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キヤノン会長兼社長CEO・御手洗冨士夫 キヤノン会長兼社長・御手洗冨士夫の「人をつくり、会社をつくる!」

財界オンライン / 2023年12月25日 13時49分

御手洗冨士夫・キヤノン会長兼社長CEO

「この10年間、産業の入れ換えをやってきました」とキヤノン会長兼社長・御手洗冨士夫氏。BtoCからBtoBへ─。C(消費者)向け主体の商品群からB(事業会社)向けの機械・製品群を増やしてきたということ。より成長力のある事業に移行させ、デジタル化・IT革新という流れに沿った会社にしていくという事業構造改革。2010年に買収した印刷機のオセ社(オランダ)を皮切りに、2015年にネットワークカメラ(監視カメラ)のアクシス(スウェーデン)、そして2016年には医療機械の東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカルシステムズ)を陣営に引き入れた。変革を進める上で、御手洗氏が大事にしたのは、創業(1937年=昭和12年)以来の雇用を大事にするという人間尊重主義。ウクライナ危機、パレスチナ危機が重なる緊迫下にあって、創業以来の社是、『健康第一主義、実力主義、家族主義』を掲げ、「3つとも社員のためのもの。人間こそ大事なんだということです」と御手洗氏。混迷状況を生き抜く基本軸に「人間」を据えるという考えだ。


事業構造の転換に際し「人を大事にしていく」

 2024年(令和6年)は、ウクライナ危機に加えて、パレスチナ危機と2つの戦争が続く上に、米国大統領選挙をはじめ、インドなど多くの国で総選挙が行われる。

 世界の変化は激しい。GDP(国内総生産)で世界3位の日本は2023年にドイツに抜かれて4位に転落。さらに新興国代表・インドがすぐ後に迫る。

 日本経済および日本企業も世界で起こる変化・変動の影響を受ける。ウクライナ危機2年の間に、世界は石油などのエネルギーや原材料価格上昇によるコスト高・インフレを招き、日本は低金利政策を続ける中で円安局面に直面し続けている。

 内外の政治動向に経済も大きな影響を受ける。こうした激動期に、経済人はどう行動していくべきか─。

 祖業であるカメラを出発点に、複合機、半導体露光装置、医療機器と、産業分野・メディカル分野などの新規分野を積極的に開拓してきたキヤノン。会長兼社長の御手洗冨士夫氏は「わたしはこの10年間、事業の入れ換えをやってきました」と語る。

「1つは、(事業構成を)BtoCからBtoBへと転換させてきたこと。会社も大きくなって、固定費も上がってきたので、より成長力のある事業に移行していかなければいけないと思ってやってきました」

 BtoCの会社からBtoBへ。C(Consumer、一般消費者)相手の事業構成から、B(Business、企業)向けの半導体露光装置や医療機械などの製品比重を増やしてきたということ。

 このBtoB領域への参入拡大で、祖業のカメラも進化。〝経済安全保障〟という言葉が登場してきたように、経済や社会の分野でも『安全保障』(セキュリティ)の考えを取り入れることが多くなってきた。監視カメラの登場もその代表例。

 御手洗氏はもう1つ、この10年間に事業の入れ換えを進めてきた理由として、技術革新(IT革新)を挙げる。

「IT革新という大きな流れが1990年代の終わり頃から起きてきた。デジタル化、IT化という流れに沿った会社につくり直さなければいけないと」(後のインタビュー欄参照)。

 内外の諸情勢が絶えず変化し、戦争・紛争が随所で起き、政治的に不安定かつ流動的な状況が続く中での事業構造転換。

 年間売上高4兆数千億円で海外売上比率が80%にのぼるキヤノン。グローバルに企業活動を進めているキヤノンとしては、堅固な基本軸をもって経営のカジ取りを進めなければならないという御手洗氏の考えである。

 付加価値の高い事業への転換を進めていくためにも、御手洗氏が特に留意するのは、「雇用を大事にすること」である。

 人間尊重主義─。「絶対、人を犠牲にしてはならないのはキヤノンのポリシー」として、御手洗氏は次のように述べる。

「付加価値の高い事業へシフトしていく上で、一番大事だったのは、キヤノンの経営リソース、つまり人や設備、特に人を大事にしていくということ。それを無駄にしないということ。また、事業を転換するにしても、今いる人や設備をベースに発展できる新しい事業ということを考えたわけです」


医療機械などグローバル規模で次々とM&A

 御手洗氏は2010年(平成22年)、デジタル印刷のオセ社(オランダ)をM&A(合併・買収)。それまでキヤノンには複合機はあったが、印刷機はなかった。複合機がデジタル化で伸びたように、印刷もデジタル化で印刷需要の高まりと市場拡大が望めるというのが、オセ社買収の際の判断であった。

 2015年(平成27年)には、ネットワークカメラ(監視カメラ)のアクシス(スウェーデン)を買収。セキュリティ(安全保障)の観点から、社会的ニーズが高まるとみての同分野への参入だ。

 さらに2016年(平成28年)には東芝メディカルシステムズ(当時、現キヤノンメディカルシステムズ)を買収したというのが、これまでの同社の大きなM&Aの流れである。

 特に、このメディカル(医療)部門を取り込んだことの意義は大きい。

 同社の創業者である御手洗毅氏は北海道大医学部出身で元々は医者。キヤノン創業(1937)以来、「メディカル分野を強化したいという気持ちはずっともっていた」という。

 様々な医療用機器を製造するわけだが、特にMRI(磁気共鳴画像装置)、CT(コンピューター断層撮影装置)、超音波診断システムの3つは、事業部の柱。

「これらを成長させることによって、ひと回り会社を大きくしていきたい」と御手洗氏はメディカル事業に期待を寄せる。

 そうした事業構造の転換・再編を進める際、御手洗氏は買収先との関係を構築する中で、「共通技術があり、親和性があって、人材と資産を有効活用できるようにしてきた」と語る。

 2010年にオセ社を買収し、15年にアクシスを、そして16年に旧東芝メディカルシステムズを買収するまでに、「6年かかった」と御手洗氏は次のように続ける。

「気分的にはもっと早く買収したかったんだけれども、(人と設備を無駄にしないという)条件、足かせがある中で探していったから、時間がかかった。どうしてもポリシーを守りたかった」

 御手洗氏は1935年(昭和10年)9月生まれ。1966年(昭和41年)から1989年(平成元年)まで、つまり本人が30歳から53歳まで米国キヤノンで働き、途中79年から米国キヤノン社長を務めて帰国。

 1995年(平成7年)、第6代社長に就任。2006年(平成18年)日本経済団体連合会会長に選任された(在任期間は2010年まで)。2012年に会長兼社長となり、6年振りに社長に復帰、2016年会長に専念。2020年、当時の社長の療養(後に逝去)で社長に復帰したという経緯。

 氏の足取りを見て思うのは、米国で過ごした30代、40代、そして50代前半で、経済人としての気質を高め、自らを鍛錬していったということ。

 御手洗氏はこの間、経営とは何か、企業の成長とは何かについて考えさせられたという。


J・ウェルチのM&Aとは異なるやり方で…

 御手洗氏が、米国キヤノン社長を務めていた頃、米国にはジャック・ウェルチという経営者がいた。M&Aの旗手とされ、当時GE(ゼネラル・エレクトリック)のCEO(最高経営責任者)を務めていたJ・ウェルチ氏の経営手法は、世界中から注目を浴びたものだ。

 J・ウェルチ氏は1981年から2001年までの20年間、GEのCEOを務め、思い切ったリストラ(事業再構築)を行ったことで知られる。

 テレビやトースターなど、伝統の家電部門を売却し、金融事業に進出。その中核、GEキャピタルはGEグループの利益の半分をあげるほどに成長。J・ウェルチ氏は、『20世紀最高の経営者』などともてはやされた。

 J・ウェルチ氏がCEOを退任して20年余、現在のGEはウェルチ時代と比べて、往年の勢いを失った。ただ、航空機産業はコロナ禍が一段落した今、航空ニーズの復活で活況を呈しており、活気を取り戻しつつある。いずれにせよ、ウェルチ時代のGEとは様変わりしている。

 そうした内外のM&A、成長戦略をつぶさに見てきた御手洗氏は、独自のM&A哲学を持ち、「一緒になる相手の技術とうちの技術のシナジー効果を上げる」というM&Aにこだわる。 M&Aで一緒になる双方に共通技術があって、親和性があれば、人と設備を無駄にしなくて済む─という経営観の実践。この経営観はグローバル時代、ことにコロナ禍が一段落し、ウクライナ危機。パレスチナ危機を抱えて流動的な状況の今も有効であるのか?

「有効ですね。結局、企業は人ですから。企業を支えているのは人なんですから」と御手洗氏は答える。


「人をつくることは会社をつくること」

「うちの社是は、健康第一主義、実力主義、家族主義です。普通、製造業だと、技術で社会に貢献しますとか、文化に貢献しますというキャッチフレーズになるのでしょうが、当社の社是は3つの言葉とも社員のためにあるんですよ。人間づくり、人づくりなんです。社是からして、まず人間をつくれ、人間こそ大事なんだということ。それは設立当時からそうなんです」

 この社是のほかに、同社には社員の行動形式(規範)として、〝三自の精神〟がある。『自發(自発)、自治、自覚』の〝三自〟である。

 東京・大田区下丸子のキヤノン本社の正門を少し入った所に石碑が建っており、ここに〝三自の精神〟の言葉が刻まれている。

 これらの社是や行動規範は社員に向けてつくられたもの。「人をつくることが会社をつくることだという当社の基本的な考えです」と御手洗氏。


経営のやり方・手法はその国ごとに違う!

 前述のように、現在、キヤノンの年間売上高4兆数千億円。このうち、80%は海外での売上というグローバル企業である。

 社是や行動規範は基本的にグローバル経営を意識して制定されるが、マネジメントはその国や地域によって違ってくる。

 グローバルに経営を進めていく上で留意している点は何か?

「社員は、どこの国でもそこの国の人たちです。技術はインターナショナル。人事・組織はローカル。そこの国民を相手にしての経営ということですね」

 御手洗氏はこう切り出しながら、「日本には日本の良さがあり、米国には米国の良さがある。日本のように島国で、同一民族、同一言語で成り立っている国は平等意識が強い。平等主義なんです。わたしは、日本で生きるにはこれでいいと」

 一方、米国はどうか?

「アメリカは多民族の社会。多民族、多宗教、多言語の社会では公平が基準になります。平等ではない。公平というのは、競争の原理であり、平等というのは非競争の原理なんです」

 米国は、競争の世界である。だから、御手洗氏は米国キヤノン時代、「新しいことをする時には、新しい社員を取り込んで、入れ換えていった」と、次のように続ける。

「わたしはアメリカに1966年に行って、1979年(米国キヤノンの)社長になり、1989年に帰ってきました。米国で社長になった時、役員にした者の中で、10年経ってわたしが日本に帰国する時に残っていた人は1人だけでした。それくらい入れ替わったと。会社が変わり、能力によって、成績によって入れ換えるから、当然のことなんですよ」

 米国では、徹底的に米国流の経営をやってきた。それは、「アメリカという社会はそういう社会」という氏の認識から来る。

 米国に長年住み、働いて、思うことは何か?

「わたしは、このアメリカ社会がずっといいものであるとは思っていません。なんとなれば、ものすごい格差を生むからです。日本は、皆が食べられます。アメリカは何百万人という貧困層が存在する社会です」(インタビュー欄参照)。

 そして、前述のように「日本には日本の良さがある。日本民族には日本のやり方があるし、アメリカに行ったら、アメリカのやり方をやればいいのだと思います」と御手洗氏。


ダイナミズムが米国の長所

 米国には米国の長所がある。それは、新しいことにチャレンジし、新しい事業やサービスを生み出そうとする挑戦者魂が旺盛なこと。そうしたダイナミズムが社会の根底にあるということ。

 言い方を変えれば、働けば働くほど、手応えを感じる国でもある。御手洗氏自身の挑戦に手応えはあったのか?

「手応えはありました。新しい販売ルートをつくった時は、社員13人で出発しました。(渡米して)13年経って社長になった時は400人。それから10年が経ち、米国キヤノン社長を辞めた時、その数は6400人になっていました」

 もともと、御手洗氏は海外に行きたいという夢を持っていた。中央大学法学部卒で、「はじめは検事になろうと思っていたけど、だんだん六法全書が面倒くさくなって(笑)。友だちが海外に行ったりしていたので、途中で気が変わりましてね」と語る。

「海外で頑張る」という気持ちで望んだ道だから、本人も仕事に打ち込み、業績を伸ばした。「わたしもものすごくついていてね。(米国で)10年社長をやっている時に、本社がどんどんいいものをつくり、製品もどんどん多角化して、しかも良くなっていった。カメラなんかも自動化・電子化の先駆けとなった『AE―1』ができたりして良くなった。複写機もいいのがどんどん登場するようになった。それで売りまくったんですね」

 御手洗氏は米国キヤノン社長時代の10年間について、「キヤノン本社の製品が興隆する時で、技術開発と販売がマッチしていた」と総括する。

 変革の時代をどのような基本スタンスで乗り切っていくか?

 キヤノンの総社員数は世界全体で17万2755人(23年6月末現在)。その社員たちに対して、御手洗氏は、「うちの社員には張り切ってほしい」と激励する。

 そして、社員の働き方について御手洗氏は、「うちは終身雇用だけれども、年功序列ではないですから。2005年から職務給にしたので、それぞれの仕事の内容に応じて処遇が決まるため、全員の賃金が一律に上がる定期昇給のような仕組みはありません」と説明し、「全部、職務給になっていますから、頑張れば上がっていくし、頑張らないと落ちてしまう」と語る。


問われるリーダーの目標設定能力

 現在のように、混沌とした状況下では、どういった人材が伸びているのか?

「伸びるという意味が何かということですが、管理職のレベルで考えると、リーダーシップがあるかどうかで決まりますね」

 御手洗氏は、リーダーシップの発揮で一番大事なのは当事者意識があるかどうかだと強調。

「自分のこととして仕事をするのか、仕事をやらされていると思ってやるのかで差がでてきます。自分のこととして仕事をやっていく。つまりは当事者意識を持ってやっているかどうか、ということ。これが一番大事なことです」

 これはどの領域でも同じか?

「同じです。ヤル気と言ってもいいけれども、要するに当事者意識を持つことが大事です。その次に大事なのが、目標の設定能力。目標設定は大事です」

 目標を定める上で大事なことは何か?

「あらゆる条件を知っていなければいけない。極端に言うと、今の世界情勢、政治情勢、社会情勢を押さえて、会社のポリシーを決める。日本でやるなら日本の経済情勢を押さえて、その中で自分の会社はこういうポリシーを設定すると。それにはどういう形で自分の部や課を経営すればいいか。それには、こういう目標を立てて、こんなキャッチフレーズでいこうと。そういう能力がリーダーには求められます」

 目標設定は、思いつきで得られるものではなくて、「考えて、考えて、考えた末につくるもの」という御手洗氏の認識。


緊迫感のある中夢を実現するには?

 さらに御手洗氏が付け加える。

「目標というのは夢なんですよ。国家なら国、会社なら会社の夢、部なら部の夢がある。夢を持っている人でなければ駄目。夢を目標に変えて、戦略をつくって実行する。そのためには当事者意識がないといけない」

 夢を目標に変え、戦略をつくり、実行していく。その段階で、「実行部隊の人たちの意見を聞き、戦略も手直しする必要があります」と御手洗氏。

 こうした手順を経て、目標を立て実行していく中で、人は鍛えられていく。これが『人をつくり、会社をつくる』ことにつながっていく。

 イノベーション(革新)に積極的に取り組むという基本路線は不変だ。先に挙げた3つの大きなM&A以外にも、「小さな会社の買収をいっぱいしているんです」と御手洗氏。

 従って、新しい技術が「いっぱい加わっている状況」で、御手洗氏は「それをまとめて、親和性のあるもの同士で4つのグループにまとめている」と次のように続ける。

「例えば、光学機グループは、光学機技術を中心とした事業で、カメラがあるし、監視カメラもあるし、VR(仮想現実)のカメラもあると。それらを同じグループにまとめました」

 事務機器でいえば、個人用のインクジェットプリンタ、レーザープリンタ、オフィス向け複合機、印刷機などのグループ。

 インダストリアル分野の、ステッパー(半導体露光装置)や工作機械などのグループ。そして、医療機器グループと4つのグループへの集約化である。

 事業別には、プリンティング、イメージング、インダストリアル、メディカルの4つのグループごとに事業競争力を高めていこうという方針。

 各グループの中で、親和性のある技術をさらに交流させ、お互いにシナジー効果を高めていく。中には、開発が重複している場合もあるので、「そうした技術交流を進めながら、開発の無駄をなくすと。同時に新しいものを生み出す」という戦略の御手洗氏。

 ウクライナ危機、パレスチナ危機も加わって、今、世界に暗雲がかかり、先行きは不透明。

「ウクライナの件で国連の機能が崩壊し、皆さん自国主義に帰ってきたわけですね。自国主義が行き過ぎると、これは経験済みですが、国と国がもめた場合、解決が戦争しかなくなってしまう。戦争が起こりやすい危険な状態になっていることを頭に入れて行動する時です」

 緊張感を強いられる状況下での経営のカジ取りである。

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