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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・山下一仁が語る「農業振興論」とは?

財界オンライン / 2023年10月12日 18時0分

山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

「日本の食料政策はずっと国内市場しか考えてこなかった」と指摘する山下氏。かつて小麦の生産が過剰になった時、フランスが考えたのは小麦を輸出すること。それに対し、米が過剰になった日本がとった手は米の供給量を減らして米価を維持すること。そうした対応が食料自給率100%超のフランスと38%の日本の違いを生む要因となったという。「食料安全保障と言いながら、主食である米の生産を減らしている国など、どこにもない」と訴える山下氏の農業振興論とはーー。


実態として今も減反政策は続いている

 ─ 日本は食料自給率が38%と低水準で、ロシアによるウクライナ侵攻もあって、食料安全保障のリスクが高まっています。こうした現状を山下さんはどう受け止めていますか。

 山下 日本の農業政策はずっと国内市場しか考えてきませんでした。食料自給率が高い欧州、とりわけ自給率100%を超える農業国フランスとの違いを見れば一目瞭然です。

 自給率が100%を超えるということは、消費量よりも生産量が上回るということ。フランス(EU)は小麦の価格を上げたために過剰になった小麦を海外へ輸出しました。一方、同じように米が過剰になった日本は、農家に補助金を出して供給量を減らそうとした。これが減反政策です。

 つまり、日本は輸出を全く考えず、国内市場だけを考えた。国内の需要が減少したので、どんどん米の生産を減らしました。

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 ─ かつては皆そういう視点しかなかったんですね。

 山下 これは今でもそうです。農林水産省の役人も、JA農協も、族議員と呼ばれる政治家も、農業経済学者も、国内マーケットしか見ていません。輸出を考えないから、どうしても生産を縮小して、減反をさらに強化するという議論ばかりです。

 日本の減反政策は1970年から実施されてきました。農家に補助金を与えることで米の生産や供給を減らして、米の価格を高くし、農家の所得を維持すると。その結果、どうなったのか? 1960年から世界の米生産は3.5倍くらいに増えていますが、日本は補助金を出して40%も減らしている。1967年のピーク時に比べると半分以下です。減反補助金は年間3500億円に上ります。

 食料安全保障などと言いながら、主食である米の生産を減らしている国など、どこにもありません。アジア各国の政府から派遣されている公共政策大学院生に、日本の減反政策を講義で話したら、皆笑っていました。医療などと違い、国民は補助金(税金)を払って消費者として高い米を買わされています。本当に恥ずかしい政策です。

 ─ しかし、2018年から減反政策は廃止されたのではないんですか。

 山下 それはフェイク・ニュースです。農水省が生産数量目標を指示しなくなっただけで、補助金を出して減反するという基本政策はむしろ拡充されています。さらに、農水省は今、畑地化促進と言って、水田を畑にしようとまで言っています。

 ─ 農水省が畑地化促進を叫ぶ理由は何ですか。

 山下 名目上は麦や大豆などを増やそうということですが、本当の狙いは米の生産を減らすことです。

 なぜなら、水田を畑にすれば米がつくれなくなるので、減反をやったことと同じですよね。畑にすれば、一時は水田を畑にするための財政負担は必要になるけれども、一旦、畑にしてしまえば、水田に対する減反補助金は出す必要はなくなります。

 つまり、財政負担を少なくしたい財務省の思惑と、米の生産を減らして米価を上げたいJA農協と農水省の思惑が一致したのです。



かつて減反を猛烈に反対したのが陸軍省

 ─ 問題は食料自給率を向上していくために、日本は何をすべきか? ということだと思うんですが。

 山下 米の生産を増やし、麦の生産を増やすには減反を止めることが一番です。減反を止めれば確実に生産が増えます。

 今、日本は麦作振興のために年間2千億円の補助金を投じていますが、麦の生産はわずか120万トンほどです。そのお金があれば約700万トンの小麦を輸入することができます。1年間の小麦消費量550万トンを上回る小麦を輸入できるのです。

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 ─ なるほど。輸入すればそれくらいの量を確保できるわけですね。しかし、食料安全保障という観点で考えたら、国産化という視点はどうですか。

 山下 危機の際に、わずかしか国産小麦を供給できないで国民を飢えさせるのと、輸入しても国民の生存に十分な量を供給することを考えると、後者の方が望ましいのは当然でしょう。もちろん、輸入ができなければ国内で生産するしかないのですが、問題は、農水省が買い負けて輸入できなくなると、しきりに危機をあおっていることです。しかし、日本が買い負けることなどありえません。

 食料の中で一番重要なのは、カロリーを供給してくれる穀物と大豆です。この輸入額が我が国の全輸入額に占める割合は1~1.5%程度です。それが仮に10倍の値段になったとしても、日本は輸入できます。小麦の3大輸入国はインドネシア、エジプト、トルコですが、日本がこれらの国に買い負けるでしょうか。

 昨年のように、一時的に穀物価格が高騰する時がありますが、人口増加を穀物生産が大きく上回っているので、この100年間穀物の物価変動を除いた実質価格はずっと低下傾向です。名目価格では史上最高と言われた2022年でも、実質価格では1973年の半分くらいにすぎません。

 ─ では、農水省はどうして買い負けるなどと主張するのでしょうか。

 山下 国内の農業保護を増やしたいからです。自給率が低いと連呼するのも、6割以上も海外に依存するのはリスクがあるから、農業を保護して国内生産を増やさないとダメだと国民が思ってくれるからです。でも、それは農水省とJA農協の思うつぼなんです。

 実際には、JA農協は国消国産を叫ぶ一方で、大量の穀物をアメリカから輸入して食料自給率を下げています。しかし、われわれが真剣に考えなければいけない食料危機があります。それは、台湾有事などでシーレーン(海上交通路)が破壊され、輸入が途絶する事態です。

 しかも、食料だけではなく、今の農業生産には石油などのエネルギーが欠かせませんが、その輸入も困難になるのです。これは本当に深刻な事態になります。

 ─ なるほど。これは安全保障そのものの話ですね。

 山下 そうです。実は戦前、当時の農林省が減反を提案したことがありました。米騒動が起こって、国内だけでは米を供給できないことが分かって、朝鮮と台湾で米の生産を拡大したんです。

 ところが、この効果が出過ぎて、どんどん米が入ってくるものだから、国産米の価格が下落。これは大変だというので、当時の植民地を含めて農林省が減反を提案したのです。

 ただ、これに猛烈に反対したのが陸軍省です。戦争をやろうかという時に、貴重な食料である米を減産するとは何事かと怒ったわけです。

 ─ そういう歴史があった。

 山下 ロシアがキーウ(ウクライナの首都)を攻略できなかったのは、食料やエネルギーを運ぶ〝兵站〟が十分ではなかったからです。日本のインパール作戦もそうです。食料がないと戦争はできません。

 つまり、減反政策というのは、国の安全保障とも、食料安全保障とも、どちらにも全く相いれない概念です。

 食料の輸入が途絶した際、終戦時と同じ量の米を国民に配給するには1600万トンの米が必要です。ところが今の生産は700万トン以下です。危機が起きて半年後に国民のほとんどは餓死します。減反を止めれば、1700万トンの生産が可能です。国内で700万トン消費して1千万トン輸出します。危機が起きた際は輸出していたものを食べるのです。平時の輸出は、お金のかからない備蓄の役割を果たします。

 税金を2千億円余計に使って麦を120万トン作るのと、減反を止めて1千万トン米の生産を増やしてなお3500億円が戻ってくる。どちらがいいでしょうか?

続きは本誌で

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