ミライロ社長・垣内俊哉の「未来を睨んで、『バリア』が『バリュー』 になる経営は実現できる」
財界オンライン / 2024年12月20日 11時30分
パリパラリンピックで実感したこととは?
―垣内さんは、2024年8月にフランスで開催された「パリ2024パラリンピック」の開会式で、日本選手団の先導役を務めましたね。
垣内 日本パラリンピック委員会、並びにスポンサー企業の方々からのお声がけで実現しました。正直、最初は「なぜ私なんですか?」とお聞きしました。過去にパラスポーツを経験された方など、適任者は他におられるはずだと思ったからです。
すると、当社が掲げている、障害を価値に変えるという「バリアバリュー」が新しい概念で、障害がある方々の生き方に関する指針になるものだと言っていただきました。障害者の1人のリーダーとして引き受けて欲しいと言われて、光栄なことだと考えて、お引き受けしました。
ただ、その時期に決まっていた仕事の予定がありました。お客様あっての我々ですから、相談させていただく必要があったのです。講演が決まっていた取引先の方に相談したところ「絶対に行ってきて下さい。私達もぜひ応援したい」と言っていただきました。他の企業の皆さんからも同じような後押しをいただけたのです。
─現地で印象に残った出来事は何がありましたか。
垣内 様々ありましたが、まずリハーサルが開催前3日間にわたって行われました。会場のバリアフリーは一定程度、配慮されていました。ただ、選手達は凱旋門からコンコルド広場まで移動して、広場を回ることになっていたのですが、その間の道が石畳ででこぼこしており、車椅子ではとても移動できないことがわかったのです。
これは「まずい」と思いました。大会が始まるという時に、パラアスリートからすれば車椅子は体の一部ですから。そこで大会関係者に懸念を伝えたところ、開催前日に突貫工事で仮舗装が行われて、何とか当日に間に合いました。景観の関係もあり、大会終了後は舗装を剥がして、元の石畳に戻したそうです。
─重要な提言をされたわけですね。
垣内 もちろん、私以外にも提言した人達がいた結果、対策が打たれたのだとは思います。
開会直前には、再び大きなトラブルがありました。行進時に掲げるプラカードがありますが、私以外の各国の先導役は大半が歩ける方々でした。このプラカードの持ち手の長さが、車椅子の人間に合わせてくれたのか非常に短く、顔が隠れてしまい、プラカードだけが移動しているように見えてしまうことがわかったのです。
しかも、片手でプラカードを持ちながら、もう片方の手で車椅子を漕ぐのは非常に難しい。そのことを開会3日前のリハーサル初日から現地の担当エンジニアには伝えていたのですが、本番当日になっても対策が打たれないままでした。
─どう対応したんですか。
垣内 開会の2時間前くらいに、担当エンジニアがようやく現れて「どうしようか?」と頭をひねり出しました。これは無理かもしれないと思った時に、医療福祉機器メーカーのオットーボック社というパラリンピックをサポートしている企業の日本法人に勤める日本人エンジニアの方が、プラカードの棒を作り変え、車椅子に固定する部材も付けて下さったのです。30分くらいの作業でしたから、奇跡だと思いましたね。改めて日本人の技術、心配りに感動した出来事でした。
─ギリギリのタイミングで人とのつながりの大事さを実感した出来事だったと。
垣内 ええ。そうして臨んだ開会式でしたが、特に途上国の選手達は、普段人々から応援されることが少ないこともあり、観客の声援に嬉し涙を流していたのが印象的でした。
そして、観客の多くが障害者でしたから、例えば、私のように車椅子に乗っていることや、目が見えないといったことが、もはや当たり前でした。
きっと各国でバリアフリーや、我々が提唱している「ユニバーサルマナー」(多様な人々に向き合うためのマインドとアクションのことを指す造語)が広がった先には、我々障害者が当たり前に暮らせる社会が来るということへの期待を、大いに抱くことができる時間でした。
バリアフリーは 日本の強みになる!
─パラリンピックを経て、今後の各国、各企業の取り組みに期待することは?
垣内 今回のパラリンピックで、例えば車椅子がより軽量化、高機能化している様子を目の当たりにして、福祉機器の性能向上が実感できました。企業の開発が著しく進んでいるということの表れです。障害者市場に向けたモノづくりは、そのまま高齢者に対応したものになりますから、その意味でも重要です。
日本における障害者の数は、身体障害、精神障害、知的障害合わせて1165万人で、日本の人口の9.3%に及びます。高齢者の数は3623万人で29%です。1165万人の市場へのアプローチを続けることを通じて、増加を続ける高齢者市場に投下できるプロダクトにつながると思います。
世界を見ると18.5億人の障害者がいます。これだけのマーケットがあること、高齢化の進行を考えると、福祉機器の進化に取り組んでいただくことは、さらなるビジネスチャンスになるものと見ています。
─バリアフリーへの取り組みが企業のビジネスの発展につながると。
垣内 そうです。これは以前からお伝えしていることですが、日本のバリアフリーは世界の中でも断トツです。例えば、パリの地下鉄でのエレベーターの普及率は9%ですが、札幌が93%、名古屋が95%、仙台・横浜・大阪・京都・福岡は100%です。
今、日本は観光立国を目指していますが、このバリアフリーがあれば、多くの障害者に加え、海外の高齢者も旅行に来ることができるでしょう。これは日本の先人が築いてくれた資源です。
このバリアフリーの進化によって障害者の社会参加も進んでいます。そして、まだまだ伸び代のある分野でもありますから、日本の強みとして、ぜひ世界にアピールしていただきたいと思っています。
障害者と健常者が 机を並べて働く環境を
─バリアフリーが進んでいる日本ですが、障害者に関して課題と感じていることは?
垣内 これだけインフラが整っていながら、障害者雇用が進んでいないという課題があります。遡ると障害者と健常者を分けて学ばせる分離教育に始まり、双方を避けて働かせることが当たり前になっています。
また、「特例子会社制度」(障害者雇用の促進と安定を図るため、特別の配慮をする子会社のこと)は重度の知的障害者、精神障害者の就労という観点では重要なアプローチです。しかし、全ての障害者を、そこに集めていいのだろうか?ということは問うていく必要があります。
何が起きているかというと、例えば大企業は「障害者を雇用しています」と言います。しかし、健常者と同じ部署、フロアにはおらず、特例子会社にいるわけです。それで多様性理解が進むはずがありません。
今は、海外の機関投資家を含め、「障害者を別の場所で働かせることは人権侵害だ」という批判も出てきています。ただ、そのことに気づき始めている企業はいくつかあります。
─その中で代表的企業というとどこになりますか。
垣内 例えば、住友林業さんの経営陣は、特例子会社だけでなく、それぞれの部門のオフィスで障害者は少なくとも1人は働いている状況をつくる必要があると考えました。
そこで最初に役員、管理職の皆さんが「ユニバーサルマナー検定」を習得され、続いて全社員5400人が習得されたのです。
残念ながら、特例子会社制度を活用している企業の多くは、その担当者や人事の採用者だけが障害者のことを考えているような状態になっています。
しかし、障害者が日本の人口の9.3%いるのであれば、全社員100人もいれば10人近くがいて然るべきです。その意味で、日本はこれだけインフラが整っていますから、今後企業にはそうした取り組みを見せていただきたいと思います。
─中堅・中小企業でも取り組みは進んでいる?
垣内 ええ。以前に紹介させていただいた大阪の中西金属工業さんは障害者の法定雇用率が2.5%は低すぎるという問題意識を持たれており、全工場のバリアフリー化を実行しました。
加えて、全てをバリアフリーにするのは現実的には難しいわけですが、そのことをウェブサイトなどで積極的に発信しています。例えば「工場の食堂は2階にあり、エレベーターはありません」といったことです。これによって、障害者雇用におけるミスマッチを防ぐことができているんです。
法定雇用率引き上げで 日本企業が抱える課題
─26年度中には法定雇用率が2.7%に引き上げられますが日本企業が心すべきことは?
垣内 実は仕事に困っている障害者というのは、あまりいないんです。なぜなら引く手あまただからです。
おっしゃったような法定雇用率の引き上げによって、争奪戦が起きており、採りたくても採れないという状況が起きています。例えば東京であれば東京大学や早稲田大学、慶應義塾大学、関西であれば京都大学、大阪大学、神戸大学、関関同立クラスにも当然障害者がいるわけですが、彼らが卒業後にどこで働いているかというと中央省庁や外資系企業です。日本の大手企業はなかなか採ることができていないのです。
─なぜ、そういうことが起きているんですか。
垣内 外資系に関して言えば、本国のルールが徹底されていて、障害者雇用に強いということが、まずあります。雇用条件もいいですから、優秀な障害者を多く採用できています。
また、中央省庁は、18年に明らかになった「水増し問題」(障害者の雇用数を実際よりも多く報告し、それが厚生労働省の再調査により明らかとなった)の反省を生かし、財務省や金融庁などが働きやすい環境づくりに取り組まれていますから、やはり採用ができている。
一方、日本の大企業には、先程お話した特例子会社制度への依存があります。繰り返しになりますが、重度の知的障害、精神障害を持った方々が働くことについては、特例子会社は有効な制度です。しかし、そこに障害者を全員押し込めるのはナンセンスです。私のように営業ができる人もいるでしょうし、エンジニアの仕事もできます。
NECさんの取り組みは非常に素晴らしいんです。NECの障害を持たれている社員の皆さんと弊社とで意見交換をさせてもらい、NECさんの社員IDと、弊社の「ミライロID」の連携が始まっています。
障害者の中には「キャリアに響く」といって、自分に障害があることを開示しない人も多く、会社として把握しきれていません。NECさんの取り組みは、その課題を解決する一歩です。
例えば社員食堂が割引になりますが、本人だけでなく一緒に行く社員の方々も割引になります。一緒に食事に行くことを通じて、どういうサポートを望んでいるのかといったことがわかるなど、コミュニケーションが進みます。
今後、日本企業は特例子会社依存からの脱却はもちろんのこと、紹介した企業のように「ハード」のアップデートに加え、皆さんの「ハート」を変えていくことが重要です。そしてデジタルの活用も必要になります。それによってまさにバリアがバリューになるような未来を実現できたらいいなと思います。
─ところで11月に『バリアバリューの経営』(東洋経済新報社)を出版しましたね。
垣内 1冊目の『バリアバリュー』(新潮社)は16年に出版しましたが、当時は起業してからの7年間、いかに頑張ったかを書いたものでした。
そこから8年が経ち、何を変えることができたのか、社会の潮流や先進企業が何をしているかといった事例も紹介しています。さらにタイトルに「経営」と付けたのは、社会貢献ではなく経済性を持ったビジネスだということです。いいことだからこそ続けていかなければいけない、そのためには利益を出さなければいけないということを皆さんにお伝えできればと思っています。
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