損保ジャパン ビッグモーター問題を巡る「現場の倫理観の欠如」と「経営陣の責任」
財界オンライン / 2024年3月1日 20時30分
なぜ、重要顧客である「一般の契約者」を軽視してしまったのか─。中古車大手・ビッグモーターの保険金不正請求問題に関連して、会長の櫻田謙悟氏が退任するなど経営陣が退陣する事態となった。この問題の根底にあるのは「倫理観」の問題。大口取引先であろうと「悪いものは悪い」となぜ言えなかったのか。現場から上がってきた「不正」を告げる情報を、なぜ経営陣は見過ごしてしまったのか、改めて考える。
不正が報告されず社長は判断を誤る
「院政という話もあるようだが、関与は一切しない。今後の経営に影響を及ぼすことはない」─こう話すのは、SOMPOホールディングス会長兼グループCEO(最高経営責任者)の櫻田謙悟氏。
2024年1月25日、SOMPOホールディングスは中古車大手・ビッグモーターによる保険金不正請求問題に関連して、他社が取引を停止する中、唯一取引を再開するなどした件を受けて、金融庁から保険業法に基づく業務改善命令を受けた。
翌26日、会見を開いたSOMPOは会長の櫻田氏が4月1日付で退任。取締役、執行役、会長、顧問、相談役といった役職に一切付かず、経営に関与しないことを表明した他、23年9月に辞任を表明していた損害保険ジャパン社長の白川儀一氏は1月31日付で辞任。
後任は、SOMPOグループCEOに現在社長兼COO(最高執行責任者)を務める奥村幹夫氏、損保ジャパン社長には現在同社副社長の石川耕治氏がそれぞれ就任する。
今回のビッグモーター問題を巡っては、SOMPO側の様々な対応の不味さが指摘されているが、何よりも問われているのは「倫理観」。
例えば金融庁によると、損保ジャパンの保険金サービス企画部、東京保険金サービス部、モーターチャネル営業部は、22年1月にビッグモーターによる不正の情報を入手してから、同年5月に白川氏から報告を求められるまで、経営会議等に一切報告をしていなかった。
22年6月、ビッグモーター社員の内部告発によって不正請求が発覚。それを受けて損保ジャパンを含む損保各社はビッグモーター工場への事故車の紹介を停止した。
だが、白川氏は22年7月、不正の可能性を認識していながら、ビッグモーターへの入庫再開を決定。1月26日の会見で白川氏は「通常の不祥事案の範囲内だと、リスクを軽く見てしまった」と反省の弁を述べた。
また、損保ジャパンは19年、ビッグモーターの全工場を対象に「完全査定レス」という簡易調査を導入。損害査定人(アジャスター)の見積もり検証を省略し、工場側の見積もりを言い値で受け入れる仕組み。
工場の品質が高ければ、事故車を出した顧客にとって、早期に着工、納車となるためにメリットがあるが、今回のビッグモーターの場合には、例えばゴルフボールを入れた靴下を振り回して車体を叩き、傷を広げるなどという悪質な手法で不正に保険金を請求。結果として、損保ジャパンの「完全査定レス」はビッグモーターの不正を助長。
22年度にビッグモーターの取り扱い保険料は約200億円。そのうち、損保ジャパンのシェアは60.5%、約120億円あった。まさに損保ジャパンにとっては大口顧客で、これを失うことを恐れたという背景がある。また、白川氏の前任の損保ジャパン社長・西澤敬二氏の時代に過去最高益を出していたが、白川氏の初年度は、業績が大きく落ち込む見通しになっていた。これに対する新社長としての「焦り」も入庫再開の動機になった可能性が指摘されている。
だが、白川氏以下、各部署の担当者に至るまで、その決定がビッグモーターによる不正請求を助長し、その結果、最も大事にすべきはずの顧客、保険の契約者に広く被害を負わせる結果になってしまった。
さらに、この問題の真因として、金融庁は「顧客の利益より、自社の営業成績・利益に価値を置く企業文化」、「社長等の上司の決定には異議を唱えない上意下達の企業文化」、「不芳情報が、経営陣や親会社といった経営管理の責務を担う者に対して適時・適切に報告されない企業文化」が歴代経営陣によって醸成されてきたと厳しく指弾。
10年に損保ジャパン社長に就き、旧日本興亜損害保険との統合を主導するなど約14年間、経営を牽引してきた櫻田氏は「上に物言えない文化があることにびっくりしたが、言われていることなので厳粛に受け止めたい。私がいなくなることで物言える文化となるなら、それに越したことはない」と話した。
業界の構造問題は解決の道筋見えず…
だが、ここからの顧客、社会からの信頼回復は決して容易ではない。大口取引先との関係を優先して、一般の保険契約者をないがしろにした今回の問題は、損保ジャパンの社会的信用を大きく毀損したからだ。
また、業界の構造問題も解決の道は遠い。今回のビッグモーター問題も、大手4社による企業保険における「カルテル問題」も、自然災害多発などによって火災保険の業績が悪化したことが遠因となっている。
損保ジャパンも自動車保険に偏重せざるを得なくなり、そこでの業績悪化を恐れたことが、ビッグモーター問題につながったと言ってもいい。
SOMPOは櫻田氏が旗を振って介護事業や海外事業に進出するなど事業の多角化を進めてきた。特に介護事業は23年に日本生命保険が介護最大手のニチイ学館買収に動くなど、保険に親和性の高い領域を狙う動きが顕在化している。櫻田氏はその点においては一歩先を行っていた形だが、今回の不祥事で去る。また、従来の保険事業をカバーするほどの規模に育てるのは一朝一夕にいかない。
新経営陣にとっては、混沌とする業界環境を乗り切る術を探りながら、信頼回復を進めるという難しいカジ取りになる。
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