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公益財団法人国策研究会理事長・土居征夫氏「知識詰込み型ではなく使命感・人間性を重視する視点を」

財界オンライン / 2023年11月9日 15時0分

土居征夫・公益財団法人国策研究会理事長

「大学改革を産業界から始めてもらいたいと私は思っています」と土居氏。通知表をどうするか、あるいは学習指導要領をどうするかといった問題にとらわれている現状から一歩抜け出すにはどうしたらいいか。「暗記ものをやっていればいいということではなく、面接を入れて人間力を問うことが大事。そのためには保護者が変わり、産業界が変わらないといけない」と強く訴える。


大学改革は入試改革から

 ─ 土居さんが大学改革が必要だと訴える背景には何がありますか。

 土居 戦後、知識詰込み型の偏差値教育をずっとやってきて大学入試制度もそこを評価する構造になっています。親も学生も大学に入ることがゴールで、良い大学に入れば将来は良い企業に入れて安泰だと思っている。大学教育も専門教育に特化しすぎて視野が広がらず、理論ばかりで実学を扱わないので、人間が成長していないのです。ここを改革しなければリーダーとして社会を支える人材が育つことは難しい。

 戦後われわれの時代は、試験の成績をあまり重視せず面接をやっていました。今のアメリカ、ヨーロッパはそれが主流です。

 ─ 土居さんの入省は1965年(昭和40年)でしたね。

 土居 はいそうです。

 ─ その頃、大学入試でも人間性を見ていたと。

 土居 はい。大学も企業もそれを重視していました。私も通産省時代に採用担当をしていた時には、面接を8月から10月まで何十回とやっていました。それも自分一人ではなく範囲を広げて、同僚、部下、先輩、みんなに会わせます。そのくらい採用にエネルギーを使っていました。

 ─ それは他の省もそうだったのでしょうか。

 土居 はい。当時は成績はともかくこころに基軸のある人材を採ろうという方針でした。要するに人間を見ろということを言っていて、大蔵省なども同じ採用方針でした。

 ─ それでも当時通産省に入ってくるのは結果的に東大生でしたか。

 土居 必ずしもそうではありません。早稲田・慶應・東工大もいましたし、学校は様々でした。

 しかし今はIQ重視の形式基準が強まっていると思います。社会もそうなっているというので、保護者や学生の方もやはり偏差値の高い良い学校に行っていないと良い企業に就職できないと、それが社会常識になってしまっているのです。

 ─ それを変えなければいけないと。

 土居 ええ。それを変えるには、今の政治や行政に頼むだけでは駄目です。私は教育再生会議に参加して以来ずっと見てきましたが、大きな構造改革が見られません。そんな中で教育立国推進協議会という超党派の議員と民間委員で構成する検討会で、民間委員の有志と国民運動が必要だと意見が一致したのです。

 ─ 人間性を見ると言っても、非認知能力をみるのも技術やエネルギーが必要ですね。

 土居 はい。IQで形式的にみる方が簡単です。EQの部分を見るためには、複数の目で多角的に見ることが大切です。そうやって、非認知能力、人の潜在能力を見つける感性が本来日本人にはありましたが、そういうものを失ってしまいました。

 ─ 企業の採用も同じく面接重視でしたか。

 土居 はい。昭和40年前後、企業は大学教育には期待も信頼もしていないということで、入社してから育て上げるという風潮がありました。要するに学歴だとか大学名だけでは採用しませんよと。成績が悪くても、本人が伸びる余地を持っているのかが重要でした。

 ─ 最終的には人を見るということですね。それを大学入試からやっていくと。

 土居 はい。私はそういった大学改革を産業界から強く言い出してもらいたいと思っています。産業界は教育の問題にはある種遠慮があります。

 例えば入試に記述式を入れるとなると、評価の客観性・公平性に欠けるとか、学校は通知表をどうしたらいいかとか、学習指導要領はどうしたらいいかと、もう色々とがんじがらめの議論になってしまいます。だからそこに専門外の産業人が手を入れることは難しい。

 ですが、もう待てない状況になってきています。国の動きを待つのではなく産業界が先頭をきって動いた方が早いと私は考えています。

 ─ 産業界はどのように動けば良いとお考えですか。

 土居 これは難しいことはなく、産業界が求める人材像を従来以上に強く訴え、大学の入試改革一つ変えれば全て変わります。入試改革でこれまでの知識と論理、すなわち認知能力偏重の教育というのを評価しないようにする。ある程度は評価したとしても、それ以上に面接で人間性を評価しましょうと。これはアメリカの大学もやっているのです。

 それをやるだけで、高校生の勉強の仕方が変わります。面接があって人間力が問われるとなると、暗記ものだけやっていればいいということではありません。

 そうすると、入試対策をする私塾も変わってきます。そのためには保護者が変わらなければいけない。保護者が変わるためには、産業界が変わらないといけない。親はみんな社会人で産業人ですから。

 ─ 就職で受け入れる企業が変わらなければいけないということですね。

 土居 そうです。中央集権体制で、学習指導要領として細かいことを文科省は決める必要はありません。大事なのは認知能力だけじゃなくて非認知能力だと。つまりやる気や人間性を重視すると。ソニーの平井さんはそれをEQだと言っていますよと。

 産業界で社会が求める人間像を本当に理解している人は、良い学校を卒業したことは大して重要ではないと言います。あるいは今できるとかできないとかそんな話ではないということを産業界からも発信していただくことで、親御さんも変わってくるし、教育界も変わってくる。

 それを一番に伝えられるのは入試で面接をやることだと思います。例えば、いま産業界の会社の中にはリーダー性を持った卒業生がいるわけです。そういう人にも審査員となってもらい、大学で伸びそうな受験生を選んでもらう。それをすることで、大学が企業に良い人材を送ることができ、好循環になってくるはずです。


痛みを伴わなければ今の日本は変われない

 ─ EQを評価するための基準を設けて、大学でどんどんと実行していくということですね。

 土居 はい。この構想を総理に持っていっても、省庁に下りた段階で行政は面倒なことはできないしやりません。だから別個に国民運動として粘り強くやっていこうと。産業界の経営者の中には、今の構造的問題をよく分かっている方も多くいますし、行動力もあります。

 だから政治を機能させるということを先にやるよりも、オフロードでパイプをつなげていった方が早いと考えています。  今の政治では、選挙とポスト、それに目先有利かどうかで取り上げる傾向があり、人生意気に感じて、どんなに困難でも世のためにやってやろうという人は少ないです。

 ─ 現世的な欲や利害を優先してしまうということですね。

 土居 ええ。政治の領域でも教育制度の複雑な仕組みに足を取られ、どっぷり浸かり過ぎてしまい動けなくなってしまっている。

 ─ 明治維新や戦争みたいに、ある種の断絶を伴わないと、日本は大きく変われないのでしょうか。

 土居 そうですね。でも断絶が生じるとそこにはものすごいリスクがあります。

 日本人は1万6千年前の縄文時代の歴史から知恵を発揮してここまで来たわけです。日露戦争、太平洋戦争は日本人滅亡の最大のリスクでした。それでも日本は辛うじて危機を乗り越えて生き延びてこられたわけです。

 国民の間では、今の状況をみて諦めにも似た気持ちがあるのではないかと思います。日本に危機は起こりうるし、危ないのです。

 ─ これまでの日本の歩みはいわば危機感があるから、危機を乗り越える力を発揮できたということではありませんか。

 土居 そうです。元寇や幕末の時もそうです。日本人は乗り越える知恵・叡智を歴史的にもこれまで出してきました。

 ─ 戦後もそうでしたね。

 土居 そうです。ただその後われわれは知恵・叡智ではなく知識だけになってしまいました。

 一方、人間とは何かという、本質の追究というか、本質論議がなされてこなかったのは事実です。課題解決を探っていく上で大事なことは、性善説、性悪説、人間には両面があることを認識することです。

 その中で、どのように性善説を生かしながら、一方で弱肉強食の戦いが起きる現実の危機を乗り越えて生きていくか。この日本人のこころの基軸を見失ったことによる弊害が、いま日本で起きているあらゆる問題に通じています。

 ─ 最後に、急激な少子化による全国の大学の経営悪化に、国の対応が迫られていますね。

 土居 これも、密室化している今の大学ガバナンスの下では対応できないと思います。基本は市場メカニズムの良さを理解している産業界の視点に学ぶべきです。

 もちろん制度の基本は国が作るけれど、具現化は行政メカニズムの枠内で進めるのではなく、学生や社会から選ばれる仕組みの上で大学統廃合が進むことが必要です。

 ですから個々の大学の主体性、独立性を発揮させ、広く社会の視点が入る大学改革委員会のような第三者機関が、事後監視する体制が望ましいと思います。これも国民運動のテーマになると考えます。

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