【政界】混迷が続く「政治とカネ」問題の潮目は変わらず 信頼回復と覚悟を問われる岸田首相
財界オンライン / 2024年4月22日 15時0分
長く続いたマイナス金利政策が解除されたのをはじめ、日本経済は大きな節目にさしかかった。首相・岸田文雄は、これまでの施策を景気回復につなげ、物価高に苦しむ国民から「再評価」を受けようと意気込む。低支持率にあえぐ現状にも、心が折れる気配は見られない。しかし、自民党の裏金問題は終わるどころか深刻の度を増し、ボディーブローのように岸田を襲い続ける。この混迷を振り払うきっかけと方策をつかめるかが、今後の日本政治の鍵を握っている。
【政界】孤立化しつつある岸田首相の進退は?国民の審判が下る4月の衆院補選
「これは適切だ」
日本銀行は3月19日の金融政策決定会合で、17年ぶりの大きな政策変更に踏み切った。マイナス金利を解除し、日本が久しぶりに「金利のある世界」へ復帰したのだ。首相官邸で日銀総裁・植田和男と会談した後、岸田は我が意を得たりと言わんばかりに記者団に訴えた。
「首相就任以来、重点的に取り組んできた賃上げ、投資、企業の稼ぐ力に前向きな動きが見られる。こういったこと(マイナス金利解除)になったのは適切だ」
8年の長きにわたった第2次安倍晋三政権の支持の源泉は、とにもかくにも「経済」だった。今でこそアベノミクスには毀誉褒貶があるものの、当時の首相・安倍は毎年のように看板となる経済政策を打ち出して国民にアピールし、安全保障法制の整備や森友・加計学園問題なども乗り切った。
昨夏以降、マイナンバーカード問題や増税批判でつまずいた岸田が、評判の芳しくなかった定額減税の実施を決めたのは、「経済再生による今年半ばの政権再浮揚」というシナリオからの逆算だった。
今年の春闘で大手企業の集中回答日となった3月13日、主要産業は高水準の賃上げに沸き立った(中小企業にどこまで波及するかが問題ではある)。植田日銀において、マイナス金利解除は「3月か4月」が半ば既定路線化していた。
1月から新NISAが導入され、日経平均株価は史上最高値を更新した。賃上げ、金利、株高、そして減税。その相乗効果によって日本経済の「変化」を国民に印象づけ、内閣支持率の回復につなげたいと岸田は期待している。
マイナス金利解除と同時に取り沙汰されたのは「デフレ脱却宣言」の時期だ。岸田は「日銀の判断は示されたが、宣言には総合的な判断を行わなければならない」と、やや慎重に語った。だがそれでも「遠い先の話ではない」という高揚感が官邸内を支配していた。
定額減税スタートが見込まれる6月には、通常国会が会期末を迎える。9月の自民党総裁選より前に岸田が衆院解散・総選挙に踏み切るなら、これが最後のチャンスだろう。定額減税が仕上げとなって国民の信頼が回復基調を示せば、岸田はそうするのではないか。
とはいえ、岸田のその希望の糸は、今なお極めて細いと言わざるを得ない。経済の「朗報」を相殺するような勢いで、「政治とカネ」問題への批判が続いているからだ。
安倍の死去後、自民党安倍派の政治資金パーティー収入の還流(キックバック)を続けさせたのは誰なのか。国会の政治倫理審査会で、派閥幹部たちは認識のそごと責任逃れぶりを強く印象づけてしまった。3月14日の参院政倫審に呼ばれた前参院幹事長・世耕弘成は他と同じく、「知らない」「わからない」を繰り返した。
自ら手を挙げて政倫審に出席した安倍派の参院議員・西田昌司は、「積極的に続けていた(安倍派)幹部は責任重大だ。政治家として責任を取ってもらわなければならない」と言い放った。地元でお詫び行脚の日々を送り、次の選挙で議席を脅かされるであろう中堅・若手議員の思いを代弁する発言だった。
長引く「実態解明」
自民党執行部は政倫審の開催を打ち止めにして3月17日の党大会を迎えようとしたが、目算通りにはいかなかった。
安倍派の元文部科学相・下村博文がX(旧ツイッター)で「今後政倫審(政治倫理審査会)が開催されるのであれば、党と相談して説明責任を果たしたい」と出席の意向を示したのだ。派閥の事務総長経験者として名がたびたび挙がっていた下村は、世間の圧力に抗しきれなくなったようにみえた。
執行部は「党から出席をお願いすることはない」と打ち消しを図り、下村の対応も二転三転したが、この状況で一度言ったことを引っ込めるのは難しい。下村は衆院政倫審に1人で出席し、大方の予想通り、還流継続などの問題にほとんど進展はなかった。
これを受けて野党は、政倫審と違って偽証罪が適用される証人喚問を要求した。悪印象ばかり際立つ「実態解明」のフェーズがずるずる続き、岸田内閣や自民党の支持率を押し下げる構図だ。
3月17日の党大会を経ても、政権幹部たちが期待したほどの潮目の変化は起きなかった。党大会では党則などの改正を決定し、政治資金事件に関与した議員の処分が厳格化された。
①政治団体の会計責任者が政治資金規正法違反で逮捕・起訴された場合、議員本人に対して離党勧告や党の役職停止などの処分ができる②会計責任者の有罪が確定すれば、離党勧告か最も重い除名とすることができる─との規定を新設した。
岸田は「深い反省の上に、信頼回復に向けて、私自身が先頭に立って党改革を断行する」と強調した。だが、処分は「政治的・道義的責任が認められたとき」という曖昧な定めで、ほとぼりが冷めればどうとでも運用できる。
派閥は政策集団として事実上存続を許容され、大きな注目を集めた政策活動費の制限や透明化も盛り込まずじまいだった。抜本改革に至らず、自民議員たちさえ「抜け穴だらけ」と認める新たなルールは、当然のように国民に見透かされ、その後の調査で支持率は回復しなかった。
自分も処分?
党内の次なる関心は、今回の裏金事件を受けた関係議員の処分だ。安倍派「5人衆」や長く幹事長を務めた二階俊博らをどう扱うか、岸田ら執行部は頭を悩ませた。あまり重くすれば彼らの恨みを買い、岸田の総裁選戦略に支障をきたす恐れがある。かといって、軽い処分を世間が許すはずもない。
ジレンマの中で取り沙汰されたのが、直近まで岸田派会長でもあった岸田自身が同時に処分を受ける案である。党内に範を示し、「岸田さんも処分されたのだから」と他の対象者を納得させようというのだ。
この発想は、1月に岸田が岸田派解散をとつぜん表明し、呼ばれてもいない2月の政倫審に出席したサプライズと酷似する。だが、過去2回は国民の信頼回復につながっていないこともあり、執行部は慎重論が大勢だ。
一方、安倍派幹部らに対し、最も重い処分である除名や離党勧告は避けるべきだ、との声が党内には多かった。その次に重いのは党員資格停止、選挙における非公認、党の役職停止などだ。ただ、昨年12月に安倍派幹部らはおおむね役職を辞任しており、役職につけないという処分はあまり意味をなさない。
党員資格停止や非公認となった場合、衆院選や来夏の参院選を無所属で戦わなければならない。自民関係者は「選挙に強い者なら自力で勝ち上がって、処分の期限を過ぎれば元に戻れる」と話した。選挙に強くない議員には死活問題だが、そのからくりを見透かされれば、やはり「甘すぎる」と世のそしりは免れないだろう。
一方、安倍派以外で対応が注目されていた二階は、次期衆院選に出馬しない考えを岸田に伝えた。もともと高齢のため引退がささやかれていたが、処分が決まる前に自ら身を引くことで、他の二階派議員を守る意味もあった。政界引退は「地元の皆さんが決めること」と明言せず、元老的な立場でいったん解散する派閥を陰から支えるのではないか。
星雲状態の与党
弱り目にたたり目とばかりに新たな醜聞も加わった。昨年11月に自民党和歌山県連が主催し、党青年局幹部らも出席した会合に、過激な衣装の女性ダンサーを招いていたことが判明。参加者がダンサーに口移しでチップを渡す動画が流出し、国会で岸田は「誠に遺憾だ」と苦々しく答弁した。
折が折だけに「会合費を政治資金から支出したのでは」と疑われ、自民はそれを否定する報告書を国会に提出させられるはめになった。政治とカネをめぐる地方組織の意見を吸い上げるようにと岸田から指示を受けていた青年局幹部が、この一件で辞任に追い込まれたのも皮肉だった。
自民党は誰がどこでものを決めるのか、なかば無秩序な星雲状態が続いている。岸田は幹事長・茂木敏充との溝が深まり、副総裁・麻生太郎ら各派閥幹部もおおっぴらな動きを取れない。中堅・若手はなかなか責任を取らない政権幹部にいらだち、前述の西田昌司のように公然と批判する議員も少なくない。
参院自民を牛耳ってきた世耕と不仲がうわさされる参院国対委員長・石井準一は、政倫審で世耕の弁明を聞いた後、「疑惑の解明には至らなかった」と冷ややかに指摘した。
連立与党の公明党も神経をとがらせる。自民党の不明朗なカネの問題で「道連れ」にされて選挙で議席を減らすことなど、公明には到底容認できない。代表の山口那津男は「政治不信が深まっている。信頼回復するトレンドをつくり出さない限り、衆院解散はすべきでない」と岸田を強くけん制した。
幹事長の石井啓一は、衆院解散は自民党総裁選後の今秋になるとの見方を示し、「(総裁選で)選ばれた総裁は非常に支持率が高くなる」と発言した。ポスト岸田に対する願望の表れだ、と自民側に受け止められている。
岸田が4月上旬の訪米を終えた後、衆院3補欠選挙(東京15区、島根1区、長崎3区)が政権運営の岐路となるのは、もはや言うまでもない。6月の国会会期末までに岸田が「今国会で」と明言している政治資金規正法の改正にこぎつけられれば、日本経済の復調と相まって国民の厳しい視線も和らぐのではないか、という細い糸にすがっている。
与党全体がこの星雲状態とあって、岸田の代わりに火中の栗を拾おうという勢力は乏しく、その本命不在をもって「岸田延命説」を唱える者も永田町には存在する。
混迷を抜け出し、日本の今後を左右する政策本位の政治を取り戻せるのか。国民が政治という営み自体を諦めてしまわないような処方箋づくりが、リーダーの岸田はもちろんのこと、政府と与野党全体に課せられた重い使命だ。(敬称略)
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