【岸田・新総理誕生】元通産事務次官が語る「日本再生の道筋」
財界オンライン / 2021年10月5日 18時0分
かつて世界のGDPの16%を占めた日本の力は今、6%前後に低下。この現実どう受け止めるか─。元通産事務次官で東洋大学総長を務める福川伸次氏は「平成の停滞の30年間で、イノベーション力に後れをとった」ことを指摘。この現実を反省し、国のビジョンを作り直すことが必要と訴える。具体的には「5GやAIを活用し、文化性を伴うイノベーション」で世界での存在感を高めることが、日本再生のカギとなると考える。
大平正芳元首相は生前、「『ああしてあげる、こうしてあげる』というのは真の政治ではない。国民にやる気を起こさせることが真の政治だ」と言っていたという。このメッセージは今、国民にどう響くか--。
※このインタビューは2021年8月20日に実施
最悪を想定し
最善を目指す
─ 福川さんは通産省時代から、日本の産業振興に努めてきました。近年の日本の低迷をどう見ていますか?
福川 世の常ですが、政治が人気取り政策に走ると社会は停滞するということだと思います。
『ローマの歴史』を書いたモンタネッリは「魚は頭から腐る」と言いました。わたしは「本当に魚は頭から腐るのか」、魚河岸に聞きに行ったことがあります。
すると、「頭からも腐るが、はらわたからも腐る。エラからも腐る」という返事でした。
要するに、社会は政治からも、経済からも、行政からも腐る可能性があるということです。
─ リーダーからも、国民から腐ることもあると。
福川 そうです。政治が駄目になれば経済が停滞するし、経済が駄目になれば、政治も駄目になる。逆に、政治だけ良くなればすべて良くなるというわけでもない。
─ リーダー論だけでなく、自分たちの問題として取り組まなければいけないと。
福川 ええ。そう考えると、日本は今、政治も行政も民間も社会も全部改革が迫られている。新しい考えで立ち直るという努力をしなければ、日本は立ち直れないということを意味します。
─ 社会全体の仕組み、国のあり方を考え直す。そのために必要なことは何ですか?
福川 意識改革だと思います。
まず、いかに情勢を広く分析し、かつ長期に亘って展望するか。早め、早めに手を打つということです。
新型コロナウイルスが流行した当初、都市のロックダウンを徹底した中国が武漢で野戦病院を作りました。「そこまでしなければいけないのか」と思った人は多いと思います。
けれども、あの病気はどういう病気で最悪の事態にどうなるのか。良い悪いは別として、人間安全保障のために、最悪の事態を考えて想定することが必要です。
わたしは官邸にいた時代、石油危機を経験しました。外には一切言っていませんが、最悪の事態を想定していました。本当に石油がなくなったらどうするか。これはもう配給制、切符制にしなければいかんと。
─ そこまで考えていた?
福川 ええ。切符の印刷の準備もしました。一般の印刷所に頼むと機密が洩れるので、刑務所で印刷する準備をしました。
当時もトイレットペーパー騒ぎや洗剤騒ぎが起きましたが、最悪の事態を考えて、早め早めに準備するのが行政の仕事です。コロナでも、本来、それをしなければいけない。
─ それができていない。
福川 残念ながらそうですね。その意味で、私はこれから「第三の改革」が必要だと思っています。
「第一の改革」は黒船の襲来と明治維新、「第二の改革」は第二次世界大戦後の国づくり、「第三の改革」は平成以降の停滞の30年をどう克服するかです。
私は第三の改革には「グローバリズム」と「イノベーション」が必要です。そして「文化」が大事だと考えます。この3つをどうするのかが「第三の改革」で問われている。
日本はどうすれば真のグローバリズムに貢献できるかが問われているということです。
物事には良くなるケースと悪くなるケースと両方ありますが、最悪のケースを想定して準備をしながら、最善のケースを目指して改革に取り組まなければいけない。
今回の新型コロナウイルスへの対応を見ても、ワクチンの普及、医療体制の整備でも最悪の事態を想定していない。できれば、良い方を期待していたのではないかと思います。でも、それでは社会の運営はできません。
─ 問題の根底は仕組みなのか、リーダーの意識の低さか、国民の意識の低さですか?
福川 リーダーも問題ですが、組織というのはリーダー1人では成り立たない。今は、政府全体の集約ができていないのが問題だと思います。
─ 総理が意識を持てば、改革はできる?
福川 できると思いますし、行政からリードすることもできるはずです。けれども、今はそれをやろうとする空気がない。
─ 空気すら出てこないのは、なぜだと考えますか?
福川 「第二の改革」は成功し、日本は世界第二の経済大国になりました。わたしが通産省を辞める頃には、日本が世界第一の経済大国になるかもしれないという思いもありました。
表向きには議論はしていませんが、そうなったとき、日本はどう対応すべきか、それを想定していました。
いずれにせよ、絶えず、先がどうなるかを見て、行政をする、政治をすることが大事だと思います。あの頃は、自民党にも、そう考えて行動する政治家が何人かいました。
─ かつての政治家は国のビジョンを語りました。なぜ今、ビジョンを語る政治家がいなくなったのでしょうか?
福川 それは平成以降の30年近い停滞の結果です。人間、停滞期に入ったら、意識も発想も停滞するんです。
平成の30年というのは、日本が下降する時期でした。1989年が平成元年で、それ以降、日本はバブルが崩壊し、停滞に入ってしまいます。
それは、経済政策の誤りがあったと思います。
低迷の30年の要因
─ 具体的には、どんな誤りがあったと思いますか?
福川 政策判断が遅かったということです。まずバブル経済に対する対処が遅れた。引締めに転ずると、アメリカから「また日本は黒字を貯めようとしている」と言われるのを恐れた。バブルになったときも〝締める時期〟を失してしまった。
そして、バブルが崩壊し、景気が落ち込み銀行が潰れ、引き締めを緩和して、再建しなくてはいけないときも政府の景気回復策が遅れた。景気回復策を打つべきときも、産業拡大政策とアメリカに言われることを恐れ慎重になってしまった。
つまり、締めるのも、回復させるのも遅れたわけです。
その結果、財政が悪化し、金融も混乱した。さらに、バブルが崩壊したら次から次へと問題が出てくる。そうなると、イノベーションに対する政策も遅れてしまった。
平成の30年間、日本のイノベーション力、特にDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)といった分野に日本は完全に後れを取ってしまった。
アメリカは日本産業に苦しめられていた80年代、懸命にイノベーションに取り組んでいました。それが今のGAFAの躍進につながっています。中国も90年代に教育の仕組みを変えて、イノベーションに力を入れ始め、産業力を伸ばしていった。
─ 90年代、中国の教育はどう変わったと認識しますか?
福川 わたしが個人的に理解したことですが、中国は80年代までは共産党がすべて支配していました。それが90年代に入ると、大学を強くしようと、教育者の意見を尊重するようになったと思っています。それで、アメリカに留学生を多く送り出した。教育や研究を通じたアメリカとの交流も拡大しました。
一方、アメリカは85年に「ヤングレポート」、87年に「ニューヤングレポート」を出しました。内容は、日本を乗り越えて、情報産業に情報産業を軸に、いかにアメリカ経済を強くするかというものです。
そのとき、アメリカが考えたことは人材が一番大事ということで、アジアの優秀な人材を留学生として受け入れていきました。わたしの記憶に間違いなければ、91年はアメリカで学位を取る人の52%がアジア人を中心とした非アメリカ人でした。つまり、アメリカもアジア人の知恵に頼ろうとしたのです。そして中国もそれにうまく乗った。
アメリカで勉強して中国に帰国した留学生たちが、中国の産業を強くしていった。
日本は予算を削ったこともありますが、就職指向が強く、海外に留学する学生が減りました、先端的な研究に後れを取るようになったわけです。
今、日本人がノーベル賞を獲っていますが、あれは80年代の研究が中心です。
AIやデジタルで後れを取り、企業経営者の多くもどうやって人を伸ばすかよりも在任中の企業存続に関心がありました。内部留保を増やし、新しい投資はしない。
こうしたことが平成の停滞につながり、段々と経済が小さくなっていきました。そして、日本が世界のGDPに占める割合はピークの16%から6%前後まで低下しました。
日本の停滞が鮮明ですが、アメリカは世界のGDPの23%前後を維持し続けています。これは、アメリカがそれだけ将来に向けた技術開発力を重要視しているということです。
─ 米中など海外諸国が新領域開拓に挑戦していたのに、日本はそれを怠ったと。
福川 そうです。わたしが通産省にいた最後の頃、これからの産業政策を考える柱は「グローバル性/国際性」「革新性/技術革新」「文化性/高価値」が重要であり、それをどう組み合わせて新しい産業を育てていくかを考えていました。それがバブル崩壊で、うやむやになってしまった。
企業経営者も在任時の企業の存続を考え従業員は新しいことを勉強するよりもポストを守るの姿勢に入ってしまった。それが停滞の原因だと思います。
─ では、どうやって日本を再生すべきですか?
福川 まず戦略、ビジョンを固めることです。5GやAIを活用してイノベーション力を高める必要があります。もう1つ重要になるのは「文化性」を高めることです。
日本は生産性が低いと言われます。生産性の分母は投入労働量で、分子が産出する付加価値になりますが、日本は労働コストを下げて生産性を上げようとしてきました。わたしは分子の付加価値をどうやって高くするかが重要だと考えています。
それには、文化的要素の高揚が非常に大事になってきます。魅力のあるもの、美しいファッションなどは高くても売れるわけです。これからの企業は、そうした人間の高度の価値に貢献する企業でなければいけない。
サミュエル・P・ハンティントンが1996年に『文明の衝突』という本を出版しました。彼は世界の文明圏を8つに分け、21世紀に入ると、イスラム圏内部、キリスト教文明とイスラム文明の間、そしてキリスト教文明と儒教文明の間で文明の衝突が起こると予言しました。
たしかに「文明の衝突」はあるが、「文化に衝突はない」というのが、わたしの発想です。
文化というものは、みんなが憧れるものです。付加価値も高い。文化は人間として高次の価値です。美しいものは美しいと皆が讃えます。だからこそ、文明には衝突があっても、文化に衝突はない。文化的な要素を高めることが重要だと思うのです。
今やただ単に安い物を作ればいいという時代ではありません。人類が持つ高次の価値である文化によって、どうやって人々の価値観を充足するかを産業はもっと考えるべきだと思います。
AIの登場で文化的な価値を計測できる手段を手に入れることができました。さらに価値を高める可能性が出てきています。「国際性」
「革新性」「文化性」を絡めて産業が発展することが可能なのです。産業界はそこに向かうべきだと思っています。
永遠に繁栄する国はない
─ 最後に世界情勢について。米中対立は、どう考えていけばいいですか?
福川 わたしは、まず米国も変わらなければいけないと思います。「アメリカ・ファースト主義」は必ず行き詰まると思います。国内保護主義的な形で産業を育てようとしたら必ず失敗すると思います。
アメリカという国も弱っていますが、人々の意識が「アメリカ・ファースト」を求めていることが一番の問題です。政治というのは国内利益を擁護するものですが、国際社会の利益と連動して伸びることが前提です。閉鎖的な中で、自分だけが伸びるということはないのです。
永遠に繁栄し続けた国はありません。政治というのはそういう宿命です。中国にも、その危険性があります。逆にいえば、日本にはこれから浮上するチャンスがあるということです。
永遠に繁栄し続けて国がないことは歴史が証明しています。だからこそ、そこを塗り替えるほど政治が賢明でなければいけない。日本は早い時期に躓きましたが、今は再建するにはいいチャンスなのだと思います。
大平正芳元首相が生前、「『ああしてあげる、こうしてあげる』というのは真の政治ではない。国民にやる気を起こさせることが真の政治だ」と言っていました。わたしも本当にそう思います。1人ひとりが当事者意識を持ち、潜在能力を掘り起こし、高めることが大事なのです。
東洋大学総長(元通産事務次官)
福川 伸次
ふくかわ・しんじ
1932年3月生まれ。55年東京大学法学部卒業後、通産省(現・経済産業省)に入省。86年事務次官。88年退官後、地球産業文化研究所顧問に就任(現任)。神戸製鋼所副社長、電通総研社、電通顧問などを歴任。2003年東洋大学理事、12年12月理事長、18年12月総長に就任。
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