ダイフク・下代博の「モノを動かし、心を動かす。」経営論
財界オンライン / 2024年11月21日 7時0分
『縁の下の力持ち』という言葉がある。保管・搬送機器やシステムを提供する”マテハン(マテリアルハンドリング)”の仕事がまさにそうだ。人手不足が深刻化し、少子化・高齢化が進む中で、産業界の生産性をどう上げていくかという社会課題解決に「真正面から取り組んでいきたい」とダイフク社長の下代博氏。自動車や半導体メーカーの工場や物流倉庫での保管・搬送機器やシステムを提供するマテハン業界で世界首位級企業の経営者として、「人手不足問題に加えて、働き方改革による労働時間短縮が求められており、さらなる自動化やDX化(デジタルトランスフォーメーション)が進む」と下代氏。同社は歴史的にも、1959年にトヨタ自動車工業(当時)の元町工場(愛知)にオーバーヘッドの自動車搬送システムを納入するなど、いわば日本の製造業の生産性向上に黒衣(くろご)として貢献。そうした実績や経験が買われて、海外の売上高は全体の約7割を占めるまでになった。世界が混沌とする中での、今後のグローバル戦略とは――。
マテハンの役割とは?
マテハン(マテリアルハンドリング、Material Handling)とは、保管・搬送などの物流業務の効率化を図ることの総称。
そのマテハン業界で世界トップクラスのダイフクは全売上高の7割近くを、北米、アジア、欧州などの海外であげている。ダイフクが海外で受け入れられている理由は何か?
社長の下代博氏(1958年=昭和33年6月生まれ)は、同社がマテハンシステムの開発・設計から製造までを担い、それらの機器を有効に運用するためのシステム開発を手がけ、さらには納品した後の「メンテナンスサービスにも注力」していることを強調し、次のように続ける。
「われわれの売上高の30%は保守・メンテナンスなどのサービス事業が占めています。なぜかというと、われわれは機器やシステムを納入するだけではなく、お客さまの稼働を守っているのです。お客さまに納入したシステムがトラブルなく、順調に生産に寄与し、製品の配送に役立って、期待されている効果を上げ続けてもらうというのが当たり前なのです。その稼働を維持していくことが重要となっています」
マテハンは元々、欧州が発祥の技術。海外の物流現場では、搬送や保管など領域ごと異なる会社のマテハンシステムが使われ、またメンテナンスサービスは製造・販売を行った会社とは別の会社が担うことが多い。それに対して、開発・設計から製造、メンテナンスサービスまで一気通貫で手がけるのがダイフク。それで顧客(ユーザー)から期待と信頼が寄せられるのであろう。
ダイフクの成長は、戦後の日本経済の成長と重なる。日本のモータリゼーションは、1959年(昭和34年)、トヨタ自動車工業(当時)が元町工場(愛知)でのモノづくりを一新した時に始まったとされるが、その元町工場の組立ラインに、オーバーヘッドの自動車搬送システムを納入したのがダイフクである。
モータリゼーションの本家・米国では、フォード社が1900年代初頭に生産ラインの自動化を図り、〝T型フォード〟を世に送り出す。大量生産により製造コストを引き下げ、米国のモータリゼーションが始まった。
その時の自動車製造の中核とされるコンベヤづくりを担ったのがジャービス・ビー・ウェブ社。当時のウェブ社からコンベヤ技術を導入し、ダイフクは、日系をはじめとする世界の自動車メーカーに自動車搬送システムを納入している。
日本の高度成長期、そして安定成長期を経て今日に至るまで、ダイフクは半導体領域、コンビニ・スーパーなどの流通領域、さらには空港のハンドリングシステムなど、幅広い産業領域とのつながりを広げてきた。
日本のマテハンが世界に信頼されてきたのも、顧客に対する愚直とも言える誠実な対応があってのことであろう。日本のモノづくりから来る産業文化の特長と言っていい。
「自動車でいえば、車は1分間に1台のペースでできるわけですから、生産ラインは止められないわけです。それで、メンテナンスにも力を入れ、お客さまが新しい工場を作られたら、われわれもその近くにサービス拠点を作るといった形でやってきたわけです」と下代氏(インタビュー欄参照)。
「モノを動かし、心を動かす。」理念で社会インフラを
同社は『モノを動かし、心を動かす。』を経営理念に掲げ、社会インフラを支えることを活動の根幹に捉える。社是は『日新(ひにあらた)』であり、新しい技術に挑戦していこうという企業文化が同社にはある。
これまでも、『日本初』や『世界初』を産業界に送り出してきた同社。先述の自動車搬送コンベヤシステム(1959)、無人搬送車(1965)、自動倉庫の1号機(1966)などが日本初の代表例だ。
また同社の『世界初』には、〝非接触給電システム〟がある。これは、摩擦による粉塵が発生しないため、自動車工場の塗装ラインに導入された。最近では、粉塵を嫌う半導体工場の搬送・保管システムを支える基幹技術にもなっている。
同社はまさに、産業界の黒衣(くろご)であり、〝縁の下の力持ち〟的存在である。黒衣には、黒衣としての使命があり、その使命を果たしてきたという歴史。今後も貢献し続けたいという思いが同社にはある。
グローバル化を進める上での決算期変更
海外の売上高比率が全体の7割近くにまでになったこともあって、同社は海外に合わせて決算期を従来の3月期から、12月期に切り替えた。このため、2024年12月期は今年4月から12月期の〝9カ月決算〟という変則決算になる。
コロナ禍の間も、同社は増収増益決算を続け、2024年3月期は売上高約6114億円で、営業利益約620億円(ちなみに、コロナ禍1年目の2021年3月期は売上高4739億円、営業利益445億円)。
そして、9カ月の変則決算となる2024年12月期は、売上高約5500億円で営業利益520億円の見通しだったのが、営業利益560億円と増益になる見通し(売上高営業利益率は10.2%)。
もし、前期と同じように、4月から翌年3月期まであると仮定すれば、売上高は約6300億円(前期比で200億円増)となり、営業利益は約690億円(同70億円増)の増収増益決算となる。従来の3月期決算の受注ベースで見ると、約6500億円になり、これも前期(6200億円)を上回る勘定。
それにしても、なぜ、この時期に決算期を変更したのか?
「われわれの現地法人は、インドを除くすべてが1月から12月を事業年度としています。日本は4月から翌年3月までなので、3カ月ずれていました。海外の売上高比率が約7割になった今、決算月を海外に合わせた方が、グローバルな事業運営の効率化や経営情報の適時・的確な開示が可能となり、経営の透明性を高められます。また、グローバルには12月決算の企業が多いので、そちらに合わせたほうがいいという判断を下しました」(インタビュー欄参照)。
コロナ禍を含め、増収増益の基調をたどってきているということ。「おかげさまで、われわれの仕事が、やはり生活に根差しているというのが一番だと思うのです」と下代氏は総括する。
EC関連の仕事も増加 『自動化』の今後は?
近年、EC(eコマース)関連の流通業務での受注も増加している。
「はい、コロナ禍ではなかなか外出がしにくいということで、eコマースへの需要が高まりました。それまで日本では、ネットスーパーが普及していなかった。海外では一定の存在感がありましたが、日本では食品は自分の目で確かめて買わないと、という感覚でした。それが、コロナ禍で買物に行くと感染の恐れがあるということで、ネットスーパーで買い物をする人が出てきました」
こうした生活環境の変化でネットスーパーが活況を呈するようになり、それに関連したマテハン業務も増加していった。
また、「人手不足」にどう対応するかという課題。これは流通領域だけではなく、全産業に共通する経営課題だ。
「長時間労働を是正するという働き方改革です。働き方改革を行うということは、それぞれの労働時間が短くなることであり、人手不足プラス労働時間の短縮ということで、これはダブルで効いてきました」
マテハン業務に求められる最大目的の1つは、何と言っても『自動化』である。これまでも自動化は進められてきたわけだが、それは工場にしろ、配送センターにしろ、まだまだ自動化の余地があるということである。
DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれ、生成AI(人工知能)の登場で、人の仕事が奪われるという状況も出現しているが、今後の『自動化』はどういった方向をたどるのか─。
「DXは当然のことながら、やはり自動化ということで、できるだけ最小限の人数でということです。人がいなくても仕事ができるという状況を目指す動きが増えてきています。今後もその流れを辿ると思います」
人手不足、そして賃金の高騰で受ける影響は?
賃金の高騰も今後、自動化を加速させる要因になる。
マテハン業務は、国や地域の特性や地理的条件などで違いが出てくる。北米などは土地が広く、倉庫は平屋で済むが、土地が広くない日本や欧州では、建物も上へ上へと伸ばし、立体型自動倉庫が多い。
下代氏は「ええ、北米はこれまで自動倉庫へのニーズはそれほど多くはないという認識だったのですが、最近は増えてきています。北米は人件費が高い。インフレが問題となってきている中で、次々とモノの値段が上がっていくのを避けるために、人件費を抑えるニーズが強い」という現状を示し、次のように続ける。
「しかしながら、個々の人件費を抑えるわけにはいかない。そうすると、人数が少なくても済むような自動化を目指さないと、経営もコストが高くなって成り立たなくなります。米国経済の先行きは、大統領選の行方次第でも変わるし、流動的ですが、一部には若干下り坂の懸念も囁かれる。ただ今後、賃金が下がるということは考えにくいので、これからもマテハンの伸びしろと役割はあると思っています」
中国の産業構造も変化
アジアの今後の動きをどう見ているのか─。
「アジアは(東南アジアを含めて)各国がもちろん成長しているのですが、まだら模様です」という氏の現状認識。
特に、世界第2位の経済大国・中国については、「少し厳しい局面ですが、われわれにとって良いのは半導体です」と下代氏。
米中対立が激しさを増し、経済安全保障の観点から、最先端の半導体分野に関しては、米国の規制がかかる。日本も同じ対応をしており、厳しい状況が続く。
それとは逆に、レガシー半導体は活況が続く。例えば、車載用や家電向けの半導体は中国国内で生産しようという企業は少なくない。そうしたレガシー半導体関連の仕事は「増えている」と下代氏。
時代の変化、環境の変化に伴い、産業構造は大きく変わり、中国での産業構造変化も実に激しいということだ。
人とAIの関係はどうあるべきか?
モノづくりにしろ、サービス分野にしろ、生産性を上げることを〝自動化〟の推進で達成してきたという人類の歴史。
「自動化の流れというのは、やはり工場から始まっています。自動車の工場、電気機械の工場、そしてスーパーや食品、医薬と広がっていきました。なぜ自動化が進んだのかというと、そこに人が介在すると間違うわけです。食品や医薬というのは管理が大事。自動化が求められるのは、同時に管理がきちんとできるということと同義なのです」
機械は、決められた事に則って仕事をしていくから間違わない。人は時に間違うことがあり、管理面で難がある。
下代氏がモノを整理・管理するラック(棚)を引き合いに語る。
「われわれの先輩がよく『たかが棚だが、されど棚だと』と言っていました。(われわれが提供するマテハンの)棚には何も書いていないように見えるけど、そこには番地(住所)があって、ここにはこれを入れなさいということで、そこから管理が入る。自動倉庫も同じで、どこに何がいつ入ったかが、全部管理できる。すべてが管理できる。これが自動化のいいところです」
自動化の流れの中で、最近は生成AIも出てきた。
「AIは、経験値を活用して働いていくし、そこから新しいものを生み出していく。人の手間を省けるだけでなく、間違いを無くすというのも大きいと思います」
下代氏はこうAIの利点を述べながら、「ただ、使い方というのがあろうかと思います」と次のように語る。
「これが全てだと思っては、やっぱりいけないです。あくまでも、これは提案であって、それを受け入れるか、それを良しとするかは、最終的には人間の判断だと思います」
最先端半導体の領域にも積極的に挑戦!
最先端技術の開発はこれからも続く。ダイフクでも、半導体関連の仕事が増えているは、ここで勝ち抜けるかどうかは、1ナノ、2ナノ(1ナノメートルは10億分の1メートル)単位の微細化にどう対応していくかにもかかっている。
こうした〝究極の微細化〟を実現するには、1拠点に当たって、1兆円、2兆円単位規模の投資が必要とされる。
1ナノはまだ実現できておらず、現在は3ナノ、2ナノがやっと実用化された段階。このレベルの半導体づくりは、歩留まりが約70%といわれ、良品率が下がれば下がるほど、コストは高くなる。
半導体工場では、ウエハの製造装置にビークル(搬送車)が到着し、製造されたウエハを入れたフープと呼ばれる密閉容器をビークルが次の工程に自動的に天井搬送する。
例えば、サッカーグラウンド一面ほどの広さがある工場が3層になっているとして、1層当たりで稼働するビークルは約1500台。それが3層あれば、計4500台のビークルが縦横無尽に動き回るということ。それが1棟、2棟、3棟もあれば、動き回るビークルは1万数千台にもなる。
半導体の生産工程には前工程と後工程があり、3ナノ、2ナノレベルの半導体を製造するとなると、その前工程だけでも、800工程から1000工程もの複雑・多様なプロセスをたどることになる。
それには多額な投資が必要とされ、さらに生産の歩留まりを良くしていくには、搬送メーカー、つまりマテハン企業にどこを選ぶかも、投資の成否を決める1つの大きな要因となる。
「万が一、動かなくなったら大変なことになりますので、それはなかなか投資する企業として、あそこに一度任せて、駄目だったら変えればいいという話にはならない」
最先端になればなるほど、手がける仕事に一層の緊張感が求められるということである。
日本再生に、そして世界の成長に貢献
日本の産業界全体の生産性をどう上げるかという国民的課題を背負う中で、産業界の黒衣(くろご)的存在であるマテハン産業の使命は大きい。
マテハン産業は単に、〝縁の下の力持ち〟ということだけではなく、産業全体の将来図(ビジョン)を指し示す存在でもある。
来年(2025)は、大阪万博が開催される。前回(1970)の大阪万博では、ダイフク(当時の社名は大福機工)は無人搬送車を走らせて注目を集めた。
「最近、AGVやAMRなどのロボットが話題となっていますが、われわれはすでに54年前の万博でAGVを出品していました。日本初の無人搬送車を走らせて、ゴミの回収を担ったりなど、いろいろやらせてもらいました」と下代氏。
AGV(Automatic Guided Vehicle)は、人間が運転操作を行わず、自動で運航できる搬送車。AMR(Autonomous Mobile Robot)は、ロボット自身が前後左右の他に、面の凹凸、段差などを検知し、目的の場所まで自律移動できる物流ロボットのことを言う。
究極の自動化を目指して、マテハン業務を切り開いてきた同社の歴史。54年前の前回の万博で、近年採用され始めたAGVをすでに提示していたのがダイフクである。
このように、将来ビジョンを具体的な姿で提示できたのも、その時々の課題に向き合い、一つずつ課題解決に当たってきた経験と実績の積み重ねがあったからだと思う。
「はい、ありがたいことに、リピーターのお客様は多いかと思います。やはり日本の文化は、きちんと納期通りに、仕様通りにお納めして、きちんと動いて当たり前。動かないということは、まだ出来上がっていないということ。また、コスト的に思ったよりもたくさんかかって赤字になろうが、約束したものは動かして当たり前だと。それは日本では当たり前のことですよ。でも、海外では当たり前じゃない部分があり、そのことをわたしも若い時、海外で経験しました」(インタビュー欄参照)
約束したことはきちんと守り、責任を持って納めるという日本文化で、グローバル市場で競争していくと語る下代氏である。
同社は長期ビジョン『Driving Innovative Impact(ドライビング・イノベイティブ・インパクト)2030』を掲げる。連結売上高1兆円、営業利益率12.5%、本業の利益率を示すROE(自己資本利益率)13%という目標。
「ありたい姿を先に描くことで自らを鼓舞し、それを達成するにはどうすればいいかをグループ一体となって考え、実践していく。それが持続的成長に重要だと考えています」というバックキャスト経営。
『モノを動かし、心を動かす。』─。中期ビジョンの目標達成に、人の心を大事にしていく経営理念で臨んでいくという下代氏の決意である。
(注記)本記事は、2024年9月4日に行われたインタビュー時点に基づいたものです。
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