【政界】ワクチン次第で任期満了選挙の可能性も 衆院9月解散を狙う菅首相が抱える内憂外患
財界オンライン / 2021年7月30日 7時0分
首相の菅義偉は、東京五輪・パラリンピック(7月23日~9月5日)が閉幕した後の「9月解散」に踏み切る構えだが、7月4日に投開票された東京都議会議員選挙で自民党は失速。さらには4回目となる緊急事態宣言の発出も決まった。菅の解散戦略に狂いが生じ始めている。菅はワクチン接種の加速を目指すが、その効果がいつ、どう現れるかは不透明なまま。自民党内の「議連政局」の動きも顕在化しており、永田町は五輪開催の裏で一触即発の状況が続く。「任期満了選挙」も現実味を帯び始めている。
都議選での「事実上の敗戦」
「それにしても『前哨戦』が多いね。もう衆院解散・総選挙はやらなくてもいい感じがする」。7月4日の東京都議選(定数127)を受け、自民党のベテラン議員は、そう言って苦笑した。
都議選は今秋までに行われる衆院選の前哨戦と位置づけられた。自民党は国政で連立を組む公明党と合わせて過半数(64議席)を確保し、衆院選に弾みをつけたいところだった。
下馬評では自民党が50議席は確保できるとされたが、投票箱を開けてみると獲得議席は33。立候補者全員の当選を果たした公明党(23議席)と合わせても過半数に届かなかった。
小池百合子知事が特別顧問を務め、都議会第1党だった地域政党・都民ファーストの会(31議席)を僅差で上回り、第1党は奪取したが、「事実上の敗戦」(自民党幹部)となった。
菅が首相に就任した昨年9月から、いつ衆院を解散するかが焦点となってきた。そのため、菅にとって初の国政選挙となった4月25日投開票の衆参3補選・再選挙だけでなく、千葉県知事選(3月21日投開票)や福岡県知事選(4月11日投開票)などの大型地方選がある度、「次期衆院選の前哨戦」「衆院選を占う選挙」と位置づけられた。
それにもかかわらず、自民党は衆参3選挙で全敗を喫したほか、地方選も敗北が目立ってきた。今回の都議選の結果は、自民党内で菅の求心力低下を招く可能性がある。
菅は都議選から一夜明けた5日、首相官邸で「(都議選で自民党が伸び悩んだ)要因はいろいろあろうかと思うが、まず自民党都連と党本部が連携しながら冷静に期間を置いて分析し、次に備えていきたい」と報道陣に語った。
都議選の勝利に続き、東京五輪・パラリンピックを成功させ、その追い風に乗ったまま衆院選に臨む──という菅の解散戦略は出鼻をくじかれた格好となった。
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〝諸刃の五輪〟
これまで菅は「私の総裁任期の中で解散・総選挙を考えないといけない」などと語り、自身の自民党総裁任期が終わる9月末までに解散に踏み切る考えを示してきた。
パラリンピックが閉幕する9月5日直後に臨時国会を召集し、衆院解散を断行するとの見方が広がる。永田町では「9月21日公示―
10月3日投開票」「9月28日公示―10月10日投開票」などの衆院選日程が、まことしやかに語られている。
そうなれば、9月末までに実施する総裁選は先送りされ、衆院選に勝利すれば菅の無投票総裁再選が現実味を帯びる。ただ、地方選で苦戦を続けてきた流れを断ち切れないばかりか、今回の都議選で歴史的大敗を喫した前回から大幅な議席の上乗せができなかったことから、自民党内では「菅総裁で衆院選を戦えるのか」と不安視する声が広がる。
今回の都議選は、コロナ感染が広がる中で、東京五輪の有観客開催に突き進む菅への不満が表面化したと見る向きがある。無党派層だけでなく、自民党支持層からも「無観客」を訴えた都民ファーストの会に票が流れたとされる。
さらに、「都民のコロナに関する不安、不満が投票行動にも表れた」(自民党幹部)との分析もある。首相の「1日100万回接種」の号令の下、政府が大規模接種センターを開設するなどして接種は順調に進んでいた。
だが、企業などの単位で接種を行う職域接種は申請が予想以上に多く、ワクチンが不足したことなどから新たな申請を受け付けない方針に転換した。そうしたワクチン接種を巡る対応が自民党の失速を招いたとされる。
東京五輪は世界中が注目する一大スポーツイベント。開催すれば当然、感動と歓喜を呼ぶ。何事もなく閉幕すれば、経済活性化の足掛かりにもなり、五輪開催を主導した菅政権の支持につながる。ただ、菅にとって五輪は「諸刃の剣」にほかならない。
東京では現在、感染リバウンド傾向がみられる。「第5波」の入り口にきているとも指摘される。政府は7月8日、4度目の緊急事態宣言を東京に発令した。期間は12日から8月22日までとなる。宣言下での五輪開催が決まった。東京だけでなく埼玉、千葉、神奈川3県の五輪会場が無観客となることも決定した。
五輪に伴い人の移動が活発になれば、感染がさらに急拡大する可能性が高く、一部でも競技が中止に追い込まれるなどしたら、菅の責任を問う声が一気に噴き出すことになる。そのときには、もう菅に衆院解散を断行する体力は残っていないだろう。
菅は7月8日の記者会見で、「ここで再度、東京を起点とする感染拡大を起こすことは絶対に避けなければならない。先手、先手で予防的措置を講ずる」と語った。ただ、6月の宣言解除からわずか3週間で再び発令する事態となったことへの危機感がにじんだ。
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政局の顔ばかり
そうした状況を見越してか、党内では元首相の安倍晋三、麻生太郎、そして自民党税制調査会長の甘利明の「3A」と呼ばれる重鎮議員が相次いで議員連盟や勉強会の要職に就き、政策を主導する動きをみせていた。
甘利が会長を務め、安倍、麻生が最高顧問に就く「半導体戦略推進議員連盟」が5月に発足したのをはじめ、安倍と甘利は「未来社会を創出する、バッテリー等の基盤産業振興議員連盟」も発足させている。6月8日の「日豪国会議員連盟」の会合では、安倍、麻生が最高顧問、甘利が顧問に就任した。
いずれも次の閣僚・党役員人事をにらんで、存在感を示す狙いがあるとされる。何か起きればいつでも動ける準備は整っている──との思いがにじむ。菅政権で実権を握る党幹事長、二階俊博を牽制する意図も透けてみえる。そうした「二階包囲網」を敏感に感じ取ったのか、二階自身も腰を上げた。
二階は6月15日、「自由で開かれたインド太平洋推進議員連盟」を発足させ、自身が会長に就くと共に、安倍を最高顧問に招いた。この日の設立総会には党内各派閥から約130人が出席。二階は「われわれの思いが広く国際的に広がることを期待したい」と訴えた。
実は、この総会と同時刻、甘利は半導体戦略議連の勉強会を予定していた。互いに存在感を示すことを狙っただけに、自民党内には「踏み絵」との受け止めが広がった。最終的に半導体戦略議連が30分遅れで開始することで全面衝突は避けられたが、二階は安倍を最高顧問に据え、3Aにくさびを打つことに成功した。さらに、二階は6月17日、議員連盟「自治会・町内会等を応援する会」も旗揚げしている。
もともと、議員連盟や勉強会は自民党内の権力闘争のツールとされてきた。派閥の垣根を超えた結束を示し、発信を強める動きだ。2000年に発足した自民党若手議員による「自民党の明日を創る会」などが典型と言える。メンバーの多くは元幹事長、加藤紘一が率いた当時の加藤派議員だったため、「加藤別動隊」と呼ばれた。年功序列人事の見直しや開かれた総裁選の実施などの党改革を訴え、反目した当時の森喜朗政権を党内から揺さぶった。
05年には加藤が、当時の首相・小泉純一郎の靖国神社参拝を政局に転化させようと議員連盟「靖国問題勉強会」の発足に動いたこともあった。17年7月にはリベラル系若手議員が「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」を立ち上げ、当時の首相・安倍晋三の総裁選の無投票再選を阻止しようと動いた。このときは、安倍に近い議員が「文化芸術懇話会」を発足させて対抗し、火花を散らした。
今回の議員連盟もそうした動きの延長線にあるといえる。党内の権力闘争の動きにほかならないが、過去の議員連盟と決定的に違うのは、反主流派による主流派の弱体化を狙った動きでもなければ、菅と対峙する有力議員の別動隊でもないことだ。
各議員連盟を主導しているのは3A、二階らで、いずれも菅を支える議員であることだ。菅を引きずり下ろす動きはなく「菅が立ち行かなくなったときのことを見越した主導権争い、キングメーカー争い」(自民党中堅)といえる。
これには「ポスト菅」候補の一人とされる前政調会長、岸田文雄もすかさず参戦した。6月11日に「新たな資本主義を創る議員連盟」を立ち上げた。国会内で開催した初会合には150人近い党所属議員が出席。安倍と麻生、甘利の3Aも顔をそろえた。
岸田が「持続可能性のある経済、そして健全な民主主義を守るため、自民党からしっかり発信したい」と訴えた。ただ、麻生は「真面目に政策を勉強する顔ばかりとはとても見えない。政局の顔がやたら見える」とあいさつした。
岸田派内には「政策を重視するこれまでの議員連盟、勉強会と同じだと思っていたが、3Aがきたことで空気が変わった。これだけの人数が集まって良かった」(岸田派関係者)との声もあがった。
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任期満了選挙
菅にとって「諸刃の剣」を抜いたからには、是が非でも五輪を成功に導く必要がある。そのためには「1にワクチン、2にワクチン、3、4もワクチンだ」(菅周辺)ということになる。
菅は7月5日、党政調会長の下村博文と首相官邸で会談し、「とにかくワクチン接種を急ぎたい。1人でも多くの人々にできるだけ早く接種ができるような状況を作ることに専念をしたい」と語っている。
ただ、職域接種の混乱に加え、菅が65歳以上の高齢者に対する接種は7月中に完了させると言ってきた国民との「約束」は厳しい状況となっている。菅への逆風が吹き始めかねない。
それだけに、自民党内からは「ワクチン接種さえ広がれば雰囲気は変わってくる。衆院選は遅ければ遅いほど良い」として、衆院議員の任期が切れる10月21日まで衆院を解散しない「任期満了選挙」を求める声も出始めている。 (敬称略)
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