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【政界】「減税」の意欲とかみ合わない歯車 3年目を迎えた岸田政権の解散戦略も岐路に

財界オンライン / 2023年11月10日 11時30分

イラスト・山田紳

年末に向けた国政の大きなヤマ場となる秋の臨時国会が10月20日から始まった。経済再生などを巡る、通常国会以来約4カ月ぶりの与野党の本格論戦だ。首相・岸田文雄は、経済対策を掲げて政権再浮揚を狙い、年内の衆院解散・総選挙へ最後のチャンスもうかがう。自ら打ち出した「還元」「減税」路線は奏功するのか。ついに発足から2年を超えた政権は正念場が続いている。

【政界】新たな経済対策を巡り「還元解散」カードを握った岸田首相の腹の内

先走った与党

 経済対策で「税収増を国民に還元する」(9月25日)と意気込み、支持率回復へ勝負をかけた岸田だったが、その後はなかなか歯車がうまくかみ合わないように見える。

 世間の「増税メガネ」批判をはねかえそうと、岸田は経済対策に合わせた「減税」を強調したが、自身がその日に示したのは、賃上げ税制における減税制度の強化などで、企業が主な対象だった。

 ところが、この発言が自民、公明両党の「先走り」につながった。10月初頭、自民党幹事長の茂木敏充が「税収増をそのままダイレクトに減税などによって国民・企業に還元することもあり得る」と述べたのに続いて、参院幹事長・世耕弘成は「税収の基本は法人税と所得税だ。その減税も当然検討対象になる」と踏み込んだ。

 両者の発言は、いずれ来る衆院解散も意識して、国民一人ひとりが「恩恵」を実感しやすい所得減税が念頭にあるとみなされた。自民党内の財政出動派も勢いづいた。彼らにとって個人向けの減税とは、形を変えた財政出動にほかならない。「税収の減少は国債の追加発行でいくらでも補える」という、元首相・安倍晋三をさらに極端にしたような発想も透けて見える。

 岸田がその段階で指示したわけでもない、個人向け減税を求める声が相次いだことに、首相官邸や財務省は戸惑った。社会保障費の財源である消費税の減税は「まず論外」(政府関係者)としても、税収の柱である所得税がこれほどクローズアップされるとは予想していなかったからだ。

 補正予算案に低所得者らへの給付を盛り込むよう求めていた公明党の代表・山口那津男も、所得減税論に同調した。「物価高に対応できる現実的な手法としては、やはり所得税が望ましい」(10月10日)。これにより、官邸はさらなるプレッシャーを受けることになった。

 岸田と与党の問題意識そのものは一致している。厚生労働省が発表した8月の実質賃金は17カ月連続のマイナスで、物価の高騰に賃上げが追いつかない状況だ。岸田が「税収増を還元する」と言うのも、要は物価対策である。ただ、その手法として、企業の賃上げを促す減税策などを想定していた官邸サイドに対し、与党はもっと高いハードル、つまり個人向け減税を要求したわけだ。


還元と財源

 一方、この年末には、防衛力強化のための増税(法人税、復興特別所得税、たばこ税)の開始時期や、子ども予算倍増の財源を巡るシビアな協議も待ち構える。そもそも、こうした岸田の目玉政策の財源探しが必要なときに、逆行する税収減の議論をしようとすることには大きな困難を伴う。

 仮に減税が実現したとしても、政府の財政悪化の懸念に加えて、「結局、増税なのか減税なのかよく分からない」と国民に受け止められれば、アピール効果も中途半端に終わってしまう。国会召集直前に「期限付きの所得減税」という案が浮上したが、課題は多く、その成否と政権運営への影響が注目される。

 足並みの乱れは政府内でも起きている。仕事でベビーシッターが必要な会社員に利用割引券を配布する事業が、今年度予算の上限に達したため、10月2日に打ち切られた。予算がなくなれば年度途中で終了することは当初から決まっていたが、打ち切りの日は、岸田が官邸のこども未来戦略会議で子育て支援の強化を訴えた当日だった。

 事業を所管するこども家庭庁は「予定通り」として事業終了を官邸に伝えておらず、報道で知って慌てた官邸が「タイミングが悪すぎる。可及的速やかに再開を」と方針転換を求めた。わずか4日後、こども政策担当相の加藤鮎子は割引券の配布を再開すると表明した。

 この事業そのものは総額9億円程度と、決して大きくはない。それでも、官僚主導の色彩が濃い岸田政権のコミュニケーションのあり方に、改めて不安を残す出来事だった。

 そして、政府・与党の歯車が微妙にかみ合わない最大の案件といえば、秋の政界の関心事、衆院解散・総選挙である。

 岸田の「還元」発言で息を吹き返した秋の解散論は、9月末に岸田が「補正予算案を臨時国会に提出する」と明言したことで、再び収束したかに思われた。岸田は10月3日付の読売新聞インタビューで「提出した以上は成立させたい」と語り、補正成立前の解散も事実上否定してみせた。



日程闘争

 補正の国会提出は11月上旬、成立は中下旬以降と見込まれたため、「年末は税制論議や来年度予算の編成作業がある。さすがに年内解散はもうないだろう」(自民中堅議員)と安堵する空気が永田町に漂った。

 ところがそれでも、いわゆる「解散風」は完全にはやまなかった。岸田は臨時国会召集日の10月20日に、体調不良で辞任する衆院議長・細田博之の後任選びとともに、首相の所信表明演説を行いたいと与党に打診した。

 翌週の23日に回しても国会日程上の問題はなかったのだが、岸田は、22日投開票の国政2補選(衆院長崎4区、参院徳島・高知選挙区)の直前に、最後のアピールの場を設けようと狙った。補正予算の成立を少しでも早めて、成立直後に衆院解散に踏み切る余地を残すためでもあった。

 三権の長である衆院議長選挙と開会式は重い国会行事だ。同じ日に所信表明演説まで実施してしまうと、召集日の本会議が夜までずれ込みかねず、慣例を重んじる国会としては、かなり異例の案といえる。与党関係者の間では「岸田さんはまだ解散をやる気がある」と受け止める向きも出た。

 結局、野党の反発で所信表明の前倒しは幻に終わり、23日の実施で合意した。一般の国民には理解しがたい、こうした日程闘争から、与党の一部には「12月衆院選」の観測が根強く残った。ただ、年末までの国会・外交などの日程は一層窮屈になっており、実現性に疑問符がつく状況に変わりはない。

 時の首相が意向を明かさないまま、解散風を長く吹かせすぎると、野党のみならず、身内の与党も「準戦時体制」を解けず疲弊してくる。ある自民のベテラン議員は、6月の通常国会での解散騒動に続いて「また解散権をもてあそんで……」と不満を隠さなかった。解散風を扇風機に例えるなら、スイッチを「切」にも「強」にもせず、ずっと「微風」を押し続けているようなものだからだ。

 参院選に合わせて衆院解散に踏み切る「ダブル選」が取り沙汰された2019年、当時の首相・安倍は6月には自民党幹部に「解散見送り」を内々に伝え、党内外にアナウンスさせて夏の参院選に集中した。「経済対策をはじめ、先送りできない課題に一意専心で取り組む」という岸田の言葉を額面通り受け止めるとすれば、それが党側にきちんと伝わらないのは、官邸と与党のコミュニケーション不足によるものだろう。

 もともと臨時国会の召集日は「10月16日が妥当」との見方も多かった。ところが、開会式に出席する天皇陛下の日程と合わないことが後から判明し、別の日取りを検討し始めた経緯がある。これも岸田と党側のすりあわせがスムーズに行われていない証左であろう。


続く布石

 衆院解散の選択肢をなお探る岸田は、そのための布石も打ち続けた。文部科学省は10月13日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対する解散命令を東京地裁に請求した。岸田は「客観的な事実にのっとり、丁寧な作業を行い、その上で速やかに文科相が判断した」と記者団に説明した。

 請求のタイミングに政治的な意図はないという趣旨だが、22日投開票の2補選直前の時期だけに、それを真に受ける向きは少ない。有識者からは「政治利用だ」と批判もあがった。

 衆院選を意識する政府・与党は、支持率下落の要因になった教団問題との「決別」をアピールすることを優先した形だ。しかし、解散請求が認められても教団は裁判で争うとみられ、最終的に決着がつくのは1年以上先になりそうだ。

 そもそも司法が請求を認めなかったり、教団が勝訴したりすれば、「教団存続にお墨付きを与えてしまった」として政権は大ダメージを受ける。岸田の判断が吉と出るか、凶と出るかはまだ分からない。

 さらに岸田は10月5日、連合の定期大会に自民党の首相として16年ぶりに出席し、連合の最大の関心事である持続的な賃上げに取り組む姿勢を強調した。一部産別労組の支援する国民民主党が与党に接近する中、岸田や自民党副総裁・麻生太郎らは、同じく連合を支持母体とする立憲民主党との「分断」を狙う構えを崩していない。

 一方、この大会で再任され、2期目に入った連合会長・芳野友子は、1期目のようなややエキセントリックな言動が影を潜め、組織の動揺を落ち着かせようと努めている。9月の内閣改造で岸田が首相補佐官に一本釣りした国民民主の前参院議員・矢田稚子について、芳野は「もう(矢田の)立場が変わったので一定の距離を置きたい」と語った。一部産別を与党に引き込もうという岸田の戦略は、当面は実を結びそうにない。

 外交面でも岸田には気がかりがある。中国主席・習近平との日中首脳会談が年内に実現するか否かだ。習は9月のG20サミットを欠席し、会談の機会は先送りされた。

 東京電力福島第1原発の処理水放出を巡り、日中関係は冷え込んでいる。双方の経済活性化や予期せぬ軍事衝突を防ぐ意味で、対話の糸口を見いだすことは喫緊の課題だ。11月のAPEC首脳会議、12月開催の可能性がある日中韓首脳会談と、残る2度のチャンスのいずれかをつかめば、岸田の反転攻勢の一局面となりうる。

 煮え切らない政局が続く中、内政・外交で山積する懸案にリーダーが落ち着いたかじ取りを示すことこそ、宏池会(現岸田派)の創始者・池田勇人から続く保守本流のあり方であろう。

(敬称略)

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