【倉本 聰:富良野風話】ブレーキ
財界オンライン / 2024年5月23日 11時30分
夫に先立たれた身寄りのない老女が、ある日SNSで見た著名人の偽広告にだまされ、なけなしの財産を奪われてしまう。広告に使われた著名人は、身におぼえのない犯罪の片棒を、全く知らぬ間にかつがされ、どうしていいか判らない。こんな犯罪が横行しているという。
【倉本 聰:富良野風話】台湾と能登
全くイヤな世の中である。
僕らのようなIT社会から落ちこぼれた老人は、ふとしたことから、いつこんな事件にまきこまれぬとも限らない。巻きこまれ、そうして全人生を使って貯えた財産をアッという間に巻きあげられ、茫然蒼白に立ちすくむというような悲劇が、これから手をかえ品をかえて益々増えていくにちがいない。
闇夜で後ろからいきなり棍棒で殴られ、金を奪われるようなものである。
この場合、被害者であるIT弱者は一体誰を恨み、誰に損害の保証を求めれば良いのか。広告に使われた著名人は、彼らも被害者だから責めるわけにいくまい。ならば、それを載せたプラットフォームをか。だがプラットフォームも利用悪用されたわけだから、ただちに賠償するわけがない。笑っているのは悪党のみである。社会の法の目をかいくぐって懐をあたためている悪人のみである。
倫理観という人間の規則が、既にこの世から失われつつある以上、それを取り締まり、罰することは既に至難の業となっている。小さいことでは交通違反から大きくは兵器の拡充競争まで、既に人間は倫理観を捨てた、智恵だけ発達したケダモノになっている。
となると、これを止めるためには、ヒトの進歩を止める以外、ない。もっと便利に、もっと豊かにという、際限のない文化文明の拡充競争にそろそろブレーキをかけねばならない時が来ているのではないか。
こういうことを発言したら、世間の猛反撥をくらうのは目に見えているが、ここ十数年に登場した文明の利器。たとえばパソコン、スマホ、SNS。武器でいうならミサイル、ドローン、地雷、そして原爆、エトセトラ。たしかにそれらは解決を速くし、飛躍的に世の中を豊かにしたのだろうが、一方で数多の職を奪い、失業者を増やし、格差を増やし、勝ち組と負け組をはっきり分割し、豊かな社会を作りはしたが、倖せな社会を作ったかといわれれば大きな疑問符がつくところである。
そして。ここを最も考えて欲しいのだが、こうした人類の進歩発展は何かに犠牲を強いてはいまいか。然り。我々の拠って立つ地球というこの星、大地という自然の環境に対して、である。
天を見れば判る。気温を見れば判る。地球はもはや破局に向かって歩み出している。だが人類はそれに目を閉じ、今日の快適、明日の進歩に沸き立ち、連日のお祭り騒ぎである。
ブレーキをかけるべき時である。もうこれ以上の便利、発展は休止すべきである。
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