【倉本 聰:富良野風話】幸せ計
財界オンライン / 2024年10月13日 11時30分
何年前のことになるのか。どこかの新聞に書いたことがある。「幸せ計」というものが作れないか、という一文を、である。
豊かさとは、リッチにして幸せなこと、と物の本に書かれていたのを見て、そんなことをそのころ考えた。
体温計から血圧計、体脂肪計やら血糖値計。科学の進歩は何から何までを数値化し、安心するにしろ絶望するにしろ、数字で示された表示を見ないと安心できないという世の中であるから、今日一日の幸せ度というものが一体どの位のものであったか、それを計量する幸せ計というものが、そろそろ世に出ても良いのではあるまいか。
今日はイヤなことが7つあった。でも良いことも9つあった。差し引きプラス2で、まず倖せな1日だった。帰りの電車でそういうアプリを確認し、こっそり自らを納得させ、今夜の晩酌の量を決定する。そんな庶民の秘かな愉しみがそろそろ現れてもいい頃じゃないのか。そんな思いつきをふと思い出し、即、誰か同級生に話そうと思ったら、話す相手が見つからない。あいつもこいつももういない。みんな墓の中に入っちまった。
みんな死んだのに俺はまだ生きてる。それは倖せということではないのか。とんでもない! と脳ミソが否定する。話し相手がどんどん死んで悪口を言い合える仲間がいない。こんな不幸な淋しいことはない。生きている間は早く消えちまえ! と内心思っていた憎たらしい奴までが、死なれてみると、どうもなつかしい。淋しい。これも不幸の一つの種である。幸せ計はマイナスを示す。
そう考えると幸せ計などという余計なものは、この世に存在しない方がよろしい。人を落ちこませるツールにしかならない。
大体最近の新しいツールは、その発明者とその思いつきに一時とびつく軽率にして邪悪な起業者を瞬間喜ばせ、小銭を稼がせるが、決して長続きするものではない。SNSだって生成AIだって、いずれはそういう運命を辿るにちがいない。
かつて戦時中のドイツで、一度使用したら二度とヒゲの生えないヒゲそりクリームを発明し、大いに売り出そうと張り切ったら、当時ドイツの国家予算を握っていたゾーリンゲンの圧力で潰されてしまったという小さな記事をリーダーズ・ダイジェストで発見し、戯曲にしようと張り切ったことがあった。
国家権力で潰されるのではない。一回使ったらそれで終わりという再生産不能の高品などは、この資本主義社会にはそぐわない、という理由で潰されるのである。更には刃物・化粧品関連など関連業界からの圧力もあって、この発明品は没になる。そんな作品を若い頃書きかけ、誰からも無視され没になった。
どうでも良い発明が多すぎる。
あってもいいが、なくても誰も困らない。そんなものが世間に氾濫し、世の中を混沌に向かわせている。
【倉本 聰:富良野風話】化石の孤独
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