日鉄・USスチール買収問題の教訓、米政府を相手取り訴訟提起
財界オンライン / 2025年1月31日 19時45分
競合他社が買収を妨害?
「本件は当社の経営戦略上の最重要マターであると同時に、日本及びアメリカにとって有益だと確信している」と話すのは日本製鉄会長兼CEO(最高経営責任者)の橋本英二氏。
日鉄が進めてきた米鉄鋼大手・USスチールの買収計画に対して、2025年1月3日、ジョー・バイデン米大統領(当時)が「禁止命令」を出した。
これを受けて日鉄は1月6日、バイデン氏と、この計画を審査したCFIUS(対米外国投資委員会)を相手に禁止命令と審査の無効を求める訴訟を起こすと同時に、米鉄鋼2位のクリーブランド・クリフス、同社CEOのローレンソ・ゴンカルベス氏、USW(全米鉄鋼労働組合)会長のデビッド・マッコール氏が買収を妨害したとして提訴。
橋本氏は買収について「諦める理由も、必要もない」と強調。提訴の背景として、買収を阻止したいクリーブランド・クリフスがUSWと共謀し、バイデン氏に働きかけをした結果、禁止命令に至ったという構図を描く。
結果、「バイデン大統領の違法な政治的介入により、CFIUSの手続きが適正に実施されないまま大統領令に至った。到底受け入れられない」と橋本氏。
米政府相手の訴訟は当然ながらリスクが高い。過去の事例を見ると、12年に中国の建機メーカー・三一重工が米国での風力発電所建設への中止命令を出されたことを受け、当時のバラク・オバマ大統領、CFIUSを相手に訴訟を起こし、14年に「勝訴」したことはある。ただ、訴訟だけに勝てる保証があるわけでなく、年単位の時間がかかるという可能性がある。
それでも橋本氏は「法令に明確に違反したものだと確信している。チャンスがあると提訴に踏み切った。勝訴の可能性はある」と強調。
だが、懸念材料は1月20日就任のドナルド・トランプ大統領の意向。大統領選の最中にも「日本に渡してはならない」と強硬な反対姿勢だったことに加え、米国時間の1月6日、自身のSNSに「関税によってUSスチールはより収益性が高く価値のある企業になるのに、なぜいま売りたいのか?」と書き込んだ。
トランプ氏に禁止命令の撤回を求めていくかは「今は申し上げる立場にない」(橋本氏)としつつ「新政権に、米国に資するものだと説明すれば当然理解が得られると思っている」とした。
先を見据えた神経戦は始まっている。日鉄の買収金額2兆円に対し、1兆円での買収を提案し、USスチールに断られたクリーブランド・クリフスは、米鉄鋼最大手で電炉メーカーのニューコアと組んでの買収を検討していると米国で報じられた。
クリフスがUSスチールを買収した後、同社傘下の電炉会社をニューコアに売却するというシナリオ。単独で買収すると独占禁止法(反トラスト法)に違反するため、それを避ける方策。
クリフスCEOのゴンカルベス氏は会見で「日鉄は中国に鉄鋼の過剰生産、ダンピングの方法を教えた」、「日本は中国より邪悪だ」などと猛烈に日鉄を批判。USスチールが日鉄の買収で競争力を取り戻すと、自社の脅威になるという意識は強いと見られる。
今後の動きには様々な見方がある。「訴訟は無理筋で、基本的にこの買収は『終わった話』。トランプ氏は(労組の支持を受ける民主党ではなく)共和党の大統領なので、チャンスは『ないわけではない』が……」と指摘するのは上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏。
今回の大統領選でトランプ氏が勝利した要因の1つが、「ラストベルト」(錆びついた工業地帯)と呼ばれる地域の労働者層の支持。これまで日鉄の買収に強硬姿勢を見せてきただけに、簡単には転換できない。
ただ、ロシア・ウクライナ戦争を「就任24時間以内に終わらせる」と宣言していたものを「6カ月欲しい」と後退させるなど、"現実"を見て姿勢を変える可能性はなくはない。
前述のゴンカルベス氏の発言に対して日本からの反発は強いが、前嶋氏は「23年12月から、現地の空気は同じだった」と話す。当時すでにペンシルベニア州選出の民主党上院議員・ジョン・フェッターマン氏などがゴンカルベス氏と同様のトーンで反対していた。
前嶋氏は、日鉄はUSスチール買収が頓挫した場合、米国では世界最大手・アルセロール・ミタルとの合弁会社での事業を成長させる他、同様にミタルと組むインド事業で成長を図る必要があると指摘する。
一方、買収が成功した時のことを懸念する声もある。製造業に詳しい経済官庁OBは「日鉄は、このM&A(企業の合併・買収)でカードを切り過ぎている」と見る。日鉄は既存設備への数千億円単位の投資の他、10年間はレイオフを行わず、米政府の同意がなければ生産能力を削減しないなどと提案している。
一般的にM&Aは、必要でない設備、人員をカットすることを通じて生産性を向上させるもの。USスチールは赤字を計上するなど経営不振が売却の原因なだけに尚更厳しいという見方をしている。
「大統領選の年に米国を名前に冠した企業が、日本企業に買われるのは受け入れ難かったということ。ここでやるべきではなかった。日米の関係者全て、思考が『鉄は国家なり』になっていた」(経済官庁OB)
日本にとってはトランプ氏と石破茂首相との間も含めて政治問題化させるかどうかは難しい判断。そして今後、日本企業による対米投資が冷え込まないかも懸念されている。
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