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河北医療財団・河北博文理事長「コロナ禍の今、地域の病院と病院、自治体と病院の連携が共に重要」

財界オンライン / 2021年7月19日 7時0分

河北博文・河北医療財団理事長

「なぜ、感染者数の少ない日本が『コロナ敗戦』と言われてしまうのか。政策が泥縄式だからだ」──こう話すのは河北医療財団理事長の河北氏。拠点を置く東京・杉並区では区や周辺病院との連携プレーでコロナ患者への対応に当たっており、地域で医療崩壊は起きていない。河北氏が語る、日本の医療の課題と今後とは──。

増加傾向にあった死亡者数がむしろ減少
 ─ 新型コロナウイルス感染拡大は社会に大きな影響を与えていますが、河北さんが今懸念していることは何ですか。

 河北 今、日本では一時的ではあれ死亡者数が減少したということです。厚生労働省の人口動態統計によると、2019年は139万3917人が亡くなっています。

 日本は高齢社会ですから、2038年頃には年間の死亡者数が170万人を超えるという予測がされてきました。

「団塊の世代」(1947年から49年に生まれた世代)は年間約270万人が生まれましたが、この人々の約800万人が2025年には後期高齢者になるという「2025年問題」が言われています。さらにこの人達が徐々に亡くなることで、死亡者数が増加すると言われてきたのです。

 今後、死亡者数は年間2万人ずつ増加すると見られてきました。その通り推移すると20年には140万人を超えることになりますが、実際にどうなったかというと、死亡者数ですが9373人減の138万4544人となったのです。

 ─ この要因は何でしたか。

 河北 それはコロナの影響です。もちろん、心臓疾患や脳血管障害で亡くなった人はいます。目立って死亡者数が減ったのは高齢者が亡くなる要因となることが多い肺炎です。

 また、インフルエンザで毎年少なくとも3000人、多い年には1万人が亡くなりますが、20年はほぼゼロだったと言って良い状況でした。

 我々は毎年、多額の費用を払ってインフルエンザワクチンを打ってきたわけですが、インフルエンザはマスクをして、手洗いをし、できるだけ人との密集を避ければ防げるものだという可能性が出てきました。

 コロナの流行がインフルエンザにとって代わってしまったのですが、そのコロナでさえ、日本においては諸外国に比べても感染者数、死亡者数ともに少ない。この要因についてはノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥さんが「ファクターX」と名付けて研究しています。

 ─ 河北さんはファクターXとは何だと見ていますか。

 河北 私はファクターXとは、実は科学的な解析だけではなく、「社会的」な話ではないかと思っています。科学的に日本人、あるいはアジアの一部の人たちと、感染が拡大している国の人たちと、人種的にどこが違うのかということを証明するのは至難の業だと思います。

 一番違うのは国としての「貧困層の生活状況、衛生状態」の差です。日本は貧困であっても普通の生活をしている人が多いですが、海外に行くと貧困層の生活状況、衛生状態は桁違いに悪いわけです。

 日本で感染者数、死亡者数がそこまで増えない要因は、社会的な生活環境だと思います。貧困層でも、ある程度の栄養状態で、清潔に生活ができる、上下水道の完備、そして教育レベル。こういったことが、科学的な遺伝子等の違いよりも、ファクターXに占める大部分では
ないかと思います。

 ─ 台湾、韓国といった東アジアの国々も感染者数が比較的少ないですが、日本と同じ要因と見ていいですか。

 河北 同じだと思います。例えば台湾について言えば、この社会環境を築くことができた要因は後藤新平です。

 ─ 後藤新平は台湾総督府民政長官を務め、徹底した感染症対策など公衆衛生の基礎をつくったことで知られていますね。

 河北 そうです。後藤新平のような医師であり、社会を見る目をしっかりと持った人が政策を立てることの重要性がわかります。

 ─ 日清戦争終結後には当時、清でコレラが流行していたことから、広島の似島にコレラ検疫所を設け、陸軍次官の児玉源太郎の後押しもあって3カ月で22万2000人の戦争帰国者の検疫をやり遂げました。

 河北 そうですね。島ごと隔離するという難事業でした。台湾の方々は後藤新平に感謝してくれていることでしょう。台湾は接触や感染リスク抑制に向けたアプリの効果もあったかもしれませんが、私が先程申し上げた社会環境こそがファクターXだと思うんです。

 これは綺麗な都市をつくり、貧困層がほとんどいないシンガポールも同様だと思います。それに比べるとアメリカの一部、中南米、インドなどは生活環境が全く違います。よくわからないのが中国で、おそらくかなりの貧困層がいるはずですが、データを把握することができませんから何とも言えません。しかし、中国の場合は共産党一党独裁の強制力もファクターXとして考えられます。

 いずれにせよ、生活環境、教育の水準は社会づくりの基本だということです。

ワクチン接種は「点」から「面」へ
 ─ コロナはワクチン接種が進んでいますが、今後をどう見通していますか。

 河北 コロナの感染拡大は、ワクチンが普及すれば抑えられると思います。ただ、集団免疫、あるいは社会免疫を獲得するまではワクチンを接種し続けなければならないでしょうし、今後は1年に1回くらいは接種するものになると思います。

 今はまだ、ワクチンでできた抗体がどのくらい継続するのかがわかりませんから、1年に1回くらいの接種が妥当ではないかと思います。

 ─ 改めて、コロナ禍でインフルエンザの感染が激減したという相関関係が何なのかは考えさせられますね。

 河北 ええ。今回のコロナ禍を改めて振り返ってみると、感染が拡大したのが20年の2、3月頃で、21年6月までに約15カ月が経っています。

 この間に日本人は約77万人が感染し、1万4000人が亡くなりました。この数は各国との人口対比で圧倒的に少ない。

 これは15カ月の間に起きたことですが、例年のインフルエンザの流行期間は10月末から3月半ば頃までの約5カ月間で、この期間にしか流行しませんが、数百万人から1千万人が感染し、3000人から1万人が亡くなってきました。

 インフルエンザの数百万人から1000万人の感染者というのは、77万人というコロナの感染者数に比べて遥かに多い数字です。亡くなる人も5カ月で3000人から1万人に対し、コロナは15カ月で1万4000人ですから。

 ─ コロナ感染を抑制するための生活が、結果的にインフルエンザを抑制することにつながったと。両者の感染者数、死亡者数の差も冷静に見ていく必要がありますね。

 河北 そう思います。加えて、先程のファクターXに加えるとすれば、日本人の習慣です。日本が諸外国のようにロックダウン(都市封鎖)をせずとも自粛で何とかなっているというのは、まさしく日本人の文化です。

 ですから、日本は科学よりも文化、生活習慣、教育といったものを優先してきたのだと見た方がいいと思うんです。玄関で靴を脱ぐといったことです。科学としてのワクチン開発や、変異型対応も含めた特効薬の研究は今後も続けていかなければいけないと思いますが、感染症に対応するのは医学や薬だけではありません。生活習慣が非常に大きいということが言えるのではないでしょうか。

 政府を始め、このことを感じている人は多くいると思います。ですから、日本がロックダウンせずに自粛だけで済んでいますし、感染者数が比較的少ないことについて何か奥歯にものが挟まったような言い方しかしないという背景には、こういう理由もあるのではないかと思います。

 そうであれば、一番のスポークスマンである菅義偉首相が、今のような話をしっかりと国民にすべきです。

 ─ もっと発信が必要ですね。自分たちの行動や習慣で感染が抑制されているとなると、国民は非常に納得するでしょうし、東京オリンピックの開催についても前向きになるのではないでしょうか。

 河北 そう思います。ただ、パブリックビューイングのようなものは非常に「密」になりますから、今はやらない方がいいと思いますが、観客をかなり制限してのオリンピックは、ここまで来たらやるべきです(政府は首都圏を中心に多くの都道府県で、無観客での開催を決めた)。

 その理由の一つは中国です。中国は22年2月に北京オリンピックを控えています。もし、東京オリンピックが中止になれば、中国は間違いなく、「中国こそがコロナに打ち勝ったオリンピックを開催した」ということを言うでしょう。

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民間企業の力も活用して
 ─ 人類の知恵として、コロナ禍でもやり抜くことが大事だということですね。ただ、そのためのワクチン接種は立ち上がった後は迅速に進んでいますが、開始当初混乱が見られました。これをどう見ますか。

 河北 大規模接種会場については失敗だったと言わざるを得ません。「GoToキャンペーン」のように、遠方から東京に集まって大規模接種会場で打つといった行動は取りづらい。それよりも小さい拠点を配置することが大事です。

 病院もそうですが、政策は「点」では駄目です。「線」にし、さらには「面」にしなければいけません。今、国の政策は全て「点」になってしまっており、しかも後手後手に回っている。

 大規模会場を「点」で増やすのではなく、多くの診療所で接種できるようにすれば「線」になり、「面」になります。そして広く一般に、誰でもいいから接種に来て下さいと。

 その時のディストリビューション、調達はなかなか難しいと思います。そうであれば政府の人間が考えるのではなく知見を持つ民間企業、例えばヤマト運輸の知恵を借りればいいんです。そうすれば「面」になります。

「ECMO」の必要性を問う
 ─ 日本医師会を含め、そうした提案は聞こえてきませんね。

 河北 多くの医師は流通、調達についてはわからないでしょう。私は社会病理を専門としているので考えるのかもしれません。医療の展開にしても、我々は「点」ではなく「面」にすることを常に考えています。これは科学的思考というよりはマネジメント思考です。

 先程申し上げたように日本はコロナの感染者数も死亡者数も比較的少ないにも関わらず「コロナ敗戦」などと言われてしまうのは、政策が泥縄式になってしまっているからです。

 例えば我々が拠点を置く東京・杉並区では20年3月初めから、区長と連絡を取って、当院と荻窪病院、佼成病院を「区立病院」として扱ってもらうことを取り付けました。区立病院になれば、経営を区が包括的に支援してくれますから、医療に専念することができます。

 ─ この連携によって、杉並区では医療崩壊の懸念がないわけですね。

 河北 そうです。我々は407病床を持っていますが、コロナ病床を43床つくるために101床分の病床を空けました。

 ─ その結果、コロナ患者に対応できているわけですか。

 河北 対応しています。ただ、決まりとして当院では軽症から中等症のコロナ患者を診るのですが、重症化した方も診ていますから、そこにはやはり連携が必要となります。

 この連携には、入り口と出口の連携が必要です。杉並区との協議の中で、「ポストコロナ」の受け入れ先もいち早く設けましたし、重症化した患者を大学病院等に送るルートも、比較的うまく機能しています。間に保健所が入りますが、一生懸命に取り組んで下さいました。

 ─ 行政や他の医療機関との連携が取れていたと。この戦略づくりが重要ですね。

 河北 杉並区と話をしながら、患者の受け入れだけでなく、出ていくルートをつくることが大事だということで進めました。

 そして、ここで少し考えていただきたいのが、ECMO(体外式膜型人工肺)が本当に必要な患者さんが何人いるか? ということです。ECMOを使っている医師は、その重要性を語ります。対象となり得るのは20代から60代の人たちで、例えば80代、90代の人たちに必要なのかどうか。

 ですから我々は患者さんによってはDNR(Do Not Resuscitate=蘇生処置拒否指示)の了解を取ります。80代後半、90代の人達に、非常に多量の医療資源を投入する必要があるのかどうかを考える必要があります。ただし、DNRは、その前に患者さんと医療者の間に共感して寄り添う医療があってはじめて了解されることです。

 それが冒頭にお話しした、増えると思われていた年間の死亡者数がコロナ禍にあっても逆に減少したという話につながるのです。(続く)

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