきました。感覚的な身体知のようなものは、論理、知識ではありません。藤原正彦(数学者・お茶の水女子大学名誉教授)さんなんかもそれを言っているわけです。人として生きていく上での情感、感性さらには情緒みたいなものが大事で、それらは直感的に真実をつかみ取るものです。西欧ではアングロサクソンやギリシア哲学に通じる話です。
ところが日本の教育では知識を高め論理を追求するだけになり、それ以外を否定したのです。論理や知識というのは全部認知能力で、IQ(知能指数)で示されてきた。
─ 大学受験などをみてもIQが高ければ高いほどよしとされてきましたね。
土居 ええ。高校から学力テストだけで人間を評価してきたから、知識の詰め込みで日本の青少年は勉強に疲れ本当にみんなドロンとした目をするようになったし、大学に入ることがゴールとなり価値観はまるで違ってきてしまった。
でも最近は流れが変わってきました。最近平井一夫氏(元ソニーグループ社長)が言っているのは、IQじゃなくてリーダーはEQ(心の知能指数)、エモーショナルIQと。
企業の採用や昇格人事でも、これまで学んだ知識とか論理の水準ではなく、これからの伸びしろが重視されるようになってきました。これはグラフや数値など学力テストや成果データでは評価できないものです。
─ 日本が〝失われた30年〟に陥り、イノベーションも生まれなくなったと言われるのも、そうした教育の流れも関係あるということですね。
土居 はい。社会人になっても、やはり流されてしまい、経済的な利害と立身出世のような現世的な価値観だけで回る世界になってしまった。日本がアメリカ、ヨーロッパに負けている理由は、彼らはリベラルアーツで主体的に自分の考えを築いていることが基礎部分にある。同じ民主主義でもギリシアまで遡って考えているという違いがあるからです。
日本が未だに戦後入れてきた教育を変えないまま、世界と対抗していこうというのは無理があります。一時的に成功する人材が出ても力は弱く、イノベーションはそこから起きません。
寺子屋型教育の復活を国民運動で
─ もっと生きるとは何か、働くこととは何かという根本のところから出発し直す必要があると。
土居 そうです。これからは日本型リベラルアーツの再構築が必要で、日本の縄文以来から明治期までの深い精神文化の蓄積を学ぶ機会を増やす必要があります。
幼少期の子どもとその親のためには、寺子屋の復活が必要という声が高まっています。各地で社会人ボランティアが、高齢者だけでなく現役や若者も手伝って、親子寺子屋のような活動を始めています。そこでこの夏から関係者と計らって、こども家庭庁の後援を頂き、「日本再生てらこや・全国ネットワーク」という国民運動の母体を設立しました。
異次元の少子化対策のためには若い親世代が子供を産み育てる前向きの気持ちになり、こどもが目を輝かせて育つようになる環境が必要です。
─ 明治以前まで日本人の人格基礎教育を担った寺子屋が再興され、こどもと家族と社会が混然一体となってこどもの成長を見守る新たな仕組みが全国に広がると良いですね。
土居 はい。そのためにHPを開設し、市町村の現場と情報を共有しながら、全国に向けた運動を展開することになりました。企業からは企業版ふるさと納税によって各地の事業を応援頂くことを期待し、内閣府の地方創生SDGs官民連携プラットフォームにも参加しました。
「日本再生てらこや」とは、こども中心の主体的な学びの仕組みをもち、こども・親・社会の三者が可能な限り参加者となる、そして年中行事や祭り、偉人伝など、祖先から未来の子孫につながる縦の絆に気づく学びの場である、という3要素を踏まえた寺子屋活動です。
今後あるべき教育とは
─ 幼時から小中段階はそれで良いとして、大学段階の教育はどうなんでしょうか。
土居 多くの大学は最初から学部ごとの専門教育が中心で、広く視野を広げる学びが極端に少なく、学生がかわいそうです。
最近はリベラルアーツ教育を重視する大学も増えていますが、ギリシャ・ローマを学ぶ欧米型のリベラルアーツを導入して、今、英語だけやっていればいいという話になってしまっています。
アメリカのハーバード大学では日本の学校よりも面白くて素晴らしい日本史授業をやっています。日本人が知らない大名を引っ張り出してきて、ケーススタディをやっているのです。
まさに、地に足が付いた実学です。それが日本の大学にはありません。全て理論なのです。
─ 例えばどういう大名を引っ張り出しているのですか。
土居 長野県須坂藩の堀直虎です。幕末に徳川慶喜に直言した後切腹した奉行です。他にもいい例があります。蝦夷が作った青森の十三湊という遺跡があるんですよ。
─ 津軽半島の遺跡ですね。
土居 そうです。蝦夷が作った港で遺跡が発掘されましてね。かつて、そこでは活発なグローバル貿易をやっていたのです。蝦夷だから日本の祖先ですよね。船をつくりロシア人や沿海州の人などと交流をしていました。
そのことが考古学で示されているのですが、日本の歴史の教科書には出ていないと思います。しかし、そのようなことをハーバードでは教え、学生も学ぼうとしている。
─ 日本は自らの良さをわからずに来ていると。これからの教育はどうあるべきだと土居さんは考えますか。
土居 人の可能性、潜在力を掘り起こす教育ですね。今、N高という高校教育が注目されていますね。あれはオンラインですが、素晴らしい教育です。元文部科学事務次官の山中伸一氏が理事長をやっています。
私の孫も数学が嫌いになってしまい不登校になってN高に行きました。自分の自宅でオンラインで勉強をしていました。
─ N高は生徒数はどれくらいですか。
土居 約15000人と聞いています。教室がないから収容制限がありません。最近そこが大学をつくると宣言しました。東大の鈴木寛教授などが新しい試みとして提案しています。
─ 文科省の認可はこれからですか。
土居 これからだと思います。YouTubeで発信していてZEN大学といいます。これは別に坐禅の禅じゃなくて、善悪の善だとか、自然の然とかをイメージしてZEN大学と言っています。これは前例があって、アメリカのアリゾナ大学がオンライン教育に取り組み、2万人の学生を集めて同じような試みをしています。
─ N高の大学のどこが素晴らしい?
土居 このN高の大学も同じようにオンラインで収容人数を気にせず多くの学生を収容しようと言っています。従来の教育のやり方だと2万人の規模なんて考えられないですよ。
今の大学はなぜ収容人数が限られているかというと、リアルで教室が限られているから、施設が限られているからだけなんです。そのために学力数値で足切りしているというばかなことをやっている。
N高の大学は足切りしません。足切りしないということが大事なんです。誰でも入ってこいということです。それでそこから伸びる生徒や学生はどんどん伸びる。あくまでも才能を伸ばしていく。だから足切りする必要がないんですよ。
ただこの大学一校だけやっても2万人ですね。日本の大学生は60万人くらいいます。やはりリアルの大学が同じことをやらなきゃ駄目だと思います。今度、大学改革の国民運動をやろうというのはこのためです。
できれば元ソニーの平井さんなどの応援を頂き、産業界の有志と一緒にやっていこうと取り組み始めたところです。
(以下次号)
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