【東大名誉教授】岩井克人さんに聞く グローバル時代の資本主義(パート2)
財界オンライン / 2021年9月21日 18時0分
最低競争からの歯止め
―― 今後は日本やドイツに代表される修正型の資本主義が主役になってくると考えていいですか。
岩井 そう考えています。4月に米バイデン政権の主催で気候変動サミットが行われました。この時、バイデン大統領は2030年までに05年比で温室効果ガスを50~52%削減すると宣言、日本も13年比で46%削減すると宣言しました。
トランプ前政権は環境問題を無視していたわけですが、民主党政権になって変わりました。もはや誰もが気候変動や環境破壊を無視できなくなりました。なると主導権は欧州です。
欧州がいわゆるグリーンディールを打ち出してきました。面白いのは、目玉政策として”国境炭素税”を導入するということです。炭素税自体は以前から採用していましたが、これは輸入する商品の中の炭素量が域内基準量を超すと、それに炭素税をかけるというものです。いわゆる環境規制の緩い外国企業との不公正な競争にさらされることを阻止するためのものです。
―― ここでもポイントは国境ですね。
岩井 はい。さらに最近、国家が重要になったことを示す出来事がありました。米国が、各国の法人税の引き下げ競争に”待った”をかけたんです。
―― 各国は法人税を下げることで投資を呼び込もうとしてきましたが、引き下げ競争が行き過ぎると財政基盤が弱くなるだけで、どの国にとっても得にならないということですね。
岩井 仰る通りです。その後、各国が法人税の最低税率を15%以上とすることで合意しました。これが守られるかどうかは別として、国際的に最低法人税率を導入するというのは、国境という概念があるからです。
今までのグローバル競争というのは、英語で「Race to the bottom」、つまり、最底辺への競争でした。米国は多数の州の連合国ですが、企業が一番規制が緩く法人税が安い州を選び、州の方も規制を緩めたり法人税率を引き下げる競争を始める。
その結果、規制でも税率でもどんどん緩和され、全米が自由放任主義に向かってしまったのです。これが「Race to the bottom」です。そして、これまでのグローバル化の中で、世界中で同じことが起こっている。
現実に、法人税の一番低いケイマン諸島やアイルランドに企業が本部を移している。また、環境問題についても、一番スモッグを出しやすい南アジアやアフリカに生産工場を移してしまう。実際、ここでも「Race to the bottom」が起こるはずです。いやすでに起こっています。
そういう事態に直面し、今、ようやくグローバル資本主義が変質をし始めています。「Race to the bottom」から、「Race to the equality」、平準化への競争へと舵を切り始めたのです。
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資本主義の本質とは?
―― そう考えると、法人税や国境炭素税の問題というのは別々の問題ではない。全てがつながってくるんですね。
岩井 そういうことです。米国が最低法人税の導入を推進したのは、米国がGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)など、本部を自由に動かせる巨大IT企業を抱えていることも大きい。せっかくとれる法人税が消え、雇用も失ってしまうことに、何とか歯止めをかけようとしている。
欧州にしても、国境炭素税を導入することによって、企業が域外に脱出するのを防ごうとしている。だから、グローバル化が進む中で、再び、国家、そして国家と国家との間の国境の存在が重要になってきたのです。もちろん、平準化への競争と言っても、最底辺への競争を是正する動きであり、国家間の平等というわけではありません。
もちろん、国家間の話し合いなど生ぬるいという人は沢山います。それでも、一歩前進です。
―― これは改めて、国家が重要な存在になってきているということですね。
岩井 次回に詳しく論じますが、伝統的な「社会契約論」の重要な洞察は、個人が自由を得るためには国家が不可欠だということなのです。同様に、資本主義の中で、個人や企業が自由に行動できるためには、その行動を一定程度規制する何らかのルールが必要になるのです。
金融市場にしても、あまり資金が自由に動くと、一番不安定なところ、リスクが大きいところに投資が集まってしまう。それがバブルを生み出します。そして、バブルは必ず崩壊します。
例えば、今、米国では新型コロナの影響で大規模な財政出動が行われており、金利も大きく緩んでいる。事実、金が値上がりしたり、ビットコインなどが値上がりしたりしていますが、実需などの裏付けのない金やビットコインのような投機資産が値上がりしていることは、バブルが起こっていることの証拠です。いや、すでに、上値が重たくなっており、バブルが崩壊する徴候を見せ始めています。
―― 岩井さんは、貨幣というものを根源的に考えよう。貨幣には不安定性があるんだと指摘していますね。
岩井 貨幣は資本主義に不可欠です。人間の交換活動を自由にし、イノベーションを可能にする。それが資本主義の本質です。ただ、その貨幣自体はもっとも純粋な投機資産であり、本質的な不安定性をもっている。
資本主義の一番根源にある貨幣に不安定性があることによって、資本主義を完全に自由放任にしてしまうことは不可能なのです。だから、資本主義においても真の自由を可能にするためには、政府の規制や中央銀行の政策を介して、自由を制限しなければならない。逆説的ですが、資本主義における自由の最大の敵は、社会主義などではなく、自由放任主義であるのです。
21世紀の最初の20年間が終わり、コロナ危機の中で今、ようやく米英型の資本主義が大きく修正されようとしているのです。繰り返しますが、資本主義にとっての最大の敵は自由放任主義であるのです。
日本の”失われた30年”を脱却するには? 答える人 冨山和彦・日本共創プラットフォーム社長
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