JFEがヒューリックを巻き込んで進める 「次世代サイエンス型」街づくり
財界オンライン / 2023年10月5日 11時30分
再生エネルギー、そして新産業づくりの拠点として生まれ変わることができるか─。JFEスチール東日本製鉄所(京浜地区)の高炉が9月16日に休止。そこからいよいよ、その跡地を含む約400ヘクタールの土地利用転換が本格化する。水素など再生エネルギー、次世代モビリティなどの拠点化が見据えられているが、その第一歩となる開発を担うのはヒューリック。新たな「サイエンス型」街づくりの姿は─。
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土地の改良などに莫大な資金と時間が…
「未来志向の土地利用転換により、次の100年を担う街づくりに挑戦したい」と話すのは、JFEホールディングス専務執行役員の岩山眞士氏。
2023年9月7日、JFEホールディングスは、9月16日に高炉等上工程の稼働を休止するJFEスチール東日本製鉄所(京浜地区)の土地利用構想「OHGISHIMA2050」を公表した。
この京浜地区に含まれる南渡田エリアは、JFEスチールの前身の1社である旧日本鋼管の創業の地。1912年(大正元年)に浅野財閥を築いた浅野総一郎、初代社長となった白石元治郎らによって設立。欧州など海外を視察した目線で、日本の近代化に向けては製鉄業、近代港湾の整備が必要との思いから事業を進めた。
1936年(昭和11年)には首都圏で初めての高炉一貫製鉄所として稼働、日本経済の成長、重化学工業の発展に貢献してきたという歴史がある。
だが、自動車用鋼板を製造するJFEスチール西日本製鉄所と比較すると、製造している品種が厚板や鋼管が中心で、立地からしても様々なコストが高い京浜地区は競争力に課題を抱えていた。
そのため、JFEが構造改革で国内高炉8基体制から7基体制にすることを検討した際に休止対象として俎上に上ったのが京浜地区の高炉だった。JFEスチール専務執行役員で東日本製鉄所京浜地区所長の古米孝行氏は「今後の需要を見通した時、中国を中心とした海外高炉の量が増えている。その中で京浜地区は固定費負担が大きい。最適生産体制の構築という時に経済性などを考えて京浜地区が選ばれた」と話す。
高炉等上工程の休止に伴って、その土地の利用転換をどのような形で進めるかについてJFE、そして川崎市を含めて検討が進んできた。そこで打ち出されたコンセプトが「カーボンニュートラルとイノベーションを実現する先進的な取組に挑戦するフィールド」。
今回、土地利用転換の対象になる面積は約400ヘクタール。特に、高炉が立地する扇島エリアだけで約222ヘクタールという広さがある。比較すると、神奈川県の「みなとみらい21地区」が約186ヘクタールで、扇島エリアだけで、この広さを上回る。
だが、利用転換に向けては大きな課題がある。まず土地利用規制の変更。現在は工業専用地域(都市計画法)、臨港地区工業港区(都市計画法・港湾法)となっており、事実上、製鉄所しかできない用途規制。
次に交通アクセス。現在、扇島には公道はなく、島に行くにはJFEが整備した私道を通るしかない。この公道の整備に加えて、扇島を通る首都高速の出入り口、都市計画の予定はある国道357号などの整備が必要となる。
そして最大の課題は莫大な開発原価。高炉、製鋼工場、コークス炉、焼結工場など、上工程の関連施設を解体、撤去し土壌対策などを施して利用できるようにするのに約2200億円、基盤整備をし、建物等を建設して使える土地にするまでに約7500億円がかかるという川崎市の試算がある。巨大設備も多数あるため、この移設、撤去からして膨大な時間と費用がかかることが予想される。
カーボンニュートラルの拠点として
それでも、JFE HDの岩山氏は「扇島のポテンシャル」を強調。前述の交通アクセス、特に首都高のインターチェンジが開通したら、車で東京・大手町まで30分、羽田空港に至っては11分と、非常に良好なアクセスが実現する。
また水深22メートルという、東京湾内で屈指の大水深を誇るバースは大型船舶の活用が可能。さらには扇島にはエネルギー企業が数多く立地しており、発電所が多数存在する。発電能力は約830キロワットと、首都圏一般家庭の消費電力に匹敵する量を誇る。
この強みを生かして構築しようとしているが「水素を軸としたカーボンニュートラルの拠点」。川崎市は川崎臨海部を日本初の大規模水素サプライチェーンの構築にむけた実証事業受け入れ地として選定している。2028年には液化水素サプライチェーンの商用化実証が始まる予定となっている。
また、DXやGXを牽引する次世代産業づくりなどに向けた拠点を整備するとともに、そうした取り組みを促進するスペース「シェア型都市空間」も設ける。ここには拠点化したカーボンニュートラルエネルギーや、自動運転や空飛ぶクルマなどの次世代モビリティの活用、次世代高速情報基盤といった最先端のインフラが用意される構想。「次世代産業の育成に貢献するイノベーション都市」(岩山氏)を目指す。
こうした取り組みは官民一体で行われるが、構想を主導する「船頭」が必要。その意味で、今回のプロジェクトではJFEがエネルギー企業を含む地域の企業と連携してエリアマネジメントに取り組み、土地利用の転換を強力に推進していくことが強く求められている。
南渡田エリアは第一歩となる開発
この京浜地区では、扇島エリアだけでなく、池上エリア、水江エリア、扇町エリア、そして南渡田エリアの土地利用転換も控える。
中でも、まず重要になるのが南渡田エリアの開発。前述のように、南渡田は、1912年(明治45年)の日本鋼管発祥の地。現在、南渡田エリアはJR貨物の操車場を挟んで北地区で約9ヘクタール、南地区で約42ヘクタールの計約51ヘクタールの土地を有する。
川崎市は1996年の「川崎臨海部再編整備の基本方針」を打ち出して以降、長年にわたって、南渡田に「研究開発機能」の導入を検討してきた。
22年8月には「南渡田地区拠点整備基本計画」が策定され、全体コンセプトを「グリーン社会やデジタル社会を実現する革新的なマテリアルを生み出す研究開発機構の集積」とする方針となった。
このうち、南渡田北地区の北側、約5.7ヘクタールの開発が27年度の街びらきを目指して進行中。今回の約400ヘクタールに及ぶ土地利用転換の第一歩となる。
この開発を担うのが、不動産デベロッパーのヒューリック。「研究開発は、今後日本が生き延びていくために頑張らなければいけない分野の1つ」と話すのは、ヒューリック会長の西浦三郎氏。ヒューリックにとっても研究施設を含む開発は初めての試み。なぜ、この決断に至ったのか。
今、ヒューリックは事業ポートフォリオの組み換えを行っている。同社は都心の駅近でオフィスを開発、70%以上の物件を東京23区に保有している。だが今、西浦氏が危機感を抱くのは人口減少。
「人口が減ればオフィスに入る人が減る。ならばどうするかというと『範囲』を広げていくことが必要。今はよくても10年後、20年後の後輩達のことを考えるのが今の経営者の責任」と西浦氏。
ヒューリックは将来性のある次世代アセットとして、データセンターや物流施設の開発を進めてきた。そして、今回のJFEの土地利用転換に関わることを契機に、新たに「研究施設」も開発対象に加えた。
JFEはこれまで、開発パートナーを探してきたが、前出のJFE HD・岩山氏はヒューリックをパートナーに選定した理由について「JFE主体でお声がけして、審査させてもらった結果、コンセプトに合致した形。他の提案もあったが、マテリアルの研究開発という形で具体性も含めて、ヒューリックさんの評価が高かった」と話す。
西浦氏は選定の理由について「自分達が言えることではない」としながら、要因として「入居候補の企業の名前も含めてご説明した。JFEさんとしても新しいものをつくっていく中で、リーシング(テナント誘致)の確度が高そうだという部分は評価されたのではないか」と分析。
ヒューリックが意識したのが、研究開発拠点づくりだけでなく、そこで働く「人」。研究者の居住・宿泊施設の他、23時まで利用ができるスーパーなど人々が生活しやすくなるための施設も併せて提案した。
「今後、他の土地も転換される中で、多くの企業が入ってくるが、そこに働く人の『生活』があると、企業も入ってきやすい」と西浦氏。
街びらきは27年度だが、次世代のマテリアル・素材開発の拠点づくりに向けて、すでにリーシングも始まっている。「素材系企業のラボ、研究施設を中心にお声がけしている。また大企業だけでなくスタートアップにも声がけし、オープンイノベーションが実現できる施設にしていこうと取り組んでいる。また名前はまだ言えないが大学の研究施設にも声がけしており、産学連携も実現する」(ヒューリック執行役員営業推進部部長の長塚嘉一氏)
ヒューリックは3年ほど前から、これまでとは違う新たなアセットへの投資を検討してきた。人口減少に伴ってオフィス需要が減少することも視野に入れ、ポートフォリオの中におけるオフィスの割合も5割以下にしていくことも明らかにしている。
「新しいことをやっていかなくてはいけない。これまで『やらないこと』(海外、マンション、地方、大きなビル)も決めていたが、可能性のあるものについてはチャレンジしていかなければいけない。100%安全だけでは収益は稼げない」(西浦氏)
ヒューリックは今回、南渡田エリアでの開発を担うが、今後提案が通れば、他のエリアでの開発参画にも意欲を見せる。また、様々な企業から、京浜地区への入居や自ら保有する土地の有効活用についての相談が舞い込んでいる。
ただ、こうした相談の時に重要視するのは、やはり「立地」。南渡田エリアはJR川崎駅から約3キロ、羽田空港から約5キロ、JR浜川崎駅から徒歩3分という交通利便性の高い立地。「不動産は、最後は『場所』が非常に大きい。人の往来を考えた時、南渡田は海外とも結び付けられる。このエリアに入居希望があるのも、この立地が影響しているのだと思う」と西浦氏。
今後も立地を重視した開発を進める。例えば、ヒューリックは銀座に40棟近いビルを保有しているが、この3年余のコロナ禍にあっても、賃料減額の交渉はゼロだったのだという。やはり立地がものを言うことの証明になっている。
直近では8月31日に成田空港近くに大型物流施設を整備することを発表したばかり。これまでヒューリックは物流施設を国道16号線の内側に絞って開発してきたが、今回の成田は「成田空港に近い」という立地を重視した形。
ライバル企業に打ち勝って、新たなアセットへの投資、開発を進める権利を得たわけだが、これを担う「人」が社内にいたことが大きい。「当社は社員約220人の〝中小企業〟だが優秀な人が揃っている。また、それでも足りなければ専門家を募集する」(西浦氏)
1人当たり6億円の経常利益を叩き出すヒューリックだけに、マルチに対応できるスキルを持った人材が育っているということなのかもしれない。
「過去のことをやっているだけでは企業は成長しない。当社の合言葉は『変革とスピード』。変わっていくこと、それをスピード感を持ってやっていくことが大事。そして経営は先を読むことが必要」と西浦氏。
JFEの高炉跡地の土地利用転換の先鞭を付けるヒューリックと組んだプロジェクトが、その「モデルケース」を見せることができるかに、関係者の視線は注がれている。
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