冨山和彦の「わたしの一冊」『学問のすゝめ』
財界オンライン / 2024年10月5日 11時30分
時代を超えた普遍性を持つ啓蒙書
言うまでもなく、かの福沢諭吉翁が、明治維新によって封建体制から近代国家へ踏み出した時代の日本人に向けて著した啓蒙書。300万部の大ベストセラー。当時の人口は3千万人くらいと言われているので、実に国民の10人に一人が本書を読んだことになる。
冒頭の「天は人の上に人を造らず……」という有名なフレーズが示唆する通り、自由、独立、平等を基盤とする国民主権的な近代国家を想定し、それを支えるに足る近代的な個人像を確立するための啓蒙書という点で、本書は時代を超えた普遍性を持っている。そこですすめている学問、すなわち簿記会計、数学、科学技術などの実学は、産業的な基礎言語能力、すなわち「すぐに役に立ち、長く役に立つ」真のリベラルアーツ(人間が自立して自由に生きてくための技法)として、むしろ輝きを増している。
明治維新の革命性は、廃藩置県と秩禄処分によって封建的な統治単位だった藩が完全解体され、統治の担い手だった士族階級が一斉に失業したことにある。全人口の約1割を占める支配階級の一斉失業の衝撃の大きさはいかばかりか。
しかるに現代。戦前の富国強兵、戦後の軽武装経済重視、高度成長期には加工貿易立国の中核となった工業化フェーズの企業組織モデル、そこで働く新卒一括採用・終身年功制のサラリーマン、そしてサラリーマンの夫を世帯主とする標準家庭モデルが、いずれも本格的な解体期に入っている。特にその頂点に君臨してきたホワイトカラー・サラリーマンはAI革命の進展でいよいよ没落の危機。既にこの階級は全勤労者の2割もいない状況であり、あたかも明治維新期の士族のような状況である。
明治維新から160年、敗戦から80年。高度成長期入りから60年、バブル崩壊から30年。私たちは2つの倍数の歴史的な交錯点におり、160年ぶりの人口減少と人手不足も並行して進行する。全ての国民が本書を現代的な脈絡で読み直す価値は大きい。
冨山和彦の【わたしの一冊】『「働き手不足1100万人」の衝撃』
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