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田中秀明・明治大学大学院教授「政治と付き合う幹部はゼネラリストになるとしても、課長までは専門性に基づく『ジョブ型』の人事で」

財界オンライン / 2024年3月8日 15時0分

田中秀明・明治大学大学院教授

なぜ今、優秀な若手ほど役所を辞めてしまうのか? その理由を「働き方ややり甲斐の面から問題があるから」とズバリ指摘するのは、自らも旧大蔵省の官僚だった田中氏。かつての高度成長期には政策はうまく行ったが、低成長の時代にはその成功体験が足枷に。さらに「天下り」が指弾されたことで生涯所得の帳尻も合わなくなってしまった。この状況を打破するために田中氏は役所にも「ジョブ型」の人事を提案する。その理由は─。


官僚の「無謬性」とバラマキの政治家

 ─ 前回、社会保険制度を始め、日本の成長のためには見直しが必要だという話をしていただきました。

 田中 霞が関の問題は、どの分野でもこれまでの政策の評価が極めて不十分であることです。きちんと評価して、何が問題なのかを明らかにし、それを直さないと問題は解決できません。企業ならばなぜ利益が出ないか、顧客が製品を買ってくれないかを分析しないと市場で淘汰されますが、役所は違います。

 ただ、私自身も役人でしたのでよくわかりますが、霞が関には「無謬性」が根柢にあります。ですから少子化対策、イノベーション、高等教育などあらゆる政策について、評価は疎かになっています。

 最近、政府もEBPM(Evidence Based Policy Making)といって、きちんと検証して政策をつくるべきと説明していますが、残念ながら本気で実施しているとは言えません。

 戦後、バブルが崩壊するまで日本が成功したのは高度成長期だったからです。その当時の成功体験が官僚組織の無謬性につながった面はあります。

 しかし、政治主導が強化され、事態は悪化しています。2014年に幹部公務員制度が導入されましが、総理や官房長官に耳障りなことを言うと飛ばされてしまうこともあるので、官僚たちは政治家に忖度せざるを得なくなっています。

 今般の少子化対策の財源として、医療保険料を流用することになっていますが、これは極めて不公平な仕組みです。雇用保険料を使ってパート労働者を助けることも問題です。官僚は保険制度が立ち行かない事態に陥っているという失敗を認めなければいけないのですが、決して認めようとしません。ほんとうは失敗ではなく、労働市場などの環境が変わったので、それに対応すればよいのです。

 ─ これはトップである首相に哲学や戦略的思考がないのか、官僚の問題なのか。

 田中 政治家にとっては、何よりも選挙に勝つことが重要なので、痛みを伴う改革には後ろ向きになります。逆に、バラマキ、すなわち効果の乏しい政策を求めます。

 諸外国でも似たりよったりですが、危機に直面すると改革が行われます。例えば、スウェーデンは1990年代に財政赤字が拡大し、当時は固定相場制だったため、通貨のクローナが売られ、為替が減価するという危機的状況に陥りました。

 為替が売られたので中央銀行は為替を守るために金利を上げたのですが、何と500%でした。93年のことです。一刻も早く財政赤字を削減しなければなりませんから、社会保障も削った。結果、出生率も下がってしまいました。

 この経験から、政治家、官僚、メディア、国民皆が「あの危機を繰り返してはいけない」と認識し財政規律を守ることの重要性を痛感しているのです。そして科学的な分析をした上で選択肢を示し、最後は政治的な調整、合意形成を図ります。こうした科学的分析を重視する国は、私が調べた限りスウェーデンとオランダが代表例です。

 イギリスやオーストラリアも日本よりも遥かに科学的な分析をしています。ただ、英語圏の国は内閣に権限が集中しており、政策決定はトップダウンですから、合意形成は必ずしも十分でありません。

 イギリスでは、何か政策上のテーマが生じると、少数の専門家を招いて分析をさせます。日本の審議会のように、何十人も集まり、その報告書を役人が書くものではありません。ただし、専門家の分析・提案ですから、それを受け入れるかどうかは政府の判断となります。役割が異なるからです。

 また、政治家も日英では異なります。イギリスでは、日本のように当選回数の多さで大臣になれるような政治家はいません。能力があると評価されないと、選挙に出ることもできないのです。

 ─ 日本では世襲が多く、地盤・看板がないと選挙に出ることができませんね。

 田中 しかも、選挙にはお金がかかるというわけですから、一般の人が立候補することのハードルが極めて高いのです。


若い官僚が役所を辞めてしまう理由

 ─ 田中さんは役所を辞めて学問の道に転じたわけですが、どんな経緯がありましたか。

 田中 07年から10年に休職して一橋大学に行きました。その際に、博士論文を書きました。大学の良い点は、役人と異なり、言論の自由があることです。

 10年に霞が関に戻った時にはちょうど民主党政権の時代でした。政権交代はどこの国でも政策が変わるチャンスだと期待をして、関係する会議にも呼ばれ、助言しました。ただ、実際には経験のなさを露呈して失敗し、国民もがっかりしました。

 私もその1人でしたが、このまま役所で働くのもどうかなと感じて、大学の公募に応募しました。その結果、明治大学大学院に籍を置くことになったという経緯です。

 ─ 今、若い官僚ほど早く辞めてしまうと言われています。この問題をどう考えますか。

 田中 これはよくわかります。収入を求めて公務員になる人はおらず、普通はやり甲斐や公務の重要性を考えて公務員になります。

 私は大蔵省に入りましたが、今で言うとブラックな職場環境でした(笑)。まさに「朝から朝まで」働いていましたけれど、それなりにやり甲斐がありました。国の政策を動かしていると感じることができました。

 そして、いわゆる「天下り」がいいとは決して言いませんが、お金の面では、現役時代は安月給でも天下りがあったことで帳尻が合っていました。

 しかし、今は、天下り、あるいは役所が第2の就職先をあっせんすることは法律で禁止されています。昔は、キャリア組(総合職試験合格者)は50歳前後で早期退職して天下っていましたが、今は、彼らもほとんど定年まで勤めて辞めます。その後、何とか第2の勤め先を探しますが、昔のように生涯所得を上積みすることは難しくなっています。

 先程お話したように政治主導でやり甲斐が低下していることも大きいと思います。関連して、キャリアが発展しないという問題があります。霞が関はゼネラリスト志向ですから、1、2年で異動します。専門性に基づいたキャリアを積み重ねることが難しいわけです。若者はキャリアが発展しないし、給与面でも恵まれないとして辞めてしまうのです。

 ─ 田中さんは85年に大蔵省に入省していますが、当時は優秀な学生がこぞって志望する先でしたね。

 田中 当時はそうした雰囲気がありました。今は東大法学部を出ても役所に行く若者は少なくなりました。彼らの希望は外資系コンサルティングファームや弁護士、メガバンクなどでしょう。


日本の役所に「ジョブ型」の導入を

 ─ 大蔵省の後身である財務省もかつてのような人材が集まらなくなっていると。それはともかく役所の力が弱まると日本全体が困ります。解決策をどう考えますか。

 田中 例えば、幹部は政治と付き合わなければなりませんからゼネラリストになるのはやむを得ませんが、課長までは専門性に基づいたジョブ型の人事を行うというのが1つです。これまでは、係長も課長も政治的な根回しに奔走しており、専門性を高めることが難しいのです。

 日本の社会は未だに、企業も役所もメンバーシップ型の終身雇用が根強くあります。これは右肩上がりの高度成長期は機能したと思いますが、今は機能しなくなり、弊害も大きくなっています。

 今は定年延長もありますが、例えば60歳で会社を辞めて、再雇用で同じ仕事をしていても給与は大きく減ります。なぜ定年が存在しているかというと年功序列だからです。現役時代そのままの給与水準で60歳を越えて働かれると企業としては労働コストが重荷になります。日本は、今や人手不足になっているにもかかわらず、こうした慣行は、働くことにマイナスの影響を与えます。

 一方、欧米はジョブ型ですから、専門性に基づいて、健康である限り仕事を続けることができるわけです。ですから霞が関も、若いうちは専門性に基づいてキャリアを発展させ、幹部になりたい人はゼネラリストになるべく道が分かれていくようにすればよいのです。企業も、誰もが役員になれるわけではありませんが、役員になることだけが人生ではないわけです。専門性に基づく生き方も当然あります。

 ─ 諸外国で参考になる国はありますか。

 田中 例えばオーストラリアは、日本で言う審議官以上の幹部(事務次官を除く)は、全て官民公募です。応募者を第三者が評価して採用しますから、履歴書に民間企業などでの経験や実績を書けないと競争に勝つことはできません。

 もちろん、民から入ってくる人は限られているわけですが、大事なことは役所全体の中で競争することです。これによってオーストラリアでは省ごとの縦割りがなくなり、業績に基づき政府に貢献する人が出世する形に変わったのです。

 私は、今の日本において重要な2つの役所は厚生労働省と文部科学省だと思っています。雇用や教育などの人材育成に関わるからです。経済を成長させるためには人材こそ重要です。しかし、残念ながら両省の政策は極めて問題です。科学的な分析、そして証拠に基づく政策形成(EBPM)が極めて疎かになっているからです。そして、天下り先の確保を含め、自分達の利益を守ることを優先します。さらに、その後ろには族議員がいる。これを打破しない限り、日本の政策形成はよくなりませんし、日本経済は成長しないでしょう。ジョブ型に変えるとともに競争させ、ベスト&ブライテストを幹部に登用していくことが必要です。

 日本では14年に公務員制度改革を行い、幹部公務員制度をつくりましたが、オーストラリアなど諸外国の仕組みとは似て非なるものになってしまった。政治家が好き嫌いで選べるようになってしまったのです。オーストラリアは好き嫌いではなく能力を評価して選んでいます。


日銀の政策が構造改革を遅らせた

 ─ ところで前回「茹でガエル」状態である日本に対する危機感を語ってもらいましたが、「金利の付く時代」が近づいてきています。

 田中 私はこの間の「茹でガエル」状態の背景には、これまでの金融政策が大きいと思っています。最初の2年、チャレンジしたのはよかったと思うのですが、金融だけでは物価が上がらないことがわかったわけです。しかし、その後も金融緩和を続けています。

 そういう意図はなかったと思いますが、結果として低金利・マイナス金利で政治のバラマキを支援してしまった。日銀の政策が構造改革を遅らせたのです。

 景気は常に循環しており、今後下り坂に入ると金利は上げられなくなります。そうなると「茹でガエル」状態が続く。そうすると、構造改革を行うインセンティブは乏しくなります。

 ─ 先程のスウェーデンの例のように、危機に陥らないと変わることはできない?

 田中 我々個人でも、ショックを受けないと変わりませんよね。企業、組織でも危機意識がないと改革できません。例えば日本航空が立ち直ったのは破綻し、会長に稲盛和夫氏が就任するなど外から外科手術をした結果です。こうした外からのショックがない限り、国も企業も個人も、自立的に改革することはできないのではないかと思います。そうすると、問題が先送りされ、結局困るのは国民です。

 こうした状況で必要な改革を進めるためには、国民が今の状況を「おかしい」と理解することが重要です。政治も行政も頼れないので、やはりメディアの役割は重要なのだと思います。

 ─ 日本企業も意識変革が求められている時ですね。

 田中 一般論で申し訳ありませんが、役所も企業、特に日本の大企業も同じ状況です。これは日本の病気だと思うのですが、年功序列の仕組みが温存され続けています。

 年功序列だとトップがリスクを取らないわけです。あと少しで双六は上がりなのに、リスクを取って失敗したら、そこでバツが付いてしまう。失礼ながら、こうした経営者の意識を変えなければ、企業は生き残れないでしょう。しかし、実際には、改革できない企業が日本に多いのではないかと思っています。

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