YKK社長・大谷裕明「コロナ禍を乗り切れたのは『善の巡環』に立ち返った経営と、従業員の自発的な取り組みのおかげ」
財界オンライン / 2024年5月10日 15時0分
「経営理念の浸透を泥臭くというか、時間をかけて繰り返し、繰り返し行う」─YKK社長の大谷氏はこう話す。この4年間のコロナ禍では、各国が感染対策で都市封鎖を行うなど、生産、物流で大きな打撃を受けた。その中で四半期の業績で赤字に陥ることもあったYKKだが、その後は回復。その背景には企業精神「善の巡環」を理解した、海外拠点の従業員達の自発的な取り組みも大きかった─。
コロナ禍の中で「善の巡環」に立ち返る
─ 世界5極で事業を展開しているYKKですが、コロナ禍ではどういうスタンスで経営をしてきましたか。
大谷 全てが初めての経験でしたが、このような時にこそ、原点回帰で企業精神である「善の巡環」に立ち返りました。
コロナ禍の2020年第1四半期は、受注、経済活動がストップし、欧米、日本への加工輸出のオーダーがアジアに落とされない状態になったことなどにより、会社始まって以来ともいえるほど、厳しい状況になりました。
その中でどうやって社員を守るか。それだけを考えました。とにかく、何を基準に判断をしようかという時に、経営陣は常日頃から、社員のため、お客様のため、社会のためを考えている会社なのだから「善の巡環」に従って判断しようと。おかげ様で、20年の後半からは徐々にオーダーも入ってくるようになりました。
─ コロナ後に経営の姿はどのように変わりましたか。
大谷 よりよいものを、より安くという創業者の理念に立ち返ったコスト改革は、この10年ほど進めてきていましたから、コスト競争力はついていました。
あとは納期、バリエーションであり、お客様へのサービス最優先ということで取り組んできています。
事業環境が激しく変化を続ける中で、またサステナビリティ意識の高まりから、これまでの衣料の大量生産・消費・廃棄モデルは見直しを迫られています。商品の適時・適材・適量が求められているのです。
そのような中、お客様の満足度向上に繋がる一番重要なカギは納期だと考えています。
受注から出荷までのボトルネック分析をはじめとして、デジタルを活用しながら、お客様の要望に沿って確実に供給できる体制づくりに向けたさまざまな取り組みを進めています。
中国地域などではこうした施策による増販効果も生まれてきていて、成果が出始めています。
海外の拠点と「車座集会」を繰り返して
─ こうした施策も「善の巡環」が土台にあるからこそ打つことができたと。
大谷 そうです。経営理念の浸透を泥臭くというか、時間をかけて繰り返し、繰り返し行っています。
経営理念を各極で、経営層のみならず中間管理職、現場の社員までどう浸透させていくか。これは広報の皆さんがやってくれている、経営理念の浸透活動に端を発して、それぞれの極で、その活動を担っているナショナルスタッフの方々がいるという体制にしています。その活動の中で、なぜYKKがその地域で存在しているのか、企業としての目的は何かを、繰り返し、繰り返し伝えているのです。
─ コロナ禍では、人と人がリアルで会いづらい状況でしが、どう取り組みましたか。
大谷 コロナ前からIT、オンラインツールが発達してきていましたから、現地に行けなくてもオンラインで対話を進めてきました。
「車座集会」という言い方をしていますが、コロナ前は、国内でも海外でも、対面で車座になって行っていました。コロナ禍では、これをオンラインでやりました。一回につき1対6くらいのグループに分けて、国内外の社員の皆さんに日頃思っている課題を自由に言ってもらって、それに対して私が「こうしたらいいんじゃないか」といった意見交換をしています。
その中で「善の巡環」など理念を織り交ぜた話をしてきましたし、今も続けています。「車座集会」はコロナ禍だから始めたものではなく、それ以前から継続して行っているんです。
これは私だけでなく、会長の猿丸(雅之氏)にもやってもらっており、コロナ禍以降だけでも全世界で累計で4000人強が参加しました。これも繰り返し、繰り返しですね。
─ 「善の巡環」は英語で「サイクル・オブ・グッドネス」(Cycle of Goodness)ですね。海外の社員にも伝わりやすい?
大谷 ええ。「善の巡環」には「他人の利益を図らずして自らの繁栄はない」という考えが根本にあります。この言葉の中で質問されるのは「他人」とは誰なのかということです。
例えば社員からの質問の中で「私は営業系ではないので、サイクル・オブ・グッドネス、価値を与える対象となるお客様がいません」というものもあります。どうやって「善の巡環」を実現すればいいのでしょうかという問いかけです。
─ それに対して、どのように答えていますか。
大谷 我々には「善の巡環」に加えて、経営理念として「更なるCORPORATE VALUEを求めて」がありますが、これをもう一度思い出して欲しいという話をしています。
「他人の利益を図らずして自らの繁栄はない」の「他人」は顧客、社会、社員であり、そこに対して優れた商品、技術、経営力をもって、よりよい企業価値を提供するということです。
「CORPORATE VALUE」は対お客様だけでなく、社員も対象に含まれるということは、企業価値というものを製造から始まってバトンをつないでいくようなものだと。
社員に対しては「あなたの業務は誰にバトンタッチするのかというと社員、同僚であるはず。そこに対して公正という判断基準を持ってきっちりと仕事をやり遂げる。これも『善の巡環』を実践する一つのあり方だ」と答えているんです。
危機の中で深まった「絆」
─ 近いところで、思い出に残っている「車座集会」はありましたか。
大谷 昨年、インド社の設立25年だったということで、久しぶりにインド、バングラデシュ、パキスタンを訪れました。
コロナ禍の中では当時、感染した時のリスクが大きいということで、日本人派遣員に一時帰国してもらったのです。それが長期化し、彼らは1年半くらい、現地に戻ることができなかった。
ですから、私はインド、バングラデシュ、パキスタンを訪れた時に現地の社員に「帰国指示を出したのは私。みんなには苦労をかけました。ありがとう」と声をかけました。
その1年半の間、現地には日本から遠距離で様々な指示を出していましたが、会社を守ってくれたのは現地のナショナルスタッフですから、彼らに対して説明と、感謝を伝えないといけないと思っていたのです。
─ それに対する現地の反応はどうでしたか。
大谷 言ってくれたのは「なぜ、あなたが謝るんだ。ありがとうと言いたいのはこちらの方だ」という言葉でした。私が出した指示の意図を、彼らもわかっていたんです。
日本に一時帰国した現地法人の社長は「自分が日本に帰って申し訳ない。顧客からの発注が止まり、今は生産もストップせざるを得ないけれども、全ての社員の雇用は守る」とナショナルスタッフに話し、当社は全ての従業員に給与を払い続けたのです。
我々の工場が立地する工業地域には、当然縫製メーカーが多く入っていますが、多くの会社がコロナ禍で社員を解雇しているんです。周りの会社が解雇していく中で、YKKの工場だけは、コロナを理由に誰1人解雇しなかった。その背景には企業精神「善の巡環」があることを、現地の社員達も理解していたのです。
入社から20数年経った現地のナショナルスタッフの幹部も会社にいますが、改めて「善の巡環」の意義、意味を実感してくれた。これは嬉しかったですね。困った時には根底にある原理原則に戻るという経営をしていて本当によかったと実感した出来事です。
─ コロナ禍は悲惨な出来事でしたが、却って組織が締まった面はあると。
大谷 絆が強くなってきていますね。他にも海外では中国の上海、ベトナムで「ロックダウン」があり、一度自宅に戻ると工場に入れなくなるという時期がありました。
それをナショナルスタッフの幹部と日本の派遣員とで話をして、自発的に家に帰らず「宿泊操業」をしてくれたのです。
コロナによって市中の配送も滞っていましたから、なかなかお客様のところに製品が届かず、当時は多くのオーダーを失いました。宿泊操業をやってもオーダーを失ったということで、彼らも忸怩たる思いはあったと思いますが、その後、これらの国はV字回復をしました。
事業活動で大切な「共存・共栄」の精神
─ 現地の人達が自発的に動いてくれるのは、ありがたいですね。
大谷 そう思います。我々はお客様がYKKを求めている以上は全力投球、これだけです。
世界的な動きとして、輸出企業はチャイナ・プラスワンになっており、中国での需要は少なくなっています。
しかし、内需に目を向けると、他のファスナー供給会社がいる中で、お客様の要望にいち早く応えることで、「YKKの製品を使ってみようか」というお客様が増えているんです。
ファスナー業界にはあまり公式な統計的数字がないため、新たな顧客数を指標にしています。新しいお客様の要望をつかみ、それにしっかりと応えることができていれば、お客様の数は増えるはずだからです。
ファスナーの売上げが市況に左右されるのはやむをえません。ただ、やはり私たちの製品をまだ使っていないお客様をいかに増やしていくかは、どれほど市場の要望に応えていけるのかを示すバロメーターになります。全体の売上げは厳しいですが、23年度も、多くの新規顧客を獲得できました。
─ YKKは早い時期から海外に出ていたことで現地に根付いているのは大きいですね。
大谷 そうですね。中国が今、世界で人口第2位の国ですが、中国でのオーダーが続いているのは内需があるからです。加工輸出は常に動きますから、内需を押さえることが大事です。
なぜ我々が今、加工輸出で優位性を保つことができているかというと、1960年代、70年代という地産地消の時代に米国、欧州に出て行っていたからです。そこで欧米の最終小売りやブランドホルダーの支持を得たことが大きかった。
その後、彼らが欧米での生産をやめて、中国やアジアに生産を移転するという時に、「YKKを使って欲しい」と縫製メーカーに言ってくれたことが、我々のアジアでの成長につながっています。もし、我々がその期待を裏切ったら2番手、3番手企業に取って代わられますから、決して裏切らないということを言い、姿勢を示し続ける必要があります。
─ 信頼を維持し続けるためにも、いい仕事を続ける必要があると。
大谷 やはり他のファスナー供給会社がいる市場の中で我々のサービスや企業価値が上がりますが、他社の企業価値も同時に上がるはずです。それが結果、最終的にユーザーにとっていいことでしょう。
ファスナー供給会社がいくつも存在する市場の中で、お客様の要望を理解し、如何に多くの企業価値をお客様に提供できるか、最終的にはお客様に選んでもらう。あらゆるステークホルダーとの共存・共栄を目指す「善の巡環」の基本的な考え方です。
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