JAL・鳥取三津子体制が迎える正念場 航空現場のプレッシャーをどう統治するか?
財界オンライン / 2024年7月3日 7時0分
「私がリーダーシップを持って信頼回復へ邁進することを約束する」─。社長就任から3カ月弱、日本航空(JAL)社長の鳥取三津子氏は謝罪を余儀なくされた。同社ではトラブルが頻発。国土交通省に提出した再発防止策では経営と現場との「周知不足」や航空会社の競争力に直結する定時性の厳守が現場に「プレッシャー」を与えていると分析する。現場の作業員の士気向上と合わせて経営と現場との連携強化をどう図るか─。
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パイロットや地上作業員にもプレッシャーに直面
「プレッシャーの中で安全を大前提に仕事が進められる環境が整っていなかった。しっかりと立て直し、グループ一丸となって安全を守り抜いていきたい」─。こう反省の弁を述べるのはJAL社長の鳥取氏だ。
コロナ禍が落ち着き、インバウンドを筆頭に航空業界は活況を呈し始めている。その矢先、JALでは昨年11月から今年5月という半年間にかけて安全上のトラブルが相次いでいる。5月27日には国土交通省が同社を厳重注意。JALは再発防止策の作成を求められていた。
一連のJALのトラブルを見た航空業界の専門家は「人のミスに拠るものが多い」と漏らす。実際、JALが国交省に提出した再発防止策の中でも、「周知不足」という文言が複数出てくる。米シアトル・タコマ空港において管制許可を受けずに滑走路を横断した際には、「米国における滑走路横断に関する運用が変更になった旨を周知していたが、理解されていなかった」という。
また、トラブルに共通するのが「プレッシャー」という言葉だ。今年2月に米サンディエゴ国際空港での停止線越えでは、同社は「大幅な遅延へのタイムプレッシャーがかかっていた可能性がある」と分析している。
加えて、今年5月の福岡空港では、滑走路手前の停止線を越えた羽田空港行きの便が両空港で駐機場との位置関係や向きなどから、離着陸に時間を要する滑走路を使う予定だったとし、パイロットに「遅延が予想され、プレッシャーがかかっていた可能性がある」と認定した。
プレッシャーはパイロットだけでなく地上作業員にも共通する。同じく5月に羽田の駐機場で発生した牽引中のJAL機同士の主翼端が接触した事故では、地上作業員が「(機材を牽引する産業車両の)トーイングドライバーは、プッシュバック開始前にインターフォン担当者から2回のOKサインが出されたことでプレッシャーを感じていた」と結論付けている。
背景にはコロナ禍で人流が減少したことに伴い、現場で働く人手不足が配置転換による業務の引継ぎなど複合的な要素がある。JAL幹部も「コロナ禍で人材が減ったことが直接的な要因ではないと言い切れない」と認める。加えて、〝定時性〟という航空会社の競争力に直結する指標が現場に圧力を与えることになったことも一因だ。
もともとJALの定時運航率(ゲート到着予定時刻の15分未満に到着したフライト)は世界的にも高く、航空業界のデータ分析を提供するシリウムによると、2023年の同社の定時就航率は82.58%。ライバルのANAが82.75%と僅差で劣るほどで、世界のランキングで見ると8位だ。22年は3位だった。
JALは「安全を大前提に判断し、行動すること」を宣言していたものの、一方では「定時性等の目標も高い水準を現場に課しており、落ち着いて安全活動に専念できる環境が十分につくれていなかった」と分析する。
現場の悩みを掬い取れなかった
JALは安全上のトラブルが短期間で5件続いた要因として、再発防止策では事案ごとに3つに分類。1つ目の「滑走路への誤進入」ではパイロットへの周知を再徹底するために社内規定を見直し、オンラインで理解度を確認。24年度中にはパイロットの訓練課程で滑走路誤進入に関する項目を追加する考えだ。
2つ目の「機体接触」では飛行機を牽引する特殊車両と監視員の連携を強化し、トランシーバーなどの機材を現場に導入。緊急時用の赤色回転灯も順次導入していく方針を掲げる。
3つ目の米ダラス滞在中で機長が深酔いして欠航となった「飲酒問題」では全パイロットと客室乗務員に滞在先での禁酒を徹底することにしている。
先の幹部は「現場は使命感を持って仕事に当たっており、その現場の悩みが(経営層である)我々にまで伝わっていなかった」と語った上で、「落ち着いて安全活動に専念できる環境が十分につくれていなかった」と経営層の責任にも言及。また、類似事例が再発する理由に「リスクマネジメントが十分に機能していなかった」とも話す。
今年1月2日、羽田でJAL機が海上保安庁機と衝突し、炎上するという事故が発生した際、客乗員379人全員が無事脱出したことが海外から「奇跡」と讃えられた。客室乗務員が乗客に脱出の協力を呼びかけ、落ち着くように諭すなど、同社の現場力が光った事例だった。そして、当時の客室乗務員部門のトップが鳥取氏だった。
そんな中でも今回トラブルが連発した。「現場力の劣化と経営層のマネジメント力の問題が絡み合った事象だ」と前出の専門家は分析する。
今後はパイロットや客室乗務員、整備士など、あらゆる職種で人手不足が今以上に深刻化する。作業に習熟したベテランがどれだけ若手に技術継承を行えるかも課題。また、経営側がトラブルを未然に防ぐために経営リソースをどれだけさけるかがポイントになる。
京セラ創業者の稲盛和夫氏(故人)がJAL会長だったときに策定した「JALフィロソフィ」には次の一節がある。
一人ひとりがJAL
本音でぶつかれ
率先垂範する
渦の中心になれ
尊い命をお預かりする仕事
感謝の気持ちをもつ
お客さま視点を貫く
JAL社員一人ひとりが何を優先すべきかを考え直し、その思想に経営陣がどこまで寄り添えるか。安全・安心を標榜する鳥取体制の正念場だ。
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