アサヒグループホールディングス会長・小路明善「人の成長なくして企業の持続的成長はない。社員全員が会社の命」
財界オンライン / 2024年1月31日 18時0分
「大事なことは、環境がどうあっても、商品とサービスの付加価値を常に高めていくことです」と小路明善氏。グローバル展開をする同社では、コロナ禍には外食事業で大きく影響を受けたが、困難な状況下でも賃上げ等の待遇改善や研修などを通して積極的に人への投資に注力。物価上昇の中、人件費をコストとして見るのではなく、個人の成長が最大のリターンを生み、会社の成長につながるという考え。小路氏の人的成長投資論とは─。
困難な状況下でも人への投資と商品開発投資
─ これまで小路さんは、社長時代からずっとグローバル化を進めてこられました。コロナ禍3年は世界市場も大打撃だったと思いますが、グループとしてどう対応してきましたか。 小路 コロナ禍で国内外含めて、いわゆる外食事業という産業が非常に苦しい状況が続きまして、それに伴いわれわれのビール飲料事業、一部食品事業も大変厳しい環境に置かれました。
ただ大事なことは、環境がどうあっても、商品とサービスの付加価値を常に高めていくことが大事です。
それは環境とか困難な状況に関係なく、努力投資というものをしていかなければいけないと思っているんです。
─ 環境のせいにせず努力が大事だと。
小路 はい。付加価値を高めるためにはポイントが2つあって、1つは今政府でも経済界でも声高に叫ばれている、人への投資です。
わたしも人事経験が長かったものですから、人への投資というのは、人的成長投資であると考えています。
これは、人が成長するために投資をしていくというふうに捉えているものですね。その人の成長が企業の成長につながるということを信じておりまして、人の成長なくして企業の持続的成長はないというのが私の基本的な考え方です。
ですから賃上げ・賞与ばかりの待遇改善だけではなくて、さまざまな研修だとかを、ビール会社の社長になってからずっとやってきたつもりです。社員は会社の命ですから。
─ 人への投資を積極的に進めてきたと。
小路 ええ。それからポイント2つ目が、やはり商品開発投資でして、これは絶対怠ってはいけないなと。
特にマーケットインの思考で商品の付加価値を高めるということを非常に大事にして、それなりの投資をしてきました。
わたしは2019年のホールディングス社長の時に、従来の経営理念を刷新し、アサヒグループフィロソフィーという新たなグループ理念を制定しまして、「期待を超えるおいしさ、楽しい生活文化の創造」と、こういうミッションを掲げました。
実は期待を超えるおいしさというのはいろいろな企業が出せると思っています。
─ どんな業界であっても顧客の期待を超えるというのは大事なことですね。
小路 はい。期待を超えるというのは、顧客の潜在ニーズを具現化していくということが期待を超えるということなのです。
例えば直近で言うとスーパードライの『生ジョッキ缶』です。コロナのど真ん中で、真夏でもなかなか外でビールが飲めないと。何とか外で飲むような生ビールを、缶ビールで自宅で飲めないかと。このような発想で作ったのがジョッキ缶なのです。
こういった潜在ニーズを常に具現化していくことが、期待を超えるおいしさに繋がるわけです。
M&Aを進める上での5つの判断基準
─ 人への投資について、もう少し深く教えてくれませんか。
小路 人件費というのは、過去われわれもコストと見ていました。
だから業績が苦しくなると人件費を効率化・抑制ということがあったはずです。当社も過去にそういった時期がありました。
投資というのは、必要な処遇を有期含めた社員全員に持続的に投入をして、持続的に最大のリターンを得る。最大のリターンというのは個人の成長というのが最大のリターンです。
これは単年度主義ではなくて持続主義であり、それから一定のコストではなくて、常に適切な投資をして、持続的にリターンを上げていくという考え方です。
─ 人、モノですね。資金の面では何かありますか。
小路 お金の面では、私はホールディングスの社長時代に、5年間で成長投資として海外に2兆4千億円投資しました。
やはりお金というのは貯蓄と同じで、内部留保で貯めておいても価値を生まないと。逆にインフレでは価値が高くなる。だからお金というのは、企業の成長、社員の成長のために常に投資をしていくと。静かに置いておくのではなく、お金に汗をかかせないと駄目なんです。
─ 8年前に社長になられた時は、海外売上比率は12、13%でしたが、今は全体の5割以上でしたね。
小路 はい。売上の約5割、利益の6割以上が海外です。
5年間でドメスティックから、一応グローバルと言われる企業になりました。
─ 思い切った海外投資でしたが、投資を決める何か軸になるものはあったんですか。
小路 わたしは海外投資する時に、5つの自分の判断基準をつくっています。
1つはトップブランドを持っている企業を買収することです。
西欧、中東欧、豪州ではトップブランドを持つ企業を買収することができました。
2つ目が、このトップブランドで高収益を上げている企業。それから3つ目が、高いビール醸造技術を持つ企業。4つ目が優秀なマネジメント人材がいる企業。
そして、5つ目がアサヒの企業風土と近しい企業風土を持っていること。企業風土というのは買収しても変えられないものです。
例えばアサヒグループフィロソフィーによって、さっき申し上げた「期待を超えるおいしさ」というのは、ヨーロッパと豪州で今どんどん具現化されています。このようにカルチャーは変えることができますが、染みついた風土というのはなかなか変えられないんです。
人間の性格と同じです。人間の考え方や学びの姿勢、生き方というのは変えられても、自分に身に付いた性格、性質というのはなかなか変えることができない。企業も全く同じで、企業風土が違った会社を買収すると、結構大変です。ですから誰でもこの方針でM&Aすれば失敗しません。
─ 人の成長という面で、買収後の変化はありますか。
小路 はい。買収企業から学ぶことは多いです。海外のブランドマーケット等々や、事業会社、本社、買収会社でグローバルでのベストプラクティスの共有ができるようなったのは大きいですね。
そして大事なのは、人材交流です。やはり日本というのはどうしても同質化、協調性が強い。これはこれで良い面があるんですが、それだけではこれだけ変化する時代、グローバル化する時代は生き残っていけない。そうすると、海外の考え方を取り入れて、切磋琢磨して自由に生き延びると。DE&Iという、そういうカルチャーをしっかりと受け入れることがうちもできるようになってきたと。これが2つ目で大きいことですね。
スーパードライも海外で急激に伸びていますし、海外のイタリアのビールやチェコのビールを輸入し、日本で販売も開始していますので、いろいろなシナジーができてきています。
日本経済復興のためにも個人消費の拡大を─
─ 今後の課題はどういった点ですか。
小路 わたしは4千億円のEBITDA(利息・税金・減価償却費等を差引後の、本業で稼いだ利益を示す指標)をつくろうということで、安定した市場に先ほど申し上げた五つの方針をもって取り組んできました。
問題はこれからエマージングマーケットや北米はどうしていくかなのです。北米はエマージングマーケットの競争が激しくて利益が取れなくて、技術水準なりマーケティングの水準、顧客の多様化したニーズが、ある種複雑です。そこにどうやって対応していくかという難しさがあります。
それから、いま一度グローバル企業は、日本国内の内需経済をどう強めていくかに少し目を向けて投資をしていかないといけない点です。
日本ではGDPの55%を占める個人消費が弱くなってきています。当社も国内工場の閉鎖を進めるなど、国内の設備投資が減ってきていますので、経済界全体が内需強化をし、さらには弱くなっている個人消費をどう回復させるかを、官民一体で考えていかないと、国内経済は先細っていきますね。そこに対する危惧が非常にあります。
─ 個人消費強化なくして新たな再生はないということですね。
小路 ええ。そのためには、賃上げだけでは駄目なのです。
例えば人への処遇で賃上げをやってインフレを起こして実質賃金を上げることはあります。ソーシャルベーシックサービスとわたしは言っていて、これは所得全体を上げるという概念です。これに経済界も政府もこれから臨んでいかないといけないと。所得を増やすというのは実質賃金をプラスにするというやり方もあるのです。
そして、社会的な公共負担をどうしていくかという課題ですね。医療、介護、教育、こういった部分を、教育費や医療介護がかかる世代に向けて、国が少し肩代わりをしてあげると。ばらまき的にやるのではなく、支出を少しでも抑えてあげると。出ずるを制し、実質賃金をプラスさせることによって、使うお金が増えてきます。そういったところで個人消費が上がってきます。物価上昇もあり、賃上げもするということです。
それと、そうした公共への支出を少なくするという政府政策を、労使共に強く政府に求めていくということが必要だと思います。
─ ある意味で経営者の覚悟、経済人の覚悟が問われる年ですね。
小路 ええ、覚悟です。私は日本経済の歴史的な転換点に来るのは2024年じゃないかなと。
今まで諸々申し上げたとおりディマンドプルインフレや、人への投資ということを本格的に経営者としてやっていく。それと、中小、地域企業といったところに、大手がいろいろなコストや人材のシェアリングをしていくことが大事です。
労働者の立場にも立って
─ 小路さんは28歳から38歳の間に、労働組合幹部も経験していますね。働く側の視点もある意味経営に活きていますか。
小路 はい。それは強く意識しています。希望退職もやり、上部団体から脱退し、それから闘争積立金も全員に返したということをやってきましたので。 ─ 最期の土壇場も経験してきているんですね。結局会社経営も、労働組合も、立場は違うけれども自立の精神でやってきたと。
小路 そうですね。だから経営者を批判しても意味がありません。
労働組合としても、自分たちの会社で自分たちの仕事を守るため、生活を守るために企業内組合があるというのが日本では大前提ですから、誰も助けてくれません。そうなると、労働組合としても、どうやって会社をよくしていくかということを考えざるを得ないわけです。
その時に行き当たったのが、希望退職でした。われわれもその希望退職を受けましたから、受けた限りは一定の希望退職の人数を実現させなければいけない。本当に苦渋の決断がたくさんありました。
例えば、ある高齢者の方が、俺は辞めると、希望退職に募集されて、でも、実際は指名解雇に近い状態なわけです。その時に、声なき声を聞く幹部になってほしいと言われまして。
─ 非常に考えさせられる話ですね。
小路 はい。経営者も組合員も組合のリーダーも、声高に語ることはしなくても、静かにこつこつと働いている人たちによって会社が支えられているということを忘れないでほしいと言われたんです。
この時の言葉から、やはり社員全員が会社を支え、社員の支えによって会社は成り立っている。ということは、社員全員が会社の命だと思ったんです。
経営資源というような呼び方では軽すぎると、自分の意識を大きく変えた出来事でした。
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