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東京証券取引所・山道裕己社長「世界から選ばれる市場になるために、システム障害の再発防止、市場区分改革の実効を上げていく」

財界オンライン / 2021年7月2日 7時0分

山道裕己・東京証券取引所社長

「我々は世界の取引所と投資資金の争奪戦をしている」──こう決意を語るのは、東京証券取引所社長の山道裕己氏。現物、デリバティブとも存在感が大きいのは海外投資家だが、同時に大事なのは国内投資家の掘り起こし。個人金融資産2000兆円を投資に振り向けるには、その両者の好循環が必要だと山道氏。東証の市場としての役割も問われる。

システム障害の再発防止策は?
 ── 山道さんは2020年10月1日に発生したシステム障害を受けて、東京証券取引所社長に就任したわけですが、改めて抱負を聞かせて下さい。

 山道 昨年の障害では、結果的に丸1日システムが停止してしまいました。我々取引所運営会社は、公平・公正な売買機会の提供が、複数あるミッションの中でも一丁目一番地ですから、それが止まってしまったのは非常に衝撃的な出来事でした。

 その危機感を業界、あるいは金融庁にも共有していただき、早期に再発防止協議会を立ち上げて数カ月議論し、3月末に最終的な再発防止策を取りまとめて発表しました。今はシステム改修を含め、防止策に取り組んでいる最中です。

 今後は防止策の実効性をいかに担保するかが非常に重要です。システム改修は9月末から10月にかけて終了予定ですが、取引参加者の皆さんとの訓練はもちろん、この障害を風化させないために、いろいろな取り組みをしていかなければなりません。

 いわば再発防止策はスタートで、プロセス全体を実効性のあるものにしていくことが必要です。今回、売買を停止する、あるいは再開するための手順や基準をかなり明らかにしましたので、これらのルール自体が実情に合っているかを含めて検証していきたいと思います。

 ─ 従来はシステムを止めないことに主眼を置いてきたけれども、止まった時でも早く再開することを目指していくと。

 山道 そうです。東証のシステムは非常に堅牢で、止まることは少なかったのですが、今回は止めない努力を最大限しつつ、止まった時にどう復旧をさせるかという形で、一歩先に進んだものだと考えています。

 ── 2022年には市場区分の再編という大きな課題が控えていますが、日本の株式市場の魅力を高めるという観点でどういう取り組みになりますか。

 山道 日本の市場の魅力を高めるには、我々の取引システム、制度などがグローバルに競争力のあるものでなければならないのはもちろんですが、上場している企業、市場そのものの魅力を高めることも重要だろうと。

 現在の市場第一部、市場第二部、ジャスダック、マザーズという市場区分は、13年に東京証券取引所と大阪証券取引所(現・大阪取引所)が経営統合し、日本取引所グループ(JPX)を設立した際に、統合前の市場区分の枠組みをそのまま踏襲したものです。

 この現在の枠組みについては、各市場のコンセプトに重複やわかりづらさがあったり、マザーズから市場第一部、ジャスダックから市場第一部に市場変更する際の基準が違うといったことがあったため、上場会社の企業価値向上の動機付けの観点から課題が指摘されていました。そこで、市場区分の見直しを行い、上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を支え、市場の魅力を高めていこうということになったのです。

 ─ 新たな市場区分は現在の4つから、プライム、スタンダード、グロースという3つとなりますね。

 山道 そうです。3つの新しい市場区分となります。特にプライム市場は世界中の投資家が「魅力ある投資先だ」と思えるような市場にしたいと考えています。グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場というコンセプトを掲げており、他の市場よりも一段高い水準のガバナンスが想定されています。具体的には、今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂において、プライム市場上場会社向けの内容が含まれています。

 例えば、独立社外取締役の人数を3分の1以上にするといった取締役会の機能強化、TCFD提言などを踏まえた環境問題などサステナビリティへの対応、ダイバーシティへの取り組みなどについて、対応をお願いすることになります。

 ─ 東証市場第一部全銘柄を対象とした株価指数「TOPIX」の見直しも進めていますね。

 山道 ええ。TOPIXは東証市場第一部銘柄、約2200社で構成された指数であり、市場を代表しているとは言えると思いますが、投資指標としての利便性、機能性には課題がありました。そこで、市場区分とは切り離して指数を運営していく方針としました。

 ところが、現時点ではTOPIXに依拠した商品が非常に多くございますので、突然変えてしまうと市場に大変なインパクトをもたらしますから、連続性に十分配慮して、時間をかけて変えていくことが必要であろうということで、25年1月までに段階的に移行します。

 これらは全て、日本の市場の魅力を向上させ、東京証券取引所という取引所が上場企業、投資家に選ばれるための施策です。

「総合取引所」の課題は?
 ── 山道さんはJPXのCOO(最高執行責任者)も務めていますが、「総合取引所」には今後どう取り組みますか。

 山道 20年7月に東京商品取引所(TOCOM)に上場していた貴金属、農作物、ゴムといった商品を大阪取引所に移管し、総合取引所が誕生しましたが、現時点では当初考えていたほどの効果は、まだ出てきていません。

 商品先物は完全に国際商品で、CMEグループ傘下のNYMEX(ニューヨーク・マーカンタイル取引所)、COMEX(ニューヨーク商品取引所)といった取引所が世界の中心です。

 先程のTOPIXは日本の指数で、日本が中心になって動くわけですが、主要な商品先物は国際商品ですので、日本だけが栄えるということはありません。例えば昨年の金の取引高の減少は、その意味では国際的動向に沿った動きではありますが、まだまだ総合取引所としての効果は発揮できていませんから、さらに取り組むことが必要です。

 ── 具体的にはどのように取り組みますか。

 山道 この9月に売買システムを更新しますが、その際にWTI(世界の原油の代表的指標)にほぼ連動するCMEの原油等指数を原資産とする先物取引が大阪に上場します。

 今はTOCOMに電力先物やドバイ原油先物などエネルギー市場が残っていますが、それとは別に大阪に新商品を上場することで活性化することも重要だろうと思っています。

 同時に、エネルギー市場、特に電力先物はまだ試験上場の段階で、この振興策にはグループ挙げて取り組みます。

 例えば今年1月、寒波により電力需要が急増したところに、主要LNG輸出国の生産出荷設備の相次ぐトラブルやパナマ運河での船舶の混雑によって、LNG(液化天然ガス)の輸入が滞ったことで、電力需給が逼迫し、日本卸電力取引所(JEPX)で扱っている電力の現物が急騰、つられて先物も大きく揺れ動いたことがありました。

 そうしたことを受けて、1年半前の電力先物スタート時にマーケットへの参加者は13社しかいませんでしたが、今(インタビュー時点)は90社に迫っています。特にマーケットの乱高下を受けて、先物によるヘッジへの関心が高まってきていますから、この機会に積極的に営業をし、電力先物の本上場に向かって活性化していきたいと思っています。

東証社長に大阪取引所社長の山道氏、次代の経営体制づくりも課題
世界の取引所との「資金争奪戦」
 ── 世界の取引所との戦いは日本の国力とも連動してきますね。

 山道 そうですね。日本が非常に成長してきた頃は、放っておいても世界中から資金が集まったわけですが、今は先進国の一角としてかなり成熟していることも事実です。その中でJPXグループは世界中の取引所と投資資金の争奪戦をしています。

 我々の競争力を定義づける要素は、上場している商品、マーケットで取引していただいている投資家の数と幅、そして我々の取引システムがいかに信頼性が高く堅牢であるか、売買時間などの取引制度、規制等のわかりやすさといったことになります。

 先程申し上げたように上場企業の質を高めるために市場区分改革、あるいはデリバティブ(金融派生商品)では新商品の上場などに取り組んでいますが、投資家の数と幅を見ると、現物で約65%、デリバティブに至っては約75%が海外投資家です。

 ですから海外投資家へのアプローチは非常に重要ですが、同時に現物、先物とも国内投資家の絶対量が、マーケットが大きくなっていく過程で増えなければ比率が下がっていきますから、海外投資家から見ても魅力のないマーケットに見えてしまう。

 ─ 海外投資家だけに偏ってしまうのではバランスを欠いてしまうと。

 山道 はい。マーケットの健全性を保つためには、投資家の多様性が非常に重要です。私は「エコシステム」(生態系)と言っていますが、多様な投資家が自由に売買をするから、マーケットできちんと値段が付いていく。これは現物もデリバティブも同じです。ですから我々は、日本のマーケットを大きくするためにも、国内の個人投資家、機関投資家にアプローチしていきます。

 特に個人投資家に関しては、言い古された言葉ではありますが、日本は2000兆円近くに達する個人金融資産の半分が現預金に置かれているという、先進国では非常に珍しい状態になっており、「貯蓄から投資へ」、「貯蓄から資産形成へ」ということで取り組んできています。

 その1つの成果がNISA(少額投資非課税制度)の1500万口座、投資残高20兆円です。まだまだこれからですが、かなりの金額になりつつあり、先程の取引所間の争奪戦の中で、日本の個人投資家は非常に重要な質と量の一角を担う形になります。これをもっと大きな流れにしていくのが非常に重要です。

アジア企業は日本での上場に関心
 ── ところで日本では今、新興企業育成の観点から「SPAC」(特別買収目的会社)の解禁が検討されていますが、どういう考えを持っていますか。

 山道 SPACは政府の様々なところで議論になっていますが、我々もベンチャー企業の資金調達や、IPO(新規株式公開)に至るルートの多様化の観点で、関心高く調査しています。

 ただ、米国では、これまで累計で約1000本のSPACが上場しており、そのおよそ半数がここ2年で上場されていますが、オランダなどで解禁されている欧州では直近で10本程度しか上場が見込まれていないようです。やはりSPACへの資金流入は、米国マーケットの投資家の層の厚さがあってこそだと言えます。

 日本で検討されている他、シンガポールでは解禁が検討されています。また、英ロンドンでは現行制度の見直しが検討されていますが、これらの国々には米国と違って、そこまで分厚い投資家層はありませんから、真似をしようとしてもワークしないのではないか? という懸念はあります。

 先程申し上げたように、我々も関心を持って見ていますが、日本に持ってくる時にどうすればいいのかについては、別途いろいろと考える必要があるのではないかと思います。

 ── コロナで経済成長は足踏みはしていますが、アジアの国々は企業も含めて日本への関心、期待はあると思いますが。

 山道 ありますね。東証に上場するアジア発の企業が毎年2、3社はありますし、今後も同じペースで続くくらいのパイプラインがあります。

 この3月末にも、台湾発のスタートアップで人工知能(AI)関連事業を手がけるエイピア・グループが東証マザーズに上場をしましたが、上場時の時価総額が約1600億円でした。

 日本はアジアにおいて、自由で開かれたマーケットであると同時に、規制環境が安定しており、しかも国内に個人金融資産が約2000兆円あり、機関投資家もいて、活発に売買が行われている。しかも、国の経済規模は世界で3位、アジアで2位という位置にあります。

 こういう国は他にありません。中国は経済規模は大きいですが、開かれているとは言えませんから。そうすると、日本で資金調達をしたり、上場をしたいというアジア企業は今後も続いて出てくると思います。

 アジアの皆さんも、日本のマーケットで上場する意義を認めているということです。この状況が続いていくためにも、我々としても一生懸命PRをして、さらに市場が活性化するように努力していきたいと思います。

やまじ・ひろみ
1955年3月広島県生まれ。77年京都大学法学部卒業後、野村證券(現・野村ホールディングス)入社。82年米ペンシルベニア大学ウォートン校でMBA(経営学修士)取得。野村證券専務などを経て、2013年日本取引所グループ(JPX)取締役兼大阪証券取引所(現・大阪取引所)社長、20年JPXグループCOO(最高執行責任者)、21年4月東京証券取引所社長に就任。

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