【ガバナンスを考える】企業と株主、そして社外役員と従業員のあるべき関係とは? 答える人 牛島信・牛島総合法律事務所代表弁護士(パート1)
財界オンライン / 2021年9月30日 18時0分
株式会社は所有権の対象ではない
―― 経営の混乱が続く東芝や不正偽装が相次ぐ三菱電機など、日本を代表する企業のガバナンス(企業統治)を巡る問題が続いています。こうした現状を牛島さんはどのように見ていますか。
牛島 東芝の混乱を見るにつけ思うのは、「東芝って誰が経営するのか?」という根本的な問いかけになります。会社は経営者が大事なのです。
現在の東芝には、いわゆるアクティビスト(物言う株主)が大株主にいるわけです。わたしはいろいろなところで「株式会社とは誰のものか?」という質問を受けるのですが、わたしに言わせれば、この議論は、株式会社というものについての知識不足を表している質問だと思っています。
なぜなら、株式会社は所有権の対象ではありえない。所有物ではありえないものについて誰のものかということを議論するのは誠に不毛です。
―― この辺は大事なポイントだと思いますので、詳しく説明してもらえますか。
牛島 株主とは何かと言えば、会社法に規定されているものが株主です。そして、株主の権利は共益権と自益権であり、その主なものは議決権と利益配当請求権です。それを飛び越えて、あたかも人が家を所有するかのように、株式会社について、株主が所有権に基づき所有しているかのような発想をすることは、わたしは会社法についての大きな誤解だと思います。卓抜な比喩ですし、政治的なスローガンとしては面白い表現かもしれませんが、法律的には誠に杜撰な言い方だと思っています。
とある経済学者が面白い例を挙げていました。例えば、スーパーマーケットの株主がスーパーへ行って、売っているリンゴを食べていいのかと聞かれれば、もちろん駄目だと。でも、街の八百屋の店主がリンゴを食べるのはいいと。この違いは何かと言ったら、八百屋の店主は個人商店で、売っているリンゴは全部自分の所有物です。しかし、スーパーで売っているリンゴは会社の所有物ものであって、株主のものではない。
これはそれなりに分かりやすい、巧みな言い方です。そもそも株式会社を所有するという言い方は、比喩でなければ政治的なスローガンにすぎない。あまりにも株主が無視されすぎているじゃないか、ということに対してのアンチテーゼとして言うのであれば、政治的に刺激的で魅力的な話だと思います。しかし、法律論としては杜撰な見解だと思います。
―― 日本の会社は株主に対して、あまり報いてこなかったという面があるのかもしれませんね。
牛島 仰る通りだと思います。あまりにも株主を軽視してきたことへの、分かりやすく言えばアンチテーゼを出すために、株式会社は株主のものだという言い方をしているのかもしれませんね。
歴史的には、戦後の日本というのは、マルチステークホルダーの中でも、従業員中心主義によることで、とてもうまくやってきたと思っています。財閥解体後の日本の会社はまさに会社制度の形式と実質を巧みに使い分けて来ました。「会社は誰のためにあるか?」と当時の人々に聞いたら、それは従業員共同体のためだろうとみんなが答えたと思います。
だからこそ、会社に入社してすぐに、あなたは総務、あなたは営業と言われても、「はい、分かりました」と答える。今風に言うと、メンバーシップ制で、会社とはそういうものだとして承知してきたわけです。戦後そういうやり方で復興し、高度成長を遂げ、二度の石油ショックを克服し、ジャパン・アズ・ナンバーワンになったわけです。総会屋はそのあだ花です。
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最終的に任命責任を負えるのはトップだけ
―― それが高度成長を成し遂げた要因だったと。
牛島 ええ。ところがそのうちに、米国の人たちが「最近うちにある家電製品はなんで日本製ばかりなんだ?」 「車の販売店に行ったら日本車を薦められた」「これはおかしい、一体どっちの国が戦争に勝ったんだ?」と気づいたのです。その結果が日本叩きになり、1985年にプラザ合意があってなされ、その後のバブルにつながっていきました。
その後、日本の会社についてどう考えるようになったかというと、「従業員共同体のままではいけない。これからは株主中心の新自由主義だ」と米国の圧力で新しい考え方が吹き込まれてきた。そうなった時以来、企業に生じ続けている混乱、それがわたしは、東芝や三菱電機の一連の問題の根底にあると思うんですよ。
―― レーガン・サッチャー以来の新自由主義が日本にも入ってきたことが、今回の問題にどうつながってくるのですか。
牛島 どういうことかといったら、従来の日本企業は、普通の従業員から一段ずつ偉くなっていった人が経営者になっていった。「彼はリーダーシップがあるな、だったら彼に任せてみようか」ということで、経営者になっていく。経営者はいわゆる、従業員を代表する存在だったわけですね。
伊藤忠商事会長の岡藤正広さんが今年1月に日本経済新聞に、社長の仕事というのは次の社長を責任もって選ぶことだと書いていました。もちろん、後継者を決めるにあたっては、指名委員会等設置会社ですので、指名委員会の意見をいただき尊重するとありますが、最終的に任命責任を負えるのは経営トップだけだと言っています。
社外の取締役とも相談してご意見を賜ることも大事だけれども、最終的には社長が自ら責任を持つということです。しかし、現在の世の中の風潮では、独立した社外取締役を増やして、社外の人にトップを決めさせようとしている。
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―― これは大事な指摘ですが、こうした議論はなかなか出てきませんね。
牛島 東芝問題にはそれが端的に表れています。つまり、冒頭で申し上げたように、誰が東芝を経営するのかという問題です。東芝というのは、2003年に日本で最初に米国型ガバナンスと言われる指名委員会等設置会社に移行し、社外取締役の数を増やしてきました。経営トップの社長も、社外取締役中心の指名委員会が選んだ人物が就任するわけです。
前社長の車谷暢昭さんも、そうした非常に理想的なはずのガバナンスで選ばれた。それなのに、あんなことになった。
東芝の多くの従業員にとっては、東芝は自分たちの会社だという考えが消えていないのだと思います。そのため、ファンドが株主としてあれこれ口を出してくることに対して、「確かにお金を出して助けてくれたのかもしれないけど、なぜ社内の意見をまったく聞いてくれないのか?」という思いがあるのではないでしょうか。
これはかつての日産自動車も同じです。1999年に日産はルノーから6430億円の出資を受けると共に、元会長のゴーンさんが経営陣に加わり、再建をしてきたわけです。ゴーンさんの功績は大きかったと思いますが、だからって、「日産という会社はゴーン氏個人のものなのか?」「ずっと彼に支配され続けるのは冗談じゃない」といった考えが根底にあったのではないでしょうか。そうでなければ、ああいう劇的なことは起きなかったのではないかと思います。
(パート2へ続く、なお、本記事における牛島氏の意見は同氏の個人的意見です)
【東大名誉教授】岩井克人さんに聞く グローバル時代の資本主義(パート1)
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