日本取引所グループCEO・山道裕己「全ての企業が持続的成長、中長期的な事業価値の向上を目指すマーケットの実現を」
財界オンライン / 2025年2月5日 19時0分
東京証券取引所は2023年4月、「資本コストと株価を意識した経営」を上場企業に要請した。それを受けて企業は、PBR(株価純資産倍率)の向上や株主との対話に意識を向け始めた。「国内外の投資家と話をしていても、日本企業の株主との対話に関する姿勢、方向感は明らかに変わっている」と山道氏。「貯蓄から投資へ」の流れが強まる中、新NISAの行方、そして「アクティビスト」に企業はどう対応していくべきか─。(2024年12月17日取材)
海外投資家から日本市場はどう見えているか?
─ 世界経済の先行きには不透明感が漂っていますが、2025年の株式市場の動向をどう見通していますか。
山道 2024年1月の日経平均は3万3000円程度でしたが、2月に1989年12月の高値、3万8915円を抜きました。その後、比較的力強く推移して7月に4万2224円という高値を付けました。8月に一度、日銀の金融政策や米景気に対する不安感で大きく下落しましたが、その後は3万9000円前後で推移してきたのです。
─ 海外投資家からの日本への関心をどう見ますか。
山道 引き続き強いものがあります。その最も大きな理由は、日本が20数年間にわたって苦しめられてきたデフレからインフレ、しかも賃金と物価の好循環を達成するかどうかという局面にあるからです。
また、ロシアのウクライナ侵攻に対して中国が支持に回っていることから、台湾有事の懸念も出ており、世界中の投資家がアジア投資という時に投資対象先の再配分を考えています。
その中で民主主義、法治国家、マーケット規模の大きさ、安定した規制と、投資家が安心できる材料が多い国ということで、日本が注目されています。
岸田政権からの金融経済政策を石破政権も踏襲するとしていますから、資産運用立国、新NISA、スタートアップ育成5カ年計画などが継続されるだろうという安心感もあり、日本に対する海外からの投資の関心の高さを保っているのです。
─ トランプ新政権のスタートで波乱含みという声も強くあります。
山道 トランプ氏が言っている高関税が本当に実行された場合に、どのような影響があるかは見極めが難しい部分です。
ただ、それ以外の国々を見ると中国の景気後退は厳しく、欧州も全体的に芳しくありません。アジアは先進国に比べて成長率は高いのですが、中国経済の悪影響を受けていて、いいことばかりではありません。
その意味で日本の立ち位置は重要です。インフレが定着するかもしれないという環境下において、「貯蓄から投資へ」という流れは明らかに出てきています。
また、企業を見ても3年連続最高益を更新し、100兆円規模の設備投資が出てきている他、自社の株主持ち分の大きさをコントロールする意味での自社株買いも増えていますから、中長期的な上昇基調は続くと見ています。
─ 企業経営者の士気は高いものがありますね。
山道 ええ。グローバルに成長しようという企業群はどんどん海外に出るとともにM&A(企業の合併・買収)も進めています。また、国内企業によるM&A件数も1年間で15%ほど増加しているんです。
その意味で「アニマルスピリッツ」と言いますか、持続的な成長をするために、自分達にとって何が一番いいかを真剣に考えている企業が増えています。
市場区分再編の成果をどう見ているか?
─ 22年に市場区分をプライム、スタンダード、グロースの3つに再編しました。現在までの成果をどう見ていますか。
山道 市場区分の見直しを実施したのが、私が東京証券取引所の社長を務めていた22年4月のことです。当時言っていたのは、これは始まりで終わりではないということでした。
22年7月から「フォローアップ会議」を立ち上げて、市場区分の見直しを効果的にするために何が必要かという議論を進めてきました。
その中から出てきたのが23年4月の「資本コストと株価を意識した経営」に対する要請です。世間一般には「PBR」(株価純資産倍率)を高めることが注目されました。
中長期的に成長するために必要な設備投資、人的資本投資、事業ポートフォリオの見直しをして欲しいとはっきり申し上げています。決して増配や自社株買いをして欲しいという意味ではないことも明記したのです。
その後、我々の要請に応えた企業を毎月1回、リストで発表するようにしたのですが、現時点でプライム市場の89%、スタンダード市場の47%が要請に応えている状況です。
─ 手応えが出ていると。
山道 ええ。ただ、100%になったらゴールかというと違います。ゴールは全ての企業が持続的成長、中長期的な企業価値の向上を目指すのが当然というマーケットにすることです。
国内外の投資家と話をしていても、日本企業の株主との対話に関する姿勢、方向感は明らかに変わっているという評価が得られていますが、改革は始まったばかりです。
例えばPBR1倍はゴールではありません。1を超えている企業は2や3を目指すなど、それぞれの企業が、自分たちの置かれている状況に応じて努力することが大事です。
上場企業全てが同じ数値目標を目指して下さいという方がおかしいわけです。業種、成長度合いも、置かれているステージも違うなど個別性がありますから、各企業で考えていただければと思います。
─ 一方、24年で上場廃止した企業が94社ありました。この点をどう見ますか。
山道 MBOや完全子会社化による上場廃止は18年から20年までの3年間で、151社と年平均50社でした。21年から23年は216社で年平均72社ですから、前の3年間と比較して4割増えています。
これは20年末に新たな市場区分の上場基準を発表したことが大きいんです。基準が厳しくなることがわかって、MBO(経営陣による買収)など上場廃止が増えたのが21年からです。24年は94件と、前の3年間の平均から3割以上増えています。
また、上場企業数が減るのは悪いことではないと考えています。我々が重視するのは質であって量ではありません。日本取引所グループが発足して以降、上場企業数を追いかけたことはないんです。上場企業1社1社が魅力的にならないと、国内外の投資家からの資金は獲得できません。
従って、上場企業数の減少に危機感は持っていません。なぜなら、ただ漫然と上場を維持している企業ではなく、持続的な成長と中長期的な企業価値向上を目指すという意欲をはっきり持った企業に上場してもらった方が株主、投資家にとっていいからです。
─ 米国のGAFAMの時価総額は大きいですが、日本でこのような存在が出てこない理由をどう考えますか。
山道 米国は特殊なマーケットですから、あの国で行われていることを、そのまま日本やその他の国に持ってきても、おそらくワークしないと思います。
米国は元々、マーケットが非常に大きいことと、リスクを取ることを称賛する文化があります。例えば新政権ではテスラのイーロン・マスク氏に1つの省庁を任せますが、日本ではなかなかないことだと思います。
マスク氏ほどではなくとも、アメリカン・ドリームの例が身近にある国です。スタートアップで挑戦して、大企業に買収されて富裕層になり、その起業家がさらに新たなスタートアップに投資してという循環があり、そうして成功した人の数は圧倒的です。様々な意味で米国はすごい国だと思います。
─ 日本としても、挑戦する気風は必要ですね。
山道 その意味では大学発も含めて、スタートアップが非常に増えるなど、日本も変わってきていると思います。
投資への関心高まる中「金融経済教育」の充実を
─ 新NISAの開始もあり、若い世代を含め、投資に関心を持つ層が増えていますね。
山道 新NISAで注目すべき点はいくつかありますが、1つは新たに開設された口座のほぼ半数が50歳以下だということです。この方々は1989年にバブルが弾けた時には15歳以下で、直接被害を受けた経験のある人がほとんどいないんです。
24年は35年ぶりに日経平均が高値を更新しましたが、米国の大恐慌があった1929年以降、それ以前の高値を更新するのに25年かかっています。
悪性のバブルが弾けた後、それを払拭するには一世代くらいはかかるということです。その意味で、50代以下が多く投資に参入していることは象徴的だと思っているんです。
─ 意識が変わり、新しい世代が出てきていると。
山道 ええ。また、大手証券、ネット証券の10社新NISA口座の大半をカバーしており、この10社を見ていると全体の傾向がある程度見えてきます。
24年10月末までで、新NISAを通じて約11兆円が投資に向かっていますが、その約4割が日本株に向かっているんです。
残り6割近くを占める投資信託で日本株に割り当てられている分を含めると、約半分が日本株に入っているのです。明らかに「貯蓄から投資へ」は前に進んでいるということです。
もう1つ重要なのは、様々な情報がSNSで飛び交っていますから、個人投資家が正しい情報、知識を持って合理的な投資判断をすることが、今後さらに重要になります。
その意味で、24年8月に金融経済教育推進機構(J-FLEC)が本格始動し、官民一体で金融経済教育を国策として推進しています。我々もJ-FLECと協力しながら、個人投資家向けの取り組みを進めていきたいと考えています。
株主との対話は「是々非々」で
─ 近年、「物言う株主」、「アクティビスト」の存在がクローズアップされています。この存在をどう捉えていますか。
山道 以前はアクティビストという言葉で一括りにして、彼らの存在を悪いものだとする風潮がありましたから、私は「エンゲージメントファンド」という言い方をしています。非常に真っ当な意見を言っている人達もいて、全てを一括りにして見るのは難しいと思います。
ですから、個別に企業に対してどういう提案をしているかを見ていく。もうそこまで日本のマーケットが進化したのだというのが実感です。
23年は89社が330件ほどの株主提案を受け、24年は91社がやはり330件ほどの提案を受けていますが、ほとんどが株主総会で否決されています。
他の投資家の賛同を得られるようなまともな提案が多く来ているわけではありませんが、賛成率が40%を超えるものもいくつか出てきており、それはかなり真っ当な提案です。
投資家と経営陣との間で建設的な対話が行われ、最終的に株主提案を受け入れるかどうかは経営陣が決めるべきです。ただ、聞いてみたら真っ当な提案だという可能性はあるということですから、最初から門戸を閉じるのではなく、是々非々で対話することが大事だと思います。
─ 24年には東証の元社員がインサイダー取引を行っていたという問題がありました。この問題の認識は?
山道 元社員に対してはインサイダー取引規制違反で、証券取引等監視委員会による調査が進行中です。現時点で我々では残念ながら、正確な動機や手法などは全くわからない状況です。
ただ、何もせずに監視委の調査が終わるのを待つわけにはいきませんから、24年10月に独立社外取締役のみによる調査・検証委員会を立ち上げました。
我々の教育、研修体制はどうだったのか、業務プロセス、情報管理体制について現状をチェックして、それをさらに強化した取り組みをやっていくしかありません。すでに社員向けの研修、講演会を実施しています。
「これをやったから大丈夫」という対策はない中で、我々としては再発防止を徹底しなければいけません。その意識をどう埋め込んでいくかが大事になります。
そのためには法律や規則に違反しているからという受動的な動機づけでなく、「我々が市場を守るんだ」という能動的な動機づけができるように、我々経営陣が繰り返し言うだけでなく、風化しないように様々な策を講じていくことが必要だと考えています。(編集部注:2025年1月30日、元社員が起訴されたことを受け、山道氏の月額報酬を2カ月間、50%減額するなどの役員の処分を発表)
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