ヒューリック会長・西浦三郎「耐震問題、富士山噴火、人口減への対応が、これからの時代を生き抜くキーワードになる」
財界オンライン / 2024年5月9日 11時30分
「従来からの『駅近』だけでなく、話題の事業をいろいろ考えていかないと、人口が減っていく中では立ち行かなくなる」─ヒューリック会長の西浦氏はこう危機感を見せる。日本の不動産御三家に次ぐ時価総額を実現しているヒューリックは他社と横並びではなく、手掛けていない領域を積極的に手掛けてきた。今は物流施設や研究施設、高齢者施設などで、新たな取り組みが進む。
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耐震見直しに新たな評価も
─ 今、世界の政治、経済は混沌としています。その中で企業経営も変化が求められていますね。
西浦 よく「勝ち組」、「負け組」という言い方がされてきましたが、その「勝ち組」というのが、業界の中でも何社かしか生き残れない時代が来るのではないかと思っているんです。
─ 非常に覚悟が求められる時代だと。
西浦 ええ。例えば、リクルートの研究機関であるリクルートワークス研究所のレポートによると、2040年に1100万人の労働人口が不足すると試算されています。
中でも運輸、建設、医療・介護といった生活を支える業界で人材が不足するとされています。そう考えていくと、人口減少がいろいろな意味で影響してくるということだと思うんです。
当社のオフィスの空室率は1%以下を維持していますが、今後もしかしたら、建て直したオフィスは賃料は入って来るけれども上がらない、古いままのオフィスは新しいところに抜けていくということになるかもしれない。普通だったら、新しいオフィスは賃料が高くて然るべきだと思いますが、それが上がらないという状況になって来るのではないかと見ているんです。
ですから、場所など、何か特徴がなければいけないというのが一番のポイントです。今後のオフィス市況は、人口がどんどん減っていきますから、全体としては決していい環境ではないと思うんです。オフィスがどんどん増えて需要が増えるかというと、そこまでは必要ではない。
─ 他社にない特徴を持たせる必要があると。
西浦 そうです。例えば耐震など危機管理的な部分も大事になると思います。当社は現在、約250棟の物件を保有していますが、2020年から2029年までに、約100棟を再開発、建て替えを進めるという方針を打ち出しています。
全てのビルを震度7クラスの地震に耐えられるようにしようということですが、業界内外からあまり評価されていなかったと思います。
それが24年元日の能登半島地震を受けて、皆さんが我々の取り組みに対して「なるほど」と納得される雰囲気が出てきました。今、やらなければならないことは耐震問題、富士山噴火対応、人口減に伴ってポートフォリオをどう変えていくかという3つが大きいと思うんです。
「駅近」だけでなく話題の事業も手掛けて
─ こうした状況下でヒューリックは物流という新たな事業にも乗り出していますね。
西浦 例えば、29年3月までに約1000億円を投じて成田空港近くに45ヘクタールの土地に大型物流施設を整備します。
当社は千葉県では柏や野田でも物流施設を手掛けていますが、成田の土地は45ヘクタールですから相当大きなものになります。4棟の物流倉庫の他、検疫業務や通関業務を行う施設を1棟整備し、空港機能を補完できる施設を目指しています。
我々は単なる普通の物流倉庫ではなく、複合した機能を持った施設を開発しようとしています。空港で言えば、羽田は旅客、成田は旅客と貨物という形で、どうしても貨物は成田に集中します。その機能を補完するという特徴を持った施設であることが重要です。整地作業に2年かかりますが、その後、建設とリーシングを並行して進めていきます。
─ JFEホールディングスが高炉を休止した東日本製鉄所では、新産業拠点づくりのパートナーに選ばれましたね。
西浦 ええ。我々が担うのは南渡田北地区の北側、約5.7ヘクタールの開発で、現在27年度の街開きを目指しています。川崎市は長年にわたって、このエリアに「研究開発機能」を導入したいという意向を持っておられました。
ここに研究機関を誘致するとともに、研究者の居住・宿泊施設の他、23時まで利用ができるスーパーなど人々が生活しやすくなるための施設も併せて誘致・整備して1つの街づくりをしていくという我々の方針が、JFEさんにもご評価いただけた形です。
川崎市としても、京浜工業地帯に立地する様々なメーカーの工場が古くなる中で、研究開発という、これまでとは違うものを誘致して、新しい街づくりをしたいという考えがあるのです。その取り組みが我々に依頼されたということです。
─ 今、日本は半導体復活に向けて、熊本や千歳での投資が進んでいますね。
西浦 半導体は私も銀行時代、半導体製造装置メーカーを担当していたことがあります。非常に波がある産業ではありますが、今ようやく、日本政府も経済安全保障の観点から補助金を出すなど、様々な手を打ってきていますね。
半導体との関連で言えば、当社は24年2月、半導体メモリーを手掛けるキオクシアホールディングスの三重・四日市工場の土地を購入しました。これは「セール&リースバック」という手法で、キオクシアさんは売却後も継続して土地を利用し、我々は毎年一定の賃料を受け取るという形です。
従来からの「駅近」だけでなく、話題の事業をいろいろ考えていかないと、人口が減っていく中では立ち行かなくなります。
アメリカで高齢者住宅に投資していく
─ ヒューリックは高齢者施設も手掛けていますが、今後は海外展開も進めるそうですね。
西浦 当社は今後の計画も含めて国内で高齢者施設を約5000室手掛けていますが、人手不足もあって、介護する人の給与を上げなければ集めることが難しくなっています。さらに建設費も高騰している。ですから仕方がないことですが、利回りが落ちてきています。
そこで、国内では約5000室で一旦止めて、アメリカの高齢者住宅に投資する方針を決めました。実際にアメリカに視察に行きましたが、日本との違いを実感しました。
日本の場合には、多くの人が「老人ホームには入りたくない」という思いを持っておられると思いますが、アメリカでは例えば、ご主人が亡くなって、話し相手がいないから入居するという形で、位置づけが違うのです。実際、現地では入居している女性が連れ立って出かける場面にも遭遇しました。
もう1つは、日本と違ってアメリカの高齢者住宅では医療行為ができることです。日本の場合は少し病気になると病院に入らなければなりませんし、3カ月経つと保険点数が低くなるので出されてしまう。また、アメリカは移民によって介護の人手も確保されています。
特に今、新たに不動産を開発する時の建設費の高騰は、事業の利回りを低下させるという意味で課題です。日本の不動産業がこれからどうなるかという要素のうちの1つが、この建設費の高騰だと思います。
─ 国内は一旦見直すということですが、高級路線で付加価値を付けてカバーしていく考えはありますか。
西浦 東京・銀座で、超高級の高齢者施設をつくろうという計画があります。例えば健康な間はご夫婦で入居していただいて、どちらかが体調が悪くなった時には個室で介護をしていく。
食事も和食は我々が運営する高級旅館の「ふふ」、洋食は「ザ・ゲートホテル」から提供するといった形です。さらに施設の1階にはレストランをつくって、外部からも入れるようにしようかと考えています。現在、我々は銀座一丁目で「ふふ」の開発を進めていますが、温泉は運び湯をします。この施設にも運び湯をしようかと。
さらに、周辺で我々が開発した施設との連携も考えています。我々は東京・日本橋で「ヒューリックプレミアムクラブ日本橋」を運営していますが、そこではシミュレーションゴルフやマッサージ、カラオケ、囲碁・将棋、読書などができますから、日中はそこでゆったり過ごしていただくこともできます。施設間の移動は歩いていただいてもいいですし、我々でマイクロバスを用意することも考えています。
─ 他社にない特徴を持った施設を開発していくということですね。
西浦 ええ。当社のオフィスは駅から歩いて3~4分という駅近が特徴ですが、これは大きな差別化要因になっていると思います。さらに耐震、富士山噴火対応、ゼロカーボンにも対応している。
当社のオフィスのテナントになれば「RE100」(事業活動で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーで調達することを目標とする国際的イニシアチブ)が自動的に達成できるというのも差別化の1つになると思います。
また、違う観点では人口減、少子化という中で、実際に子供は減っていると思うのですが、調べてみると塾業界の多くの企業が経常利益20~30億円というところが多いんです。今後、少子化が進めば、確実に苦しくなっていくと思います。
我々がリソー教育さんに出資したのは、これを踏まえた話ですし、今後塾の他、保育園や学童の分野への拡大も検討してきたいと思います。
本の将来を考えてベトナムで農業に取り組む
─ ヒューリックは農業にも取り組んでいるそうですが。
西浦 今、中国は様々な農産物を世界で買い集めています。ロシアやウクライナの小麦のような、主要な農産物を自国で持っていないからです。日本は人口減によって国全体で食べる量は減っていきますが、有事の場合に本当にどうなるかを考えておく必要があります。
また、食料確保とは違う観点ですが、我々は兵庫県姫路でイチゴの栽培を進めています。果物は輸出で非常に高い価格で売れることから手掛けています。
単に我々の利益というだけでなく、日本のためにもう少し、農業について考えていくことが大事なのではないかと思います。ただ、農業は始めても、明日からお金になる話ではなく、少なくとも1年間はかかるわけです。
その観点で進めているのがベトナムにおける農業です。手掛けているのは花、野菜、果物で、日本にも輸入しています。花で言えば栽培しているのは菊が多いのですが、かつてはご葬儀用のニーズが強かった。しかし、家族葬が主流になる中で需要が減り、今は自宅でちょっと花を飾るニーズが出てきており、ホームセンターなどで売れています。我々はこの分野に花を供給しています。
─ 日本に輸入するだけでなく、周辺国にも売れるわけですね。
西浦 そうです。そこで、例えば果物でメロンなど少し高級なものを生産して、シンガポールやタイなどに輸出しようという考えも持っています。課題としては、現地で農業に取り組む人達を指導する立場の人をきちんと見つけなければいけないということです。
─ どういった人が候補になりますか。
西浦 おそらく、日本だけの農業に限界を感じている方はおられると思いますから、そうした方と組むというのは、1つの方法だと思っています。
─ 日本でもデジタル化の進展が著しいですが、不動産業では今後どうなると見ますか。
西浦 例えば、ABEJAという日本で初めてディープラーニングを専門的に取り扱っているベンチャー企業が昨年上場しましたが、当社は第3位の株主です。
我々はCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)にも取り組んでいますが、今我々が手掛けている事業に関連した企業にも注目しています。例えばABEJAさんとはオフィスのセキュリティ事業などを一緒に手掛けていきたいと思っています。
─ 不動産でもソフト化が進みますね。
西浦 それが必要なんでしょうね。人をなるべくいらない形でということを考えていくと、当然、そういう形になってくると思っています。
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