レンゴー会長兼CEO・大坪清「経営の基本は現場にこそ真理があるということ。取引先や社員との対話を誠実に」
財界オンライン / 2023年11月25日 11時30分
「現場にこそ本当の問題があり、一般の社員と話をし、社員の顔と名前を合わせることが非常に重要」と自らの経営スタンスを語るのは国内シェアトップの段ボールメーカーとして成長を続けるレンゴー会長兼CEOの大坪清氏だ。大坪氏は2000年の社長就任以来、リーダーシップを発揮し、単なる段ボールメーカーから板紙・紙器・軟包装、重包装、海外というヘキサゴン(六角形)経営を実現。変化のときにあるリーダーの役割を語る。
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賃上げの機運を高めよう
─ 大坪さんはレンゴー会長の他、関西経済連合会副会長などの要職にも就いているわけですが、まずは足元の経済環境をどのように捉えていますか。
大坪 昨年からのウクライナ危機や円安があって、業界全体としても、日本経済全体としても、全般的にスローダウンしているのは間違いありません。ただ、9月あたりからインバウンド(訪日観光客)が復活しつつありますし、日本人もコロナ禍で抑えてきた消費意欲が戻りつつあるということで、これからに期待したいと思います。
そのカギを握るのが来年3月の賃上げです。今年は大手・中堅企業を中心に5%近く賃上げができましたが、中小企業はそこまで行っていない。それが来年はどうなるのか? いま岸田文雄首相が必死に声をかけていますが、わたしは日本が一丸となって賃上げをするべき状況だと思っています。
─ 価格転嫁ができている企業はいいですが、それができていない中小企業が問題ですね。
大坪 はい。わたしが以前から申し上げているのが、中小企業の経営者の方々も、もう少し発想を変えてもらわないといけないと思います。
段ボール業界には中小企業が多く、また、われわれの地盤である大阪には中小企業や個人商店的な小規模事業者が多いんですね。こうした会社の経営者の中には、利益が出たら自分のものにして、余ったら従業員に回すという発想があるんですよ。だから、そんな発想はもう止めようと。そうではなく、利益は皆で分け合わないといけないと、わたしは主張してきました。
昨年から今年にかけて、それがいくらか浸透してきたと思いますので、賃上げということを経営者の皆さんにはもっと考えてもらいたいと思います。
─ ここは思いを新たに経営者も踏ん張り時ですね。
大坪 そうですね。価格転嫁の問題に関しても、これだけスローダウンしている経済環境の中でも、ある程度うまくいっていると思います。
いわゆる下請けいじめは絶対にダメだということで、経済産業省や中小企業庁、あるいは公正取引委員会などが口を酸っぱくして言っています。やはり、取引の基本はパートナーシップです。お互いに分かりあって、経済を一緒に盛り上げようと。
そのためにはコストに見合った販売価格が必要ですし、大企業も、中小企業も、それを理解した取引をやるべきです。こうした良好なパートナーシップ構造を作らなければいけないということで、経団連や関経連が旗振り役となって訴え続けて、ようやく浸透してきました。
そこに商工会議所や経済同友会代表幹事の新浪剛史さん(サントリーホールディングス社長)や関西経済同友会代表幹事の角元敬治さん(三井住友銀行取締役副会長)も積極的に働きかけるということで、政府を巻き込んで、そういう盛り上がりが出てきたように思います。
トップに立つ人間はオーナーシップが必要
─ さて、コロナ禍の巣ごもり消費でEC(電子商取引)が普及し、段ボールの需要が増加していると聞きます。大坪さんは2000年からレンゴー社長に就任しているわけですが、これまでの23年間をご自身でどのように振り返りますか。
大坪 23年間も社長・会長として経営に携わっていると、「創業家でもないのになんで?」と思う方もいらっしゃるんですが、わたしは会社を経営するにあたって、トップに立つ人間はオーナーシップを持たないと、経営はできないと思っています。これは2000年の社長就任時から思っていることなんですね。
わたしが社長になってまず取り組んだのは、今まで創業者・井上貞治郎に始まり、当時の社長だった長谷川薫が築いてきた、いわゆる創業家的な経営から、本当の意味のオーナーシップ経営に変えなければならないということでした。
段ボールの製造というのは、それまで古紙、製紙、貼合という3つに分類され、原価やコスト意識がない古い体質のまま成り立っていました。わたしはこれではいけないということで、お互いがきちんと利益を出せる構造をつくり、さらに経営そのものを多角化しようということで、六角形の「ヘキサゴン経営」を打ち出しました。
─ なぜヘキサゴンなのですか。
大坪 段ボール一筋で来た会社でありながら、段ボールの外側のパッケージにしか興味がなかったので、その内側にもパッケージがあるじゃないかと。段ボールをつくるだけでなく、その中に入る紙器や個別に商品を包む軟包装と事業のポートフォリオを広げていきました。
その結果、今は板紙、段ボール、紙器、軟包装、重包装、海外という6つのヘキサゴン経営を行っています。最初は皆あまり理解されませんでしたが、これは10年ぐらい経って社内にかなり浸透してきました。
わたしがレンゴーの社長を引き受けた2000年は3000億円くらいの売上でしたが、レンゴーの100周年にあたる09年くらいに5000億円になり、この時、「やがて1兆円を狙おう」と言ったのです。
─ 今は8000億円超(2023年3月期の売上高は8461億円)ですから、もう少しですね。
大坪 いや、本当はグループ内の取引を含めれば単純合計で1兆円以上の売上が出ているんです。しかし、内部取引の相殺消去をすると8000億円ということになっています(笑)。
現場にこそ解決のポイントが
─ この間、社員の意識改革はどのように進めてきたのですか。
大坪 経営の基本は現場にこそ真理があるということです。
わたしはずっと英語で「Boots on the ground」と言い続けてきまして、英語に訳した時に現場という意味にピッタリの単語がないんですよ。サイトでもない、プレイスでもない、スポットでもないということで、ブーツを履いて現場に立つという意味で現場を表しているんですね。
─ 面白い表現ですね。これは海外でも通じますか。
大坪 世界中で通じます。ロンドンに行った時に、このことを話したら、かなり良い言葉だと褒めてもらいました(笑)。
わたしはこれを社内でも徹底していて、事務所にいる時は全フロアを自分の足で歩いて回るんです。そうすると、役員や部長と話をするよりも、一般の社員と話をする時間が長くなる。現場にこそ本当の問題があって、一般の社員と話をして、社員の顔と名前を合わせることが非常に重要なんです。
─ 若い頃から、そうした訓練をされてきたんですね。
大坪 これは「瞥見(べっけん)視力」と言いまして、得能正照さん(元レンゴー専務)から教わったものです。得能さんは1923年生まれで、わたしより一回り以上年上なんですが、本当に可愛がってもらいました。
得能さんは海軍兵学校を出て、終戦は佐世保(長埼)の海軍ドックで迎えました。大昭和製紙(現日本製紙)を経て、レンゴーに来られるんですが、わたしは得能さんが大昭和製紙にいた頃からいろいろ鍛えられました。その中で、得能さんはよく「坪やんが、これから伸びるのに一番重要なのは瞥見視力だ」と言っていたんですね。
瞥見視力というのは、パッと見て一瞬で物事を判断するという意味で、潜水艦にはテレスコープという潜望鏡があって、テレスコープを覗くのに時間をかけていては敵に見つかってしまうと。だから、瞬時に状況を見極めなければならないということで、海軍で学んだ得能さんの瞥見視力に驚かされました。
─ ポイントは瞬時に全体像を掴むということですね。
大坪 ええ。得能さんと一緒に工場見学に行くとそれがよく分かって、一緒に海外の有力企業を視察に行ったことがありました。工場内を歩いていると急に得能さんは速足で歩き出して、すぐに帰ろうというわけです。そこでホテルに帰ってきてから、わたしが「なぜ、急に速足になったんですか?」と聞くと、スラスラとラインの設計図を描き始めるんですよ。
あんな一瞬で、なんでこんなに正確な描写ができるんだろうと本当に驚きでしたが、得能さんに言わせれば、それが瞥見視力だということで、「坪やん、興味があるからといって凝視していたら、相手にこちらの手の内が分かられてしまう」と言うんです。こちらの手の内を見せてはいけないということで、それくらい鍛えられた得能さんの瞥見視力というものに、わたしは舌を巻いたものです。
─ なるほど。これはリーダーに必要な能力ですね。
大坪 本当にそうです。ダラダラ視察したり、ダラダラ会議をやっても何の意味も無い。パッと見た時に何が重要かを見抜くことが大事なのだと思います。
バイオエタノールやセルロースナノファイバーの開発にも着手
─ ところで、レンゴーは2025年3月期を最終年度とする中期ビジョン『Vision115』を策定し、その中で「世界一のパッケージプロバイダーを目指す」と言っています。これの意味するところは何ですか。
大坪 要するに、単に段ボールをつくってお終いということではなく、われわれが培ってきた技術やDX(デジタルトランスフォーメーション)などを駆使して、新たなビジネスを創造しようということなんです。
例えば、バイオエタノールがあります。パルプをつくる工程でバイオエタノールをつくる設備を入れるのに、今のところ150億円くらい投資が必要なんです。大きな金額の投資ではありますが、社会的ニーズに応えるため、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)から助成も受けつつ、当社としては、何としても事業化にこぎつけたいと考えています。
また、他の例としてはセルロースナノファイバーが挙げられます。もともと1991年に合併した福井化学工業がセロファンをつくっていたんです。セロファンの原料は紙と同じ木材パルプ(セルロース)で、現在はセロファン製造プロセスから派生した独自の製法による次世代素材としてセルロースナノファイバーの開発を手掛けています。
わたしがレンゴーに加わった当時、わたしの前の社長だった長谷川さんはセロファンの工場を潰そうとしていたんです。ですが、わたしは将来を考えた時にセロファンの可能性があると感じて、ずっと残してきました。
─ それは直感ですか。
大坪 ええ。例えば、スーパーにあるビニール袋は安価なプラスチックによるものですが、今は分解されないまま海を漂うプラスチックが生態系に悪影響を及ぼすとして大きな問題になっていますよね。だから、安価なプラスチック製品はやがて使えなくなる可能性があると考えたのです。
その意味では、われわれは海洋プラスチックごみ問題が大きく取り上げられる以前から、生分解性を有するセルロース関連製品の開発に長く携わってきた。それが今になって、ようやく花開こうとしているということで、新たな事業の創出につなげたいと考えているのです。
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