トヨタ・豊田章男に課される「現場力の再生」と「経営陣のガバナンス」
財界オンライン / 2024年2月20日 18時0分
創業の原点を失っている─。相次ぐトヨタグループでの認証不正問題を受け、トヨタ自動車会長の豊田章男氏はこう語る。無理を重ねた現場、その現場の現実を知らなかった経営層や管理職……。豊田氏は自ら改革の責任者となってグループの再生に動き出す。4年連続の世界新車販売台数でトップを走り続け、時価総額も日本企業で初めて50兆円を達成した中で、グループ一人ひとりの危機感の共有が再生の第一歩となる。
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「マスタードライバー」の新設
「成功体験を重ねていく中で、大切にすべき価値観や物事の優先順位を見失う。そんな状況が発生した」─。トヨタ自動車会長の豊田章男氏はこう述べ、日野自動車、ダイハツ工業、そしてトヨタグループの源流でもある豊田自動織機にまつわる一連の不正について陳謝した。
1月30日に豊田氏は自らが「責任者としてグループの変革をリードする」と宣言。グループ17社の会長や社長などを集め、「現場が自ら考え、動くことができる企業風土の構築に一歩進みたい」と訴えた。また、各社に商品や現場の責任者となる「マスタードライバー」を新設していく考えも示した。
トヨタの〝現地現物〟の思想はどこへいったのか─。ダイハツによる車両認証試験の不正問題が発覚した際、親会社であるトヨタのものづくりに対する疑問の声が上がった。ダイハツの第三者委員会は「トヨタには責任はない」(委員長の貝阿彌誠氏)と結論付けたが、額面通りに受け止めることは難しい。
ダイハツは2016年からトヨタの完全子会社になったが、当時のトヨタ役員は「小型車は利益率が低い。しかも、大型車と違って台数が出る。その小型車のものづくりではダイハツの方が知見を多く持っている」と認めていた。それだけ小型車やそれを主力とするアジアなどの新興国戦略ではダイハツへの〝期待〟は大きかったと言える。
特に11年に発売された「ミライース」はガソリン1リットル当たり30キロ走る低燃費車としてヒット。当時は1リットル当たり30キロ走るエンジン車は画期的であり、トヨタが開発したハイブリッド、電気自動車に次ぐ「第3のエコカー」とも呼ばれた。しかも、開発期間も大幅に短縮。通常は3~4年かかるところを17カ月で成し遂げた。この「短期開発は、他社との差別化要因」(第三者委員会)となり、同社にとっては大きな成功体験となった。
一方でダイハツの現場では窮屈なスケジュールで開発日程の死守が求められる状況が生まれた。また、企画・生産・製造とは異なり、「認証試験は合格して当たり前」という考えが根付き、そこへ「トヨタからの期待は、ダイハツにとってはプレッシャーになっていたのだろう」とアナリストは指摘する。
ダイハツが得意とする「1ミリ、1グラム、1円、1秒にこだわる」という思想はトヨタの無駄を極力省く「トヨタ生産方式」ともマッチする。そのトヨタの期待が〝遠心力〟となり、ダイハツの現場では「良品廉価を実現するための短期開発を絶対視する言葉として浸透していた形跡がある」(第三者委員会)といった風土が醸成。
しかもダイハツは1989年から不正を行っており、現場任せで管理職が関与しない態勢が築かれ、経営トップや管理職も現場に足を運んでいなかった。トヨタの出資を受けたのはそれより前の67年。当時の提携では対等な関係で、それぞれの経営に自主性を持って運営していくという声明文も出されている。
98年にトヨタの連結子会社となり、ミライース投入時の伊奈功一社長や現在の奥平総一郎社長などトヨタ出身者がトップに就くケースも増えた。しかし、「現地現物の重要性を肌身で感じていたトヨタ出身のトップがいながらガバナンスが効いていない現場が生まれていた」と前出のアナリストは指摘する。
もちろん、トヨタ側も自社の問題として捉えている。副社長の中嶋裕樹氏はダイハツに対し「(トヨタへの小型車の)供給が増えたことが現場の負担になっていた」と認めており、豊田氏もグループ全体にわたって「(発注者である)トヨタにものが言いづらいという点があると思う」と企業風土に問題があるという見方を示している。
豊田自動織機でも主力事業のフォークリフトの電動化が進む一方で、トヨタや日野向けにディーゼルエンジンの供給が増加し、現場はエンジン開発に追われた。同社の外部調査委員会の報告書でも「管理職は『何でも相談してくれ』というが、実際に相談すると『で、どうするの?』と言われるだけ」といった文面が記述された。
顧客でなく上司に目を向ける現場
14年前に社長に就いた豊田氏は、それまでの規模拡大が仇となって創業以来の赤字に陥った同社を「一度潰れた会社」と表現して危機感を社員と共有した。その間、どんな人にも移動の自由を提供できるフルラインナップメーカーとして商品を充実させて収益性を高め、新車販売台数において4年連続で世界首位になるまでに成長させた。時価総額も日本企業で初めて50兆円を超えた。
しかし、その一方で「管理職は経営層の顔色をうかがって現場感覚を失った。そして、現場も顧客ではなく上司の方ばかりを向いてしまった」と企業のガバナンスに詳しい青山学院大学名誉教授の八田進二氏は指摘し、「自分を律することができる管理者の教育が徹底的に求められる」と話す。
約37万人の従業員を抱えるトヨタグループを豊田氏や社長の佐藤恒治氏だけで管理することなどは不可能だ。だからこそ、経営層の思想や危機感を受け継ぐ管理者の役割が重要になる。
豊田氏は17社の株主総会の全てに出席するとし、グループのビジョンとして「次の道を発明しよう」を共有した。「発明」はグループ創始者・豊田佐吉翁の原点。これを旗印に経営層はもちろん、現場で働く社員一人ひとりの意識改革がトヨタグループ再生に向けた第一歩となる。
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