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2023年度『経営者のための10冊』 企業アドバイザー(元JBCCホールディングス会長)・石黒和義 

財界オンライン / 2023年11月12日 11時30分

石黒和義・企業アドバイザー(元JBCCホールディングス会長)

読書の秋 本質を見極めるための書籍


 まだ残暑の厳しい9月、釧路から屈斜路湖を経由して知床を巡った。コロナ禍の続いたせいもあるが、奄美大島・隠岐の島・白神山地と自然に触れ合う国内の旅が続いている。こうした旅の良さは、思いがけない出会いにある。

 知床五湖の羅臼岳を背景にした原生林の雄大さは筆舌に尽くしがたい。ところが、ヒグマの目撃頻度が高まり、散策路は警戒を要するとのこと。ゆったりと鈴を鳴らして歩く姿を想像していたが、諦めるしかない。帰りしなに車で橋にさしかかると、川の中ほどに大きなヒグマが見え、鮭を獲ろうとするのか、水しぶきが上がっている。100メートルは離れていなかったであろう。深刻なエサ不足に苦しむヒグマとの遭遇であった。

 読書の楽しみは人それぞれであるが、見知らぬ世界での体験もその一つであろう。そこには、読書と旅に相通じる楽しみがあることは確かである。今回で7年目となるが、経営者がこれから迎える人生の黄金時代を心豊かに過ごすために役立ちそうな10冊を紹介することにしたい。


『庭園の美・造園の心』

白幡洋三郎 著 NHKライブラリー

キリスト教の生みだした名園なるものは皆無である。石・水・植物こそが庭園の必須の素材であるが、キリスト教は自然を神の意志によってつくられたものと捉え、そこには自然をあがめる思想はなかったと喝破する。奈良の仏像と京都の庭園についての指摘も興味深く、こうした作者独特の見方は単に庭園を鑑賞するだけでない新しい楽しみ方を教えてくれる。


『俳句の宇宙』

長谷川櫂 著 中公文庫

『和の思想』

長谷川櫂 著 岩波現代文庫

「古池や 蛙飛びこむ水の音」を巡り、作者は革新的な視点を唱えた。「や」を切字とみて、蛙が水に飛び込む音を聞いて心の中に古い池が浮かんだとして、これを蕉風開眼とみる。その鋭い視点は日本文化に対しても発揮され、かつて日本人が持っていた和の想像力は、今や見失ってしまったのではないかと指摘する。


『マザーツリー』

スザンヌ・シマード 著

三木直子 訳 ダイヤモンド社

森林の荒廃が叫ばれて久しいが、自分に何ができるか考えたことはあるだろうか。森で育ち、伐採に携わる中で生態系を学び、森のネットワークの中心たる母なる木に辿り着く。大切なのは、自然の知性に耳を傾けることで、自分の木を見つけ周りの木々に繫がっている感覚を研ぎ澄まして欲しいと。あくまで、行動的で示唆に富んでいる。


『銀河を渡る ―全エッセイ―』

沢木耕太郎 著 新潮社

25年にわたり書き綴った珠玉のエッセイ集。未だに『深夜特急』のイメージが強く残っているせいか、そこで見せた好奇心と行動力がこのエッセイに脈々と生き続けているように思えてならない。別れると題した「深い海の底に」では、幅広い多くの人たちとの交流を明らかにし、淡々とした文章の行間から作者らしい惜別の想いが伝わってくる。


『人さまざま』

テオプラストス 著

森進一 訳 岩波文庫

紀元前4世紀、古代ギリシア人のあり様を、若干の皮肉と温かみをもって語っている。「恥知らず」とは、いやしい利得のために人の思惑をものともせぬこととして分かり易く具体例を挙げる。こうした人間の愚かさを30項目あげて、さりげなく気付かせられる語り口、しかもエスプリが効いてユーモアも散りばめられているから読み出したら止まらない。


『フランクリン自伝』

ベンジャミン・フランクリン 著

松本慎一・西川正身 訳 岩波文庫

勤勉と節倹の徳によって自由を享受する。そこには十三徳に支えられた美徳と謙譲の精神が息づいている。83歳まで自伝の稿を書いて、「一つの生涯を生き直すのにもっとも近いことは、生涯を振り返り思い出したことを筆にして、できるだけ永久のものにすることではないか」と記す。この想いはどこまでも真摯で、今こそ読み返す価値がある。


『ギリシア人の物語』(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)

塩野七生 著 新潮社

古代ギリシアには、ギリシア人はいたが、ギリシアという国は存在しなかったと、壮大な紀元前の物語は始まる。民主政を生んだアテネ、リクルゴス憲法を堅守したスパルタ、新しき力のアレクサンダー大王と綴られ、その勢力はシチリアからインド・エジプトにまで及んでいた。少し重たいが、ギリシアを巡るには必携の大著となった。


『皿の中に、イタリア』

内田洋子 著 講談社

「食べることは生きること」と言い切る。カラブリアの人たちとの食を巡る物語は、食を超えた人に対する眼差しの心温かさがある。食は広州ではないが、イタリアを旅すると、行きつく先はナポリであり、シチリアに辿り着くと思っていた。それがカラブリアとなると想像もつかない。結局は、ありきたりの観光地しか行っていないことを改めて思い知らされる。


『覇王の譜』

橋本長道 著 新潮文庫

1人の天才が生まれることによって、その世界が活気づく。だから、こういう良書も生まれてくるのであろう。圧巻は終生のライバルとの対局シーン、格闘技とも思えるような応酬、あるいはAIに裏付けされた読み筋と冷静な判断が続く。将棋には疎いが、思わず引き込まれてしまう。本書は、著者の8年ぶりの小説とあるが、対局者の心理描写に辛苦のつみ重ねが活かされている。


『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』

羽鳥好之 著 早川書房

関ケ原の戦いは、西軍が有利な状勢にあったにもかかわらず、もろくも崩れ去った。その戦場にいた張本人に問いただす設定は、緊張感を生み出し、思わず引き込まれる。ドラマの展開は縦横無尽な広がりをみせ、思いもよらない決着が待っている。長年にわたって編集長を務めた作者のデビュー作とのこと。その転身ぶりは見事である。

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