新浪剛史・経済同友会代表幹事(サントリーホールディングス社長)に直撃! 日本の立ち位置をどう測り、舵取りをどう進めるか?
財界オンライン / 2024年3月4日 15時0分
経済同友会代表幹事に就任以来、初のダボス会議に出席した新浪剛史氏(サントリーホールディングス社長)。世界が混乱・分断し、各国首脳はトランプ氏が次期米国大統領になる前提で物事を考える中、「日本は相対的に安定しているという評価だった」と説く。ただ、その日本でも課題は山積だ。日本企業の生産性の低さや人手不足が課題となる一方で、省エネ技術などは武器になる。日本の強みと弱みを踏まえた上で、今後の日本の舵取りをどう考えるか。
自由民主党税制調査会長・宮澤洋一「経済人は守りに入らず、常に新しいことに挑戦を。同じことをやっていては企業は30年しかもたない」
ダボス会議の3つのテーマ
─ 経済同友会の代表幹事に就任して約10カ月、年明けにはダボス会議にも出席しました。ダボス会議での議題と各国首脳の発言はどうでしたか。
新浪 3つのテーマが話題の中心になりました。1つ目がロシアのウクライナ侵攻、中東情勢、米国大統領選挙などの地政学に関すること。2つ目がAI。3つ目が昨年12月に行われた「COP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)」を踏まえたサステナビリティです。
1つ目の地政学については、中東の状況はなかなか誰も収められない。どう収めるかよりもどう対応すべきかと。もしかしたら油価が跳ね上がるかもしれないからです。実際には落ち着いていますから思ったよりも楽観的な雰囲気はありました。
ウクライナに関しては、米国の大統領が代わった場合にどうするか。自分たちではどうにもできませんが、極端に言うと、7~8割の人はトランプ氏になるという前提で発言しており、これには驚きました。
─ それだけバイデン大統領も劣勢にあるわけですね。
新浪 ええ。トランプ氏が大統領になった場合に、最も影響を受けるのが欧州ではないかと。米国がNATO(北大西洋条約機構)から離脱するかもしれないし、そうなれば誰もNATOやウクライナを助けてくれない。その意味では、欧州には相当な影響が出てくるであろうし、既に経済も停滞しているので二重苦になってくると頭を抱えていました。
一方で、悲観的になっている欧州や世界にとっての光はインドだというのです。インドは国内が安定しているからです。同じ文脈で日本も安定している。つまり政権が安定している点で日本も素晴らしいという意見が出てきていました。
─ 政権が安定しているだけでも国としての魅力があると。
新浪 そうです。政権の安定とは政策が変わらないということでもあり、それが日本は安定している国だというように捉えられているわけです。さらに同じアジアの中国を巡っては、出席された李強首相が中国の経済は良くなると言っていたのですが、それに対しては懐疑的な考えの人が多かったですね。
昨年11月にサンフランシスコで行われた米中首脳会談を通じて、中国の習近平国家主席が自国の経済再生にシフトし、そこに力を入れていくという気持ちを持っていることはよく分かったと。その点は、かつての米中対立と比べて良くなったという感覚であり、とても評価されました。ただ、だからといって中国の経済がすぐに良くなるとは誰も思っていません。
鍵を握る米国大統領選挙
─ 中国がグローバル社会の中でのリスクになる可能性はどのように感じましたか。
新浪 世界のジオポリティックス(地政学)で中国が即座に大きなリスクになるという感じはないなと。これは安心材料ですね。そして先ほど申し上げた米国大統領選挙については、トランプ氏が勝った場合における様々な意見が出てきました。
米国のアジア政策は変わらないという指摘や、米国の貿易赤字が膨らみ、多額の関税を中国製品に掛けることで、中国とも緊張関係が続くことになる。あるいは欧州各国の関係が揺れ動く一方、中国以外のアジアは大丈夫だといった意見などです。
逆にアジアは大変になるという声もありました。特に日韓がこれだけバイデン大統領の下でアライアンスを強く組みましたからね。トランプ氏はバイデン大統領がやってきたことを全部壊しにくるだろうと。
せっかく日・米・韓の3国が一緒になって東アジアの安定を図ろうとしているのに、トランプ氏が出てきて我々の作ったものを全部壊してしまうと。その点で日・韓は大丈夫なのかという声も出ていました。
─ その中で日本への期待はどう感じましたか?
新浪 中国に資金を持っていくよりも日本に投資した方が良いという声が多かったですね。世界から見た日本の安定性は日本にいると分かりません。海外から日本を見た場合に、確かに日本は基本的な政策が変わることがないということで、この国である程度投資していければいいと。ただし、日本を何もかも良いと絶賛しているわけではありません。
一方で、足元の日本企業の高株価はなかなか良いのではないかと。日本の国民も企業も日本がデフレから少し脱却したのは良いことであるという捉え方です。今後は金利のある世界になります。
金利のある経済は当たり前のことなのですが、いよいよ日本が30年間を経て金利のつく経済になると。つまり、金利が当たり前の世界へと大きく目覚めるという評価はありました。
日本や日本企業への期待
─ そこの評価ですね。
新浪 ええ。これまで日本の評価はすごく低かった。それが一気に上がったのは事実です。そして東京証券取引所(東証)によるPBR(株価純資産倍率)1倍割れ改善の要請は、好意的に評価されています。日本の企業に投資したいという米国や欧州のプライベートエクイティ(PE)がたくさんいました。
東証の要請によってどれだけその会社が効率化や新陳代謝を図っているかが分かるからです。それに対する期待はすごく高い。海外からの資金はもっと日本に持ってくることができると思います。一方でPBR1倍割れ改善が実行されていないと、PEは意気消沈してしまう。この期待感は逆に怖いなと思いました。
─ 日本企業の本気度が試されることになります。2点目のAIについての意見とは。
新浪 生成AIの「ChatGPT」を作ったオープンAI創業者のサム・アルトマン氏などのデジタル人材もたくさん来たのですが、AIの評価は2つに分かれました。
AIが人間を支配していくという悲観論も出て来る一方で、上手く管理しなくてはいけないという意見もありました。ただ、どうやって管理するのか。それが非常に難しいわけです。
この管理の方法を巡っても2つに分かれており、AIの開発を進めている人たちは「やりながら考えていけば良い」という考え方ですが、管理サイドは「しっかり管理しなければならない」と。どちらも正しいと思うのですが、今回私が感じたのは思った以上にAIは急激に進むんだなということです。
─ 我々はAIとどう向き合うべきなのでしょうか。
新浪 AIを有効に使い切ることが大切です。その場合、日本ではホワイトカラーの人たちが大変厳しくなるでしょう。しかし一方で、フェイクをどうコントロールするかは技術的にも解決していかなくてはいけません。嘘の情報が入り込まない仕組みをどう考えていくかです。常にその技術的な展開を我々は注視していかなくてはなりません。
また、それらの課題を取り除いた上で資源として使っていかなくてはいけません。日本は人手不足ですからね。AIを活かし切ることが必要だと思います。AIを巡って私はもっと哲学の議論があるのかなと思っていたのですが、それはありませんでした。本来はそこがあってしかるべきかなと思うのですが。
─ そこはどう考えますか。
新浪 ダボス会議はリーダーの集まりですから、哲学をもう1回考えなければいけないと思っています。人が機械に使われるのではなくて、人間はどう生きるべきかを考えなければいけません。そのときにウクライナや中東の戦争なども考え併せてリーダーたるものはどう生きるべきかを考え直すことですね。
─ 同友会自体がそういうことを考える経済団体ですね。
新浪 はい。ですから、これから哲学も勉強しようと。西洋は結局、哲学が自然の克服へと導くのですが、東洋哲学は言葉で表現できるものではないとし、人間が悟りによって自然界と融合していくものだと思います。自然との融合はサステナビリティにもつながる議論です。人間は自然と向き合って哲学を活用し、どう生きるべきかを考えなくてはいけないときに来ていると思います。
─ 最後に3つ目のテーマについて聞かせてください。
新浪 COP28は評価されていました。元米国副大統領のアル・ゴア氏による、どの地域のどこの工場から、どれだけのCO2を排出しているかが分かる図を示した指摘ですね。これを見て皆、愕然としていました。自分たちがCO2をどれだけ排出しているかという悪い姿が見えるわけですからね。
その中で面白かったのが省エネです。省エネの技術がものすごく進んでいることが分かりました。この省エネは日本の得意分野で、冷蔵庫を例に挙げても、日本の省エネ技術は圧倒的です。なぜ、そういった技術がもっと世界に出ていかないのかと。エネルギーセッションでは、多くのCEOが省エネ技術の大切さを活発に議論しました。この分野は、日本がまだ世界を相手にリードできる技術だと感じました。
人をいかに活躍させるか?
─ 日本の出番だと。
新浪 そうです。日本は省エネの研究開発にとても力を入れてきました。これをもっとやるべきです。まだまだできることがありますからね。省エネはすごい武器になると思いました。
─ そんな日本も2023年の名目GDP(国内総生産)で世界4位に転落したと報道されています。世界における日本の存在感をどう受け止めていますか。
新浪 ダボス会議にはドイツのある大臣も出席したのですが、彼はドイツがGDPで「実質的には4位だ」と言っていました。つまり、日本が思うほど彼らは日本に勝ったと思っていないということです。なぜかというと、自分たちの成長がマイナスで、それどころではないという危機感があるのだと思います。
日本にGDPで勝ったなどとは言っていられないと。むしろ、これからどうすべきか。エネルギーの確保も厳しいし、中国と欧州の関係も決して良くない。その中で、どのようにマイナス成長から脱却していくか。ですから日本が思っているほど彼らは浮足立っていないわけです。
─ 自国内の課題に向き合っているわけですね。
新浪 そうですね。ドイツもエネルギー政策を誤ったゆえ、抱えている課題も深刻です。自動車もEV(電気自動車)では中国が台頭してきています。中国政府がEVに補助金を出したことにフランスが反発したりしているわけです。そういう中で自分たちの活路をどこに見出していくか。こちらの方が喫急の課題なのです。
─ 日本も積み残された課題解決に向き合わなければと。
新浪 そうです。デフレを脱却してモデレート(適度)なインフレ経済で自国のデジタルやサステナビリティを進めていくと。今はこれらの政策推進に向けて、民間は100兆円規模の投資を積み上げています。
それから人手が足りないという課題に対しても、しっかり対策をとっていかなければなりません。そのためにも年金改革をし、社会保険料の納付義務が生じるボーダーラインを意識して就労時間を調整する「年収の壁」問題を早く解決をする必要があります。
また、生産年齢人口もOECD(経済協力開発機構)は15歳から64歳までと言っていますが、これを例えば日本では75歳に定めると。そういうことによって人材は流動化します。生涯現役になれるわけですね。
─ 働ける人にはもっと働いてもらうということですね。
新浪 ええ。今は60歳や65歳で引退しても、次はどこに行こうかと考える時代です。その時期をもっと早めて50代で考えたり、40代で考え始めても良いわけです。人材の流動化は非常に大変です。人材は溜まっているところから他に移っていくわけですから、中には人が来てくれない会社もある。そういった会社は淘汰されてしまいます。ただ、そこで新陳代謝が始まり、経済を新たに作っていくというサイクルが生まれます。
一方で移民をどう考えるか。私は何よりも議論をすべきだと思います。どのような人材が日本に来て欲しいのか、日本での生活になじんでもらうために、どうすべきかを考えるべきだと思うのです。私は米国、あるいはフランスやドイツ、英国といった欧州の移民政策とは違う考え方が必要だと思います。
日本のルールやカルチャーをしっかりと理解していただける人でないと難しいと思うからです。例えばシンガポールのように、ゴミのポイ捨ては罰金だというのではなく、ルールやカルチャーを身に付けて、地域のコミュニティの一員になれるような人たちになってもらわないといけません。
日本社会の持っている良さをきちんと理解してもらい、日本で是非暮らしていきたいと思っていただけるような人たちですね。正直、現在の日本の社会レベルでは、なかなか厳しいですが。
─ まずは日本人が自分事として捉えないといけません。
新浪 はい。だからこそ、移民をどう受け入れるかについてしっかりと議論する必要があります。受け入れの社会的コストも考えなければなりませんし、移民は安い労働者だという捉え方ではいけません。我々日本人と共に暮らし、日本の良さをきちんと理解し、日本を愛してもらう。そういう方々に来ていただくことが第一です。
同時に、30年時点の人手不足は、ある調査では700万人もの規模になると予測しています。内閣府のデータでは、ある海外の研究によると日本の76歳は世界の65歳と変わらない健康度を保っていると報告されています。つまり、世界において冠たる健康長寿国の利点を生かすことができるということです。
その代わり、仮に75歳まで働くということになれば、一定の収入があると在職老齢年金の仕組みによって年金額が減額されるといった、長く働くとマイナスになるような仕組みは変えていかなければなりません。
また、いわゆる年収の壁問題では、106万円の壁と130万円の壁を大胆に引き下げ、国民年金の第3号被保険者の第2号被保険者への移行を促す方向に持っていくなどが考えられます。抜本的な解決を政府の支援強化パッケージが施行されている間に実行することで女性活躍の環境整備を進め、もっと女性が活躍できる環境にしなければなりません。
根本課題に取り組める政治を
─ 日本再生に向け、足元の政治の混乱をどう考えますか。
新浪 まさに時代の転換点を迎えています。日本は国政の大きな選挙を平均して1.4年に1回行っている。これではなかなか根本的かつ長期的な課題は解決できません。総理大臣に指名された人が4年しっかりと政治を行える体制を作り、未来を見据えた前向きな政治制度を目指すべきではないでしょうか。
現在は長期的な政策が打てない政治の仕組みになっています。どんなことでも選挙をして民意に問うと。そうすると、選挙の前に補正予算を組み、短期的な視点に立った政策が中心となってしまいます。この繰り返しでは、政治に対する国民の関心が薄れてしまう。そうならないためにも、まずは長期的な課題に取り組める体制にしてもらいたいと思います。
(次号に続く)
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