久保利英明弁護士の「わたしの一冊」『パピルスのなかの永遠―書物の歴史の物語』
財界オンライン / 2024年1月20日 11時30分
教養の原点。古代、書物の黎明史
1日あたりおよそ200点が出版される単行本の書評を継続的に書き続ける以上、3千年を超える書物の歴史を記述した本書を無視するわけにはいかない。
本書はアレクサンドロス大王(在位前336年-前323年)の治世からプトレマイオス朝エジプト王国が滅亡するまでの約300年間のヘレニズム時代から説き起こして、書物がたどった激動の旅を活写する。
世界で100万部、30以上の言語に翻訳されたベストセラーとはどんなものかと、今回は500ページを超える浩瀚極まりない本書を取り上げた。
記述は冒頭からアレクサンドリアを離れて、突然、ロレンス・ダレルの『アレクサンドリア四重奏』に飛び出す。さらには、パピルスの巻物として筆写した古文書の集積所であったアレクサンドリアの大図書館からホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説『バベルの図書館』へと飛躍し、インターネットとweb検索との共通性が語られる。
索引によると日本人作家は3人いる。黒澤明は無声映画の弁士だった丙午の弟として、大江健三郎は『芽むしり仔撃ち』のタイトル作家として、清少納言は323段に目録化したエピグラフ作家として、紹介されている。『悪魔の詩』の翻訳者五十嵐一の名前もある。
しかし、読者はこの寄り道に慌てることはない。章立てに従い、小節を追っていけば、すぐに脇道から本道に戻る。すべては30カ国、100万人の多様性に富んだ読者を飽きさせないための工夫であろう。
本書は学術書ではないが、ベストセラーには珍しく索引がついているから、百科全書的に用いることも可能である。試しに、英雄伝の著者・プルタルコスの引用を調べたら16カ所にわたる記述が見つかった。
3千年前のカビ臭い図書館や博物館と現代映画や小説との間を行き来しているうちに、書誌学ばかりかあふれんばかりの教養が身につくはずである。スマホやマンガに興ずる若者にも強くおすすめする。
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