”東京大学工学部長” 染谷隆夫が語る今後の『産学連携』
財界オンライン / 2021年7月28日 18時0分
大学にも社会貢献が求められるようになった
―― 大学と企業の連携が増えています。東京大学にも新事業の創出など、いろいろな相談があると思いますが、大学側としては産業界との連携をどのように捉えていますか。
染谷 近年はSDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・企業統治)投資という言葉を毎日のように耳にするようになりました。企業は社会貢献をしながら事業を持続化しなければなりません。当然、地球環境への影響を考えずに自分だけが儲かればいいというのではなく、会社の活動そのものが社会や地球にとって良いものでなければ認められない時代になってきました。
これは大学でも同じことが言えると思います。社会がお客さんと言うか、社会の持っている課題を解決するために、大学はいろいろな知恵を集めて、課題を解決するところまで一緒に行っていく必要があるだろうと思います。
昔は評論家のように、大学で設計図だけを描いて、こうやればいいじゃないかとか、アイデアと設計図をお貸しするので、あとはご自分でどうぞという態度だったと思うんです。でも、今はそうではなく、課題があれば現場に足を運び、一緒に試行錯誤して、またキャンパスに戻ってきて設計図を描き直す。そうやって解決策を見出していくことが大学にも求められるようになりました。
―― いわゆる解決策、ソリューションを見つけ出すと。
染谷 ええ。一緒にやっていくということが大事ですよね。
今まで東大は国立大学ということもあって、国との関係が近かった。地域の問題に無関心とは言いませんが、十分に対応できていませんでした。ところが最近は個々の地域に数多くの問題があって、一見狭いエリアだけの課題に見えて、実は似たような難しい課題を抱えている地域が沢山あるわけです。
そういう地域の難題があれば、いろいろな知恵を投入して、一緒になって解決策を探すことが社会に貢献する早道です。われわれも地域の課題解決に乗り出しています。
―― 例えば、どんな事例がありますか。
染谷 今年の6月に入ってからだけでも、長崎市と災害時に避難所利用者の健康状態をデータ管理し、避難者の体調を確認しようという協定を締結していますし、山梨県とは富士山の火山防災対策について連携協定を締結しました。富士山の火山防災に貢献できれば、他の火山でも大きく役に立つことができると思いますので、地域課題の解決に貢献していきたいと考えています。
やはり、今は社会貢献が大学に強く求められるようになりましたし、社会実装という形で結果にコミットするように求められています。そして、そういうことをできるような人材を育成していく必要があると考えています。
東京大学第30代総長・五神真氏が6年間を総括
国に奉仕するという考えは一緒だが…
―― では、その人材育成ですね。どういうところから力を入れていきますか。
染谷 今は人材育成の中でもアントレプレナーシップ、起業家教育に非常に力を入れていまして、この辺が産業界の方々と最も一緒にやらせていただきたいポイントです。
―― なるほど。ミドリムシで有名なユーグレナ創業者の出雲充さんは東大出身ですね。
染谷 はい。現在、東大発ベンチャーと言われている会社が430社以上ありまして、22社が株式上場しています。このうちトップ5社の時価総額を合計すると昨年末の時点で1・4兆円を超えています。
日本の大学発ベンチャー企業はうまくいっていないじゃないかなどと言われた時期もありましたが、それなりの存在感が出てきました。まだまだ米英のトップ校には追い付いていませんが、その他の海外の大学と比べても全然遜色ないくらいのレベルには来ています。
”ミドリムシに恋した男”ユーグレナ社長・出雲充の「脱・ミドリムシ」論
―― 着実に成果が出ているということですね。
染谷 ええ。一昔前は大学においてベンチャー企業を立ち上げるなんて言っても、親御さんが出てきて、「そんな訳の分からない会社をやるよりも、一部上場の大企業に勤めた方がいいよ」といって母親が泣いて止めるようなこともありました。
今も一部にはそういう考えが残っているとは思いますが、すでに成功している人たちが何人もいるわけです。だから、学生たちも「自分もああなりたい」とか、「あの人が成功できるなら自分はもっと上に行けるぞ」という感じになってきています。
やはりロールモデルが提示されているということは非常に重要ですし、学生たちもどんどんそういう方向に変わってきていると思います。
―― かつては東大を卒業して官僚を目指す人が多かったんですが、最近は起業家になる人たちも多いですよね。染谷さんが見ていて、学生の意識の変化を感じることはありますか。
染谷 はい。東大生の多くは、公共精神と言いますか、もともと世の中のためになりたいという考えが強くあって、一昔前に皆が官僚を目指した時代というのは、役人になって国に奉仕したいという気持ちが強かったと思うんですね。
今でもそういう公共精神は大きいのですが、官僚の仕事にいろいろな問題が出てきて、学生たちが他の仕事に魅力を感じるようになってきた。ましてや世の中がグローバル化して、社会を大きく変えようかという時に、自分の力を社会のために試そうと考えたら、官僚組織の中で下積みから始めるよりも、若いうちから自分の力で勝負できるように起業家を目指そうと考えるのは、ある意味で自然なことだと思います。
ですから、国に奉仕するという考えは一緒ですが、今と昔とでは実現する形が多様になっているのだと思いますね。
―― これは若者の意識の変化だけでなく、社会の変化もあるでしょうね。
染谷 やはり、昔はベンチャー企業の社長と言ったら、急に金持ちになって、高級外車を乗り回しているような、何か怪しげなイメージを持たれる場合もあったと思います。
別に稼いで儲けることは全然悪いことではないのですが、最近はアントレプレナーシップの考え方も変わってきて、自分できちんとリスクを取って立ち上がり、自らの手で世の中を変革していく先導者というイメージに変わってきましたよね。
―― 変革の先導者。
染谷 はい。アントレプレナーというのは、リスクを取って世の中を変えようとしている格好いい人だと、世の中のイメージもかなり変わってきたように思います。
先ほど、儲けることは悪くないと言いましたが、本来、公共精神と稼ぐ力というのは全然相反するものではないのですが、以前は儲けることは利己的だと誤解されていた時期がありましたよね。しかし、そうではなくて、どんなに世の中を変えようという意欲があっても、事業をどんどん大きくし、持続可能な形で会社の波及力を広げていくためには、最後は稼ぐ力が無いとダメだと思うんです。
ですから、根本のところにある公共精神というのは忘れてはいけないものですが、そうしたスピリッツに加え、稼ぐ力というか、経営に対する知識やファイナンスに対する考え方をきちんと教えていけるような仕組みづくりが大事だと思います。
元東大総長 三菱総研理事長・小宮山 宏の「有事への対応は『自律 ・分散・協調』体制で」
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