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アステラス製薬・安川健司会長に直撃! 日本はなぜ、新薬開発で後れを取っているのか?

財界オンライン / 2024年12月31日 11時30分

アステラス製薬会長・安川健司

「急激に減少する現役世代が社会保障費を賄うには限界が来ている」─。このように指摘するのはアステラス製薬会長の安川健司氏。全ての人が公的医療保険に加入し、全員が保険料を支払うことでお互いの負担を軽減する国民皆保険が1961年にスタートして60年以上が経過した。この間に大きく環境が変化したものの、制度はその変化に追いついていない。日本の社会保障制度を持続させるためには何が必要なのか。安川氏が訴えるものとは。


健康保険法の理念とは?

 ─ 少子高齢化、社会保障、薬価の問題など製薬業界を取り巻く環境は依然として厳しいものがあります。直面している課題についてどう考えますか。

 安川 1958年策定の国民健康保険法は戦後すぐの54年頃に起草されました。当時は第二次世界大戦の敗戦で荒廃し、国民は極貧生活を強いられていました。その中でも、貧富の差があっても、せめて主食の米と医療は皆平等に受けられるようにしようという思いがあったわけです。

 国民が様々な病気に罹り、頻繁に起きる小さなリスク(病気)と稀に起きる大きなリスク(大病)がある中で、後者については、治療に時間と治療費がかかるため、いずれ個人の経済力だけでは立ち行かなくなる。

 ならば、同胞である日本人全員がお金を少しずつ出し合って、そういう人を救いましょうというのが、この制度のもともとの始まりだったわけです。

 ─ それが国民皆保険制度の創設につながっていきました。

 安川 ええ。ただ、それ以降、稀に起きる大きなリスクだけではなく、頻繁に起きる小さなリスクも救うシステムになっていったのです。
しかも、人口構造が変わりました。かつては人口ピラミッドのうち若い人が底辺を支える構造でしたが、今は逆三角形となり、高齢者が増えています。

 それから平均寿命も60代だったのが今は80代です。罹る病気も異なっています。かつては塩分の過剰摂取が原因で脳卒中になって亡くなる人が多かった。

 ですから、病院で入院する期間もそこまで長くはなかったわけです。ところが、今は生活習慣病が主です。しかも技術革新で治療法も進歩しています。

 それだけ長く生きることができるようになったわけです。これは素晴らしいことです。

 しかしながら、このことは結果として、当時の国民皆保険制度をそのまま今も使い続けることが正しいのかどうかという疑問を投げかけてもいるのです。

 ─ 大きな転換点を迎えているということになりますね。

 安川 はい。また、製薬業界の悩みもあります。製薬会社は株式会社です。投資家の皆様から資金を集め、その資金で事業を展開して収益を上げ、株価を上げるか、配当でお返ししています。ということは、事業が成り立っていないといけません。

 では、我々が何を社会に提供しているのか。それは価値ある新しい薬を作り、今まで治療できなかった病気を治療できるようにすることです。

 その対価としてお金をいただき、利益が出る。そして、その利益の一部を投資家に返すと。ということは、新薬にそれ相応の価値をつけてもらわなければビジネスは回らないということになります。


海外の薬が日本に導入されず

 ─ しかし、日本ではそういう価値がつかないと?  

 安川 その通りです。新薬を上市すると、一定期間は特許で守られます。その期間はライバルが出てきませんので、適正な薬価で販売することができます。
しかし特許が切れると、ジェネリック(後発医薬品)メーカーが参入し、薬価も引き下がります。

 2015年頃までは長期収載品(先発医薬品)というカテゴリーの薬は特許が切れても、そこまで薬価は下がらなかったのですが、今は大幅に下がるようになっています。社会保障費が逼迫しているのが理由です。

 そうなると、株式会社である我々も日本で長期収載品のビジネスができなくなってしまいます。

 ─ これは米国などでは制度が異なるのですか。

 安川 米国などでは自由薬価が基本です。ですから、薬の効き目に応じて高い値段をつけても買ってくれます。ところが日本は政府が薬価を決めています。ですから、薬価があまりにも安いと、我々は困ってしまう。

 例えば新薬を日本で開発して承認された後の薬価は米国や欧州の半分、または3分の1になる場合もあります。

 更に昨今のインフレ基調の中でも、毎年、薬価を改定しています。改定といっても基本は引き下げです。毎年5%前後、価値が下がっています。

 その結果、16年から20年までの間に、欧米では243品目の薬が承認されましたが、そのうちの176品目は日本で未承認のままという状況が生まれています。

 しかも、その176品目のうち、半分以上が日本で臨床試験すら行われていません。

 ─ 海外では既に使われている薬が日本では開発着手されていない「ドラッグ・ロス」と海外に比べて日本への導入が遅れる「ドラッグ・ラグ」ですね。

 安川 そうです。ドラッグ・ロスのうち、日本で当該疾患の既存薬がない品目は52%を占めます。小児を対象とした品目が40%、希少疾患を対象とした品目が48%といった具合に、非常に重要な薬も数多く含まれているわけです。

 今はこれが厳然たる事実になっているのです。



製薬ビジネスにとっての日本

 ─ 救える命を救えないという事態にもなりかねません。

 安川 はい。一方で当社には世界中から非常にニーズの高い前立腺癌治療剤「イクスタンジ」などがありますが、同薬は世界約80カ国・地域で販売しており、薬剤卸業者の販売範囲を含めれば100カ国・地域前後で販売しています。

 つまり、全世界のおよそ半分の国・地域で販売しているということになります。

 その中で、どのような順序で販売していくか。当然、当社も株式会社ですから経済合理性の高い国や地域を優先して売っていきます。具体的には最初に米国、次に欧州といった順序です。

 そして日本は何番目になるのか。かつては欧州の次だったのですが、今は更に上市が遅くなるケースも出てきています。

 なぜなら、薬価が安いからです。しかも、日本の薬価を参照して自国の薬価を決める国がたくさんあります。韓国、カナダ、サウジアラビアなどです。

 すると、日本で安い薬価がついてしまうと、他国ではそれよりもっと安い薬価でしか売れなくなってしまいます。その結果、日本で早く売ろうとするインセンティブも働かなくなってしまうわけです。

 ─ 経済合理性を考えての判断になりますからね。

 安川 はい。しかも、日本には特有の薬事制度があります。新薬を開発し、臨床試験に入る際、世界の製薬業界では「カルタヘナ法」に基づき、遺伝子組み換え生物等の取り扱いについての決まりがあるのですが、日本はそれに輪をかけて追加のデータを取らなければ臨床試験ができません。

 国際的な決まり事よりも、もっと厳しいのです。

 そうすると、日本で最初に臨床試験を行おうとすると、他国で臨床試験を開始するときと比べて余計に1年間ほど実験を続けなければいけなくなる。必然的に製薬会社も米国や欧州など、いち早く臨床試験のできる国で臨床試験を始めるようになります。

 ─ 日本は世界の中での優先順位は低くなっているということでしょうか。

 安川 ええ。規制が厳しい上に人口も約1億2000万人しかいません。日本で承認を取ったところで、自動的に他のアジアの国々からも承認を取れるかというと、そんなことはありません。

 そうすると、どうしてもドラッグ・ロスやドラッグ・ラグが起きてしまいます。でも、おかしいと思いませんか?

 日本はGDPでドイツに抜かれたといっても世界第4位の先進国ですよ。

 当社の新薬の販売を担当するブランドチームでは、どの国で販売しようかと販売先の国々を選択するといった戦略を練るのですが、日本の優先順位が高くない場合もあります。

 ─ 政府や企業のみならず、我々、国民が自分たちの価値観を変えなければなりませんね。

 安川 そう思います。自助の価値観を持つことが必要です。今の仕組みのままだと、風邪をひいても、少し膝が痛くなっても、国の医療費を使って治療しています。

 ところが今は人口ピラミッドの形が変わってしまい、御神輿には高齢者がどんどん乗って重くなっているのに、御神輿を担ぐ若者の数は増えていない。

 それで御神輿を支え続けられるでしょうかと。つまりは、今のシステムをこのまま続けますかということなのです。


外貨を稼ぐヘルスケアビジネス

 ─ 社会保障の制度設計自体が時代に合わないと。

 安川 国民が納める社会保険料を原資に何とか制度を維持しようとしているわけですが、制度設計を変更することなく、昭和30年代にできたシステムのままにしているわけです。

 その中で、もし薬がなくなったらどうしますか、誰が損をしますかという議論はあまり行われていないというのが現状なのです。

 すると、お金の集め方を変えるのか、あるいは今のように頻繁に起きる小さなリスクを含めて何から何までもカバーするようにしていくのか。まさに制度設計の根幹が問われています。

 さらに言えば、当社も細胞治療や遺伝子治療といった新しいテクノロジーを活用した新薬の開発に挑戦しています。今まで治療法がなかった難病の患者さんを救う新薬の開発に臨んでいるのですが、そういった難病に罹る患者さんの数は少ない。

 一方で研究費はかかります。そういった点も考慮していただかないと、難病を治療する新薬の開発に誰も見向きもしなくなってしまいます。

 ─ 薬価の問題も重要な点ですね。ベースに自助という発想がなければ新たな制度設計自体が難しいように感じます。

 安川 そう思います。こういった現実を国民が理解し、議論していかなければなりません。国民にとって今の制度は約70年間にわたって当たり前の制度になりました。

 自分でセルフメディケーションを行うという自助意識は薄いと思います。そこをどう変えていくかが重要です。

 また、国家レベルでみれば日本には資源がありません。何かで外貨を稼ぎ続けなければ生き残れない国になっています。その意味では、ライフサイエンスは1つの切り札になります。

 新薬を作れる国は米国と日本、欧州の一部の国しかありません。日本にはまだ新薬を作れる能力はあるのです。

 日本の医療システムは世界的にも高度なので、ライフサイエンス関連の事業をしっかり育成することができれば外貨を稼ぐことができます。

 ─ 国民の意識変革が求められる局面になっていますね。

 安川 社会保障制度がどのような仕組みになっているのか。それを学校などで教えるのは国の仕事だと思います。企業にとっての1丁目1番地は、今までにないようなイノベーティブな薬を作り続け、今まで治らなかった病気を治すようにしてあげることです。

 その意味では、我々も未病や予防といった領域にも挑戦していかなければならないと思っています。

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