YKK社長・大谷裕明「景気が回復する前提で物事は考えない。 お客様の課題解決に徹して、自らの成長を図る」
財界オンライン / 2025年2月7日 19時0分
環境激変の中、「激戦の地域で数字が上がるようになってきている」と手応えを感じている大谷氏。米国でトランプ氏が大統領就任、中国経済の不調が言われる中、世界で事業を展開するYKKにとって、各極、各国・地域で置かれた状況が違うため、価格交渉にも違いが出ている。世界全体が混沌とする中、「脱炭素」など基本的な取り組みは今後も注力していく考え。2025年4月に社長交代し、大谷氏は代表権のある会長に就く予定。今後の経営のカジ取りは─。
トランプ政権誕生で事業環境はどう変わるか
─ 米国でトランプ政権の再始動、ロシア・ウクライナ戦争など世界で紛争が継続する中、世界5極で地域経営を展開しているYKKとして、現在の情勢をどう見ていますか。
大谷 毎年、「こういう年になるだろう」という予測は立てていますが、今は不透明なことが多いと感じています。
例えば、米国の大統領選にしても、事前の報道では、決着までに時間がかかる可能性が言われていましたが、早期に当選が確定しました。
新政権の出方がどうなるかについては、見方が分かれています。今、未解決の問題がすぐに解決されるだろうという見方と、やり方を間違えると世界のパワーバランスが崩れる恐れがあることから、景気が悪化するのではないかという見方があります。
足元で米国の株価は上昇基調が続いていますが、新政権が規制緩和や減税を打ち出していることへの期待感も大きい。
ただ、短期の景気はよくなるかもしれませんが、今の世界経済は米国だけで回っていませんから、バランスが崩れると結果的に景気が悪化する恐れがあります。ですから、我々のお客様も様子見しているところが多い。
─ そのことは数字にも表れていると。
大谷 ええ。例えばこの2年間、グローバルブランドは在庫をかなり整理してきましたから、2024年12月のクリスマス商戦などは一気に発注してきてもおかしくありませんでしたが、先行きの不透明感からか、そうした動きにはなりませんでした。
新政権は中国に対して高関税を含め、強硬姿勢を取ると見られています。また、NAFTA(北米自由貿易協定)を結ぶカナダ、メキシコに対して追加関税をかけるとしています。
では、全てを米国内で生産しなければならないとなると、米国企業はよくても、価格は上がっていきますからインフレが強まります。インフレ下では、我々が関わる衣料品やカバン、靴といった縫製産業にお金が回らなくなり、食料品、燃料などに流れます。本当に先が読みづらい状況です。
─ この状況にどう対応していく考えですか。
大谷 当社は世界5極での地域経営体制と、商圏や商流などの特性ごとに区分した6つの事業地域(日本、Americas、Europe、ISAMEA、ASEAN、中国)で事業を推進していますが、24年12月末までに各事業地域での事業計画会議は全て終えます。
その会議の場でお願いしているのは、景気が回復するだろうという前提での数字を入れるのはやめようということです。施策を講じて、その結果、お客様の課題が解決することで、新たなオーダーをいただけるだろうということを基本に計画を組んでいくことにしています。
その方針を前提に各地で計画を練って、2月上旬に富山県黒部市で国際事業計画会議を行い、その数字を2月の取締役会で承認し、3月の経営方針説明会で公表するという流れで考えています。
磨いてきたコスト競争力、スピードで勝負!
─ 非常に先が読みづらい環境ですが、その中で今のYKKが持つ強みをどう認識していますか。
大谷 以前から手を打ってきたコスト競争力や、納期などのスピードです。これはスタンダード商品に限らず、様々な商品のバリエーションを増やしている中で納期対応ができています。その結果、世界の中でも激戦区である中国やアジア市場で好調を維持しています。
以前は苦戦していた中国の内需や競争の激しさを増してきたベトナム、バングラデシュの市場が、今は他の地域以上に数字がよく、全体を引っ張ってくれている状況です。
─ 中国経済全体は不振ですが、衣料関係の状況は悪くはない?
大谷 お客様からの我々に対する評価が以前にも増してよくなっていることを実感しています。お客様のご要望に応えることができればできるほど、オーダーを多くいただけるようになっているんです。
─ YKKの中国進出は1992年でしたから、30年以上が経ちましたね。
大谷 そうですね。当社は92年に上海YKKジッパー社を設立して中国に進出し、その後95年に大連YKKジッパー社、YKK深セン社を設立して現在に至ります。
当初は加工輸出で、中国で製品をつくって、それを欧米、日本に戻していくという事業から始めました。その後、貿易摩擦など様々なことがあり、今はそうしたオーダーは他国に移っていっていますから、その部分をベトナムやバングラデシュできっちり受け入れています。
それに加えて、以前はなかなかお取引していただけなかった中国の内需のお客様と、今はきっちり仕事させていただけるようになっています。
─ 取引を広げることができた要因は?
大谷 価格だけでは駄目で、価格、スピード、バリエーションの3点セットも揃えることで、少しずつ評価が上がっていったと考えています。
─ 今、世界での生産体制はどうなっていますか。
大谷 アジア、中国で量的には多くを占めており、日本、米国、欧州は割合が少ない状況です。やはり縫製産業自体が労働集約産業ですから。一部、欧州にはハイブランドがありますから、高いコストでもいい商品をというニーズがあり、生産が残っています。
ただ、それ以外はほとんど生産国と消費国という形でほぼ分かれてしまっています。
─ その意味でもアジア、中国は非常に重要ですね。
大谷 ええ。国民の数の多いところは重要です。これは加工輸出のようにシフトしていきませんからね。やはり中国、そしてインドには注目しています。
─ やはりインドは有望ですか。
大谷 インドはきちんと伸ばしてくれており、生産力の増強を検討するところまで来ています。来年度から第7次中期経営計画が始まりますので、伸び行く内需需要に応えられるように計画を策定していきます。
インドの政策で、海外ブランド企業がインド国内での小売りを行う場合は販売全体の3割を国内で生産しなければならないというものがあります。
我々にとっては最低3割をインド国内で生産し、残り7割を海外から持ってきて、それでビジネスができるということで、インドにとっても我々にとってもWIN・WINであり、大きなチャンスです。
「脱炭素」の中でどんな手を打っているか?
─ 世界的に脱炭素の流れがある中、YKKもファスナーを再生ポリエステル材料化する取り組みを進めていますね。
大谷 はい。ただ、かなり難しい取り組みだと感じています。やはり強度が必要ですから、壊れないファスナーを前提にしながら、いかにモノマテリアル(単一の素材や原料で構成された製品)で生産していくか。
あるいは再生材の比率を上げようとしていますが、きちんと供給できるかという2点が課題です。
─ 銅価格は高止まりが続くなど、原材料のコストアップをどう価格に転嫁していくかは、全産業的な課題ですね。
大谷 ええ。ただ、各国でそれぞれ事情が異なります。日本はやはりインフレの中で、国民の方々の生活が非常に圧迫されていますから、国を挙げて給与を上げようという取り組みを進めています。
そうするとサプライヤーの方々も売値を上げたいわけです。そういう時にはきちんと相談に乗って、お互いに国を挙げての政策に則って値上げをするという話にもなります。
その代わり、我々もお客様ときちんと交渉して、自社の利益を上げるのではなく、社会全体のことを考えて価格の調整をしましょうという話をしています。 ただ、そうした対話ができる国とできない国があります。加えて、ハイパーインフレなど、自助努力ではどうにもならない国もあります。
いずれにしても、我々は一方的な価格調整はしません。やはりサプライヤーの方、商品をご購入いただいている方など、皆さんと話し合わなければ、我々だけが上げるということは、まずできません。
同じ業界で働いておられるお客様ですから、各関係者が置かれている状況がわかるんです。サプライチェーンが自国完結型で整っている国では繊維製品の主材料となる糸や副資材のファスナーなどコストが上がっていない国もある一方、そうではない国ではコストが大きくあがるなど様々です。
国内需要が巨大な中国・インドはそれらには当てはまらず、より良いものをより安くという原理原則でビジネスが動きます。
世界の社員が企業精神に共鳴
─ YKKファスニング事業は国内外合わせて約2万7000人の社員がいますが、対話をどう進めていますか。
大谷 意識しているのは「YKKが好きだ」という社員をいかに増やすかということです。
例えば近代史を振り返っても、我々が事業展開している中には、必ずしも日本といい関係ではなかった国・地域もあります。
それでも、日系企業であるYKKで長く働いて、最終消費者やお客様のために自国の競合他社と競い合っていきましょう。と言ってくれる現地社員がいるというのは本当に嬉しいことです。
これはYKKKという会社が好きだったり、誇り、エンゲージメントがないと、そういう思いにはならないと思います。
しっかりと、その国・地域で事業を営んでいる意義を伝えることも大事です。そしてYKKは社員、お客様と共存共栄を図る会社であること、企業精神である「善の巡環」という考え方に共鳴してくれる人が増えれば増えるほど、その国・地域の事業は大きくなっていくと考えています。
─ この1年間、社長として嬉しかったことは何かありましたか。
大谷 嬉しかったのは、やはり激戦国でいい数字が出てきたこと、そして「人」が育ってきたことです。
お客様の数も、先ほどお話したように中国、ベトナム、バングラデシュといった国で増えていっているという喜びがあります。
反面、日本、米国、欧州といった消費国での事業は厳しい状況です。会社全体ではいい数字が出ていますのでいかに生産国がいい状況かということです。このアンバランスをどうしていくかは、今後の課題です。
─ 消費国は、インフレ要因も影響していそうですね。
大谷 そうかもしれません。そして今は、余分なものはつくらないというご時世になりつつあります。実は、そのことに期待しているところはあります。
大量に発注するから価格を安くということであれば、中国やアジアが今後伸びると思うんです。それを本当に売れるものだけをしっかりと、短納期で買おうという流れが強まるのであれば、もう少し近隣国での事業を伸ばすことができるのではないかと思うんです。
米国だったら中米、欧州だったら東欧やアフリカといった地域で広げることができれば、先程お話したアンバランスが少しでも緩和されるのではないかと。ただ、今は状況を注視しているところです。
特にメキシコは、近年中国資本の企業が対米輸出製造拠点としての進出が目立ち、衣料品をはじめとする軽産業に限らず、自動車を北米に輸出するための基地になりました。その国に対してアメリカの新政権は高関税をかけようとしている。
そうした状況下でも我々は品質とスピードでいかにお客様のご要望にお応えするかを考えて続けていきます。
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