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元防衛大臣・森本敏が語る「アフガニスタン情勢と日本につきつけられた教訓」

財界オンライン / 2021年9月10日 18時0分

完全に米国のミスマネジメント

 ―― イスラム原理主義勢力・タリバンによるアフガニスタン制圧によって、世界はまたもや深刻なテロ、人権、難民などの問題に直面しようとしています。今回のアフガン問題をどう見ていますか。

 森本 米国の中では、バイデン大統領が撤退の決断をしたことは正しいとしても、これだけ急速にタリバンがカブールを制圧したことは予想外だったという見方が多くあります。欧州でも同じような見方がされていますが、わたしはこのような見方には違和感を覚えます。

 なぜかというと、アフガン政府軍の兵士や警察は約30万人と言われていますが、およそ国家や国民のために生命を賭して戦おうという気概のある人が多かったとは思えないのです。

 実際には多くの兵士がタリバン側に投降して米軍から供与された武器を渡したり、あるいは、隣国に逃亡したりしたと報じられました。アフガン政府軍が本気で戦って戦死者が出たという報道は見られませんでした。

 ―― これはなぜですか。

 森本 アフガン政府の最高責任者であるガニ大統領が現金をもって国外逃亡したことでも分かるように、大統領が真っ先に逃げるような政府のために、兵士は自分たちの命をかけて戦おうなどと思うでしょうか。兵士の士気が低かったという指摘もありますが、国家の指導者にも責任があります。

 でも、それは以前から分かっていたことだと思います。アフガン内における米軍の情報活動もタリバン側の動静を追跡することに専念し、アフガン政府軍の内情を十分、知らなかったのではないかと思います。特に、2014年に米軍が本格的な軍事活動をやめてからアフガン情勢の情報活動が不足していたことが原因の一つだと思います。

 更に言えば、最初から撤退期限を提示して、和平交渉もせずに撤退ということになれば、相手は勢いづくと思います。なぜこんな下手なやり方をしたのか疑問です。

 ―― 何か考えられる理由はあるんですか。

 森本 考えられるとすれば、第一に、今指摘したように2014年に米国がアフガンでの本格的軍事活動をやめて以降、現地でのインテリジェンス(諜報活動)が十分にできていなかった。特に、アフガン政府側の兵士にどういう訓練をしたかわかりませんが、アフガン政府軍にもタリバンに立ち向かうための戦術などを確立して米軍と連携していなかった可能性もある。

 第二に、バイデン大統領は、自らの手で自らの国を守る気概のない国を米国が守る必要はないと明言しているように、自分で守る気のないアフガンに対して、ある種の見切りをつけていたのかもしれませんね。米国の世論をみて撤退を判断したというより、バイデン氏の確信に近い決断だったと思います。

 しかし、そうであれば、米国は先に撤退期限を決めるのではなく、タリバンとの和平交渉を続けていきながら、相手に撤退の時期を示すことなく、アフガン政府軍の立て直しに努力すべきだった。これは完全に米国のミスマネジメントだったと思います。

 もし、そうでなかったとすれば、米国はアフガン政府を救ってやる考えがなかったとも思えます。その間、バイデン政権を支える高官が大統領にどのような助言をしたのかも気になるところです。

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中央アジアが新しい紛争地域に

 ―― いずれにしても、米国がアフガンから徹底を決めた以上、中国やロシアなど、周辺国の動きも気になりますね。

 森本 一部で、米国がアフガンから撤退したことの背景として、覇権争いを進める中国を睨みながら、インド・太平洋戦略を強化するためだという見方をする人がいます。しかし、そんなに単純な構図にはならないと思います。

 中国にはウイグル人、ロシアにもイスラム教徒がいる。彼らがアフガンのタリバン勢力と接近して緊密になると、中国やロシアにとっても困るわけで、中・ロは盛んにタリバン側に秋波を送って自国のイスラム勢力が国内不安を作らないように、間違ってもアフガンに行って訓練を受けてくることのないようにタリバン側を牽制する努力をしています。

 ただ、タリバンにとってはアルカイダやISを抱えていて、怖い者なしなので、中国やロシアと関係を深めつつも、時には必要な援助を強要したり、欧米を牽制するための外交上のポジションを高めたりするのだろうと思います。

 このことは長期的に考えると、米国よりも中国やロシアの方が国内不安の原因をかかえることになる。また、タリバンに対する国際社会の批判を受け止めたり、テロ脅威に直面したりしてもタリバンの側に立たなくてはならないという厄介な問題を抱えることになる可能性もあると思います。

 ―― 自分たちの国でイスラム過激派の勢いが増しては困りますからね。

 森本 それと、アフガン周辺国には多くの緊張関係があります。一時、アフガン兵士が周辺のタジキスタン、ウズベキスタン、キルギスあたりに逃げ出したのを周辺諸国は受け止めたわけです。

 これはタリバンから見ると許しがたい行為ですから、中央アジアの周辺国にとっては、タリバンが統治するアフガンが周辺国の治安を乱すようなことがないのか、という緊張感が間違いなく高まっているはずです。 

 つまり、これから起こるのは、中央アジアが新しい紛争地域になり、それが広がっていくということです。

 ―― それだけは間違いないということですか。

 森本 今後厄介なのは、タリバンの勢力は10万人程度で、今は資金力も豊富ですが、この先どうなるかが分からない。これからアフガン政府を統治するとなった時に、10万の人たちが3800万人を統治することになるわけです。

 せいぜい10万人を統治するだけなら、資金は麻薬密造・密輸や寄付で何とかなるのかもしれませんが、これだけの人口を治めるということになれば、国家予算など十分にはありませんし、多くの国から資金を援助してもらわないといけない。

 統治に必要な人材も十分でなく、アフガン政府にいた人から3割くらいを採用すると言っているが、部族も経歴も考え方も異なる人が集まって作る政治指導部が効率的に機能するのかという問題もある。

 タリバンがアフガン国内をうまく統治できずに破綻国家になれば、関係国に対して、時には脅したり、ゆすったりして、資金援助を引き出してくると思います。そうなると、周辺国との関係はどうなっていくのか。テロを脅迫材料に活用するのか。今のところまだ先が見えません。これから大きな問題になってくると思います。

 そして、問題が大きくなればなるほど、米国はその責任を内外で問われることになる。米国はアフガンからまだ、手を引くことができない状況になるでしょう。

 ―― これは中国や米国政府との交渉になるんですか。

 森本 分かりませんが、中国はタリバンを援助で懐柔すると思います。それは中国にとって大きな荷物を背負うということになります。一方、中国は自分たちだけでは解決できない問題なので、急に米国に協議をしようと言い出しています。

 もっとも、米国はタリバンがアフガンの正当政府だとは認定しないと思いますし、タリバンがアフガンをどのように統治するかを確かめてからでなければ、米国が資金援助をすることは無理でしょう。

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日本のアフガン戦略が問われている

 ―― これは日本政府も同じですね。

 森本 日本には、ある国の政府ができた時に、その統治主体が正当な政府かどうかを認定する政府承認という制度があります。つまり、クーデターなどで新しい勢力が入ってきて、どこかの国を統治しようとしたときに、正当な政府であるかどうか閣議で決めます。

 これは大事なことで、相手が正当な政府だと承認しなければ外交関係は勿論のこと、経済協力もできない。だから、タリバンがアフガンの正当政府を作り、国を統治し、国家予算をどうするか、法に基づく秩序や人権などの価値観を守っていくのか、ということが政府承認の判断基準になります。

 その時、日本はどのような判断をするのか。おそらく、米国は協議の中心になっても、アフガンにほとんど関心が無いので、日本は欧州と協調していくことになる。アフガン政府を承認するのか。それが次の焦点になるでしょう。

 ―― 日本のアフガン戦略が問われていると。

 森本 日本はこれから自民党の総裁選と衆議院選挙という2つの選挙を抱えています。その後に組閣ということになるので、実質的には来年の作業になる。国家の安全保障戦略見直しの作業を急ぐべきでしょう。

 ただ、その間に仮に台湾で緊張事態が発生したらどうなりますか。台湾もジワジワ危機意識が高まっていて、中国が周辺海域に出てきて、領空侵犯も何度も繰り返している。

 中国には本格戦争する準備はまだできていないと思いますが、台湾シナリオの第一段階が始まっていると言っていいのではないでしょうか。

 アフガンで分かったように、米国は自国で自分たちを守ろうとする気概のない国民と国家を守る気などありません。日本はこれからどうするのかを考えると、アフガン問題は遠い地域の話ではない。日本も自国のこととして突き付けられている話なのです。

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