大和総研名誉理事・武藤敏郎「日本と中国は『引っ越しのできない隣人』。厳しい局面でも、とにかく対話の継続を」
財界オンライン / 2023年12月18日 11時30分
「日中間にいろいろ問題はあるけれども、それをどう解決するかを考えて、未来志向でやっていかなければいけない」─。大和総研名誉理事の武藤敏郎氏はこう話す。日本と中国の民間対話「北京―東京フォーラム」が2023年10月に開催された。その中では日本の「処理水」問題や中国の「新スパイ法」といった微妙な問題が両国の間には横たわる。その中でも両国の交流を進めるための基本軸とは─。
日本に欠けている長期的視点
─ 今、日本経済を牽引する力強い産業が不足しているという課題があると思います。今は半導体復活を目指していますが、武藤さんは日本が向かうべき方向性をどう見ていますか。
武藤 半導体はもちろん重要だと思いますが、今後中国、台湾、インドなどが必ず存在感を高めてくる分野だとも感じます。
日本とアメリカで「サービス業」の捉え方が違うと思っています。アメリカは今、世界を席巻しているデジタル、AI(人工知能)などの分野を指しているのに対し、日本では流通、観光のような分野がイメージされています。
商品を親切に販売する、顧客に丁寧に対応するのは日本人の得意分野ですから、外国から訪れた人は「日本はいい国だ」と言って帰ってくれる。日本人はそれを聞いて自分達を「さすがだ」と思ってしまっている。
─ 日本人の良い部分ではありますが、そこで自己満足している面があると。
武藤 ええ。この世界は安泰に生きていけるという意味で、悪くはないと思うんです。ただ、ここで中国やインドを迎え撃つことはできない。日本が国際的プレゼンスを大きくしていこうと思うと、アメリカのようなデジタルの世界で、今世の中にない新しい価値を生み出すことを目指す必要があります。
バブル崩壊が決定的だったと思いますが、日本の経営者はいいものをいかに安くつくるかに集中してきました。しかし、新しいものをつくって高く売るというのが、本来の経営のあり方だと思います。
─ イノベーションを起こすことが大事だと。
武藤 そうです。また、最近はコンプライアンス(法令遵守)が重視されています。企業が悪いことをしてはいけないというのは当然のことですが、利益を出して成長しなければなりません。それを成長ではなく、悪いことをしないことに力を注いでいる経営者はおかしい。
政治もそういうことを踏まえて、長期的な国家戦略を考えていくべきだと思いますが、現実には考えている人はいないのではないでしょうか。
私が現役の頃、官僚組織は長期的戦略を考えるという自負心を持っている人が多かったですし、政治家の方々も一緒になって議論をしていた時代です。
日本、中国の国民はお互いをどう見ている?
─ 日本は1人当たりGDP(国内総生産)で31位に落ちました。1位はルクセンブルク、2位はノルウェー、3位がアイルランドという小国ですが、これをどう考えればいいのか。
武藤 そういう小国は税を安くすることで経済を活性化していますが、彼らと1億人以上の大国の経営は違う。
ただ、シンガポールは実に上手ですね。シンガポール国内の人材だけではなく、中国やインドから来た人材も含め運営している。地の利や英語ができるといった環境の問題もあります。
日本は戦後、経済成長で大成功しましたが、今は陰り始めています。これを何とかしなければ、長期的に陰り続けることになりかねません。
私は日本を信じたいと思っています。ただ、イタリアのようにかつて栄えて、その遺産で食べているような国になってしまうことを恐れています。2050年までを展望すると、今のままではG7の中で実力的に下位になってしまうのではないかと。
その意味でも日本は、中国との関係をきちんとしておく必要があると思っています。
─ 隣国である中国との関係は、日本の進路を左右する可能性がありますが、近年はなかなか微妙なものがあります。
武藤 2023年8月から9月にかけて、日本と中国で世論調査が行われました。日本側で「中国をあまり好きではない」、「嫌いだ」という回答の割合は90%以上でした。また中国側は80%が日本を好きでない、嫌いだという回答でした。22年に実施した時には、お互いにもう少し低かったのですが、この1年間で悪化しているのです。
一方、日本と中国の関係は大事だと思うかと聞くと、どちらの国も約6割の人が大事だと言っている。ですから、みんなわかっているわけですよね。
─ 日本には尖閣諸島や南シナ海を巡る問題、共産党の一党独裁体制といったことに対する懸念を持つ人が多いですね。
武藤 中国は中国で、日本の尖閣諸島国有化、日本の政治家に右翼的な人がいて軍国主義的だという反発がある。これは認識のギャップです。お互いに言い分はありますが今回、東京電力福島第一原子力発電所の処理水問題と、中国の「新スパイ法」という新たな問題が出ました。
様々な問題を巡って丁々発止の議論が…
─ そうした中、両国の民間対話の舞台である「北京―東京フォーラム」が、4年ぶりに対面で開催されましたね。
武藤 はい。今回で19回目になります。23年は4年ぶりの対面による開催で、私も北京に行きました。直前に「一帯一路」の国際会議があり、その翌日に我々の会議が始まりました。
中国の王毅外相、日本の上川陽子外相はビデオで挨拶をしました。王毅氏は親日的で知られていましたが、今は処理水のことを「汚染水」と連呼するなど、中国の立場を強調しています。
ただ、世論調査をしてみると、処理水問題について心配だという人は中国で4割いる一方、心配ないという人も3割近くいる。日本でも処理水が心配だという人は3割ほどいる。「本当に大丈夫なのだろうか」というのは両国の庶民感覚だと思うんです。
逆に、この問題が日中の外交関係の障害になるかという問いに対しては、中国は「障害になる」と答えた人は5%しかいないのに対し、日本には3割いるのです。中国で騒ぎになっているような報道がされていましたが、本音では両国関係の障害になるとは思っていないんです。
─ 元々、物事を合理的に判断する民族なんでしょうね。
武藤 そう思います。例えば、ロシアのウクライナ侵攻をどう考えるかというと、中国では4割以上が反対だといいます。ただ、この戦争の原因をどう考えるかと問うと、日本ではロシアが悪いという答えが多いのに対し、中国ではNATO(北大西洋条約機構)の脅威を危惧しての動きなので、ロシアの身にもなる必要があるという回答になる。ただ、戦争には反対だという立場は共通しています。
今、日中関係が極めて悪いというのは事実です。では対話が成り立たないかというと、そんなことはなくて、対話は大事だとみんな思っている。首脳間の往来も必要だと。
そういう地合いの中で、今回の北京―東京フォーラムが行われたわけです。会場は北京国際飯店コンベンションセンターでした。主催は日本の非営利団体・言論NPOと、中国の海外向け出版発行機関である中国国際伝播集団で、私は22年から実行委員長を務めています。
また、日本の外務省、中国の国務院新聞弁公室が後援しています。新聞弁公室は新聞、広報をコントロールしている組織で、主任は大臣クラスのポストです。
─ 実際に対話をしてみて、中国の姿勢をどう感じましたか。
武藤 お互いに対話しなければいけない、ウィン・ウィンの関係をつくりましょうというわけです。日中間にいろいろ問題はあるけれども、それをどう解決するかを考えて、未来志向でやっていかなければいけないと。
中国は多くの場合、「歴史認識」、「過去の反省」を持ち出してきます。今回は表には出てきませんでしたが、対話をしているとそういう雰囲気を感じます。ですから、その言葉が出る前に我々は「未来志向」を持ち出しました。彼らは、この言葉に反対することはできません。
また、中国は「経済安全保障」に対して、「中国封じ込めの思想ではないか」と言ってきたのに対し、我々は「経済は安全保障だけで考えるものではないが、国家の安全保障は重要なので、限られた分野ではあるが経済の中でも必要だ」と反論しました。
さらに「新スパイ法」に関しては、日本側から「こんな調子だと日本企業は投資できませんよ」と言うと中国側は「中国は偉大な市場だから、日本企業にとって魅力があるはず。引き続き投資を歓迎したい」との答えです。
─ 丁々発止の議論がなされているわけですね。
武藤 そうです。議論の中では「処理水」の話を持ち出してくることもありました。我々は日本政府のやっていることを弁護する立場でもありませんから「そういう無駄な話はやめよう」というと、中国側も「では次の議論」という形で引く。
そうして言論NPOの工藤泰志代表が先方と協議して、最後に共同宣言までこぎつけたのです。
紆余曲折ありながら出された「共同宣言」
─ 今回の共同宣言のポイントは?
武藤 1番目は、23年は日中平和友好条約45周年ですが、これが全く機能していない。この条約の重要性を再認識し、政府間対話を再開することを政府に提案しようということです。
2番目は核の問題です。これは初めて取り上げました。私は岸田文雄首相に、今回のフォーラムへのメッセージを依頼したんです。官邸にも外務省にも様々な意見がありましたが、会議前日に行われた中国主催の我々代表団の歓迎会の会場で、私が読み上げることになりました。
その中に核の問題が書いてあったんです。G7広島サミットでも「核なき世界」が謳われましたが、今回のフォーラムでも共に核不拡散に取り組み、最終的には核なき世界の理想に現実を近づけるために協力して努力すると。これは画期的なことで、関係者は皆、よく共同宣言に盛り込めたなと言っています。
─ 岸田首相は核の問題に対しては並々ならぬ思いを持っていますが。
武藤 首相のメッセージを元に、宣言につながりました。
3番目はロシア・ウクライナ戦争、イスラエル・パレスチナ問題が起きている今、戦争のエスカレーション(拡大)には反対するというものです。外交交渉による停戦や、対話による事態の沈静化に向けた、あらゆる努力を支持するという内容です。
4番目は、日中の経済協力の重要性です。世界が分断される中、これ以上悪化させないために、経済対立のリスクを管理して、信頼回復と新たなビジネスを生み出す知恵が必要であるということです。
5番目はデジタル社会の実現に向けて、共通の原則が必要であるという内容です。
─ 日中対話を終えてみて、どういう感想を持ちましたか。
武藤 処理水、新スパイ法で極めて環境が悪い中、これまでで最も成果が上がった対話だという評価になっています。
─ 経済面ですが、改革開放を進めた鄧小平は「社会主義市場経済」と言いました。市場経済と共産党独裁は折り合いがつくと考えますか。
武藤 これは最大のポイントです。日本もアメリカも、中国が市場主義経済になり、経済が拡大すると、政治が自由化すると思っていましたが、経済が大きくなったと同時に、共産主義も大きくなったのです。
特に、習近平政権になって以降、鄧小平の改革開放より前の思想に戻ろうとしている。社会主義と市場経済のいいところ取りをしているんです。今や、経済力を背景に「一帯一路」を打ち出して、欧州、アフリカに影響力を拡大し始めました。
日本としては、これは心配の種です。中国には14億の民がいますが、優秀な頭脳を持った人材も日本の14倍いると思った方がいい。そうした人材が、中国の戦略を考えるわけですから、日本が太刀打ちするのが難しくなりかねません。
─ とはいえ、歴史的にも経済的にもお互いに切り離せない隣国でもあります。
武藤 ええ。日本と中国はお互いに「引っ越しができない隣人」ですから喧嘩や戦争をするわけにはいきません。
政治家の中には、例えば尖閣諸島問題などを巡って、日本は強硬姿勢を取るべきだという人もいますが、尖閣諸島のために自衛隊を派遣するなどしたら、本当に戦争になりかねません。その時にアメリカが守ってくれると思っている人は多いですが、全てアメリカ頼みでよいのかどうか。日本はそうした現実を踏まえて行動する必要があります。
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