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【三菱グループの改革】 創業150年「旧来のしきたりをなくせ!」 三菱マテリアル社長・小野直樹の意識改革

財界オンライン / 2021年8月19日 7時0分

小野直樹・三菱マテリアル社長

「若い社員との対話で気付くことも多い」──。三菱マテリアル社長・小野直樹氏は、若手との対話の感想をこう語る。三菱グループの伝統企業として、戦前・戦後にわたり日本の産業界を牽引してきた同社だが、歴史ゆえの弊害も生じていた。品質不正問題を発端に組織のあり方を見直し、外部の目も取り入れながらの意識改革を推進。小野氏が進める伝統企業の改革の中身とは──。
本誌・北川 文子 Text by Kitagawa Ayako


米中貿易摩擦、コロナ禍で業績低迷

「収益性も高く、成長性も高いところに位置付けている『銅加工』と『超硬』が2020年度、最も苦しんだ事業でした」

 三菱マテリアル社長の小野直樹氏は前期決算を振り返り、こう語る。

 世界中がコロナ禍の影響を受けた2020年だが、堅調な業績を維持した企業も多い。その中で、三菱マテリアルの20年度決算は売上高1兆4851億円(前期比2%減)、営業利益266億円(同30%減)となった。

 営業利益188億円と利益の半分以上を稼いだのは金属事業。パラジウム市況の上昇などが貢献した。

 一方、本来稼ぎ頭であるはずの高機能製品の『銅加工』は3億円の営業赤字(前期は24億円の黒字)、『超硬工具』などの加工事業は11億円の営業赤字(同77億円の黒字)となった。

 1871年、三菱グループのルーツである『九十九商会』の鉱山業進出から事業をスタートさせた三菱マテリアル。

 1950年に集中排除法によって石炭・金属部門が分離。73年からは『三菱鉱業セメント』『三菱金属』として別々の道を歩んできたが、90年両社が合併、『三菱マテリアル』が誕生した。

 150年の歴史の中で、戦後、事業の多角化を進め、今も多様な事業を手掛けている。

 現在、事業区分は6つ。

 銅加工品や電子材料の「高機能製品」、切削工具など超硬製品を扱う「加工事業」、銅精錬の「金属事業」、「セメント事業」、家電や自動車などのリサイクルから食品廃棄物のバイオガス化、さらには地熱発電など再生可能エネルギーまで手掛ける「環境・エネルギー事業」、そしてアルミ製品などの「その他事業」だ。

 6つの事業は〝プロダクト型〟と〝プロセス型〟に分けられるが、高付加価値領域の〝プロダクト型〟に入るのが「高機能製品」と「加工事業」。その2つの事業が前期苦戦した。

「〝プロセス型〟は精錬所や家電リサイクル、地熱発電など大きなプラントや設備を造って、長期間運用して投資を回収していくので大きな利益率にはならない部分があります。一方で〝プロダクト型〟はもっと利益率を上げなければいけない。コロナ禍による自動車関連需要の大幅減という事情があったとはいえ、コスト面の改善も含め、収益回復に向け、集中的に手を打っている」と小野氏は話す。

 17年度には728億円あった営業利益が前期は265億円。今期も350億円と低迷が続く(※8月6日、通期営業利益を470億円に上方修正)。

 精錬所の大規模定修や米中貿易摩擦の影響、コロナ禍など外部要因もあるが、抜本的な事業構造改革が不可欠となっている。

 事業領域が広く、ナンバーワン事業が少ないため低収益になりがちで、ナンバーワン事業もニッチトップで大きな収益につながりにくいという課題がある。

 これまでも子会社の再編や宇部興産とのセメント事業統合(22年4月)、新たな銅鉱山の権益獲得、リチウムイオン電池リサイクルの共同開発などポートフォリオの最適化を進めてきたが、今後も多結晶シリコンや電子デバイスなど低収益事業の事業撤退も視野に入れながら、政策保有株の売却も進めていく。

 こうした中、20年度~22年度の中期経営戦略で大きな意味を持つのが、25年度までの6年間で400億円を投じる「デジタル化戦略」。通称『M M D X(三菱マテリアル デジタル・ビジネストランスフォーメーション)』だ。

「業績が厳しい中、DXへの投資は社員からも様々な声があった。だが、DXには全員参加が必須。遅れれば取り残されるという危機感の中、不退転の決意でやることを訴えてきた」と小野氏は語る。

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「他社に後れ」という認識からスタート

 MMDXは、他社から「後れをとっている」という現状認識からスタートしている。

 DXのそもそもの出発点は2017年に発覚した品質問題。

 品質不正を防ぐため、検査データを自動で取得し、人が介在しないシステム化を実施。「こうした発想がすべての業務で足りなかったのではないか」との反省から、デジタルの力で「『顧客との距離を縮める』を柱に、すべての業務プロセスを見直し」たり、「競合の取り組みに追いつき、グローバルで勝っていくための基盤をつくる」こと、「安全・安心などモノづくり活動の高度化、経営管理やデータ活用の高度化、業務効率化の推進など経営基盤を強くする」といったテーマが設定された。

 MMDXを推進するのは「DX推進本部」。本部長を務めるのは日産自動車や中国の東風汽車、資生堂で経験を積み、20年2月三菱マテリアルに入社した最高デジタル責任者(CDO)の亀山満氏。また、今年4月には三菱ケミカルの情報システム部長兼DX推進プロジェクトマネジャーを務めた板野則弘氏が入社。執行役員、最高情報責任者(CIO)、システム戦略部長兼ICT推進室長として、DXの仕組みづくりを進めている。

 DX推進本部はシステム部門の人員約10名でスタートしたが、今では事業部や人事などの管理部門、外部のコンサルタントなども含めた多様な人材で構成。

「若手の意見など組織のヒエラルキーとは異なるアプローチを取り入れてプロジェクトを推進している。良い部分は全社にも取り入れていくべきだと考えている」と小野氏は語る。

「変化に対応しながら創業150年を迎えたが、151年目が保障されているわけではない。新たな素材、技術を創造し、1つでも多くの社会課題を解決するのがわれわれの使命。全グループ社員が一丸となり、新たな価値を生み出すためにも、DXが大きな力になると思っている」

 では、DXで生まれる新たな価値とはどんなものか──。

 具体例として、加工事業のDXがある。

 欧米の競合に比べ、顧客へのデジタルソリューション対応が後れているという課題がある。そこで、顧客とのデジタル接点を強化し「今までのようにオーダーがきてから対応するのではなく、センサーなどで工具の摩耗を検知して、お客様が管理しなくても丸ごと面倒みますというようなソリューション型のビジネスを目指していく」。

 また、ソリューション型ビジネスで重要になってくるのは「お客様が望む範囲をどこまで提供できるか」ということ。

 個別対応し過ぎては、収益悪化の要因にもなってしまう。そこで、目指すのがデジタル化したプラットフォームの構築だ。

「標準的なものにお客様のカスタマイズしたスペックが乗るのが理想ですが、そのためには、素材や部材で圧倒的に抜きん出なければいけない。ものづくり力を強化し、われわれが技術的な優位に立てるところを目指していかなければいけない」と気を引き締める。

 今までにない価値を創出するには、異質な発想も求められる。DX推進本部は、そうした新たな発想が生まれる土壌がある。

「外部のまったく違う世界で仕事をしてきた人から出てくる議論や発想が、会社全体に大きな刺激を与えている」からだ。

 MMDXには〝人材育成〟の狙いもあり、全従業員がDXを学ぶ『DXカレッジ』、事業部ごとのDX啓発ワークショップの『DXキャラバン』、若手社員と経営層が階層・組織を越えてコミュニケーションする『リバースメンタリング制度』などの取り組みが実施されている。

 小野氏自身も参加し、若手社員と意見交換した感想を次のように語る。

「常日頃、話をするのは経営層などの同年代。もっと幅広い世代と話をすることが必要。彼らの発想や考え方を知ることで気付くこともある。彼らが最大限力を発揮できるようにすることは、事業戦略を考えるのと同じくらい重要だと感じている」

三菱マテリアル「リバースメンタリング制度」
若手2人と経営層が対話をする『リバースメンタリング制度』の様子



対話の重要性を実感したベトナムでの工場新設

 小野氏が社長に就任したのは、品質問題が起きた翌年の2018年。社長就任前は品質問題の対策本部本部長として対応に奔走、問題の根底には「コミュニケーションの量も質も不足している」という課題を痛感した。

 社長就任以来、訴え続けてきたのも「身内の論理から抜け出してほしい」ということ。

 構造改革を進める上でも「自分たちの常識は、世間では常識ではないかもしれないというスタートラインに立たないと、本当の意味での改革にはならない」と考えている。

 表面的な変化にならないよう、組織や事業の変革だけでなく、「個人の意識や行動変容につながる人事制度改革」も同時並行で進めている。

 自身の経歴を振り返り、最も印象に残る仕事は、ベトナムでのセメント工場新設だと語る。

「鉱山を開発して、設備を建て、現地で人を採用して、ゼロから事業を立ち上げる。暑い国なので、みんなヘルメットを脱ぎたがるのですが『この鉱山では絶対に許さない』と口酸っぱく言っていたら、外部から資源を運んできたドライバーを『ヘルメットをかぶっていない』と社員が大声で叱っていた。ちゃんと意を汲んでくれているのだなと思い、すごく感動しました」

 良い組織をつくるには、コミュニケーションが欠かせないという原体験だ。

 組織の硬直化、多角化による収益の悪化など三菱マテリアルの抱える課題は、多くの日本企業が抱える課題ともいえる。品質問題を転禍為福として、小野氏が不退転の決意で臨む抜本改革が進む。

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「品質問題の再発防止と立て直しが出発点でした」
 三菱マテリアル社長 小野 直樹(おの・なおき)

社長就任後の構造改革

 2018年6月に社長に就任しましたが、17年11月頃から、当社は品質問題に直面し、品質問題の再発防止をしながら、どう立て直していくかが出発点でした。

 品質問題では対策本部本部長を命じられていましたが、大きく3つの課題があると認識していました。

 1つはコミュニケーションの量も質も不足しているということ。どの階層を見ても目詰まりを起こしている。つまり上から「こういう方針でいくよ」と言ってもうまく下に伝わらない。あるいは、現場から上に伝えなければいけないことが伝わらない、上もそれを受け止めようとしない。どちらの方向から見ても、コミュニケーションの悪さが大きな課題としてありました。

 2つ目は、ガバナンスやコンプライアンスに対する意識や体制が不十分だったこと。3つ目は人、モノ、カネの資源配分が不十分だったことです。

 そこで、組織の階層を越えたコミュニケーションの場を作り、ガバナンスにおいては、予算審議同様、相応の時間をかけて、計画を立てるだけでなく、その後もフォローする〝ガバナンス審議会〟を開いています。予算達成だけでなく、ガバナンスを計画どおりやっていくという両輪でなければいけないと。

 コーポレートガバナンスでは、19年から指名委員会等設置会社に変更しました。会社を変えていくには働いている人だけにそれを求めるのではなく、われわれ、上のほうから変わる必要があると考えました。

 3つ目の資源配分については、色々な事業を幅広くやってきた結果、自分たちの能力ではカバーし切れない範囲にまで事業領域が広がり、人もお金もつけられないけれど「頑張ってね」という状況にもなっていた。自分たちでやるのであれば目が届き、必要だと思うものをきちんと配分できる範囲内でやっていく必要があり、広がり過ぎたものは少し小さくする必要がある。

 ただ、縮小だけでなく、同時に自分たちの能力を高めることも両方やらなければいけない。こうしたことが、今の事業ポートフォリオの最適化につながっています。

 収益性や成長率など数字的なことも大切ですが、「自分たちはこれからどういう会社を目指していくのか」という思いがベースになければいけないと思っています。

MMDX(DX)のポイント

「今を強くする」「明日を創る」「人を育てる」という3つの大きなミッションがあります。「今を強くする」は、例えば、デジタル化で顧客接点や顧客とのサプライチェーンマネジメントを強化したり、安全や品質管理を徹底することです。

「明日を創る」においては中長期的に既存事業をソリューションビジネスに発展させたり、われわれが関わっている上下を含めたプラットフォームをつくり、お客様の利便性を高めていきたいと考えています。

「人を育てる」というのは、カンパニーの要請に応えるだけでなく、システムとしてどうあるべきか、全体を考えた方針を打ち出していくような方向に変わっていかなければいけません。また、そういう人材を育てていかなければいけません。今はDX推進本部で取り組んでいますが、そうした取り組みを継続的にやっていけるような人材育成も同時に進めていきます。

 外部の方の発想が会社全体に大きな刺激を与えているので、それがコミュニケーション活性化という面でも、良い作用を及ぼしてほしいと思っています。

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三菱マテリアル社長
小野 直樹
Ono Naoki
おの・なおき
1957年1月14日愛知県名古屋市生まれ。1979年3月京都大学工学部卒業後、同年4月 三菱鉱業セメント(現・三菱マテリアル)入社。 2014年4月常務執行役員・セメント事業カンパニープレジデント、同年6月常務取締役、16年4月取締役副社長、同年6月取締役副社長執行役員、17年4月取締役副社長執行役員・経営戦略本部長、18年6月 取締役社長、19年6月取締役 執行役社長

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