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運輸総合研究所会長・宿利正史「地域の自治体が責任を持ち、民間事業者に任せて効率的な運営を」

財界オンライン / 2023年11月13日 18時0分

宿利正史・運輸総合研究所会長

運転手不足が課題のバスやタクシー、赤字の地方路線をどうするか─。交通機関を取り巻く環境は厳しさを増している。サービスの質が悪くなって利用者が減るという悪循環を断ち切るためにはどうすべきか。国土交通事務次官などを務めた運輸総合研究所会長の宿利正史氏は「地域の公共交通は自治体が責任を持ち、運営は民間に任せるべきだ」と強調する。米国の自動運転による完全無人タクシーや富山市の次世代路面電車などを事例に超高齢社会を迎える日本の新たな交通体系を提言する。

【国土交通省】赤字路線の存廃をめぐり国主導で協議へ

安全を高めるために自動運転を

 ─ コロナが5類に移行し、インバウンドも回復していますが、交通・物流・観光業界では総じて人手不足が課題です。

 宿利 残業時間の上限規制が設けられる「2024年問題」ではトラック運転手の不足が強調されています。このまま手を打たなければ、迅速・安定的に貨物が運べなくなります。しかし、人手不足という課題はバスやタクシー業界でも共通しているのです。

 業界同士で人材の取り合いをしても仕方ありませんから、当面は個社で賃金や福利厚生、休暇など、少しでも労働条件を改善して人材を集める努力をしなければなりません。しかし、絶対数が足りませんから、やはり徹底的にデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めていかなければならないでしょうね。

 ─ 具体的には?

 宿利 一番分かりやすいのはキャッシュレス化だと思います。交通や観光業界では今でも結構、現金を扱っているために手間がかかっています。人手のかかる現金払をキャッシュレス化すれば、もっと効率化できるでしょう。同時にクレジットカードやQRコードによるキャッシュレス決済が普及している外国の人がもっと日本に来やすくなります。

 自動化という観点で言えば、米国サンフランシスコの完全無人タクシーの事例があります。クルーズ社というシリコンバレー発のスタートアップ企業が完全無人タクシーを運営しているのですが、同社にはゼネラルモーターズ(GM)が出資し、ホンダも出資しています。

 今年の6月に私も実際に客として乗りました。運転手がいないことによる不安は全くありませんでした。なぜなら安全で快適だったからです。というのも、クルーズ社の考え方は、完全無人タクシーを普及させることで、もっと安全な社会にする、というものです。要するに、人手の問題ではなく、人が運転していると事故は必ず起きる。それを自動運転にすることで、もっと安全にしようというコンセプトです。

 ─ どうしても人がいるから安全だと捉えがちですからね。

 宿利 ええ。この切り替えがないと、DXは進みません。実際に起きている自動車事故のほとんどは速度超過や信号無視、わき見運転といったヒューマンエラーが原因です。そこをクルーズ社は変えようとしているのです。アプリで乗り場と行先を入力すると、3分ぐらいでタクシーがスーと来ました(笑)。そのまま無事に目的地まで連れて行ってもらえましたからね。

 これは限定された条件下において、全ての運転操作をシステムが自動で行う自動運転のレベル4に分類されますが、一定のエリアであれば、バスやタクシーについては自動運転ができるということです。これが日本でも実用化されれば、タクシーの運転手不足に対しても有効な手立てとして活用できるはずです。


ライドシェアより自動運転を

 ─ 自家用車をタクシーとして使う「ライドシェア」の議論も始まっていますね。

 宿利 はい。一部でそれを求める声もありますが、私は、ライドシェアの導入ではなく、早く自動運転タクシーを実用化する方が良いと思っています。素人が人を乗せて運転するより、自動運転の方がよほど安全だからです。ただ、日本は自動運転に対する社会の受容性が米国のように高くないので今すぐは無理ですが、社会実験を重ねながら2~3年のうちに実用化するのが良いと思います。

 その上で、この間に不足するタクシー運転手に関しては、規制を緩和すれば良い。タクシー会社には引き続き安全管理を徹底してもらう一方で、運転手などの規制は合理的に緩めるべきです。例えば、営業運転に必要な二種免許をもっと取得しやすくすることが考えられます。

 その際、地方の比較的車が少ない地域と東京の都心部とでは基準を変えることも一考です。二段階ぐらいの二種免許制度に合理化して、タクシー運転手になりたい人がなりやすい仕組みに変えることが重要です。

 ─ 地方で新しく便利な交通が導入された事例はあるのでしょうか。

 宿利 ええ、あります。例えば、アイシンがそのような交通システムを開発し実用化しています。高齢者から電話やスマホで乗車の申込みを受け付け、車両がその高齢者の住む家の近くまで迎えに行くのです。その際に、最適なルートをAIが判断します。

 この「AIオンデマンド交通」と呼ばれる交通手段を使えば、ドア・ツー・ドアで目的地まで行けます。同じようなシステムを西日本鉄道と三菱商事が共同出資するネクスト・モビリティも実用化しています。

 そして、運行は地元のタクシー会社に委託をしていますから安全な運行が確保されます。このサービスは高齢者だけでなく、乳幼児を抱えているお母さんや障がい者にも使われています。これから日本は、マイカーを手放しても、誰もが安全で、自由に、そして安価に移動できる社会を実現しなければなりません。



富山市はLRTで成果

 ─ コロナ禍を通じて地方路線を維持できなくなるといった課題も出てきましたね。

 宿利 そうですね。その課題に対しては富山市の好事例があります。JR西日本が富山駅から北部の岩瀬浜までを結ぶ富山港線を廃止することを受けて市が路線を引き取り、LRT(ライト・レール・トランジット)を導入しました。新駅の設置と運行本数の増加などによって、沿線の高齢者が街中に出て来るようになった結果、医療費は減り、消費は増えたのです。

 続く第2弾では富山地方鉄道の路面電車の軌道を市が整備・所有して運行は同社が行う「上下分離方式」を導入して環状化し、第3弾では北陸新幹線の開業と在来線の高架化に合わせて、北側のLRTと南側の路面電車を接続し、北部の岩瀬浜から富山市内をグルッと回って市の南部に直接行けるようになったわけです。この結果、高齢者などの外出機会が増え、健康寿命が伸び、医療費や介護費用は減り、消費が増え、民間投資も増えていったのです。

 ─ 地域交通を改善すると、高齢者も元気になり、地域経済が活性化すると。

 宿利 ええ。ですから、やはり交通改善のための投資をしなければいけません。交通事業者任せで赤字路線が廃止され、サービスが悪くなって利用者が減る。結果として、マイカーを使うか、移動できない高齢者が自宅に引きこもる、という悪循環に陥ってはいけません。

 今では様々な選択肢があります。先ほどのAIオンデマンド交通や富山市のLRT、過疎地域などで十分な移動サービスが受けられない場合に、NPOなどが自家用車を用いて有償で運送する「自家用有償旅客運送」などもあります。

 地域の実情に合わせていろいろな仕組みをうまく活用してもらいたい。地域内の移動をしっかり確保できるように、自治体が責任を持って交通計画を作り、必要な資金を自治体と国が制度的に手当てして公共交通を改善すれば、地方はもっと元気になることができます。

 ─ コストがかかっても経済が回れば回収できますね。

 宿利 欧州の各都市には必ず魅力的な公共交通があります。小さな街にもLRTが走り、また、歩いて回れる街になっています。その代わりにマイカーには制限をかけています。欧州では州や中央政府が責任を持って費用を負担し、水道やガスなどと同じように社会インフラとして公共交通サービスを提供しているのです。

 日本の場合は、国土の7割が山地であるため、狭い平地に人が集まり、近代化、高度成長に伴い、人口が増加する中で、幸いにも民間の経営で鉄道やバスやタクシーの事業が成り立ってきたのです。

 ─ 鉄道会社はまちづくりも手掛けていきましたからね。

 宿利 その通りです。しかし、1960年代からマイカーが急速に普及し始め、事態が激変します。バスやタクシーの需要が奪われていったのです。バスとタクシーのピークはいずれも70年で、それ以来、50年減り続けています。今のバス利用者数はピーク時の3分の1以下になっています。

 民間企業がうまくやってくれるだろうと事態を放置して、その民間の事業が赤字になり、それを補填するために補助金を出してきた。しかし、それでもうまくいかず、地方の公共交通サービスが劣化を続けています。

 しかし、交通サービスの品質が良くなければ、お客さんは乗りません。そういう悪循環になっているのです。これを正の循環に切り替えなければなりません。そのためには地域の自治体が責任を持ち、国や自治体が必要な負担をして、便利なサービスを民間に提携してもらうようにしなければなりません。

 ─ 先の富山市の事例はまさに循環の切り替えですね。

 宿利 ええ。LRTの運賃については、運転免許を返納した人には、特別の割引切符を出して運賃を安くしています。そうなるとますますLRTを使いますよね。他にもお買い物券なども出して、市内でお得な買い物ができるようにしています。多くの高齢者が街中に出掛けてくるようになったわけです。

 交通を便利にして、高齢者などに家から外に出てきてもらうためには、一定程度公的な資金で負担をする必要があります。そうすれば地域は変わっていくのです。〝人々の移動の足の復興〟のためには、地域が責任を持って計画を作り、必要な公的財源を確保して、確かな民間事業者に任せて効率的に運営してもらえば良いのです。


脱炭素でも有力な鉄道

 ─ ここで民間の出番があるということだと。

 宿利 そうです。やり方は様々あります。自治体ごとに中身が違って良いわけです。そこを無理に官だけでやろうとすると、どうしても非効率になります。全国の公営バスなどの経営状況が厳しいのは、まさにそのためです。

 各自治体がその地域では「このような公共交通サービスを維持したい」という水準を決めて、その運行については入札なりで民間の交通事業者にお願いする。例えば一定期間ごとに経営状況や利用者の声を評価して再入札することも一案です。そうすれば、もっと良いサービスがもっと安く調達できるかもしれません。

 そして今は脱炭素が大きなテーマです。公共交通はカーボンニュートラルでは主役です。年間のCO2排出量を見てもマイカーは鉄道の7~8倍です。このように公共交通には様々な多面的な価値があるのです。その価値を改めて見直して、社会インフラ・公共財として、もっとしっかり公共交通を確保・維持・改善することに国も自治体も力を注ぐべきです。

 欧州は公共交通を社会インフラとして公的に運営していますから、多額の公的負担を行っていますが、日本は民間企業が運営してくれていますので、少ない額の負担で済みますし、もっと効率的にやれます。日本の良さと欧州の良さをミックスして日本独自の新しい交通体系を考えていくことが大事なのです。

(次回に続く)

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