【倉本 聰:富良野風話】戦いの果て
財界オンライン / 2023年11月18日 11時30分
ロシアのウクライナ侵攻に目を奪われていたら、今度はイスラエルとハマスの戦争である。そうでなくても地球は今、環境問題から発した内部的危機に直面し、高温化、洪水、山火事、ハリケーンと、人間の起こした悪業によってその存続が危ぶまれているというのに、既に国連の制御すら効かない国際紛争の数々が新たな大危機を招いてしまっている。
【倉本 聰:富良野風話】クマ
一体人類は何処へ行くのだろう。
この期に及んでもこの国では、総理が能天気に経済・経済・経済と叫び、若者はハロウィンにうつつを抜かしている。人間は度し難い大馬鹿者になってしまった。
何をどのように、どこから考えたらいいのか。
この一連の騒動の中で、僕の最もショックを受けたことは、ミサイルだドローンだAIだと近代技術の先端を行く武器でイスラエルがハマスを潰そうとしているのに対し、一方のハマスが地下深くを掘り、網の目のような通路を作って、しかもその下に人質を置くという、奇抜な作戦をとっていることである。デジタルに対するアナログの挑戦である。人道上の建前から言ったら、これに対抗する手段はまず、ない。こんな賎(いや)しい手を考える方も考える方なら、そこへ追い込んだ方も追い込んだ方である。まさに戦争というものの最終の姿だろう。
遠くからニュースで見せられている僕らは、これをどのように見たら良いのだろう。毎日毎日見せられているうちに、これらの残酷さ、悲惨さに馴らされ、いつのまにか麻痺してその惨状から目をそむけ、ニュース報道の時間が終わると、ああ終わったとすぐに忘れて居酒屋で一杯やるのだろうか。あるいはこれをフィクションのように考え、暖かい家庭に戻って行って、明日のハロウィンの仮装のことを一家で愉しく考えるのだろうか。
ここに一枚の写真がある。北海道の原野を彷徨(さまよ)う一頭のオスジカの写真である。
エゾジカはこの時期、メスを争ってオス同士激しくツノで戦う。そして時にはツノがもつれ合い、抜けなくなって戦いが終わる。二頭はそのまま離れられなくなり、ツノを嚙み合わせたまま原野を彷徨う。やがて一頭はそのツノと首を、相手の首に残したまま死に、もう一頭は外れないその相手のツノと首をぶら下げたまま極寒の原野をヨタヨタ生きることになる。
そういう写真を何度か見ているし、最後には互いの首が腐(くさ)り、からまったままの二頭のツノだけがオブジェのように凍土の上に残る。そうした二頭の戦いの果てのツノのオブジェも見たことがある。
戦いの果てとは、そういうものであろう。
僕らは地球というこの星の上にそうした墓(はか)場を見ることになるのだろうか。
デジタルであろうとアナログであろうと、生物である限り死に変わりはない。人間は愚かなこのオスジカと同じ運命を凍土の上に刻みつづけるのか。
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